7-4 角が大好き精霊さん
本日もよろしくお願いします
命子の実演が終わり、少しの間、座談会が行われた。
多くの者は、命子の健康状態や見た目からして目立つ『角』について興味を持ってこの場に来ていたが、話を聞くにつれ、【龍眼】の性能こそが持ち帰らなければならない情報だと判断していく。
そして、【龍眼】を説明するうえで実演はそこまで重要ではなかったのだ。
この座談会は3時間にも及んだが、研究者からするとたったの3時間だった。
この程度の時間で命子が解放されたのは、研究者の好奇心に際限がなさそうなのでささらママが馬場を経由してストップをかけたのと、命子自身がまだ目視できるようになった魔力やマナについてほぼ見たままのことしかわからないからである。
命子が魔力などをまだあまり理解できていないことは、軍人からすると少しがっかりな結果だが、研究者からするとこれは普通のことだった。
昨日、魔力やマナが視えるようになって、今日には大量のことを理解されたら、研究者は商売あがったりだ。魔力やマナ、それらの様子が命子には視える、という話だけでも大変な成果と言えた。研究者が目指す一つの方向がわかったのだから。
そうして一先ずお披露目会を終えた命子は、ふぅ、と息を吐く。
「お疲れさま」
「馬場さん。でも、明日もイベントなんですよね?」
「ええ。魔物が出てこない今のうちにね」
風見町はあと約5日後には魔物が出てくるようになるため、今のうちにこの町でできることをしておくのだ。自衛隊も警護の打ち合わせでかなり忙しい。
そんな明日のイベントだが、風見女学園の取材である。
本日は風見女学園の生徒が帰宅したりしているため、明日の13時からの取材になっている。
ちなみに、風見女学園は魔物の出方の調査が終わるまでの間、特別授業が開催されることが決定している。多くの者がかなりレベルアップしたため、調査が終わるまで訓練が実施されるのだ。参加は任意である。これは学園の生徒だけではなく、町の人も参加できる。
そんなお話をしていると、藤堂がやってきた。
「よう、命子ちゃん。さっきはよくもやってくれたな」
「違うんです。紫蓮ちゃんは悪くないんです!」
「羊谷命子。今、我の名前、一言も出てなかったよ。なんで庇ってくれるのに我の名前だしたの?」
紫蓮のツッコミに、命子は大げさなアクションで自分の口を塞いだ。
そんな命子を紫蓮がぽかぁと叩き、キャッキャする。
仲良しな2人の様子に藤堂は苦笑いをして、毒気を抜かれる。
「そうだ、藤堂のオッチャン。目が覚醒したんでしょ?」
「ん? ああ、そうだな。したよ」
「それってまだ魔力パスは見えないでしょ?」
「ああ、見えないよ。凄く動体視力が上がったけどな。マジですげぇよな、これ。一瞬で視覚内の物の動きがわかるから超人になった気分だよ」
「おいおい、藤堂さん、浮かれポンチかよ」
「そりゃ浮かれもするわ」
「若い女の子から応援されて、うぉおおっつって覚醒して、浮かれポンチで。ははっ、良いですなぁ!」
「待って待って。女の子から応援されたのは別に良くないか? っていうか、命子ちゃんたちは、昨日の今日でもう猿宿戦を見たのか?」
「ネタは全部紫蓮ちゃんから上がってるんだよ! 紫蓮ちゃんはな、水飴青のファンなんだぞ!」
命子はバシンと机を叩いた。差し入れのミルクティがポンと跳ね上がり、命子はドキンとした。
「羊谷命子羊谷命子。よく知らない人だし、我を巻き込まんで?」
コミュ障の紫蓮は命子の肩を揺すって懇願した。
ミルクティに気を取られていた命子は、さらにドキンとした。
「お、おう。そっか、有鴨さんは雨水さんのファンなのか。そうか、ふーむ。いやぁ、あの子も大変でな。次元龍の注目を集めたみたいで郷に迷惑がかかりそうだから、引っ越しも考えているようなんだ」
しかし、じゃあどこに引っ越すのかという話でもある。
注目を集めた末に巻き起こる事件を心配しているのなら、引っ越した先でもそれは付きまとうわけで。
