6-32 三頭龍戦 後半
【注意】本日二話目です。
ささらのスラッシュソード。
命子の水弾と火弾。
今の攻防でその2つの威力を目の当たりにした自衛官たちは、それぞれが自分たちの役割を理解した。
バフが掛かった2人の攻撃をメインにして、自分たちは囮に徹すると。ある程度の攻撃力を伴う囮なので、決して無視はできまい。
しかし、その作戦を口に出すことはしない。できない。この龍は確実に人語を理解するだろうから。
数分と限定されているバフを最大限に使うため、自衛官たちは決死の囮を始めた。
身体を動かすことで誰かの役に立ちたいと入隊した騎士。
自衛隊の装備がカッコ良く思って入隊した剣士。
6人の弟妹のために中学を卒業してすぐに働き始め、18歳になると同時に入隊した棒士。
生まれた土地が被災地となり、子供の頃に自衛隊に助けられた分隊長。
世界に数多いる軍人の中に埋没する程度の実力でしかなかった4人の自衛官たちが、己のストーリーの全てを懸けて、龍の注意を引き付ける。
「ヘイトオーラ!」
3本の龍頭が騎士自衛官に殺到する。
憤怒の龍頭が大盾に噛みつき、左右から多眼龍と水龍の牙が迫る。
「ストライクソード!」
「強打!」
「水刃!」
2本の龍頭に仲間たちの猛攻が加えられる。
鱗が砕け、血飛沫が上がる中、それでも水龍が接近する。
しかし、その牙が届くよりも早く、真っ赤なオーラを纏った女の子が水龍の首の下に踏み込んだ。
「フェザーソォオオオド!」
桜柄の清楚な袂を凛と揺らし、美しい髪が踊る。
一撃で三条の傷を作る剣技が、水龍の首を斬り刻む。
「まだまだですわ!」
桜のサーベルに想いを込め、返す刃でスラッシュソードを放つ。
痛みのあまり水龍の首がその場を離れる。
紫の雨が降る中、ささらはさらに踏み込み、憤怒の龍頭にフェザーソードを叩き込む。
憤怒の龍頭が騎士の大盾から牙を外し、ささらに向かって首を薙ぐ。
赤と紫の炎を纏ったささらは、その薙ぎ払いを丸盾で受け止める。
「ぐぅうう!」
大重量の頭突きにささらの左腕が軋み、身体が後ろに押し込まれるが、そこにすかさず自衛官たちの猛攻が始まる。
少女たちの攻撃は終わらない。
「喰らえ!」
命子の放った水弾が多眼龍の顔面に刺さる。
「にゃふしゅ!」
反射的に目を瞑った多眼龍のそばをルルがふわりと舞う。すると、6つある多眼の2つから血飛沫が上がる。
空中でくるりと回って着地したルルを狙って多眼龍が首を振るって薙ぎ払おうとするが、ルルは地面に足を付けた瞬間に高速移動を発動し、攻撃範囲から抜け出す。
多眼龍がルルを狙って地面すれすれに降りたところを、すかさず馬場の鞭が引っ叩く。
目が潰れるほどの威力はないが、多眼龍の2つの目が一時的に使い物にならなくなる。
全ての頭が前方へ殺到する隙を狙う紫蓮。
魔法陣の上を駆けながら、龍命雷を力強く握る。
大好きな物作りと、大好きな命子たちと一緒に冒険するための武術。
「それが我を形作るもの。決して誰にも恥じることのない、我がいっぱい頑張ってきたこと!」
紫蓮の気持ちと共鳴するように、龍命雷の刀身が光を放つ。
武器を作り、武器を理解してきた紫蓮の魔力が龍命雷に溶け込んでいく。
「はぁあああああああああ、強打ぁ!」
全身を使って生み出された遠心力が龍命雷に唸り声を上げさせる。
強打の衝撃が龍の腹を覆う鱗を砕き、龍命雷に組み込まれた劣化龍の牙が鱗の奥に隠れた腹を食い破る。
『グァアアアアアアアアア!』
三頭龍が痛みの咆哮を上げる。
「全力で走れ!」
前足を上げるその仕草を見て、全員が大石畳返しが来ることを理解する。
しかし、攻撃を終えたばかりの紫蓮が反応できない。
そんな紫蓮を滝沢が小脇に抱えて走り出す。
「紫蓮さんは無茶ばっかりなんですから!」
「滝沢さんにはいつも苦労かける。ありがとう」
「どういたしまして!」
自衛官たちの活躍で生まれた一瞬の隙をルルが突く。
そのままでは多眼龍に捕捉されることは間違いないけれど、まるで戦場全体を俯瞰して見ているかのように的確な支援を行う命子によって、ルルは空中という隙だらけの場所から強襲をかける。
空中でぐるりと回転し、多眼龍の目を短刀で斬りつける。
コイツの目は恐らく水龍の視覚としても使われている。瞳を潰された水龍が的確に攻撃してきているのが良い証拠だ。
さらに凄まじい速度で身体を回転させる際にも、この多眼が移りゆく景色から多くの情報を拾っているのだろう。それはそう丁度命子の目のように。そうして、この多眼龍の情報収集力により三頭龍はバランスを保っているに違いない。
音もなく魔法陣に着地したルルは、視覚で確認するよりも早く、高速移動を駆使してその場を離れる。ルルの着地した場所を多眼龍の頭が通過した。
