6-25 贖罪の花 後半
★★【注意】本日二話目です、お間違えないよう★★
今日は普通の日とは少し違い、職員もお年寄りも朝も早くから活動していた。
人に魔力が宿り、身体の快方に伴って記憶なども快方に向かうケースもあり、ホームの人たちは割かし元気な人が多いのだ。
食堂ではお年寄りやその家族が集まり、テレビに釘づけになっている。
そんなホームの様子もまた、特殊な場所の防衛を撮影するべくこの避難所を自らの担当としたテレビ局のクルーが撮影していく。
とはいえ、入居者の様子2割、職員の対応2割、外での防衛方法6割といった感じでの撮影だが。
食堂のテレビでは、今まさに魔法少女部隊が大活躍している場面を映していた。
「お前さんの学校は凄いじゃないか!」
テレビで生中継される風見女学園の活躍を見て、お年寄りたちが大喝采を送った。
プロレスが大流行りした時代の人たちなので、こういうのが大好きな人は多いのだ。
「この人とコイツがすげぇんだよ。この人はみんなをまとめる三年生の部長で、超カッコいいんだ。で、コイツはなんと羊谷命子なんだ! あの羊谷命子だぞ、凄いだろ!?」
「へぇ!」
「それでな、コイツらは魔法少女部隊っていうアホみたいな名前の部隊なんだけど、羊谷と部長が作ったんだ!」
悪っ娘もまた柄にもなく大はしゃぎだった。テレビの横で指をさして説明している。
しかし、お年寄りたちは顔しか知らない有名人よりも、よく来てくれる悪っ娘が大はしゃぎするその姿のほうが可愛く思った。
昨日からこのホームに避難している家族たちは、悪っ娘の解説を熱心に聞きつつ、テレビの中の子たちと同じ制服を着ているこの子はなんでここに居るんだろう、と不思議に思う。
一方、その間にもホームの外では魔物が攻めてきて戦っていた。
この場所はあまり敵が来る立地ではないのか手加減されているのか分からないが、50から200体と少ない。
冒険者やオッチャンたちが建物の周りに展開し、自衛隊が主で戦う、そんな戦場だった。
テンション高く説明していた悪っ娘は、学園を襲った魔物が殲滅されると徐々に落ち着いた。
そうして、歓声を上げて喜び合う仲間たちの姿を遠い景色を見るような眼つきで見つめた。
悪っ娘はこのホームで自分がマイナスカルマだと公言しているわけではないけれど、それを察するだけの年の功をお年寄りたちは持っており、悪っ娘の姿を切なそうに見つめる。
自分たちに優しくしてくれるこの子がいったいどれほどの悪事を働いたのか知らないけれど、神様に文句を言ってやりたい気持ちだった。
画面の下方にあるテロップに、マンション青嵐に大きな群れが接近しているという情報が流れる。
その情報にはご丁寧に、どこのチャンネルで見られるかも書いてあった。より多くの戦いを見て学んでもらえるようにテレビ局同士で連携されているのだ。
その文言に気づいた悪っ娘は、首を振って言う。
「次は青嵐だってさ。忙しないね」
リモコンを手に取り、指定の番号に指を添えた悪っ娘は、大興奮の魔法少女部隊を眩しそうに見つめてから、チャンネルを変えた。
と同時に、食堂では朝ご飯の時間になる。
悪っ娘は、ささらが映されたテレビを少し名残り惜しそうにしつつ、配膳を手伝うことにした。
1時間過ぎ、2時間過ぎ……普段ゆっくりと時間が流れるホームとは思えない早さで時は経つ。
悪っ娘は、食器を片づけたり、洗濯物の回収を手伝ったり、あくせく働く。
時おり、防衛して戦う自衛隊や青空修行道場のオッチャンたちの姿を窓から見下ろしたり。
10時頃になるとお年寄りと外で戦う人のためにおにぎりを作り始め、12時になると今度はそんなお年寄りたちの食事の配膳を手伝う。
そんな最中に、緊急放送は流れた。
遮音性の高いホームの壁の向こうで、この避難所に500体規模の魔物が進行していると言っている。この避難所では今までで一番多い大群だ。
「羊谷……あたしは……」
外の景色を眺めて、悪っ娘は小さく頷く。
「あたしの戦いをするよ」
魔法少女部隊が活躍する裏側で、他の子たちも校舎の中で活躍する場面が少しだけ映された。
戦う力や勇気がなくても何かができるのだと、風見女学園の少女たちが世界に、そして悪っ娘に教えてくれた。
だから、自分もそうやって戦うのだ。
――悪っ娘が河川敷に咲かせ続けてきた花々がそよそよと揺れる。
にわかに一階のロビーが慌ただしくなる中、悪っ娘は飄々とした態度をしながら配膳を続ける。
「ありがとう。魔物が来たら私がばしっとやっつけてやるからね?」
配膳をしたお婆ちゃんが、ほっほっと笑った。
「そいつは心強いね。その時はモップでも持って一緒にバシバシぶっ叩こうぜ」
「そうだね。バシバシ叩いて追い返してやろうね」
「はははっ、最強のチームだね。さて……ん?」
