7-7 そうだ、鎌倉へ行こう
本日もよろしくお願いします。
学校が休みに入り、命子たちはもちろんのこと、風見町全体の生活がしばらく変わることになった。
レベルが上がった人を対象にして、国からいくつかの強化指導プランが提示され、それを受ける人もいる。
ハードプランだと、自衛隊基地での2週間の天幕生活だ。
ノーマルプランだと他市にあるスポーツ広場等での指導になる。こちらは青空修行道場とあまり変わらない。
これらは強制でないため、命子たちは休みが始まった次の日にはダンジョンへ突入することにした。
狙うのはF級ダンジョン。E級でも普通に活躍できる強さがあるものの、現在の冒険者協会のルール上、冒険者はF級の25層までしか降りられないため、しかたがない。
とはいえ、これはすでにニュースで改正の動きがあるという報道がされているので、すぐにでも緩和されるだろうと思われる。
さて、命子たちが今回狙うのは鎌倉にあるダンジョンだ。やや離れた静岡側、同距離程度の山梨側にも存在するが、こちらをチョイス。
「にゃー、海デース!」
馬場が運転する車の後部座席で、ルルが窓の外を眺めてはしゃいだ声を出す。
「ルルさんは海に行ったことありませんの?」
「ニャウ。キスミアには海はないデスからね。大抵のキスミア人は飛行機に乗って初めて海を見るデスよ」
キスミアは内陸の孤島だ。潤沢な雪解け水からなる湖は存在するが、海はない。さらに、唯一外界と繋がっているトンネルの先のセイスに行っても海はないため、海で遊ぶというのはキスミア人にとって結構な大旅行になる。
「年に一回日本に来てたんだよね? 行かなかったの?」
命子が尋ねる。
「行かなかったデス。パパがあんな所に行ったらこぶしが血みどろになっちゃうって心配して、絶対に行かないんデスよ。それにキスミア人は泳げる人が少ないデスし」
「あー、ルルママはなぁ。水着になったら群がられそう」
「夏に行ったプールだって、パパは凄く心配してたデスよ?」
「娘もなぁ」
水が良いのか猫じゃらし飯が良いのか、キスミア人はとてもいいスタイルをした人が多い。しかも真っ白な肌で金髪碧眼だ。ルルパパがママやルルを心配するのも無理はない。
「シャーラは海に行ったことあるデス?」
「ワタクシは……はい、ありますわ」
ささらは中学生の頃を思い出しながら、遠い目をして言った。
ささらは別の市にある小中一貫校に通っていた。
ささらは綺麗な子なので、新しい出会いがある季節になると割とすぐにお友だちができる子だった。向こうから話しかけてくれるのだ。
しかし、その関係を深くする、あるいは維持する能力に酷く欠けていた。決定的にボキャブラリーに乏しかったのだ。
中学に上がるまで、サブカルチャーが人間関係の潤滑油となることに気づかず、漫画やアニメ、芸能関係など全くと言っていいほど見なかった。
小学校時代はクラス替えをするたびに数人が声をかけてくれたが、相手はアニメやゲーム、カッコイイアイドルの話をしたいのに、ささらはそういう話題がわからない。少しきつめな目つきも相まって、中学に上がる頃には、笹笠さんはそういうのを見ない人、という印象が同学年の生徒に刷り込まれていた。
ささらママは別にそういうのを禁じていたわけではないので、ささらは自分がどうしてアニメなどを見ない子だったのか覚えていない。
――ぶっちゃけて言えば、幼少期のささらはおしゃまだったのだ。子供っぽいことはしませんの、と。
ささらと仲良くなりたくて、動物さんとのスローライフなゲームの話を持ちかけた子にしてみれば、しゅんである。一方、その子と仲良くなりたかったささらからしても、いきなりその子が他の子と仲良くなって自分との関係が薄くなるのを見て、しゅんである。
穏やかで優しい子なので話が拗れることはなかったのだが、プライベートで遊ぶような深く親しくなる人は現れないまま、ひっそりと卒業していくことになる。
車窓から海を見つめるささらが思い出したのは、そんな青春の1ページだ。
中学に上がった頃に、寂しくて、サブカルチャーのお勉強を少しばかりした経験があった。
そんなある日、遠足でこの江の島に来た際に、一緒のグループになった女の子に思い切ってその知識を披露して、友だちになってもらおうとしたことがある。けれど、直前になって、いきなりサブカルチャーデビューする自分を恥ずかしく思って結局やめてしまった。