ちなみに、命子も自分が次元龍に注目されているのを知っているが、引っ越しなんて考えていない。
「ふふっ、はぐらかしちゃって。じゃあご期待に応えてはぐらかされてあげましょうか。ねっ、紫蓮ちゃん?」
「羊谷命子、我、知らない人は得意じゃないんだよ。知ってた?」
命子の耳に紫蓮がこしょこしょと新情報を与える。
一方、藤堂は、こいつはっ、とビキビキしていた。しかし、やっぱり命子と紫蓮のキャッキャで毒気を抜かれる。チョロい。
「まあ冗談はさておき。で、話は戻すけどさ、目の炎をさらに覚醒させる方法に心当たりはある?」
「命子ちゃんは次元龍の魂を見たんだよな?」
「うん、厳密には魂の中のマナラインだね。あれから魔力パスを見れるようになったね。だけどあれは、望んでもそう簡単には見せてもらえないと思うな」
「まあそれはそうだろうな。となると、ちょっと思いつかないな。もしかして命子ちゃんは心当たりがあるのか?」
「タカギ柱だよ。ちょっとこれから馬場さんや教授にお願いして、見に行こうかなって思ってたんだ」
「ほう、それはぜひ俺も参加したいな」
「じゃあ、20秒で準備しな!」
「そんなに短いんじゃ、ハトの解放は諦めるか」
そうして、少しばかり家族とお話をしてから命子たちはタカギ柱へ向かった。命子たちの家族は別行動をとるが、萌々子だけは一緒についてくることになった。
命子たちは、自衛隊の輸送車に乗せてもらった。
荷台の中で、幌に背を向ける形で向かい合わせで座ることになる。
「実を言うとダンジョンの渦でも同じことができるかなって思っているんだけどね。怖いからやめておく」
「そうなんですの?」
命子の言葉に、向かい側に座るささらが首を傾げる。
「うん。次元龍の魂を見た時も吸い込まれそうになったんだ。ほら、ダンジョンはDサーバーで凄い人数が入れるでしょ? 他にもほぼ無限に魔物が現れたり。そんなものを覗き込んだら、どうなっちゃうかわからないし。ヤバすぎて目が破裂するとか嫌だからね」
とはいえ、さすがにそこまでヤバいものではないと思うが。
【龍眼】のようなスキルを得たら誰だってダンジョンの渦を調べてみたくなるし、マナ進化した個体の目をぶっ潰すようなトラップはないと命子は考えていた。
まあなんにせよ、これは他の人にやってもらおうと命子は思っていた。
なるほど、と答えたささらは、じっと命子の角を見つめた。
そこでは、萌々子の視線を気にしながら、そーっと命子の角に手を伸ばす光子の姿があった。そんな光子はささらと視線がぶつかり、ささっと手を口に当てる。どうやら、さっきの命子と紫蓮のやりとりがお気に召したらしい。
そんな可愛らしい様子に、ささらは微笑んだ。
「ほら、みっちゃん。角貸してあげるから、頭から降りなさい」
「っっっ!」
命子は片方の角をペイッと取って、光子に貸してあげた。
光子は命子のお膝の上で、角を抱き枕にしてご機嫌になった。
「光子さんはずいぶん角がお気に入りの様子ですわね」
「だね。これはもうそろそろ私の精霊になる日も近いかな」
「ふぇええ!?」
「もう、嘘だよぅ。モモちゃんから取ったりしないから」
萌々子はほっとした様子でお姉ちゃんの太ももを引っぱたいた。
パンッと良い音が鳴り、それを光子が大変気に入って、ペシペシと命子の太ももを叩き続ける。
「そうだ、紫蓮ちゃん。ちょっと私の頭から角を取ってみてくれない? 朝からいろいろと検証してるんだ」
命子が萌々子の逆隣に座る紫蓮にお願いした。
「すべて理解した」
魔力制御を司る器官なので簡単に取れたら困るため、それを確かめる実験だと紫蓮は理解した。
紫蓮が角に手をかけて引っ張る。それに連動して、命子の頭がぐぅっと傾いていく。
「待って待って待って! オーケー、もう大丈夫!」
どうやら、他人は角に干渉できないらしい。
命子は、和風ポーチから冒険手帳を取り出してメモしていく。
