7-5 教授と精霊さん
本日もよろしくお願いします。
これにて一件落着っ、みたいな感じで角をくっつけた命子だが、全然一件落着ではない。
あの瞬間、光子は確かにキスミアに出現したのだろうから、これはかなりの大事だ。
それに、光子が連れてきた精霊の件もある。
その精霊はアリアの姿をしていたが、萌々子とアリア、それと猫のニャビュルの姿は、キスミアの精霊たちの中でベーシックな形になっている。流行りみたいなものなのだろう。
そんな精霊だが、彼らはキスミアが手厚く保護しており、他国にはめったに輸出していない。トンネルで結ばれているセイスと並んで友好国である日本だって、光子を抜かして二体しか贈られていないのだ。
そんなわけですぐにキスミア政府と話し合いが必要なのだが、問題はこの精霊がおそらく契約者を定めていない点にある。壁すらも透過して自由に動き回る精霊を野放しにした場合、キスミアとの話し合いが決着する頃には日本で確実に契約者を見つけているだろう。そうなるとその話し合いは意味をなさない。
ゆえに、この精霊は命子たちに託すのが一番いいと馬場は判断した。中でもルルならばキスミアも文句はないだろうと考えた。
もちろん、もう一度光子にキスミアへ転移して送り届けてもらうのがベストだが、確実性がないうえに、下手をすれば、無邪気な顔して追加でもう2体くらい連れて帰ってくるビジョンすら見える。
そう思いながら精霊とルルを見比べていた馬場は、さっそく行動に移した。
命子たちをフリーの精霊に引き合わせるのだ。
精霊には、魔力の好みがある。
これは研究ですでにわかっており、契約する者は必ず好みの味の魔力を持っている。
また、他の精霊と契約している者は選ばれないという特徴もあった。
馬場は、命子たち4人のいずれかにヒットしてくれと願いつつ、命子たちと精霊を遊ばせた。
「ルールルル、ルールルル」
「命子さん、それはキツネですわ。ほら、精霊さん、ふわふわーふわふわーですわ」
「精霊ってふわふわーなの!? 聞いたことないんだけど!?」
「我と古の契約を結ぶ時がきた。来るがいい。ふわふわー」
「ワタシと契約すればニンニンできる精霊になるデス! ふわふわー」
「えーっ、みんなまで!? ま、負けてられねぇ、ふわふわーっ!」
命子たちは必死だった。
ぶっちゃけ、みんな、萌々子が羨ましかった。
精霊さんがいる生活は凄く楽しそうなのだ。
キスミアの研究者など、精霊使いは婚期が遅れるのではないかとガチで指摘するくらいに、精霊使いと精霊は仲良しになりやすい。
4人は精霊を取り囲んで、ギラギラしながらキャッキャする。
当の精霊は遊んでもらえて嬉しいのか、アリアのロリ顔でキャッキャしまくる。
さて、その一方で教授の興味はタカギ柱に注がれていた。
キスミアの名家であるアイルプ家の地下にある地底湖には、現在、観測所が設置されている。
今のところ精霊は一体としか契約できないようなので、観測員は必然的に全員が一体ずつの精霊と契約を結ぶ形になっている。精霊は人やある程度の大きさの生物を見ると勝手に契約してしまうので、原則として現在の地底湖は契約済みの人間しか入ることができなくなっていた。
観測所なので、当然、光子が現れた瞬間の映像も録画されているのだが、残念ながらキスミア政府の許可をなくして教授がすぐに見ることはできない。
一方で、このタカギ柱観測所もタカギ柱の様子を24時間撮影し続けているのだが、こちらもまた光子が消えた瞬間の映像を日本政府の許可なくしてキスミア側に送ることはできなかった。
仲のいい国なので最終的には別になんてこともなくやり取りされるだろうが、少なくとも一介の研究員がそれを独断で決めることはできなかった。
なので、教授はパソコンとにらめっこして、あの瞬間に科学的に観測できるエネルギー反応が何かしら記録されていないか探した。しかし、視覚情報以外で何かしらの変化は観測できずに終わる。
教授は椅子を回転させてパソコンから視線を離すと、精霊を中心にキャッキャする命子を見つめた。
もう一度やりてぇ……っ!
