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6-31 三頭龍戦 前半

 本日もよろしくお願いします。

【注意】本日は二話更新です これは一話目です。

『グラァアアアアアアアアア!』


 開幕の狼煙を上げるかのように、憤怒龍、多眼龍、水龍の三つの龍頭が咆哮を上げる。

 命子たちは心を強く持ってそれを真っ向から受け止めた。

 恐慌状態に陥る者はいないが、先ほどと同様に衝撃波により大きく吹き飛ばされる。


 全員が着地と同時に即座に戦闘態勢に入り、駆け出す。

 命子たちも自衛官たちも、各々がどこかしらに紫の炎を宿していた。命子が天狗と会っていた頃、全員が現実とも夢ともつかないあの場所で同様に天狗と会っていたのだ。そこで何かしらの指導を受け、紫の炎を宿すに至っている。


『うっ、も、もう始めたのか!? 翔子、全員に伝えろ!』


「チッ、こんな時に!」


 左翼へと回り込む馬場の耳に無線機から教授の声が届く。


『これから君たちを強化する! 持続時間は10分と持たんだろう! しかし、これがその中の誰に届くかは不明だ、臨機応変に対処してくれ!』


「はぁ、そんなことができるの!?」


 馬場の驚きの声は、しかし教授には届かない。

 無線機の向こう側で教授が叫ぶ。


『これより援護を開始する! 演奏開始!』


 その号令と共に、風見女学園と風見中学校の屋上で、吹奏楽部や軽音部の生徒たちが楽器の演奏を開始する。スポットライトを浴びた学生たちの演奏が夜の風見町に広がっていく。

――――

『音楽団』

 ジョブスキル

【演奏】

 演奏を聞く者の能力を高める支援をする。強化したい対象を選べるが、演奏者となんらかの繋がりがなければ支援できない。また、曲目によってなんの能力が高まるか決まる。演奏中は常に魔力が消費されていく。

【音属性魔力融合】

 このスキルを持っている者同士の音属性魔力が融合可能になる。ただし、同じスキルを持っていてもなんの繋がりもない者とは融合不可。どのような条件かは要検証。

【音楽団の心得】

 音楽団の成長補正スキル。芸術的なセンスや器用さの成長が促されると思われる、要検証。

【演奏会】

 より広範囲に支援が可能になる。

――――


 教授が聞き取り調査した演奏系の団体ジョブは、団体支援に特化したジョブだった。

 本来なら先ほどの大規模ボス戦に使いたかったのだが、問題はこのジョブが自分たちのために戦ってくれる人であっても、何かしらの繋がりがないと強化対象にされないことにあった。


 故にほぼ冒険者と自衛官だけで挑むことになった大規模ボス戦には足並みを揃えるためにも使用できなかったのだが、そのおかげでここで使うことができた。


 その曲目は中学生の吹奏楽部に合わせたもので、アニメ『全ては俺の斬撃で無に還る』のオープニングソング。中学生吹奏楽部はこの演奏を動画で配信したりして活動を宣伝していた。

 高校生たちはスマホで彼女たちの動画を見て、凄まじい集中力の下で一回で曲を覚えた。ジョブを得た彼女たちは、それができるだけの実力を育んでいた。


「みんな! この中の誰かにバフが掛かるわ! 何か起きても落ち着いて!」


 馬場の言葉とほぼ同時に、管楽器やベース、エレキギターの音が交わるテンポの良い曲が流れ始める。そのメロディは、空に輝く魔法陣の上で今まさに走り出した命子たちの下へと届いた。