その遠足自体はちょっとだけお喋りをしたりして楽しいものだったけれど、やっぱり日常に戻った際には学校外の遊びに誘われることもなく。
そんな青春時代を送ってきたささらさんは、今。
「じゃあ、今度みんなで一緒に遊びに来るデス!」
「は、はいですわ!」
「んふふぅ! 約束デス!」
ルルが無邪気な笑顔のままコロンと転がり、ささらのお膝に頭を乗っける。
ささらは微笑みながら、そんなルルの額に手を添えてそっと頭のほうへ前髪を流すように撫でた。ルルもそれが心地良いのか、青い瞳を細めて笑う。
「「……」」
向かい側の座席に座る命子と紫蓮は、そんな2人の様子をジーッと見つめる。
その絵面はアンデッドがいたら直ちに消滅しそうな聖属性。
二人の今の格好はダンジョン装備だが、真っ白なワンピースがとても似合いそう。背景に白い百合などを添えて。
命子は知っている。
2人がお互いの家で隔日くらいの勢いでお泊りをしていることを。2人は風見町のビバリーヒルズに住んでおり、徒歩3分程度ととても家が近いのだ。
ルルの日本語のお勉強をささらが見てあげたり、逆にささらのサブカルチャーのお勉強で一緒にアニメを見たりしているのだとか。ささらの家のお庭は広く、修行専用の区画もあるのでそこで汗を流すこともあり、そのあとはもちろんお風呂だ。なお、ささらの家のお風呂はとても広い。
命子もたまにお泊り会に混じるけれど、さすがにそこまでの頻度ではない。
紫蓮は、ささらとルルの桜色の唇をチラッと見る。
元々は中二病的な物語を好んで読んでいた紫蓮だが、最近では幅を広げ、百合モノも嗜むようになった。風見女学園で密かに活動しているブラックマーケットで購入したのだ。
生産や修行があるのでまだまだ浅いものの、そんな作品の中の一つの絵と、今のささらとルルの絵面が完全に一致していた。
なお、その絵は生徒会専用という謎の花園でのワンシーンだ。チューしとった。
「命子ちゃん、修行してるわよ」
ふいに訪れた静寂を破ったのは馬場のアナウンスであった。
想像力を純白の花園へと羽ばたかせていた命子と紫蓮は、ビクンと身体を跳ねさせた。
「お、おー、ホントだぁ!」
「浜辺型修行道場」
「海パンでやっとる!」
命子が窓の縁に指を引っかけて外を眺める。その後ろから、紫蓮が椅子に膝立ちになって同じ風景を見る。紫蓮は命子の頭の上に手を置いて窓の外を見る形になっている。その手でこっそり角を触ってみたり、鼻呼吸が多めである。
時刻は朝の5時少し過ぎとかなり早い時間なのに、結構人が多い。
「やっぱり浜辺での修行は広々として良いね」
浜辺で修行する人たちというのは、命子もニュースでやっていたので知っていた。
これは命子が青空修行道場を始めた当初から世界中に存在していたが、特に夏場のニュースで世の中に広まった。いつもなら海水浴客で賑わう場所がトレーニング目的で使用されているのだから、そりゃニュースにもなる。
とはいえ、普通に海水浴をしたい人もいるため、そこら辺はしっかりと住みわけがされているのだが、なんでも周辺の店の売り上げは圧倒的に修行客からのほうが多かったらしい。遠方から来る修行客の腹ペコを狙って、特盛セットなどがバカ売れだったとか。
そんな浜辺型の修行場の特徴として露出が多いというのがある。いろいろな動きをするためポロリしないように限度はあるが、男性は大体がサーフパンツで自分の成長を見せびらかしている。ウェイウェイなのである。まあ、すでに10月に入ろうとしているので、もうそろそろそういう人もいなくなるだろう。
「あっ、今の人」
「どうしたの」
窓の外を流れる浜辺の風景を見ていた命子がハッとする。すかさずそれを拾う紫蓮はお喋りしたくて仕方がない。
「今、沿道をジョギングしていた人が、イベントで知り合った人に似てた。かなり活躍してた集団の一人だね」
「やりおる?」
「うん、やりおる」
命子は小さな偶然にほっこりしつつ、心の中で頑張れよと応援しておいた。
応援されたほうは、浜辺方面にばかり目を向けているため、車のことなどノーマーク。
そんなこんなで到着したのは、鎌倉ダンジョン。
鎌倉のダンジョンは、七里ヶ浜にできたダンジョンである。
浜辺にあるダンジョンだが、地球さんが言っていた海中に出現するというダンジョンとは別だ。水気が多いダンジョンではあるが、地上の生物を対象にしたものである。
