7-2 覚醒スキルお披露目会
遅れてすみません。
本日もよろしくお願いします。
予定の時間になり、命子たちは精密検査を受けた。
これは普通に医学的なもので、心電図、尿検査、MRI検査等々、病院内を移動していく。
解析に時間が必要なものから順次終えていき、国から派遣された研究員が調査を開始する。
それが終わると命子たちは早々に退院して、今度はダンジョン区にある自衛隊仮設駐屯地へ向かった。
そこには命子たちの親や萌々子もおり、合流した。
「モモちゃーん!」
「やーめーろーっ!」
昨日今日とあまり構ってあげられなかったので、命子は妹を猫可愛がりする。
萌々子はガチな声色でその手を払う。ツンデレである。
萌々子と一緒にいる光子が、そんな命子の顔に飛びつき、そのままよじよじと頭を登り、コメカミにある角に抱き着いた。魔法的な物体だからか、光子はいたく角が気に入った様子だ。
本日は、ここで命子たちの能力検査をする。
命子たちクラスになると、もはや強度の低い室内で測定できることが少なかった。設備が整った研究所などに行く意味が情報の秘匿以外にほぼないのだ。それなら魔法をガンガンぶっ放せるこの場に機材を運んだほうが、多くのデータが取れるのである。
というわけで、イベントから一夜明けた仮設駐屯地は最新機材を載せた自衛隊車両が並んでおり、さらに各国一組ずつという抽選を勝ち取った特別報道陣がすでに撮影を始めていた。各国一組という制限なのに、その数はすさまじい。いったい、どれだけの国から特派員が来ているのか。
彼らが撮影しているのは、昨日に覚醒した計8人の自衛官の姿だった。
昨日のボス戦で、命子たちと共に戦った6人と、猿宿で活躍した藤堂、そして、その他に2人の自衛官がスキルを覚醒させていた。この2人の自衛官はいずれも同じE級のボスを相手取ったメンバーだ。
計9人が覚醒しているが、その中で馬場だけが命子たちのお世話のためにこの検証会に参加していない。
「あっ、滝沢どのデース!」
ルルが陽気な声で言うように、検証を行なっている広場には滝沢の姿があった。ちょうど、剣士自衛官と入れ替わったところだ。
滝沢はショートソードと丸盾と両腕に紫の炎を纏い、厚さ50センチはあろう巨大なブロックをぶっ壊した。
「ほう」
「なかなかやりおる」
命子と紫蓮は腕組みをして強者の風格を出した。
トーナメント戦の途中で惨敗しそうなムーブである。おーっとまさかの敗退っ! みたいな。
「どれ、試してみるか」
命子はギンッとした。
滝沢は気づかず、そのままどのくらいの速さで動けるのかの検証を続けた。
「ふっ、我が殺気に気づかぬとは我らの敵ではないな」
命子は強者の風格がむんむんなのである。
そんな命子の頭の上で、光子が角にゴシゴシと身体をこすりつけ始める。魔法的な物なので、気持ちが良いのかもしれない。
精霊さんの身体ゴシゴシによって刺激を受け、命子もほえーと気持ちよくなってきた。
「お姉ちゃん、卑猥!」
萌々子が顔を真っ赤にさせて、光子をぺいっと回収した。
そんな光子の頭には、命子の真似をして角が生えていた。精霊は自由に姿を変えられるのだ。
続いて、藤堂の番になった。
「むっ、藤堂のオッチャンじゃん! やつめ、やりおったか」
藤堂は両目と両手足、そして武器に紫の炎を纏う。
そして、ロングソードをぶん回して、凄まじい速さで演武を繰り広げる。
「ほう。なかなかどうして」
「羊谷命子、やつの腕前を試してみるといい」
「うむ。ずぁあっ!」
本人の前では決してそんなことは言わずに借りた猫になるであろう紫蓮の弁慶な言葉を受けて、命子はギンッとした。
藤堂は演武を続けた。
「はっ、オッチャンもその程度か」
「羊谷命子の殺気飛ばしが不完全の可能性もあるが」
命子の殺気飛ばしを疑問視する声が上がった。
「そこまで言うなら本気出そうじゃないか」
命子は、本気でギンッとした。
【龍眼】を使ったことで黒目が紫色に光る。
藤堂がビクついた。
「命子ちゃん、さっきからさ、それ成功しているからね?」
馬場が苦笑いしながら言う。
「じゃあなんでみんな無視するのさ!」
「命子ちゃんが飛ばしてるって分かってるからじゃない?」
それを証明するように、出番を終えた滝沢が文句を言いに来た。
「ちょっと酷いですよぉー! ビクッてなっちゃったんですよー?」
「違うんです、紫蓮ちゃんは何も悪くないんです。私がやろうって言ったんです。だから、怒るなら私を怒ってください!」
「ぴゃわー、完全に我に擦り付けてる人のセリフ」
「もうーっ!」
命子は紫蓮を売った。
滝沢は紫蓮と仲良しなので、一件落着である。
スキルが覚醒した自衛官の検証は終わり、今度は命子たちの番であった。
報道陣も気合を入れなおす。