激しい戦闘の中、ルルは自分の魂に呼びかけ続ける。
天狗は言っていた。
あの地平の果てまで続く光の平原は日本さんの魂であり、そんな日本さんの声を聴いて命子たちは次元龍のマナ因子を活性化させられたのだと。
そして、それと同じ経験をルルもしているのだと。もちろん、ルルはそれがいつの出来事なのか知っている。
フニャルーのマナ因子、それはいったいどんなものだろうか。
きっと猫みたいに柔軟で、それでいて素早くなれるに違いない。
だけどそれだけではないはずだ。
多くの国の国境線が目まぐるしく変わってきた歴史を持つヨーロッパにあってなお、キスミアは19世紀まで発見されなかった。そうなったのは、厳しすぎる山々のおかげ。
万年雪に包まれた霊峰たち。
その中で最も偉大な守護山フニャルー。
ルルはモルバール山脈の頂に君臨するフニャルーの姿を思い出す。
その瞬間、思い出の中のフニャルーが動き出す。
雪と風が吹きすさぶ中、フニャルーがルルをジッと見つめる。
そうして、にゃー、とルルに向かって鳴いた。
その鳴き声は氷雪の渦を作り、ルルとフニャルーの間にトンネルを作る。
フニャルーの鳴き声は思い出の中から外へと出て、ルルの全身に駆け巡る。
すると、ルルが握った短刀から冷気が零れ始める。
「にゃ、にゃーっ!」
思わず返事をするように、ルルの口からも猫みたいな声が出る。
その時、紫蓮が大きな一撃を三頭龍に喰らわせた。
腹から大量の血を流しながら、三頭龍は全ての首を高々と上げて咆哮する。
首に連動して前足が上げられるが、誰も追撃に入ったりしない。恐らくどんな攻撃を喰らっても敢行するであろう、この必殺技は絶対に喰らってはいけない。
全員が三頭龍から離れる中、しかして唯一ルルだけは前方へ走り出す。
「ふにゃぁあああああああ!」
ルルは疾走しながら【NINPO】・水芸を発動する。
『GE・NINJA』になり水量が増した水芸。だが、そんなものが今役に立つはずがない。
しかし、ルルが放った水芸は、水を噴出しなかった。
その代わりに現れたのは、一本の小さな氷柱。
三頭龍はその上に激しく足を降ろす。バキンッと氷柱が砕けるが、それと同時に足の上から血が噴出する。
だが、必殺技はキャンセルされない。
三頭龍が地面に足を着ける瞬間、ルルは大きく跳躍する。
足を降ろした勢いの余り、首を垂れる三頭龍。その内の多眼龍の顔にルルは着地した。
まさか必殺技の最中に突っ込んでくるとは予想していなかったのか、驚愕する多眼龍。
自分を見るその4つの目に向かって、ルルは短刀で十字に切り裂く。
その切り傷の周辺がビキビキビキと氷で覆われていく。
大石畳返しが魔法陣を大きく揺らす。
命子は余震をあえてくらい、コロンと前回り受け身を取る。
そして、次いで発生した光の波を全力でジャンプして回避する。
何度も【イメージトレーニング】で復習してきただけに、不意打ちでなければ回避することは難しくない。ただ、三頭龍バージョンは練習してきたものよりも波が高く、かなりスレスレとなったが。
全員が難を脱するが、全員が離れたのを良いことに三頭龍が突撃を始めた。
その巨躯を躍動させるたびに至る所から紫の血を流し、自傷ダメージを受けていく。
その突撃先にいる、紫蓮、滝沢、ルル以外の7人がそれぞれ散開する。
「くぅ、やっぱりこういうのは私か!」
三頭龍は命子をターゲットにし、向かってくる。
「水弾! 火弾!」
命子はあてずっぽうで魔法を後ろに放ちながら必死に逃げるが、足の長さが違いすぎる。
他メンバーの遠距離攻撃がすれ違う三頭龍に放たれるが、それでも止まらない。
憤怒の龍頭が命子を喰らわんと襲いかかる。
「命子さん!」
そう叫んだ声に反応し、命子はあてずっぽうで横に飛んだ。
憤怒の龍の咢がガチンと閉じる。
その瞬間、命子の身体がぶわりと宙に浮いた。回避に成功したと思ったが、靴装備のぽっくりが牙に引っかかったのだ。
命子はブオンと上空に投げ出される。それは龍の真上だった。命子は軽いのでかなり高い所まで投げ飛ばされている。
空中に投げ出された命子は、クルクル回転しながら様々な景色を見る。
青空修行道場。
風見ダンジョン。
無限鳥居のダンジョン。
風見女学園。
魔法陣の上では、龍に向かって走り出すみんなの姿もある。
その景色の中に、命子はこれまでの修行の日々を思い出していく。
地球さんがレベルアップしてからたくさんの嬉しかったことがあった。
1人で魔物を倒し、カッコいい武器を手に入れ、魔物の攻略法を見つけ、みんなでボスを倒し、多くの仲間ができ、今日なんてこんなカッコいい曲をみんなが命子たちのために演奏してくれている――
そして、そんな様変わりした生活の中で、一番初めの嬉しかったことは!