 命子、ささら、ルル、紫蓮の身体から赤いオーラが立ち上がる。それはかつて命子たちが戦った無限鳥居のタヌキがするバフと同じ色であった。


「こいつぁ燃えてきたぜ!」


 大好きな『スベザン』の曲を聞いた命子は、まるで劇中の主人公が浮かべるような不敵な顔で笑った。


「くっ、私たちには掛からないか……っ!」


 馬場は自衛官組にバフが掛かっていないことに歯噛みした。

 これはふれあった時間が関わっているのかもしれない。


「水弾、火弾!」


「おぉおおお、水刃!」


 分隊長が紫の炎が宿る杖を振るい、水の刃を飛ばす。

 同じく命子と馬場もまた、魔導書から魔法を放つ。


 先ほどと同じ初撃だが、結果が異なっていた。

 三頭龍の各首の鱗を砕いたのだ。


 しかし、命子はその結果に納得がいかない。

 たぶん、これは先ほどの水弾と変わらない。分隊長のように覚醒した者の魔法ではなく、みんながくれた支援による効果が上乗せされた結果に過ぎないと思ったのだ。


 三頭龍の横へ回り込みながら、命子は天狗の言葉を思い出す。

 ――自分がどんな武器を使って戦ってきたか。


「お前たちだよね!」


 命子は今も何かしらのパスで繋がって、自分の意のままに操れる魔導書たちに呼びかける。

 そうして、己の魂と魔導書たちとの繋がりを深く意識する。


 バラバラと高速でページをめくる魔導書たちと繋がっているそれは、今まで誰も見たことのない物だった。それが見えたのは、先ほどマナラインを見つめたからか。

 命子には、自分が無意識のうちに魔導書へ送り続けているとても微弱な魔力のラインが見えたのだ。


「きっと、私は魔導書を操作する力しか覚醒できていない……水弾! 違う!」


 命子は水弾を放ち、龍にダメージを与えるけれど、それがやはりいつもと同じ水弾だと理解する。


 魔導書士系は、魔導書を装備している時に魔法攻撃力が上がるマナ因子を蓄積している。

 それは魔導書を使い続けてきたことで、もう覚醒の時を迎えているはずなのだ。

 命子は、戦いの中で己の魂と、そしてそこから流れる魔力で操る魔導書と向かい合う。


 命子は両手に握る剣を納めた。

 この戦いで、前線に立つことはないだろうという判断だ。


「お前たちとはずっと一緒だったね」


 ダンジョンから帰ってきた命子は、手に入れた水の魔導書を大層気に入った。魔法に憧れがあったので当然だ。

 暇さえあれば魔導書を浮かせて鏡の前でポージングし、一日一回は必ず布でお手入れしてきた。一緒にお布団で眠った夜だってあった。【武具お手入れ】が使えるようになると、そんな日課に魔石でのケアも加わった。その後も、魔導書を得るたびに同様に大切にしてきた。


「そんなお前たちをもっと強化してやれないはずがない!」


 命子はクワッと目を見開き、前方に向けて手を掲げる。

 その瞬間、命子にしか見えない魔導書と繋がるラインが、太く変わる。

 そして、水の魔導書は水色の炎を、炎の魔導書は赤色の炎を宿した。


「行け! 水弾、火弾!」




 咆哮の衝撃を丸盾で殴りつけるようにして散らしたささらは、龍に向けて走り出す。

 かつて命子がそうしたように、背後にいる仲間たちを信じて。

 そして、それは命子たち魔法組の援護射撃という形ですぐに実現する。


 ささらは、みんなと同じ時間を過ごすため今日まで血の滲む努力をしてきた。

 他のメンバーがそうであるように、ささらもまた青空修行道場だけでは足りずに家の敷地で【イメージトレーニング】を繰り返し、この数か月で仮想の魔物を何千体も斬り倒してきた。


「そんな修行の日々には命子さんとルルさんがあの日譲ってくれたあなたがいましてよ!」


 あの日、無限鳥居の桜の下で命子とルルに貰った桜のサーベル。

 それはささらにとってとても大切な宝物。


 ささらが呼びかけ強く握ると、桜のサーベルがその気持ちに応えるように新たに紫の炎を噴出させる。


「はぁあああああああ!」


 龍の鱗が弾ける光景の中、スラッシュソードの射程である3メートルの間合いに入る。しかし、それは首長龍にとっても間合いの内側。踏み込むささらに向けて憤怒の龍頭が動き出す。