教授はギューッと目を閉じ、テーブルの上に乗せたこぶしもギューッと握る。
しかし、角の損失は命子の人生を狂わせかねないので不用意なことはできない。当然、命子自身に転移をしてもらうのも危険すぎる。精霊は無事だったが、そもそも精霊は物を透過できるため石の中に出現しても大して窮地には陥らないが、これが人間だと大変なことになるかもしれない。
ままならぬものよ、と教授は思いながら椅子から立ち上がり、部屋の隅に行った。
タカギ柱は裸眼で見えるレベルの高濃度のマナであると以前から教授は考えていた。それが生物に対してどのような変化をもたらすのかも、当然、研究していた。
教授は、ケージの中からウサギさんを取り出すと、タカギ柱の中にペイッとリリースした。
ウサギさんはタカギ柱の光の中でつぶらな瞳を教授に向けた。なんでそういうことするの? と。
「やはり、カギは角か。あるいは次元龍のマナ因子がある程度目覚める必要があるのか」
教授は回収したウサギさんをケージに戻しつつ、呟く。
そうして、これまたタカギ柱の近くで栽培しているニンジンをウサギさんに与える。ウサギさんはニンジンをもしゃついた。今は泥水をすすってでも耐え忍ぶとき……ニンジン美味いっ!
「歓談中すまないね。命子君、魔力はどうなってる?」
命子たちの話に割り込んで、教授が尋ねた。
「えーっと……うっわ、50しか残ってないです。っていうか現在進行形でガンガン減ってます。こらっ、みっちゃん、ダメでしょ!」
その原因がなんであるか命子はすぐに気づく。未だに角にくっついている光子のせいだ。
命子が叱るが、光子はいやいやして角から離れない。命子はその様子が見えない。
「光子、めっ! お姉ちゃんから離れなさい!」
しかし、萌々子が叱ると、光子はしゅんとして離れ、萌々子の頭の上に寝そべった。まるで怒らないで、と言うように、甘えた素振りで萌々子のおでこをさわさわする。
教授以外の女子全員がその様子を見て、超欲しい、と思った。
そして、その枠が今、すぐ近くに一体いる。
「ふーむ。光子君の転移は命子君の魔力を使ったのか……あるいはタカギ柱からマナを吸い上げたのか……」
「私なんかの魔力量じゃ、キスミアにはいけないと思いますよ?」
「私もそう思う。キスミアで魔法陣が起動した件もあるし、マナには魔力に変換されずとも魔法の奇跡を起こす方法があるのだろう。しかし、【精霊魔法】は原則として魔力の譲渡で行われるし、微弱なマナでは大きなことはできないのではないかな」
「じゃあ、このタカギ柱ってもしかして凄い場所?」
「キスミアの魔法陣や光子君の例を見る限りはね。そうだ、萌々子君、ひとつ聞きたいのだが、光子君は土属性以外に魔法は使えないよね?」
「はい。次元魔法? を使ったのも今のが初めてです」
「ふむ。精霊は場所によって属性が変わるのかと思ったが、もしかしたら術者の魔力を介することで基礎となる属性以外にもなんら問題なく使えるのかもしれないな。ちなみにだが、光子君は、ここからここに空間転移させることは可能かい?」
「ちょっと礼子、危ないことはやめなさいよ!」
「え……あ、う、うん。萌々子君、やっぱり今のはなしだ……」
馬場に叱られ、教授はしゅんとした。
相手が自衛隊員なら、まあまあいいじゃないか、くらいのノリでいっただろうが、相手が一般人でさらに子供であると教授は思い出した。調子に乗りすぎた。
そんな風にしょぼんとした教授の様子に、命子は激しく萌えた。
そして、この場には命子と同じく、教授に萌えた者がいた。
「あ……」
紫蓮の目の前で、精霊がふわふわーと飛び立ち、教授のお膝の上に乗っかった。
そして、今まで大切そうに抱えていた精霊石を、白衣の下に着ているスカートの上に置いた。
「ま、まさかっ!?」
馬場が悲鳴じみた声を上げた。
「むっ、どうしたんだね。あっちに行って遊んできなさい」
教授はそう言うが、この精霊は光子のように言葉を理解できない。