「命子ちゃんはマメだな」
その様子を見て、同乗している藤堂が感心した。
「最近はあまり書いてなかったけどね。新しい発見とか気になることとか、あとは新しいジョブとかが出たら書くようにしてるんだ」
「それで思い出した! ちょっとみんなに尋ねたいんだが、三次職が出た子はいるかい? 俺は出てこなかったんだがな。派生ジョブなら出たんだが」
「ワタシは出なかったデス」
「ワタクシも出ていないですわね」
「我も」
ささらとルルは二次職をマスターしているので、三次職が出ても不思議ではなかった。しかし、二人とも出てこなかった。実を言うと、秘匿されていない限り、三次職は世界ではまだ発見されていなかった。
つまり、三次職は何かしらの条件が必要な可能性があるのだが。
全員がその条件をクリアしていそうな命子に注目する。
「残念ながら私も出てないよ。っていうか、『魔導書士』の【魔導書解放 中級】がスキル化されてないし。たぶん、これは中級の魔導書を使わないと無理っぽいね」
これは命子も盲点だった。
しかも、今のところ中級の魔導書の入手例を命子は知らなかった。
というか、中級装備の入手例自体が少なかった。紫蓮の龍命雷やみんなが装備している龍鱗の鎧がその区分にギリギリ足を踏み込んでいるように思えるが、断言されたわけではない。他にもキスミアの精霊石の剣も強装備の一つだろう。
「でも、代わりに『小龍姫』っていうジョブが出たけどね。魔導書が手に入るまではこれにするつもり」
「ほう。種族と同じ名前のジョブか。もうジョブチェンジしたのかい?」
教授の質問に、命子が答える。
「いえ、まだです。じゃあ丁度いいし、ちょっと変えてみますね」
命子はジョブを『小龍姫』に変えてみた。
すると、ピシャゴーンと久しぶりに衝撃を喰らう。
進化しても命子はピシャゴーンに負けて、ほけぇーとした。
そんな命子の顔を見上げた光子が、自分もほけぇーとした顔をした。そうして、声を出さずに大笑いする。完全に煽っている。
しばらくして戻ってきた命子は、頭を振るって目をパチパチとさせた。
「どうだった?」
萌々子が尋ねる。他のメンバーはインストールの衝撃から立ち直るのを待っていたのだが、ここら辺は家族の気安さか。
「あー、これはたぶん進化した人専用のジョブだね。ジョブスキルは3つだけ。ただ、普通に強そうかな?」
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『小龍姫』
・ジョブスキル
【龍脈回復 小】
※龍脈がある地域にいる限り、肉体・魔力・魂の自然回復力が上がる。
【龍脈強化】
※龍脈から力を借りることができる。
【小龍姫の魂】
※何かしらのステータスの伸びがよくなると思われる。
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命子はみんなにスキルの内容を教えた。
「龍脈系はずるい」
紫蓮が眠たげな眼でそう言いつつ、命子に太ももをピトッとくっつけてくる。
向かいの席でささらやルルと共に座っている馬場は、そんな紫蓮の動きを目ざとく見つけ、あの子はムッツリなのね、と理解した。
「その龍脈系のスキルは、ダンジョン内でも効果を発揮するのかい?」
教授の質問に、命子は答える。
「ピシャゴーンでは特にそういう情報は入ってこなかったですね。言われてみればどうなんだろう?」
「まあ、おいおいか。それにしても龍脈の力か……というか龍脈というのはなんだい?」
「マナラインみたいなものじゃないですかね?」
「マナラインか……」
教授は、命子たちが首長龍を河川敷で倒した直後のことを思い出す。
あの時、風見町にある二つのダンジョンとタカギ柱から巨大な光の柱が現れ、そこから毛細血管のような緑色の線が大地に広がった。それは特殊な目を持たない者にも見えたのだが、あれこそが恐らくマナラインなのだろう。
