6-34 わっしょい
本日もよろしくお願いします。
田舎道を自衛隊の車両がゆっくりと進む。
万が一魔物が出てきた時のために、荷台には命子たちが乗って夜風を浴びている。
命子たちはスマホでエネーチケーを見ていた。
イベントの終息が見えた段階にあり気が緩みかかっている風見町の住人に対して、これからの行動指針を自衛隊の偉い人が話している。
すでに出現している魔物が明日の朝まで維持されるのかというのが一番の焦点だ。残党がいないとは言い切れないのだから。
それにもう一つ問題がある。それは山から逃げてきた動物たちが必ずしも避難所を頼っていない可能性だ。逃げてきたは良いけれど、やっぱり大勢の人が怖くて、どこかの民家に隠れていることも考えられるのだ。
だからすぐには解散せずに、しばらくの間、各避難所で待機してほしい旨がエネーチケーで放送されている。
この放送は人から人へ伝播し、風見町の行動指針として理解されていく。
車両は電灯だけを頼りにしたような田舎道を抜け、住宅街に入る。それに伴って、自衛隊の北西山間部防衛作戦の音が遠ざかり、代わりに避難所の音が近づいてくる。
各避難所の要所では昼間と比べて数こそ少ないが未だ警戒態勢を取る自衛官や冒険者の姿があった。命子たちの姿を見つけると全員が手を振ったり、敬礼してくれる。
命子たちも荷台から頑張ってねぇと手を振って応えていく。
車両を風見女学園の近くのパーキングに停める。学園の敷地内は多くの人が活動しているため、車両が入れば迷惑が掛かるためだ。
下車した命子たちは、はぁやれやれ、と伸びをして歩き出す。
「あーっ、命子ちゃんたちだ!」
学園に入ると、すぐさま一人の女子高生に捕捉された。
慣れないことをして疲れたはずなのに元気いっぱいの女子高生たちが、わぁーと走り出す。
あっという間に囲まれる命子たち。
その先頭には部長が手をわきわきして待ち構える。
その様子がライトアップされ、カメラやスマホが向けられる。
そんな光景を眺める命子はハタとした。
ぼーっとしている場合じゃねえ!
「%$#龍姫にして魔導書士! 羊谷命子!」
命子は抜剣すると、未だ納得のいっていない種族名をぼかしつつ、剣を天高く掲げて名乗りを上げる。
それを見たルルが目を元気いっぱいに見開いて、ジャンプ一番空中でくるんと回りながら武器を抜き、すちゃりと着地して、次の瞬間に残像となって消えそうな深すぎるポージングを取る。
「凍てつく刃が闇を切り裂く! ネコネコニンジャー! ナッガーレ・ルル!」
薙刀の石突きが地面をトンと叩き、紫蓮の身体がぶわりと浮く。
空中で紫蓮は薙刀をくるんと回し、着地と同時に片足を上げてポージング。
「我が司るは武器の声を聴く権能! 魔導職人にして棒使い、有鴨紫蓮!」
なんか知らんけど前振りがエスカレートしている仲間たちにささらはあわあわしつつ、えいやと抜剣する。そして、白刃煌めく剣の舞を二閃だけ披露し、命子の隣で斜に構えてポージング。
「我が魂は仲間を守り、敵を討つ! 細剣騎士、笹笠ささら!」
えっ、カッコいいじゃん、と命子はみんなに嫉妬した。
しかし、もう名乗りを終えちゃったし続けるしかない。
命子は天に掲げた剣の周りでオーラを纏った魔導書をくるくる回す。
その瞬間、全員が各部から紫の炎を放出させる。
その先頭で、命子はンーッと頑張って角を青く、目を紫色に光らせる。
「我ら四人、数多の心の光をこの身に宿し、大いなる次元龍の試練を乗り越えん!」
バシーンッ! と今までで一番強そうなキメポーズに、一同はほけーっと口を開けて見つめる。しかし、呆然とする彼女たちの体の中ではギュンギュンとテンションゲージが上昇していき、あっという間にぷっくり膨らみ爆発する。