「ヘイトオーラ!」


 天狗にアドバイスを貰い、命子たちと同様に強化された騎士自衛官がヘイトオーラを放つ。しかし、龍頭の2本がそちらにターゲッティングするだけで、憤怒の龍頭はささらから離れない。


「水刃!」


 ささらへ迫る龍頭に分隊長の放った水刃がヒットする。

 しかし、龍頭は鱗が爆ぜたダメージに構わずささらに向かった。


 けれど、ささらは恐れない。ささらにとっての英雄がいるのだから。


「行け! 水弾! 火弾!」


 水弾が寸分違わず龍の頬を叩き、遅れて飛んできた火弾がさらに大きく顔を弾く。


 かつて龍の牙から命を救い、友に感謝してもらえたスラッシュソードへ想いを込める。

 感謝してもらえて嬉しくて、もっともっと上手に使うために、広い庭に作ってもらった目隠しフェンスの中で、魔力が回復したそばからスラッシュソードをひたすら練習してきた。

 それが今、本当の輝きを見せる。


「スラッシュソード!」


 目にも止まらぬ剣速で振り抜かれたサーベルから、神速の斬撃が飛んでいく。

 振り切った瞬間に、無防備な龍の首元から紫色の血が噴き出す。




 命子の魔法攻撃で憤怒の龍頭が弾かれる。

 他の2つの頭も身体で繋がっている都合、1つの頭が可動域を逸脱しそうになれば引っ張られる。三頭龍は、自分の身体なのでそのことをよく理解しているのだろう。

 命子の魔法で弾かれた勢いを利用し、身体を大きく横回転させる。

 たった今ささらが斬り裂いた首元から血が噴き出すが、そんなことなどお構いなしで3本の尻尾を薙いだ。


「おぉおおおおおおおお!」


 騎士自衛官が大盾をジャンプ台のように斜めに構え、迫りくる尻尾の軌道を強引に変えていく。

 1本目と2本目の軌道を頭の上に逸らすことに成功するが、ほぼロスのない超重量の攻撃の嵐に身体が悲鳴を上げる。


「強打ぁっ!」


 しかし、3本目が盾を弾く瞬間、滑り込んだ紫蓮が龍命雷でかち上げる。

 全ての尾が放物線を描くようにして命子たちの頭の上を越えていく。


「た、助かりました!」


「お礼はあと」


 紫蓮はジンジンする腕を叱咤して走り出す。


 紫蓮はこの中できっと一番弱い。

 ダンジョンが現れてから命子と同じタイミングでダンジョンへ入ることができたけれど、レベルは一桁でみんなよりも長い間足踏みすることになる。

 けれどその間も、棒のお稽古をして、生産をして、多くのことをしてきた。

 命子たちと出会ってからは、みんなについていくために寝る間も惜しんで大好きな生産と棒のお稽古を両立させてきた。


「さっきの強打は違う。我はもっとできる子」


 紫蓮は天狗の助言を思い出す。

 それは命子にも贈られた言葉だった。


 ――何を工夫し、何に心を動かされてきたか。


 恐らく世界で初めて【生産魔法】で魔法武器を作った紫蓮。

 そんな紫蓮も含めて、世界中の誰もが魔法武器を作るための技法を理解しないまま使っている。【生産魔法】で自分が何をしているかも分かっておらず、レシピに至っては書かれた通りに作っているだけなのだ。

 しかし、紫蓮は天狗から魂の話を聞いた。


「新しい世界が魂が重要な世界なら、きっとお前にも魂は宿っている。龍命雷、龍命雷、我はお前の力を引き出せてる?」


 だから、生産魔法で様々な武具を作ってきた紫蓮は、武器の声に耳を傾ける。




 頭の上を尻尾が通過する中、ささらと剣士自衛官はその隙を狙い、スラッシュソードを1発ずつ放つ。やろうと思えば3発は放てそうな時間だが、2人は力を宿した斬撃を乱れ撃ちできる領域に自分たちはいないのだと直感的に理解していた。


