6-27 戦勝祈願のオオバコ相撲
本日もよろしくお願いします。
夕日に燃える風見町は、すでにそこかしこで照明が灯っていた。
多くの場所で多くの人たちが魔物を斬り捨てまくっている。
その手際は初戦で魔物とぶつかり合った時とは比べ物にならないほど洗練されていた。
「はぁ、ていっ、これで終わり!」
命子は今回のウェーブで自分の下へやってきた最後の魔物を斬り伏せる。
二本のサーベルを納剣し、油断なく周りを見回す。
照明が灯ってなお濃い影が、多くの声と共に小学校の校庭でたくさん踊っている。
「逢魔が時か」
かつて無限鳥居のセーフティゾーンで、ささらやルルとそんな話をしたことを思い出す。
夕日の中で多くの人が戦う姿は美しくも、長く伸びた影はどこか踊り狂っているようで空恐ろしい。
そんな周りの様子を眺めて警戒しているとふと気づく。魔物が全くいなくなったのだ。
10分置きくらいにこの周辺の魔物進攻状況をお知らせしてくれていた緊急連絡も、ぴたりと収まっている。
各避難所は隣の避難所とそこそこ近いのでこちらがほとんど戦っていなくても、必ずどこか遠くから戦闘音が聞こえてきたものだが、それも今は止んでいる。
「もしかしてイベントが終わった?」
命子の呟きと同じことを多くの人が考えるとほぼ同時に、その声は轟いた。
『みなさん、お疲れ様。地球さんでっす!』
地球さんであった。
まあそうだよな、と命子は頷く。
そんな命子の下へ、ルルと馬場が集合した。
『もうそろそろイベント地域で太陽さんが見えなくなります。今この時より、しばらくの間休憩になります。夜が訪れたら再開するからそのつもりでね』
それを聞いた命子は、一先ずその場にポテンと座った。
和風のポシェットからペットボトルを出し、粉末ジュースで飲み物を作り始める。
ルルや馬場、他にも近くで戦っていた冒険者たちもそれに倣う。
校舎に帰るのは地球さんの話を聞き終えてからだ。
『みんな想像以上に頑張っているね。綺麗なお花を咲かせた子もいて地球さんは嬉しく思います』
命子はゴキュゴキュとジュースを飲み、そのままルルに渡す。
ルルも遠慮なく間接キスでゴキュゴキュする。
そして、最後に馬場が役得役得とゴキュゴキュする。
『さて、これからイベント地域内の250か所に特殊フィールドが展開されます。この中にはボスが1体ずつ入っています。このボスは移動しませんが、このボスは倒さないと周辺から一定時間ごとに魔物がたくさん出てきます。逆にいえば250体のボスを倒し尽くせばイベントは日の出を待たずに終了という寸法です』
250体ってすげぇな、と命子がドン引きする一方で、マンション青嵐の屋上で一帯の見張りをしていた観測班がギョッとする。特殊フィールドの出現を目視できたのだ。
最悪なことに特殊フィールドは普通に町中もたくさん含まれていた。周辺の家の倒壊、電柱の倒壊、それらは絶望的だ。しかし、顔を青くする観測班とは裏腹に地球さんは言う。
『そうそう。この特殊なフィールド内では、動物さんの巣が壊れる心配はしなくていいよ』
「へぇ、よく分からんけどすげぇことができるんだなぁ」
命子は地球さんをペシッと引っ叩いた。
『後半戦がスタートしてしばらくは魔物が出てこないので、ボスを叩くチャンスですよぉー。ダンジョンみたいに6人じゃなくても戦えるから、お祭りの最後を飾れるように奮ってご参加ください』
そう言って地球さんの告知は終わった。
にわかに騒がしくなる校庭の中で、命子は校舎に掛かった時計を見て馬場に問う。
「馬場さん、今日の日の入はあと1時間10分前後?」
「ええ、そうね」
馬場は、腕につけたごつい時計を見て頷く。
普通の高校生である命子が日の入の時間なんて細かい情報を知っているのは、日の出と日の入は、このイベントのキーワードだからだ。
「ねえねえ、馬場さん。私たちも参加できる感じかなぁ?」
「うーん、そうねぇ……」
おねだりするように上目遣いをする命子の顎をこしょこしょしつつ、馬場は少し困る。思考する時間稼ぎの顎こしょこしょともいう。
