6章・裏 もう一人の自分 2
本日もよろしくお願いします。
自衛隊からハンドカメラを借りた蒼は人ごみを避け、校舎の外で教えられた通りに機材を設定していく。
どうやらこのカメラで撮影すれば、そのまま政府が作った動画サイトに生配信されるらしい。
あまり離れすぎると自衛隊のパソコンと同期できないため、撮影は中学校周辺のみとなる。
「そ、それじゃあ、青、頑張ろうね」
蒼はそう言ってぬいぐるみに微笑みかけると、撮影を開始した。
付属で貸してもらったスマホが配信できている旨を画面に表示しているのを確認して、蒼は頷いた。
それと同時に、視聴者数を見て驚く。
自分のチャンネルはしばらく待って視聴してくれる人がやってくるのに、この配信は開始から数秒で1000人を超える視聴者がついた。蒼は、凄いなー、と上がり続ける数字を見つめた。
蒼は5分ほど周りの様子を無言で撮影して、リポートを開始した。その時点で、3万人を超える視聴者がいた。
「こ、こんにちは。あっ、こ、こんばんはですね。えへへ。私は今、猿宿の中学校から撮影をしています」
青として活動してきた蒼は、噛み噛みではあるもののそれなりに喋れた。自分の声がネット上に配信されることについては、人に対して臆病ながらもずっと前に慣れていた。ただ、舌が上手く回らないだけ。
「私の名前は青と言います。えへへ、よろしくお願いします」
蒼は、コンクリートの上に座る青のぬいぐるみを撮影しながら、自分の手でちょいちょいと青の腕を動かして、振ってみせた。
「そ、それでは早速行ってみましょう」
蒼は青を抱きかかえ、もう片手で撮影する。
蒼のリポートは、まるで青が喋っているかのようにたまにぬいぐるみが画面の中に入り込んでくる構成だ。
「た、戦いは明日の朝からになるようですが、すでに猿宿でも大きな騒ぎになっています。ひにゃん……ひ、避難はすでに済んでいて、今は大急ぎで駆けつけてくれた自衛隊の人が猿宿の中の最終確認や、明日の準備をしてくれています」
「む、昔の猿宿は、今と違って山梨の中だとかなり大きな集落でした。4000人前後の人が住んでいたとおばあちゃんは言っていました。なので、山の中にあるにしては中学の校舎もかなり大きく作られています」
「でも、若者が都市部へ流出し続けてしまったそうで、昨年にはついに中学校を廃校にし、児童は小学校の校舎で9年間学ぶことになりました。本当ならこの校舎も別の用途に使うはずだったそうでしゅが、ち、地球さんのレベルアップの影響で建築屋さんは大忙しになり、リフォームなどができずに当時のまま残っています」
「校舎の中はこんな風になっています。す、すでに時間も遅いので、お年寄りはお休みになっている方も多いようです。少し静かに撮影しますね」
「自衛隊の方々の設営をお手伝いしているのは、10代半ばから60歳くらいまでの人です。40代くらいの人からはこの校舎のお世話になっているので、みんな時折懐かしそうに学校の中を見ています。……世界はファンタジーになりましたから、校舎さんももしかしたらみんなのことを懐かしく思っているかもしれませんね、えへへ」
そんな風にして語りを入れつつ避難所の様子をお届けする蒼と青の配信。
風見町では多くのテレビ局が生中継をしているが、それよりも遥かに多くの動画が配信されていた。また、猿宿内にも蒼の他に撮影をしている者もいる。
そんなわけで、膜の外の人たちは視聴する選択肢が多すぎて、どの動画も視聴者数が激しくアップダウンし続けている。
しかし、蒼と青の配信はそんな中でもどんどん視聴数が上がっていった。猿宿内の他の配信者は投稿初心者がほとんどだったからだ。無駄にテンションが高かったり、身内で騒いでしまっていたり、知りたい情報があまり手に入らない配信であった。
蒼の噛み噛みながらも優しい語り口の配信は、これと言って見どころはなく際立った面白さもないけれど、猿宿内の配信では一番まともだったのだ。
その視聴者の中には、軍の上級将校や軍事評論家、行動学研究者などもいる。
一応は、猿宿内でも自衛官が二名だけ撮影をしているので、もちろんそちらの動画も見ているが、一般人視点というのは貴重だ。
あまり備えていなかった町や中高齢者が多い町、山に囲まれた町はどのようになるのか。あるいは住人に戦える人が少なく、逆に自衛隊のような大きな戦力が人口の割にかなりの数用意できた場合はどうなるのか。どこの国にだって同じような条件の場所はあるので、こういうケースが気になるわけだ。