「「「わぁあああああ!」」」
学校中から大喝采が湧き上がった。
命子はうむと満足して剣を納める。
「も、もう辛抱堪らん!」
命子が剣を納めたのを見計らい、部長が突撃した。
命子は瞬く間に捕獲され、お神輿される。
「わっしょい、わっしょい!」
「わっしょい、わっしょい!」
命子はいつの間にか渡されたボンボンを手にして、リズムに合わせてフリフリする。
他の全員もお神輿に乗せられ、それぞれが手にボンボンを持たされる。ルルは満面の笑顔でフリフリし、紫蓮は女子高生のエネルギーに怯えながらフリフリし、ささらは顔を赤らめフリフリする。
しかし、女子高生は数が数だ。当然あぶれる者は多い。
そんな女子高生たちは気づく。魔法陣の上の戦いで活躍した人物がこの場にもう2人いることに。
「ちょ、まっ!?」
「はーわわわ、怒られちゃいますよぉー!」
命子たちの様子をニコニコしながら見ていた馬場と滝沢が餌食になった。
ボンボンを持たされ、秘書官姿のお姉さんたちがわっしょいされる。
ボンボンを必死で振るう命子の目に、教授の姿が映った。
教授は口元に手を添えて、くつくつと笑っている。
教授が連れてきた音楽団が神輿の周りで演奏を始めた。
音楽団の女の子たちは全員が誇らしげな顔だ。
彼女たちは命子たちの戦いをサポートし勝利に導いたのだから。
それに、戦闘は貢献度で経験値が分配される。つまり、三頭龍戦で彼女たちも経験値を得ていたのだ。人数がいるので命子たちに比べればずっと少ないけれど、世界の理は確かに彼女たちを評価していた。
今までで一番派手なお神輿祭りが始まった。
青空修行道場の人たちが楽し気に笑い、なんの縁かこの場に居合わせた遠い地の人たちは英雄のパレードを見る。
命子神輿の進む道の脇に、命子の家族の姿があった。
お父さんからはかつての軟弱さはなくなり、柔和な中に逞しさが宿ったように見える。きっと学園で一生懸命戦ったのだろう。
お母さんは割烹着を着て、何故か手に持ったしゃもじをブンブン振るって命子に声援を送っている。
そして萌々子は誇らしげに姉を見つめ、その頭の上で光子がキラキラした目で命子神輿を見ている。
そんな萌々子が女子高生たちの毒牙に掛かる。
魔法少女部隊の水弾でぐしょぐしょになった校庭の土をせっせと直す萌々子の姿を、女子高生たちは見ていたのだ。運動部からは大変に感謝されていた。
お神輿に乗った萌々子はあたふたし、光子は大はしゃぎだ。
そんなお祭り騒ぎが続く。
『ピーンポーンパーンポーン!』
お祭りが続き、しばらくすると唐突に地球さんの告知が始まった。
命子はハッとして真面目な顔に戻り、耳を傾ける。しかし、お祭りで刻んだビートが自然と女子高生たちの身体を揺らし、命子自身も無意識のうちにボンボンをわしゃわしゃさせ続ける。
地球さんの告知はどこに顔を向けて良いのか今一分からない特性があるため、みんなしてお神輿フォーメーションのままやや上を見つめる形である。
『たった今、全てのボス個体が討伐されました!』
命子たちが魔法陣の下に降りて、なんやかんやあって2時間近く経っていた。
自衛隊の山岳作戦はかなり迅速に行われたようだ。
ボスが倒されたという報告にお神輿のビートが少し激しさを取り戻す。
『全てのボスが倒されたので、これにてイベントは終了となります! 一時的に全ての魔物も消失するので安心して良いよ。みなさん、お疲れさまでした!』
「「「わぁあああああ! わっしょい! わっしょい!」」」
地球さんの終了宣言に女子高生の感情が爆発し、わっしょいが始まる。
しかし、それを止める者がいる。他ならぬ命子である。
「待て待てーぃ! 控えおろーぃ! ちゃんと地球さんの告知を聞きなさい!」
クワァッと叫びながら命子はボンボンを揺らした。