精霊は、無邪気に気ままに、教授のスカートを透過して太ももから魔力を吸い取った。
教授から魔力を搾取した精霊は、太ももでピンと張ったスカートの上で、コテンと後ろに転がって硬直する。まるでお腹を見せてフリーズした犬猫のような感じだ。
種類こそ違うが、萌々子はその独特なアクションに見覚えがあった。
精霊は自分の好きな魔力を味わった時、びっくりして変な行動をするのだ。
そして、萌々子の予想は当たり、精霊はまた教授の太ももから魔力を吸い取り、コテンと後ろに転がる。
馬場はあちゃーと片手で目元を隠しながら天を仰ぐ。
「教授良いな良いなぁ!」
命子がぶんぶん手を振って羨ましがる。
他の3人は教授とそこまで気安い関係ではないため、良いなぁと控えめ。
「え……はっ!? もしや、これは私が気に入られたということか?」
次元魔法などのことを考えていた教授は、ワンテンポ遅れて気づいた。
「そうよ、ったく。どうすんのよ」
「いや、それは私に言われても困るが」
精霊に気に入られるのは運だ。
キスミアの地底湖に行けば精霊がたくさんいるためその運も簡単に上昇するが、基本的には人間側がどうこうできるものではなかった。
精霊はキスミアの戦略品目のため、事故とはいえ、ただでは済むまい。
しかし、次元魔法の片鱗を発見したというビッグニュースが加わればどうにか手打ちになるかもしれない。当然、そうなると共同研究という形になるわけだが。
「あんたも報告上げときなさいよ?」
「もちろんだとも。若干まずいことくらい私でもわかるさ。しかし、君もおかしな子だな。命子君たちを選んだほうがよほどのこと楽しいだろうに。私についてきたら実験しちゃうぞ?」
教授は不穏なことを言いつつ、アリアの顔をした精霊の顎を人差し指でこしょこしょした。精霊はその手を掴まえて、楽し気に笑う。……実験できるのだろうか?
「はぁー、まあしょうがないな。教授を選ぶのは良いセンスしてるし、良しとするか」
「いや、センス悪いと思うわよ?」
命子の言葉に、馬場が即座にツッコんだ。
「今日のところは面白いこともあったし、これでお開きかな」
命子がそう言うと、ぎょっとした人が一人いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、命子ちゃん。ここにきた目的を思い出そうぜ」
「ど、どうしたの、藤堂さん。え、ここに来た目的? ……精霊さんをゲットする?」
「そういうの良いから!」
「フゥーッ!」
藤堂のツッコミに、命子はハイテンションなノリで応えた。全く意味のないそのノリは、最高に女子高生していた。藤堂は楽しい気持ちになるが、ついてはいけない。
「じゃあ、とりあえずやってみますか」
「あーっと、命子君。一応、君はそれ以上タカギ柱に近づかないでくれ。精霊が引っ付いて悪戯をするかもしれない」
教授は命子個人の力で空間跳躍を為せるとは思わなかった。
しかし、ここには精霊が2体いる。先ほどの例もあるし、命子の角に引っ付いて悪戯をする可能性が考えられた。先ほどはタカギ柱の内部で起こったことだが、その周辺でもできるかもしれないと危惧したのだ。
「わかりました。それと馬場さん、私の様子がおかしかったら目を塞いでください」
「わかったわ」
次元龍の魂を見つめた時は目が離せなくなった。あそこで天狗が目を隠してくれなければ、一生見ていたかもしれない。アニメ風に考えるなら次元龍の魂に溶け込んでしまったかもわからない。
そんな経験があるので、マナラインを見つめるのは一人でやってはいけないと、命子は考えていた。これについては、先ほどの命子の座談会で各国に教えていたりする。
命子は、タカギ柱を【龍眼】で見つめた。
常人の目には、タカギ柱は若干緑かかった白い光に見える。
透明なガラスの柱に水をかければ、その水はガラスの柱を伝って下に流れ落ちていくが、タカギ柱はそれを逆再生したように円柱状の柱の外縁を光の波が上っていき、やがて儚く消えていく。