 回転を終えて三つの龍頭が再び正面を向いた。

 その内の1本、水龍の龍頭の口には先ほどと同様に水の渦が宿っている。


 しかし、尾撃で前衛が吹き飛ばされた先ほどとは決定的に違うところがある。ささらと剣士自衛官の位置だ。


「「スラッシュソード!」」


 2人は、水のレーザーを放とうとする水龍の首に向けてスラッシュソードを放つ。


「火弾!」


 さらに命子が火弾を顔面にぶつけると、炎が水龍の顔を舐めるように包んだ。


 しかし、それでもなお水の渦はキャンセルされない。

 それどころか憤怒と多眼の龍頭が援護するようにして、ささらたちに次の攻撃を行わせない。

 水龍の口が一度閉じ、ぐぐぅとエネルギーを溜める。


「スネイクバインド!」


 その時を待っていた馬場が、水龍の鼻面に紫の炎を宿した鞭を巻き付ける。


「私を忘れてもらっちゃ困るわね!」


 ワニは口を開ける力が弱いというが、それに似ている龍が同じとは限らない。

 しかし、魔法を使うために意識を割く水龍は、馬場の鞭に対処できなかった。閉じた水龍の口の中で並んだ牙の隙間から蛇口を押さえたように水が噴出する。


 水のレーザーをキャンセルされた水龍は、腹いせに大きく首を振るう。

 その動きに合わせて、体重が軽い馬場はぶわりと浮く。


「ほっと! スネイクバインド!」


 馬場はすぐさま水龍に巻き付いた鞭を解除し、新たにスネイクバインドを放つ。

 しかし、今度は三頭龍に向かってではない。滝沢の持つ盾に向かってだ。


「ふぬぅう!」


 鞭が巻き付いた瞬間、滝沢は大きく鞭を引っ張る。

 空中に投げ出された馬場に食いつかんとする多眼龍の咢が、何もない場所でガチンと閉じた。


 技を阻まれイラつく水龍の瞳に、影が迫った。




 ルルは、紫の炎を宿した足で魔法陣の上を疾駆する。

 誰よりも速く接近できるけれど、それはルルの仕事ではない。

 仲間を信じて、隙を狙い、大きな一撃を入れる。それがルルの仕事だ。

 三頭龍の回転攻撃が始まると、その隙を狙って斜め後方へと忍ぶ。


 今、ルルが持っているのは小鎌と短刀。メイン武器である忍者刀は先ほどの戦いで受けた一撃により、龍の足元へ転がってしまった。でも、戦える。


「ワタシはお前たちを強化させてあげられるスキルを取ってないデス」


 ルルは両手に握る武器に語り掛ける。


「でも、それなら柔らかいところに刺すだけデス!」


 馬場が水龍の口に鞭を巻きつける。

 その瞬間、ルルは全速力で走り始めた。


 NINJAになれたのが嬉しくて、あの日以来ピョンピョン跳んではママに自慢してきた。

 シャシャーと武器を振るってお稽古し、運動神経を高めてきた。

 その全てを今、開花させる。


 矢のように走り、最後の一歩を踏み込んで紫の炎が噴出する足をググっと溜める。

 三頭龍の死角となる斜め後方から飛びあがったルルは、水龍の頭に着地する。

 それと同時に、短刀と小鎌を目玉にぶっ刺す。

【目立つ】で発生したエフェクトにより、憤怒の龍と多眼龍の注目がルルに集まる。


 しかし、視線を切ったそばから遠距離攻撃が龍の身体を襲う。

 コンマ単位の隙を突く攻防が繰り広げられていた。


 ルルは慌てずに、他の龍頭の追撃を受けない方向へ離脱した。

 滞空するルルは、呟く。


「まだデス。まだワタシはいっぱいみんなに凄いねって言ってもらったことがあるデス」


【注意 本日は二話更新です。数分後にアップします】

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[良い点] 熱い。 激アツです。 全てが魂に通ずる新たな世界。 それは、全ての物にまで魂が宿ると考える日本と日本人だからこそ、より、親和性がある世界だと思います。 だからこそ、熱い。 想いのままに、熱…
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