命子たちは相当に重要人物である。それと同時に下手な自衛官よりも腕が立ってしまうという厄介な子たちでもある。
だから、ボス戦に投入していいのか馬場には判断できなかった。けれど、自衛隊の多くがボスに投入された場合、今の自衛隊ポジションには恐らく本人たちの希望という形で命子たちが入ることになるだろう。それはそれで危険だ。
それなら、自衛隊と共にボスと戦ってもらったほうが安全かもしれない。
「なんにしても、状況を聞いてからね」
馬場はそう締めくくり、一先ず休憩に入るよう促した。
馬場や小隊長が作戦会議に参加する間、命子は所用を済ませる。
「おトイレが超懐かしかった!」
「あれ、ここはメーコの通ってた学校じゃないデスよね?」
「うん。でも交流はあったから何回か入ったことあるんだよ」
小さな町なので、運動会やバザーなどがあると隣の小学校へ遊びに行くことがあった。
そんな際にしか入ったことのないおトイレだったが、命子はロリだった頃の記憶をしっかりと覚えていたのだ。
「命子お姉さま!」
そんなことを話している二人に話しかけてきたのは、女子小学生のリーダー的な存在、金子蔵良だった。たくさんのお友達を連れてやってきた。
「おう、クララちゃん。怖くなかったか?」
命子はクララの頭をわしわしと撫でて言った。
すでに命子と同じくらいの身長なのが辛い。命子は上げ底ぽっくりを履いているので、ギリギリ絵になっている。
「はい、大丈夫です! お二人ともカッコ良かったです!」
「まあなっ!」
小学生に褒められて、命子の気持ち良いゲージがむくむく上昇する。
そんな命子の背中に、一緒に連れてこられたオオバコ幼女がぴょーんと乗っかってくる。
命子はそんな子供たちに職員室へ案内してもらう。
二階にある職員室に向かう道中では、今まで戦っていた冒険者たちが休んでいた。
小学生にヒーローを見る目で見られる者もいれば、親に大層褒められている青年、あるいは何やらラブコメを展開している男女もいる。
みんなのために戦い続けた人たちは、少なくない尊敬を集めているようだった。
命子は、そんな中の一つの集団に目を向けた。
戦況を見回すことが度々あった命子は、彼らが冒険者の中でも相当な活躍を見せていたのを知っていた。
「あっ、兄ちゃんたち」
「「「え? はわわわわわっ!」」」
命子が声を掛けると、6人組の冒険者たちは全員が慌てて立ち上がった。
「あ、あわわ、休んでるところごめんなさい」
命子は己の発言力に怯えた。
大を動かす発言力を得ている自覚はあったが、まさか小が軍人よろしく整列するとは思わなかった。
こういう時、命子に関わる多くの人が座ったまま対応してくるので、面食らったわけだ。
「いえいえいえ、全然休んでないでござる!」
「そ、そうですな! なっ、皆の者?」
「イエス!」
命子は、強いのに変な喋り方をする兄ちゃんたちだな、と紫蓮を思い出す。
まあなんにせよ、お休み中に邪魔するのはいかんと、命子は言いたいことを言った。
「特に用というわけではないんだけど、兄ちゃんたち、凄く強かったね。カッコ良かったぜ!」
「ニャウ、良い連携だったデスよ!」
命子の言葉に続き、ルルもうんうんと頷く。
「ひぅぐぅ……っ!」
すると一人が大粒の涙を流し始めた。
命子とルルは狼狽え、一緒についてきた女子小学生たちは突然の男泣きに怯えた。
「どどど、どした兄ちゃん!?」
「我らがかm、じゃなかった、羊谷さん。申し訳ありません、同志一之宮は涙腺が壊れているのです。粗相をお許し、ひっく、お許し、ぐぅ……粗相をお許しください……っ」
そんなことを言って、その青年は一之宮と呼んだ青年と共に泣き始める。
お互いに肩を貸し合ってそこに顔を埋めて泣く姿に、一部の女子小学生たちが『えもい、えもい』とヒソヒソしだす。
「お、おう! ま、ま、まあ、そういうわけで凄く良い感じだったよ!」
命子とルルは逃げた。