ぬいぐるみが登場する、まるで子供向けの教育番組みたいなほのぼのとした動画なのに、厳ついおっさんがクソ真面目に見ているというおかしな状態になっていた。
とある国では、ガトリングガンを素手で抱えてぶっ放しそうな顔をしたおっさんが、口元を手で隠して、ぬいぐるみが手を振る姿を鋭い眼光で見つめていたりする。手の下の唇がむにむにしておる。
「わっ、ジョブが生えてきた!」
動画内で、ふいに中学生の男の子が驚きの声を上げる。
それは風見町でも起こっていた現象だ。本来、ダンジョンジョブはダンジョン内で特定の行動をしなければ増えない。地上系のジョブはその限りではないので、『ジョブ』としか言っていないこの男子がどちらを指しているのか蒼には分からなかったが、少し興味をそそられ、自分もステータスを見てみることにした。
「じょ、ジョブが増えたそうです。イベントが始まって、地上にも少し変化があるんでしょうか? 私も見てみますね。ふわ……?」
ステータスを確認した蒼の口から、戸惑いにも似た驚きの声が漏れる。
蒼のジョブ選択画面にも、今までになかったジョブが生えていたのだ。その名も『見習い人形士』。
わぁと控えめな歓声を上げた蒼は、早速そのジョブに就いてみる。女子高生と同じノリである。
「くーん」
変な声を出して、蒼はピシャゴーンを喰らった。
―――――――
『見習い人形士』
※前提・魔力を帯びた人形を使用しなければならない。
ジョブスキル
【人形魔法】
『五感共有』――魔力を消費して、人形といずれかの五感を共有できる。共有する五感の数で魔力の消費量が多くなる。
『スキル共有』――魔力を消費して人形とスキルを一時的に共有できる。ただし、人形の質に応じてスキルは弱体化し、共有できる個数も決まる。また、使用すると人形の劣化が進む。
【人形操作】
人形を操作できる。様々な要因で消費魔力が大きく増減する。
【人形お手入れ】
魔力と魔石を消費して、人形を修復する。
【人形の作り方・入門編】
人形の心を取り出すことができ、他の人形に入れることができる。ただし、すでに心を持っている人形には入らない。
【人形の友】
人形士の術理のようなもの。人形を扱うなんらかの技術が向上する予感。
【人形士の心得】
人形士としての身体を育む。なにかしらのステータスの伸びが良くなっている。
――――――
「ふわわ、凄い……あっ、すみません。今、ジョブを変更していました。『見習い人形士』というジョブです。早速使ってみますね」
正気に返った蒼は、配信を再開する。
使い方をなんとなく理解した【人形操作】により、今まで蒼が持って所々でカメラにカットインさせていた青が、ふわりと宙に浮いてカメラに映りこむ。
青は、ペコリとお辞儀をするとクルンと回って片手を上げた。
蒼は、どのくらいの燃費なのか気になってステータスを再度開くと、20秒ほどしか浮かせていないのに5点も減っていた。蒼の最大魔力は30点なので、120秒ほどしか動かせない計算だ。
「すごく魔力の減りが大きいですね。でも、楽しそうなスキルです」
蒼は目を細めて笑った。
青のぬいぐるみは、魔力を帯びた人形だった。
どうして魔力を帯びているかと言えば、蒼が命子と同じ【合成強化】を初期スキルで授かっていたからだ。
蒼はこの半年間、ひたすら青のぬいぐるみに【合成強化】をかけ続けていた。ダンジョン産の素材を手に入れる機会はレベル教育で貰えたお土産の一回しかなかったので、それ以外の全ては地上産の素材である。
なお半年間も繰り返したが、地上産の物は効率が悪いため、未だに青のぬいぐるみは『73/100』である。
それからというもの、蒼は時折、スキルで青を動かして配信を続けた。
日を跨いで少しした頃には蒼も就寝して明日に備える。
「それでは一先ず配信を終わりたいと思います。また明日……あっ、いえ、4時間後くらいから配信を再開したいと思います。見てくれてありがとうございました。バイバイ」
空中に浮く青が右手を振ってから、お辞儀する。
この頃には、ぬいぐるみの造形、時折映る綺麗な手、そして噛み噛みだが優しい声から、水飴青の名前が動画のコメント欄に現れ始める。
風見町も猿宿も穏やかな時間になったため、暇になった視聴者によって水飴青の過去動画が少しずつ検索され始めた。
――――――――――
《とある掲示板》
768、名無し
深夜だしどこも小家状態だな。
769、名無し
小家状態とな?