ちなみに、今の命子は次元龍の魂の上で見たようなマナラインの姿は見えない。
命子の目には、人の魔力活動や目立つマナしか見えなかった。要修行なのか、マナ進化が足りないのかは不明だ。
その中で『目立つマナ』は、風見町で三つあった。
一つは風見ダンジョン。
自衛隊の大天幕からダンジョンを囲う防御壁が見えるのだが、そんなもの関係なくマナは駄々洩れていた。
もう一つは、風見山の中腹にある無限鳥居のダンジョン。
【龍眼】を使うと翡翠色の光を吐き出し続けている様子が見えた。あそこに植わっている桜の木は、来年にはちょっと変なことになってもおかしくない気がした。
そして、最後がタカギ柱だ。
昨晩見た限りだと、ダンジョンほどではないがここもマナを大量に放出していた。
そんなお話をしているうちに、目的地に到着した。
イベントで特に被害にあったわけでもなく、観測用のテントは健在だ。
中に入ると、そこには相変わらず不思議な光の柱、タカギ柱が立っている。
「あっ、光子!?」
ふいに萌々子が声を上げる。
お姉ちゃんが光の速さで萌々子を見ると、肩の上で命子の角を抱きかかえていた光子がぴゅーんと飛んで、タカギ柱に突っ込んでいった。
そして、タカギ柱の内部に入った瞬間、光の粒になって消えていった。
「え……み、光子……?」
「あ、あわ、み、みっちゃん……?」
シンとするテントの中で、萌々子と命子のうろたえた声が重なる。
「ふぇ、おね、お姉ちゃん、み、みつ、うぐぅ、み、みつ、ひぅぐぅ……っ!」
「も、モモちゃん、うぐぅ、だ、大丈夫だから。きっと大丈夫だから」
目に涙をいっぱい溜めた萌々子が、姉にすがる。
同じく目に涙を溜めた命子が、妹を根拠のない言葉で元気づける。そんな命子のコメカミには、角が戻ってこなかった。
二人の周りでは、仲間たちが大いにうろたえた。
その時、呆然とする教授のポケットでスマホが鳴った。
「むっ、珍しい人だな? くそっ、こんな時に……」
出るかどうか逡巡する教授に、馬場が頷く。
教授はテントの外に出ると、通話を始める。
「お久しぶりです。それで今日はどうしましたか? 申し訳ないですが、実は、ちょっとこちらは今立て込んでまして……え? はい、そうですがどうしてそれを? えぇ? 命子君の角にそっくりな角を抱いた萌々子君に似た精霊が現れた? ま、間違いありません、保護してください!」
教授は、通話を繋げたまま、テントに飛び込んだ。
「命子君! どういうわけか光子君はキスミアの地底湖に現れたぞ!」
「えぇえええ!?」
その便りを聞いた命子は驚きの声を上げる。
そして、命子の胸の中であやされる萌々子は、相棒の無事を知って涙が決壊した。光になって消えたから死んでしまったと思っていたのだ。
さらに事態は動く。
タカギ柱の中で、キラキラ光るものが現れたかと思うと光子が出てきたのだ。
しかも、精霊石を抱えた精霊を一体連れて。
「ですわ!?」「にゃにゃ!?」
ささらとルルが驚きの声をあげる。
そんな中で、命子は自分の角を持つ光子を見て気づいた。
「もしかして、次元魔法を使ってる!?」
命子は慌てて光子を呼ぶと、抱え込んでいる角を離させようとした。
光子は土属性なので次元魔法はおそらく使えない。
しかし、精霊の生態は全く分かっていない。
他属性の因子を強く宿した物を所持している場合、その属性を扱えても不思議ではなかった。なにせ、精霊について分かっていないのだから。
だが、角を離させようとすると、光子はイヤイヤした。
地べたに転がり、ぎゅーっと角を抱きしめる。
しかし、命子には関係ない。断面が晒されているのだから。
命子は光子がくっついているのに構わず、角をガシーンとこめかみにくっつけた。
「よし、これでもう大丈夫だ。たぶん」
その宣言に、全員がドッと息を吐くのだった。
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