その後ろを女子小学生たちがキャッキャと攻守の話をしながらついてくる。
「よく分かんない人たちだったぜ」
「ニャウ。ニッポン男児は謎デス」
ルルの中で日本男児が謎になった。
そんなプチイベントをこなしつつ、クララたちの案内で職員室に到着する。
職員室は、全部の机の上から不要な物が退かされて非常に綺麗にされた有事仕様だ。その代わり机の下や引き出しの中は大変なことになっている。
そんな机を使用して、避難者や先生の中でパソコンに強い人が情報収集に努めている。
命子たちは入口の前で職員室の中の様子を窺う。
学生にとって職員室は入りづらい場所であった。
職員室の一角では、馬場や小隊長が作戦本部とのテレビ会議を今まさに終えたところだった。
「馬場さん、どうだった?」
命子はやってきた馬場に問う。
「町内にいるボスを同時に叩くわ。命子ちゃんや一部の冒険者にも手伝ってもらうことになりそうね。決戦よ」
「ヒューッ! 思い切ったことすんね! そう来なくっちゃ!」
「にゃふーぃ! やるデスよーっ!」
命子とルルはハイタッチする。未だ命子におんぶされているオオバコ幼女も手を伸ばしてルルとハイタッチ。
それからすぐに全ての避難所に連絡が流れる。ハウリングを恐れ、町内放送は使わない。
話の内容は以下の通り。
ドローンやテイムされたタカなどで情報を得て、250か所の特殊フィールドは町内だけでなく山中にも及んでいることが分かった。
山が多い日本の田舎町である風見町は、居住地域よりも非居住地域のほうが広い。しかし、ボスが出現したポイントは居住地域のほうがずっと多かったようだ。
特殊フィールドの出現した法則性は、今までこのイベント中に魔物が湧くスポットになっていた場所の全てが該当し、それ以外の場所にも現れている。
特殊フィールドは紫の膜になっており内部の様子が見ることができたが、今のところ内部に入ることはできなかった。
地球さんが言うように、そこにはすでに一体のボスが鎮座している。
そのボスの内容はG級からE級ダンジョン相当のもので、日本以外のダンジョンのボスもいた。
町内のボスの割り振りとしては、E級が10体程度であとは半々といった様子だ。ただし、山中のことは正確には分からない。
これらのボスからどれほど魔物を生み出されるか不明なため、少なくとも町内に存在する全てのボスは即刻排除することで決定された。
これから募る有志で集まった数によっては、自衛隊が部隊を編成して、風見町に向く山の斜面に存在するボスも叩く予定である。
問題の町中に出現したボスの数は、155体。
これは猿宿は考えられていない。猿宿で排除すべきボスは35体だと考えられており、これはなんとかなるだろうというのが救援部隊の見通しだ。
155体というのは小さな風見町の規模からいって、非常に多い。
1平方キロメートル内に必ず複数のボスがいる状態だ。
こんな有様なので、ボスをスルーして今まで通りに防衛するという選択肢はないに等しかった。とはいえ、魔物がいつから出現し始めるか不明なため、各避難所には引き続きある程度の自衛官を配置すると告げられる。
「これよりみなさんの中から有志を募ります。みなさんに相手をしていただくのは町中に出現したG級のボスです。各作戦には最低でも1名の自衛官がつくことになります。またこの作戦は、初級防具かそれに相当する防具を付けている者のみに限定させていただきます。本作戦に参加しない方は引き続き避難所の防衛を手伝っていただくことになります。それでは参加していただける方は、この線を越えてこちら側にお願いします」
全体連絡が終わり、小隊長が引き継いで話を結ぶ。
小隊長はこう言ったが、命子、ささら、ルル、紫蓮にだけはF級を一体相手してもらうことになり、4人は了承していた。もちろん、このメンバーには他にも馬場や滝沢、他にも自衛官が参加する予定だ。
宵の始まりを告げる紫の空の下、すっかりライトアップされた校庭に一本のラインが引かれていた。