このダンジョンに防御壁を作るために浜辺の横を通る134号線は一時封鎖され、現在では少しルートが変わっている。また、七里ヶ浜も東と西で分断され、今年の夏はこの浜辺も封鎖された。
防御壁については今回のイベントで当てが外れてしまったものの、当時では最善と思われる方策だったため仕方がない。とはいえ、この防御壁も内部からの敵は防げなくとも、外部からのものは防げる。この建物があるおかげで、自分勝手に入ってはいけないのだと一般ピープルに思わせる一助となっていた。
命子たちはハイパーVIPなため、ダンジョンの近くにある冒険者協会の駐車場に車を停める。通常なら離れた場所のパーキングなりに停めるのだが、それをやると大変な混乱が予想されるため、むしろ迷惑なのでここだ。
車から降りた命子は、すぐに潮風の香りを感じた。
「海ってやがるぜ!」
「命子ちゃん、目立つことはしないでね」
「私も有名になっちゃいましたからね。やれやれ、サングラス持ってくれば良かった」
「何も隠せないと思うが」
まず服装と角の時点でアウトである。
「本当にざばざば言ってるデース……」
「ふふっ、ルルさんったら」
駐車場から見える海を眺めながら、ルルが波の音に驚く。
とりあえず、記念にみんなでウィンシタ映えして、それぞれが家族やらに送っておいた。
ルルがプイッターに載せたので、命子も『海なう』と画像とともに掲載。クソプイートが一瞬にして評価されまくる。
そんな美味しい状況なのに、馬場は任務のためプイッターを弄れない。だが、地球さんTVに二度出演した女のため、馬場のプイッターもフォロワー数が尋常じゃないことになっている。別に名前とか出してないのに。
さて、ここはF級ダンジョンなわけだが、意外にも冒険者が何組かいた。
風見町防衛戦の際に、ダンジョンをクリアするタイミングだった冒険者が何組かいたわけだが、彼らは冒険者の中でも最速の部類に入る。しかし、日本には風見ダンジョン以外にもG級はあるため、全国には同じ程度のタイミングでダンジョンをクリアする人はいたのだ。晴れて自分たちの攻めていたダンジョンをクリアした人たちが、こうして次なるランクへ訪れているのだ。
ちなみに、風見ダンジョンは冒険者に限り、予約を開始する動きになりそうだったりする。
F級ダンジョンではレベル教育が行われていないため、予約は非常にスムーズなうえに、現状ではタイトな時間指定がない。
さらに言えば人数もそう多くないため、呼ばれた順に入場していくという、G級ダンジョンとは全く違うのんびりとした様子だ。
命子たちのことに気づく人もいたが、すぐに呼ばれて『ダンジョン活動予定書』との照合作業に入る。ダンジョン活動予定書は、メンバーや装備、何階まで目指すかなどを事前に申告するものだ。
それでも命子たちが気になるのかちらちらと見るけれど、馬場がギンッとすると、ひゅんとして顔を逸らした。お姉さんの冷たい目は大変にクル。
すぐに命子たちの番となり、チェックポイントの前に行くと、受付けのお姉さんがほわーとした顔をした。
今回の命子たちの探索は、未だルールは変わらないため2泊3日だ。
予定では16層までと書かれているが、たぶん10層くらいで帰ってくるだろう。
装備はいくつか追加したが、こちらも問題ない。
「問題ありませんね。それでは、良い冒険を!」
そう言って、お姉さんは満面の笑みで手を差し出した。さっき受付をしたお兄さんたちには特にそういうのはなかったのに。
あまりにも自然に手が差し出されたため、命子は握手する。お姉さんがぱぁっと顔を明るくした。それを、ささら、ルル、紫蓮、馬場と続ける。職権乱用である。
チェックポイントを通過してダンジョンの渦の前に立つと、命子の身体が興奮でポカポカし始めた。
同じく、ささらやルル、紫蓮、馬場もまたアトラクションを前にした子供のように楽しみになってくる。なんだかんだで、みんな冒険が好きだった。
「次の方どうぞ」
「よぉし、野郎ども! 突入だ!」
命子はわーいとダンジョンの渦に飛び込んだ。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
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