770、名無し
間違えた。小康状態です。
771、名無し
ちょっと待て、どうやったら間違えるの?
772、名無し
やめろ。ちょっと間違えただけだって。
773、名無し
768はしょうこうと読めてないんじゃないか?
774、名無し
やめろ!
775、名無し
小+家康で打って、間違えて康の方を消したってこと?
776、名無し
やめろよぉ!
777、名無し
777げと。
778、名無し
wwww
779、名無し
768が恥を晒したところで、小家状態の今のウチに何か見ておくべきことある?
780、名無し
小家状態の上手な消費の仕方は、やっぱりプイッター漁りか動画漁りかな。
781、名無し
(/ω\)
782、名無し
www可哀そうだから止めてやろうぜ。
俺は女子高生のプイッター読んでるぞ。
783、名無し
あー、いいね。それ採用。
784、名無し
お前らがあまり栄えてない町とかに住んでるなら猿宿の動画を推すぞ。備えてないとこうなるのかぁ、ってなる。
785、名無し
猿宿なら俺も見たけど、わいわいと変なハイテンションで、うーんって感じなんだが。
786、名無し
政府のサイトで見てる? 今だとナンバー3の動画が良いぞ。サムネイルが人形のやつ。ちなみにナンバー1と2は自衛官が撮影してるから、こっちも安定してる。ただ、視点が自衛隊寄りだな。
787、名無し
ナンバー3って水飴青って女の動画だろ? 今、V界隈で大騒ぎになってるよな。
788、名無し
知らん子だ。企業勢?
789、名無し
いや、個人勢。Vの意味あるのかって思えるくらいに、リアルの手をガンガン出してるクラフト系のVチューバーだよ。
790、名無し
珍しいね。ちょっと見てみよう。
791、名無し
『見習い人形士』って職業が出たってまとめで書いてあったけど、そんなのあるの?
792、名無し
割と初期に発見されたジョブだぞ。たしか、人と同じ強度の模型臓器を入れた人形を盾にする実験の過程で発見されたはず。知っての通り、剣を持ってるだけじゃ『剣士系』は出ないのと一緒で、ダンジョン内で人形を活躍させないと出ないぞ。
793、名無し
あー、その実験なら動画で見たわ。皮膚がクリア素材だから内部丸見えのやつだろ。人形が爆散する光景を俺の姉貴がけらけら笑って見てて、ドン引きした記憶がある。凄くカルマが心配だから叱っておいた。
794、名無し
ちゃんと教育しておけよ。でまあ、『見習い人形士』はクソ不遇職だと言われてるな。『冒険道』のジョブ一覧にも載ってるはずだぞ。まああそこには不遇なんて書いちゃいないけど。
795、名無し
不遇職とか凄いロマンあるじゃん。
796、名無し
多分だけど、このジョブは命子ちゃんクラスが就けばそこそこ強いと思う。でも、素人は自分の手持ちスキルがまず少ないうえに、そのスキルを人形に共有させてさらに弱体化するから、マジで使えないみたい。
797、名無し
地球さんTVでも見たことないし、かなりマイナーな職なんだろうな。
798、名無し
調べたけど、『五感共有』とかいうのは使えそうじゃない?
799、名無し
それ、今の時代だとドローンでできちゃうからな。遠隔で『五感共有』の切り替えができないみたいだから燃費も悪いし、長時間のスパイとかもできなさそう。
800、名無し
わいは将来的に強いジョブになる予感がある。
801、名無し
それ不遇っぽいジョブが登場する度に聞くセリフだわ。
802、名無し
まあガチな話、たぶん弱いダンジョンジョブってのはないだろうからな。一般ジョブは知らんけど。
803、名無し
青たんの過去動画見てきたぞ。どうしよう、手がめっちゃ綺麗でドキドキした!
804、名無し
わかる。しかも手先が器用でくるくる動くから捗るよな。
805、名無し
なんですぐ捗っちゃうの?