片方には自衛隊員たち。もう片方には冒険者や指導員。
その境界を、命子とルルが越える。
それに続くように今さっき命子が褒めた兄ちゃんたちが続いた。
少女の双眼を背負った兄ちゃんたちは、胸を張って境界を越える。
命子はにやりと笑い、兄ちゃんたちは目を潤ませて大きく頷いて応える。
そして、彼らに続いて続々と境界を越えていく者が現れる。
サーベル老師の足は動かない。
本当はとても行きたいのだろうけれど、老師はもしものために学校を守るほうを選んだのだ。
命子と老師は、境界の内と外で視線を交わし、頷き合った。
「それではこれで締め切らせていただきます。……あーっと、羊谷さん、その子は?」
参加要請を打ち切った小隊長は、命子の背中に未だにひっついているオオバコ幼女を見て、困惑した。まさか連れていくことはないだろうが、英雄と奇行種は紙一重だ。念のために確認した。
「ほら、降りて。お留守番だよ」
命子は身体を揺すってから、身を屈めた。
オオバコ幼女は、うんしょと降りると、持っていたポシェットから2本のオオバコを取り出した。
「お姉ちゃん、勝負しよ」
「へっ? いや、今は大事な時だからね」
「やだやだぁ! お姉ちゃん、勝負したいの!」
「えぇー、唐突なわがまま。分かったよ、1回だけだからね? あ、小隊長さんすみません、すぐに済みますので」
問答するよりもプレイしちゃったほうが早いと思った命子は、差し出されたオオバコを手に取ってオオバコ相撲を始めた。
風見町で暮らす冒険者や一部の自衛官は、決戦前とはいえ、その光景を無視できなかった。みんな一度はオオバコ幼女に負けていたのだ。
これ以外の人たちも命子が関わることなので注目する。
「「はっけよーい」」
「のこったのこったぁ! えいえい!」
「ののったののったぁ! えいえい!」
重なり合う掛け声と共に、二人の小さな手の間で2本のオオバコがギュッギュとせめぎ合う。
「のこったのこったぁ! えいえい!」
「ののったののったぁ! えいえい!」
命子が持つオオバコは【合成強化】を施していない平民オオバコだ。いつもならそんなクソ雑魚一瞬でぶった切られるのに、どういうわけか良い勝負をしている。
命子はチロリと唇を舐め、必死にオオバコを操作する。1回だけだからね、とやれやれしていた少女はすでにどこにもいなかった。
そして、その時は訪れた。
なんとオオバコ幼女が持つオオバコがプツリと切れたのだ。
命子は目をまん丸に開いて、自分のオオバコを見つめる。そして、ぶわりと喜びが湧き上がってくる。
「ふぉおおお、勝ったぁ!」
「マジかすげぇ!」
「あのオオバコマスターに勝ったのか!?」
事情を知らない人から見れば完全に大人げない娘だが、事情を知っている人からすれば命子と同じく声を上げるほど興奮のシーンだった。
そんな中でオオバコ幼女は、キャッキャと笑う。
「負けちった」
「ふふん、ごめんね。勝っちったよ」
「うん。お姉ちゃん、強くなった。んふふ。あたしに勝てたから、絶対にこの戦いも勝てるよ」
その言葉を聞いた命子や大人たちはハッとした。
オオバコ幼女は、ゲン担ぎの勝負をしてくれたのだ。
そして、恐らくこの勝利すらもオオバコマスターの力で操作されているっ!
「あはっ、あははははっ! うん、今まで散々負けてた私が勝てたんだから、今日は絶好調だね!」
「うん!」
命子とオオバコ幼女のやりとりに、周りの大人たちに笑いが溢れる。
とてもこれから決戦に向かう雰囲気ではないが、全員の心に勝利の確信が宿った。
オオバコ幼女は、頑張ってねぇ、と手を振って校舎へ帰っていった。
命子はそんなオオバコ幼女に手を振ると、笑いながら勝利のオオバコを指先でつまんでクルクル回した。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
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