しかし、【龍眼】を使った命子には、タカギ柱が完全に翡翠色に見えた。
テント内の足元は翡翠色のもやで薄く覆われ、そこら中から翡翠色の粒が空中へ向けて浮かび上がり、消えていく。
「ふぅ……」
命子はいったん視線を切り、魅入られていないことを確認する。
でも、馬場に引き続き監視を頼む。
さらに【龍眼】で見つめると、地面にマナラインが視えた。
命子の【龍眼】は、まだ普通の場所ではマナラインを視ることができないのだが、この場所ではそれが視えたのだ。
ただ、次元龍の魂を見た時のように、マナラインの下に無限のマナラインが視えるようなことはなく、極々表層だけしか見えない。
命子はちょうどいいので、テントの外に出してもらった。そのまま地面を眺めると、テントから3メートルも離れるとマナラインは視えなくなった。仮に観測所のテントがなければ、その様はタカギ柱という木にマナラインという根っこが生えているように見えただろう。
命子はその様子を逐一報告しつつ、再度テントの中に戻る。
「教授、そのプランターに植わってるニンジンが魔力を纏っています」
ウサギさん用のエサが植わっているプランターを指さして命子が言う。
「ウサギはどうなってる?」
「ウサギ? あっ、本当だ、まあ可愛い! そのウサギはレベルが上がってませんか? それに何かしらの方法で魔力を鍛えているはずです。少なくともマイナスカルマ者よりも強い魔力を持っていますね」
「お前いつのまに……」
秘匿していた力を暴露されたウサギさんは、鼻をひくひくした。
命子は【龍眼】を終えて、瞼の上から目を軽く指で揉んだ。
「とりあえず、そんな感じです。藤堂さん、やり方が正しいかはわからないけど、ここは個人的に目を鍛えるのに良いかなと思うよ。次元龍の時みたいに引き込まれないし。まあ、それについては慣れもあるかもしれないから、最初は誰かについていてもらったほうが良いかもしれないね」
「ありがとうよ、命子ちゃん」
「いいってことよ。そうしてマナや魔力が視えるようになったら、藤堂さんはモルモットになるのさ」
「怖いこと言うなよ。俺はダンジョンに潜っていたいんだが」
「わかるわぁ、その気持ち」
早速、藤堂が目に集中してタカギ柱を見つめ始める。
男臭い顔のオッチャンの双眸から炎が上がる。怖い。
そんな藤堂の周りには女子が7人と女子の顔をした精霊さんが2体。ハーレムである。
疑似ハーレムに気づくことなく藤堂は目に力を籠め、タカギ柱やその周辺をゆっくりと見回し続ける。
「藤堂よ。見えると信じるのじゃ」
「……はい、命子老師」
「目で見るのではない、心で見るのじゃ。お主が大いなる自然に心を開いたとき、大いなる自然もまたお主に心を開くじゃろう。それは深淵と同じじゃ。お主が深淵を覗き込むとき、深淵もまたお主を見つめ返していると知れ、みたいな。さあ、心の」
「すまん、ちょっと黙ってもらってもいいかな?」
「なんでさ!」
藤堂は集中を切り、片手で目を塞いだ。
「見えた?」
「ちょっとだけな。でも、命子ちゃんの言うような光景じゃなかったな。命子ちゃんははっきり見えたようだが、俺が見たのは全体的に色が薄かった」
「ふむ、覚醒してからの時間なのか、マナ因子の成長の度合いなのか、それとも視覚情報の衝撃が足りないのか」
教授が顎を摩りながら言う。
「視覚情報の衝撃が足りないっていうのはありそうですね。私なんて一発でマナラインの海が視えましたし」
「しかし、この場が目の修練になるというのは良い発見だ」
教授がうんうんと頷くと、精霊さんも教授のスカートの上でうんうんと頷いた。
他にも空間跳躍を目撃したし、欲しかった精霊も手懐けられたし、教授はウハウハだった。
読んでくださりありがとうございます。
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