「ああ、そうだよね。最初からお前は私と一緒にいたんだもんね? いっぱい使ったよね」
命子はぐるりと身体を捻ると真下で口を広げて待ち構える憤怒の龍頭を見つめる。
青と赤の炎を灯した2冊の魔導書がバラバラとページをめくりながら、命子の前へと飛んでくる。
命子は目を大きく見開く。
集中するあまり目がジクリと痛み、それを代償に全ての景色がスローで流れていく。
命子は己から魔導書へ伸びるラインに意識を傾ける。
このラインをもう一本、生み出せないものか。
コメカミがずきりと痛む。
これは拒絶反応か?
いいや、違う。
自分の魔力で作られた2つの魔法の相性が悪いはずがない!
命子の気持ちに反応するように、2つの魔導書からキラキラとした線が伸び始める。
それに連動するようにコメカミの痛みが強まっていく。
「合成ぇええええ強化ぁああああ!」
命子の叫びと共に、魔導書と魔導書の間にパスが繋がる。
魔導書の上でその時を待っていた水弾と火弾が交じり合う。
「いけぇええええ!」
炎を纏った水弾が射出される。
驚愕する憤怒の龍頭は緊急回避を試みるが――
その眉間に一本の黒い羽が突き刺さり、一切の身動きが利かなくなる。
炎を纏った水弾が無防備な憤怒の龍頭の口に叩き込まれる。
水弾の破壊力が牙を砕き、爆ぜた水が炎を纏って龍の体内を焼いていく。
命子はグルンと身体を捻り、2本のサーベルを抜き放つ。
「うらぁああああああ!」
命子は痛みに悶える憤怒の龍頭の瞳に、2本のサーベルを深々と突き刺した。
その一撃が致命傷になり憤怒の龍頭は首を真っすぐに立てたまま、力を失い倒れ込んでいく。
落下の衝撃で命子の下半身が軋み、バランスを保てなくなる。
そんな命子を馬場がキャッチする。
「びっくりするほど無茶するわねぇ!?」
「カッコ良かったでしょ?」
「ええ、最高だったわ!」
馬場に降ろしてもらった命子は、再び魔導書に魔法を灯す。
「さぁてラストスパートだよ!」
未だ2本の首が残る三頭龍。
しかし、命子の活躍で首が1本息絶え、紫蓮に捌かれた腹から大量の血を流しすぎ、その動きは見る影もなく悪い。
「スラッシュソード!」
度重なる斬撃を受けた水龍の龍頭は、ささらのスラッシュソードで両断される。
残った多眼龍は尻尾を振り回したりするが、未だに身体とくっついている憤怒の龍頭が足を引っ張り、とても脅威とは言えない攻撃だ。
しかし、命子たちは油断しない。
噛みつき攻撃がヒットすればささらと騎士自衛官以外はたぶん死ぬのだから。
腹を、首を、総攻撃していく。
「これで終わりだよ」
そして、命子が作り上げた炎を纏った水弾が多眼龍の口の中へ放り込まれる。
『ガァアアアアア!』
天に向かって絶叫する多眼龍。
「全ての物は私の魔法で無に還る」
命子はスベザンの主人公の決め台詞を言って、ぺすんと指を鳴らした。
鳴らせてない指パッチンの合図と共に、三頭龍は倒れ伏した。
そして、魔法陣の下で丁度演奏が終わるのだった。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ、評価、感想大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。