806、名無し
個人的には声が好き。大人しい配信だからおやすみボイスにぴったり。
807、名無し
俺、寝るのは無音で暗闇じゃなきゃ無理だわ。
808、名無し
つーか、ついさっきアップされた動画を見てきたんだけどさ。このコメントしてるネリスって子。紫蓮ちゃんじゃね?
809、名無し
どうしてそうなる。
810、名無し
だってNERISとかそのまんまじゃん。
811、名無し
ほ、ほんとだ!
812、名無し
いや、ユーザーネームは自由に付けられるからな。それを言ったらアラサーズってネームのやつはみんな……だろ? そもそもネリスとか10個ソシャゲやったら一人は同名のキャラ出てくるレベルでポピュラーな名前だし。
813、名無し
812の心は常にそうやって小家状態なの? ロマンを持てよ!
814、名無し
蒸し返すんじゃねえ!( `ー´)ノ
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朝日が昇る前に、起床を促す放送が流れ、猿宿の人々は起きていく。
人が苦手な蒼は熟睡できず、眠れたのか起きていたのか自分でも分からないふわふわした起床だった。
朝ごはんは各家から持ってきた物だ。
風見町と猿宿で大きく違う点を1つ挙げるなら、雰囲気を含めたご飯の質だろう。
猿宿は避難物資などを準備しておらず、避難勧告が起こってから各自が準備した食料と、小さな商店から提供されたカップラーメンや缶詰が全てだった。
避難は一日だけのことなのでこの程度でも大丈夫ではあるのだが、普段食べている水準の物が食べられなければ元気も出ない。
それをカバーするためにも風見町は炊き出しなどを行なって、言い方はあまり良くないが、非日常的なワクワクするような雰囲気を演出したわけだが、猿宿ではそういったことが行われなかった。というよりも、炊飯器などを持ち寄ることをしなかったため、できなかった。
「おばあちゃん。私はお仕事があるから、少し行ってくるよ」
蒼はおばあちゃんに言う。
まだ70の比較的若いおばあちゃんだ。
「それは蒼がしなきゃいけないの?」
「うん。私がやれば、少しだけみんなが楽になるんだよ」
どこか儚い雰囲気のある蒼の笑いをおばあちゃんは驚いたような顔で見つめると、少し涙を浮かべた目で頷いた。
いつも部屋に引きこもり、独り言を言い続ける変わった子だったけれど、やる時はやる子だった。それが嬉しいやら寂しいやら複雑な心境のおばあちゃんである。
一方で、おじいちゃんはそんな蒼に、『女子供は大人しくしていろ』と甲州弁で言い始めるが、おばあちゃんにビンタされた挙句に、『女子供が頑張ってるんだから男衆を集めてそれ以上に働け』とやはり甲州弁でガチキレられて、蒼や周りの人と共に震え上がった。
蒼は、怖いのですぐに準備してその場から逃げた。
邪魔にならないように校舎の外まで逃げて撮影の準備を始めた蒼は、目を見開いた。
昨晩のウチに何があったのか分からないが、蒼が撮影した猿宿の動画がバズっていたのだ。
やっぱり国の動画サイトは凄い、と蒼は思いつつ、配信を再開する。
「み、みなさん、おはようございます。でも、猿宿ではまだ夜も明けてませんけど。えへへ」
蒼は早速、昨晩覚えた【人形操作】で青を動かし、短い腕で後ろ頭を撫でるコミカルな仕草をさせた。
「それでは早速、撮影を再開しますね。まだ夜は明けていませんが、すでに多くの人が起きて活動を開始しています。あ……」
撮影を再開した蒼の目に、いきなり事件が映り込んだ。
畑の様子を見に行こうとしているおじいさんが数人いるのだ。それを自衛隊が必死で止めている。
この時点では、素人が孤立すれば確殺となる規模だとはまだ誰も知らなかった。だから、大したことにはならないだろうと思う人は、このおじいさんたちだけでなく世界規模でたくさんいた。
蒼は助けを求めるように泣きそうな顔で周りを見回す。
もしかしたら本当に大したことないかもしれない。けれど、もし違ったら?
でも、その自分の心配こそが見当外れだったら?