なお、この取材を受け入れた命子たちには、かなりのギャラが入ってくる。スキル構成とか、実力を晒すのでここら辺は有料だった。命子たちは別になんとも思わないのだが、その陰にはささらママの存在があった。
まずは紫蓮からだった。
マイスター紫蓮の名前は、海外でも結構有名だった。
魔狩人の黒衣を両面テープで作ったエピソードがとくに有名で、生産職のハードルを非常に下げたと言える。
どこのダンジョンにも皮を落とす魔物は一種類はいるので多くの生産職がこれを真似し、それで生産に慣れると、独自に簡易的な防具を作り始める流れになっていた。
そして、紫蓮は【生産魔法】を初めて覚醒させた人物でもあった。
紫蓮の前には、滝沢や藤堂が壊していた大きなブロックがある。
紫蓮は龍命雷を構え、ブロックを見据える。
そんな紫蓮を、命子は腕組みして強者ムーブで見つめた。何様か。
紫蓮の持つ龍命雷が紫の炎に包まれる。
そこからさらに【生産魔法】を込めると、龍命雷が光を放ち始める。
その様子を命子は【龍眼】を使って見つめ、龍命雷に何が起こっているのか解析した。
「でやぁ!」
龍命雷が繰り出した一撃は、厚さ50センチもあるコンクリートブロックを爆散させる。
報道陣がざわつく。
三頭龍戦は地球さんTVですでに予習していたが、実際に見るとまた違う。
中学生なのに、ガチでやべぇ戦力である。自分のところの少年少女も、半年ほど冒険すればこうなるのかと。
「はわー、紫蓮ちゃん強いー」
紫蓮ママが速度低下の呪いを受けたような口調でキャッキャする。
娘がとても自慢なようで、命子のお母さんに見て見てぇと言っている。言われんでもみんな見ているが、女性は共感を得たい生き物。ゆえに命子のお母さんの答えはキャッキャしながら、見た見たすごいねー、である。
続いて、ルルだ。
ルルに爆散性能はない。ルルは、スピードと謎の氷属性攻撃だ。
ルルが相手するのは、巻き藁だ。両者の間には30メートルほどの距離があった。
「ふ、フニャルーが見えるデス!」
ルルママがゴクリと喉を鳴らす。
命子の【龍眼】を以てしてもそんな幻影は見えないのだが、キスミア人は謎である。
「にゃしゅ!」
紫の炎を足に纏ったルルが高速移動で走り出す。
ルルが覚醒させたのは、【敏捷アップ】系と【NINPO】だ。今回スキルを覚醒させた人の中で、ルルほどスピードを特化させて覚醒した者はいなかった。
高速移動は一歩目からトップスピードで走れる技なわけだが、報道陣はルルの姿を一瞬見失った。
結構な離れた場所から撮影しているため、さすがにすぐにルルの姿を発見できるが、それでもこの距離で視界から外れるほどの速度は尋常じゃない。
まさに瞬く間に巻き藁に肉薄したルルは、忍者刀を振り払った。
その攻撃が見えたのは、『ダンジョンリポーター』をしている報道者だけであった。あとの者は、ルルが巻き藁の反対側で滑るように止まった光景を見るばかり。
ズザーッとルルが止まり、報道者たちは首を傾げる。巻き藁が切れていないのだ。
しかし、それもそのはず。
巻き藁は斬撃を浴びた場所が凍り付き、くっついてしまっていた。
これをどう捉えればいいのか報道陣には分からなかった。
人で喩えるなら、身体が真っ二つになって、その身体が分かれる前に断面が凍ってくっついている状態だ。ファンタジーでなければそんな現象が起こらないため、よく分からなくなっていた。
一見すれば生きていそうにも思えるが、常識的に考えて死んでいるだろう。だが、真っ二つにするなら斬撃だけでもいいんじゃないのかなとも思える。だから、判断に窮していた。
これは何も報道陣だけでなく、自衛官も同じ風に思った。
しかし、【龍眼】を使う命子は違った。
断面を覆う氷とルルとの間には未だに魔力のパスが繋がっていたのだ。その魔力パスは徐々に霧散しつつあるが、このパスを弄る方法をルルが知ったなら、あの氷はえげつない性能を誇るはずである。
巻き藁に飛び蹴りを食らわせて氷の断面をへし折るルルを見ながら、命子は、あとで教えてあげようと思った。
次はささらだ。
命子たちとつるむようになってすっかりカメラに慣れてしまったささらは、別に何も気にしてませんわ、とばかりに真顔で広場に出る。凄く緊張していた。
そんなささらを頑張れぇと命子たちが応援する。その声を聞いたささらは、3人に恥をかかせるわけにはいかないと、ふんすとした。
ささらが覚醒したスキルは派手だ。
【防具性能アップ 小】が覚醒しているため、紫の炎が防具の至る所から湧き出ており、凄く強者感がある。さらに四肢と剣からも炎が出ており、それをやっているのが袴姿の美少女なものだから、まるで妖怪の姫みたいな怪しい雰囲気があった。
「メーコより強そうデース」
「言うな、私もそう思ってるから……っ!」
ささらがやるのは、スラッシュソードとフェザーソードの威力の検証だ。
フォークリフトで罪のないブロックさんが運ばれてきて、ささらはその前に立つ。