女子高生神輿は、そだったそだったとまた小康状態に変わる。
『いやはや、次元龍さんが参加して一時はどうなるかと思ったけれど、討伐おめでとう! 進化をした子も出てきて地球さんも先輩のお星さまたちからお祝いしてもらって、とても嬉しかったです!』
「命子ちゃんのことだ」「角生えとる」「目も光ってたよ」「お尻も前よりもちもちしてるかも」「汗が甘かったよ」「捗る!」
そんなことを囁きながらまたもビートが加速する。
『今回のイベントは地球さんTVでも配信されます。みんな見てねぇ!』
はー忙しい、と女子高生たちが命子のお尻の下で囁き合う。
流行の最先端を行きたい彼女たちに仮眠を取るという選択肢はないのかもしれない。
『さて、今回のイベントでほかの子も大体の流れは分かったでしょう。これから始まる今回と同系列のイベントは、基本的に地球さんからの告知はありません。備えて、是非とも楽しいお祭りにしてください』
その言葉に、各国、各町の偉い人は頭を抱えた。
風見町のイベントも唐突に始まったのでスタートの告知がないも同然だったわけだが、これでイベントが始まる前触れが分かるまで地獄が確定した。
『イベントが行われた地域に今後も魔物が出るのはすでに告知した通りだけど、他にも変化は多いです。例えば凄いスピードで動く乗り物はそのままで大丈夫かなぁ? ふふっ、まあそこら辺のことはみなさんで研究してみてくださいな』
命子はぴょこんと身体を弾ませる。
転勤族な教授がもうちょっと風見町にいるかもしれないと思って嬉しかった。
当の教授は、メモを取り続ける。
『そうそう、今日を境にして水中にもダンジョンが出現します。お魚さんたちはお待たせだったね。空にもダンジョンはできるけど、それはもうちょっと待ってね』
各国、各港町の偉い人は弱々しい手ぶりで日本にあるダンジョン観測所に電話するように指示を出す。凄く胃が痛くなってきた。
命子は、海はさすがに無理かなぁと思った。水場があるダンジョンというのはすでに存在するので、逆にいえば水中のダンジョンは陸があるものが珍しい部類になるように思えた。主役は水中の生物のダンジョンというわけだ。なんにせよ、無防備になり過ぎるダンジョンなのでフリとかではなく、ガチで一番に乗り込みたいとは思わない。
『それではみなさん、これで地球さんの告知は終わりです。お祭りに参加してくれたみなさーん、お疲れさまでしたー!』
地球さんの告知が終わる。
そして、イベントが終わったのだと実感させるかのように、緑色の膜が一つ煌めき光の粒となって霧散していく。
その瞬間、女子高生たちのテンションが爆発した。
「やったぁ終わったー!」「ひゃっふーい!」「打ち上げだぁ!」「祭りじゃ祭りじゃー!」
そんな喜びの叫びが、やがて一つの言葉に収束していく。
つまり、わっしょい、と。
命子たちの神輿に加えて、リーダー格の部長神輿などが乱立する。いや、もうぶっちゃけ誰でも良かったし、なんでも良かった。
スーパー元気な女子高生神輿が風見町を飛び出して、夜の町を練り歩く。
するとノリの良いオッチャンたちが、自分たちでも神輿を作り、誰かを搭載し始める。
命子たちのお父さんはもちろん、武勇を馳せた冒険者や、青空修行道場の仲間たちがわっしょいされる。
青空修行道場のメンツや学生たち、たまたまこの地にいた人から、人と共にあろうと決めた動物たちまでも巻き込んで。
笑い、歌い、踊り、食べ、時に涙し。
外部から雪崩れ込むようにしてやってきた救援部隊が見たのは、盛大なお祭り騒ぎだった。
後の世にまで続く、風見大小龍姫祭の起源であった。
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