蒼のおじいちゃんも畑をしているから、蒼自身も畑を心配する農家の人の気持ちは理解できる。作物が全滅すれば、暮らしに関わるのだから。
しかし、それでも生きてこそだ。
死んでしまえば、家族と共に泣くことだって再起することだってできないのだから。
ぐるぐると思考の渦にはまり込んでいく蒼の耳に、ヒートアップしたおじいさんたちの声が届く。
思わずビクッと目を瞑った蒼は、怖くて涙が溜まった目を開いた瞬間にやけっぱちになった。
蒼は、学校の外にぼんやりと見える稲掛けの稲束を青に取ってこさせる。
それを青に被せ、さらに『真っ赤な画面』と入力して出てきた画像を点けたままのスマホを持たせる。
蒼は、大変身した青を、おじいさんたちのほうへ向けて移動させた。
物の形がまだよく分からない時間帯に、稲束を被った浮遊する物体はどう見えるか。
しかも、スマホをぶんぶん振るって赤い光を残像にしているので、完全に物の怪の類である。
「ひ、ひい……っ!?」
おじいさんたちが悲鳴を上げる。
それと同時に、校庭にいる全自衛官が臨戦態勢に入る。
それを見た蒼は、相棒が撃破されることを考えておらず、あわあわした。
「全員待機! 俺がやる!」
一触即発になった校庭にその声が轟いた。
藤堂である。
魔導書を2つ浮かべた藤堂は、凄まじい速度で青に肉薄する。
「あ、青……っ!」
魔法待機状態のエフェクトを宿した魔導書が、不規則な軌道を描いて薄闇に光の残像を残す。
青が持つスマホのバックライトが消え、代わりにぽつりと光が灯りすぐに消えていく。
騒ぎを聞きつけて観戦していた人たちから歓声が上がる中、ぺたりと腰を落とす蒼。
すぐに退散するつもりだったのに、まさか殺されてしまうなんて思わなかった。
「ひ、ひぅう……」
ポロポロ泣き始める蒼の下へ、藤堂がやってくる。
「ご協力感謝いたします」
そう言った藤堂は、蒼に青のぬいぐるみと画面が消えたスマホをこっそりと渡した。
どこも破損しておらず、ちょっとだけ稲のカスが付いた青が、いつもの顔で蒼を見つめていた。
「え……」
「報告します。今のは――」
蒼に背を向けて、藤堂は後始末の連絡を入れる。
魔物が出たとあればいよいよイベントがスタートするので、事情説明は欠かせない。この辺りのことまで、蒼は気が回っていなかった。
「よ、良かったよぅ……」
蒼は青をぎゅっと抱きしめ、改めてポロポロと泣くのだった。
藤堂の戦いぶりは、同じ命子スタイルを使う者なら演技だと見切ったことだろう。
魔導書はエフェクトを放つ魔法待機状態では殴ったりしない。なにせページを開いているので、殴れば耐久力がすごく減りそうだと躊躇ってしまうのだ。実際に閉じた状態よりも耐久力は減るし、威力も著しく減るので、正しい判断ではある。
さらに、藤堂は青に肉薄しすぎていた。命子スタイルはオールレンジだが、中距離攻撃の魔導書アタックからコンボに入るなら、肉薄して攻撃をスタートするのは不自然なのだ。
そして、最後に出てきた魔物を倒した時には出ない種類の光。
これは、【武器お手入れ】の光であった。魔物は光の粒となって消えていくが、【武器お手入れ】は普通に光るので、魔物と戦い慣れていれば光の違いがすぐに分かっただろう。
全ては、まだ周囲が薄暗かったからこそ通用する芝居であった。
蒼はグジグジと涙を拭い、藤堂の背中に向けてぺこりと頭を下げた。
一連の騒動を地面に放り出されたカメラがじっと映しており、物議を醸すことになる。
自衛隊に対応を任せず、人の恐怖心を煽った蒼は正しかったのか。
協力の姿勢を取れなかった老人たちの行動は正しかったか。
蒼に変なことをさせてしまうほどに事態を長引かせた日本の防衛隊はどうなのか。
2回目以降にも同じような案件は起こりうる。耳目を閉ざし、情報を断固として得ない人というのは一定数いるのだから。
その時、どのように対処するべきなのか、一つの課題として残る小さな事件であった。
それから20分後。
猿宿にも朝日が昇るのだった。
読んでくださりありがとうございます。
予想外に長くなってしまった……
評価、ブクマ、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます!