ささらが紫のオーラを纏って深く構えると、非常に絵になった。
「ホント、命子ちゃんより強そうね」
「んーっ!」
馬場がからかうので、命子はぽかーと殴った。
まあ実際のところは、別に命子的には誰が一番でもあまり関係なかったのだが。
「スラッシュソード!」
ささらがスラッシュソードを放つ。
元からかなりの速さを誇るスラッシュソードは、覚醒したことで報道陣では見えないレベルになっていた。これが見えるのは、自衛官や命子たちだけだ。
そんな中で、【龍眼】を使う命子は、スラッシュソードが使われる時の魔力の動きを分析した。ささらの身体からどのように魔力が出てきて、サーベルがどのような反応をするのか、それらを命子はじぃーと視る。
「フェザーソード!」
続けて、ささらは【騎士剣技】を放ち、くるりと後ろを向いて、サーベルを鞘に納める。
「あいつ、カッコつけてんなぁ」
「ノリノリデス」
そんな風に命子たちが評価していると、三条の斬撃を叩きこむフェザーソードとスラッシュソードによって、ブロックさんが8個の瓦礫へと変わって崩れた。
そんな娘の様子を誇らしく見つめるささらママは、ママ友に絡まれていた。
ルルママにキャッキャされ、紫蓮ママに速度低下の呪いをかけられ、命子母に、シュバッてなったよ、シュバッてなったよ、とロリロリした感想を貰っている。
居合切りをする直前の女剣士くらいきつい目つきのささらママだが、それが凄く楽しかったりする。
そして、最後に命子である。
命子はキリッと口を結び、広場に出る。広場の向かいにあるパソコンが並んだパイプテーブルのそばには、教授がおり、命子はにこぱぁと笑った。
さて、気を取り直して。
どうせなら凄くかっこいいことをしたい。
指を鳴らした瞬間、ブロックさんが崩壊してくれないものか。
命子はギンッと【龍眼】でブロックさんを見た。しかし、特に秘孔のようなものは見つけられない。
「まだ修行が足らぬか」
そもそもそんな技があるかもわからないが。
そんな風にブロックを紫に光る瞳で見つめる命子は、報道陣の目には神秘的に映った。考えていることは、いかにカッコイイことをするかという酷く俗なものなのだが。
「まあいっか」
修行しなくてはマナ進化の恩恵は受けられないのは感覚的に理解できている。これから先いろいろとできるようになるかもしれないが、今できるのは三頭龍戦やそのあとの雑兵戦で行なったこととそう変わらない。
仕方がないので、命子は魔導書を操作する。
指令を出すように振られた右手の動きに合わせて、魔導書が5メートルほど離れた場所まで移動する。
魔導書を使ったことのある人はそれを見て、ふぁっとなった。
普通、魔導書は自分を中心に2メートルまでしか操作できないからだ。
命子は、別に普通だけど、みたいな顔でそれをやってのけた。
しかし、その実、角がピカピカ光ってしまうほど一生懸命だった。
昨日のうちに3メートルまでは離せるようになったのは知っていたので、その応用を今試していた。これは非常に地味だが、初めてやることなのでかなり大変だった。魔導書を繋がっているパスが強くなるように魔力を操作し続けているその姿は湖面を泳ぐ白鳥のごとし。
だが、カッコイイムーブをしたい命子はあくまでも、別に大したことないけど、といった顔。
「あ、あれは……っ!」
「紫蓮さん、何か知っていますの?」
「うん。たぶん、羊谷命子は、あれ私また何かやっちゃいました? をやろうとしている!」
「え、そ、それはどういう?」
「シャーラ、見てるデス。きっと、これが終わったらメーコはキョトンとするデス」
そんなことが話されているとは露知らず、命子は無意味に魔導書を身体から離し、水弾を射出した。その距離は命子から8メートルも離れている。【魔法合成】とかできる余裕はなかった。
水弾は正確にブロックに当たり、大きく破壊される。
そして、命子はまたも一生懸命に魔導書を引き寄せる。
できる限りカッコ良くなるように、螺旋を描くように魔導書を戻ってこさせる。命子はエンターテイナーだった。
そして、全てが終わると、その場がしんとする。
静寂する広場を見た命子は、あれ、私、またなんかやっちゃいました? みたいなキョトンとした顔をした。
「ほらっ、我の言った通り!」
「ホントにキョトンとしてますわ!」
「必死だったくせにカマトトぶってるデス!」
命子は仲間たちに指をさされ、同じ中二病の紫蓮に魂胆が透けていたことに赤面した。
そして、こういうのに身に覚えのある一部の大人が、古傷をえぐり返されていた。そんな中には馬場の姿もあり、心の中の何かと戦っていた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想ありがとうございます。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。