お婆ちゃんとお話しして次の配膳を手伝おうとその場を離れようとした悪っ娘だったが。
「キリコさん、どうしたの? どこか痛いの?」
そんな声がするほうへ顔を向いた。
そこでは、キリ婆ちゃんが床に座り込み俯いて泣いていた。
その周りのお婆ちゃんたちが尋ねており、職員も駆けつけようとしていた。
悪っ娘もまたすぐにその場に向かった。
「どうしたの、キリちゃん?」
悪っ娘は自身も床に腰を下ろして、キリ婆ちゃんに尋ねる。
「まことちゃん……」
顔を上げて悪っ娘を見たキリ婆ちゃんは、またポロポロ泣き始めた。
職員のおばちゃんが代わろうとするが、他のお年寄りがそれを酷く真剣な顔で引き留めた。
「まことちゃんがせっかくくれたお花を踏んじゃったの……」
見れば、昨日プレゼントした花が潰れてしまっていた。
悪っ娘はキリ婆ちゃんのしわしわな手を取って撫でた。
「キリちゃん、大丈夫だよ。また持ってくるからさ。だから泣かないで、な?」
「うん……でも、せっかくまことちゃんが持ってきてくれたのに……とても綺麗だったから、カナちゃんに自慢しようと思ったのよ?」
ハラハラと涙を流してしょんぼりするキリ婆ちゃんの姿に、悪っ娘の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。
古ぼけた駄菓子屋のカウンターで、多くの子供たちが来るのを温かく迎え続けてきたキリ婆ちゃんの優しい笑顔。
これはきっと、そんなキリ婆ちゃんの優しさを裏切って万引きをした過去の自分に向けられるはずだった涙だ。
いらっしゃい。
今日も元気ね。
気をつけて遊ぶのよ。
また来てね。
思い出せなかった元気だった頃のキリ婆ちゃんの声が蘇った。
悪っ娘は、キリ婆ちゃんの手を撫でていた手を引っ込めて、握り締める。
「は、ははっ、キリちゃん」
悪っ娘は、口角を悪戯っぽく上げた。
飄々とした悪っ娘にしては、とても下手くそな笑顔だった。
「実はキリちゃんに内緒にしていたんだけどね、あたしは魔法が使えるんだ」
「魔法? そうなの?」
涙を拭いながら、キリ婆ちゃんはきょとんとした。
「ああ、そうさ」
悪っ娘は、ポケットから出したハンカチでキリ婆ちゃんの涙を優しく拭う。
そして、目元から離したそのハンカチの上に【花】を咲かせた。
花屋の瀬戸婆ちゃんが育てた花とは違い、素朴で小さな白い花だ。
「まあ!」
パンと手を合わせて少女のように顔を綻ばせるキリ婆ちゃん。
悪っ娘は、震える手でハンカチに咲く花をキリ婆ちゃんに渡した。
「こんな花で悪いんだけれど、我慢してくれるかな?」
罪人が生んだ穢れた花だ。
人の都合で貶められた普通の花とは違い、本物の縁起が悪い花だ。
だから、悪っ娘は、このホームに瀬戸婆ちゃんが育てたちゃんとした花を持ってきていた。
けれど、今だけはこの涙を止めるために悪っ娘は【花】をプレゼントした。
キリ婆ちゃんは、優しい目で受け取った花を見つめる。
「ううん、とても綺麗な花よ。あなたの優しさが籠ったとても素敵な花だわ。ありがとう」
その言葉を聞いた悪っ娘は、くしゃりと顔を歪めた。
「は、はは……こ、こんな、どうしようもない花を……綺麗って……うっくぅ……素敵だって言ってくれるのか……っ!」
そうして、泣きながら精いっぱいの強がった笑みを作る。
《Sインフォ 魂が慚愧の至りに達し、多くの者があなたへの救済を心から願いました。あなたは贖罪の試練を越え、魂から罪の意識なき盗みの穢れが消失しました。あなたの咲かせ続けてきた花々が、あなたにランダムスキルを付与します》
「こんな物で良いのなら、いくらでも、うっく、いくらでも咲かせられるんだ。だから、泣かなくっていいんだ、笑ってよ、キリちゃん」
悪っ娘は泣きながら自分の持ち物に花を咲かせ続ける。
その姿を見つめるキリ婆ちゃんの時間が、ふわりと再び動き出す。
キリ婆ちゃんは悪っ娘の手を取って優しく引き寄せて、抱きしめた。
「ありがとうね、日向ちゃん。大きくなってもあなたは本当に優しい子ねぇ」
「き、キリちゃ……は、あ、あぁあ……っ」
過去の記憶によって重ねられた誰かではなく、本当の自分の名前を呼ばれたことに日向はもう下手な笑いをすることはできなかった。
子供みたいに泣きじゃくり、ごめんなさい、ごめんなさい、とキリ婆ちゃんの小さな身体に縋って泣いた。
キリ婆ちゃんは、そんな日向の背中をポンポンと優しく叩いた。
周りのお年寄りたちの中で、もはや泣いていない者はいなかった。
《Sインフォ 蜘蛛の糸が発動しました。日向の救済を心から願った者の罪の一部に救済が波及します》
日向の涙に反応するように、日向が生み出し続けてきた花々が淡い光を放つ。
それは河川敷で風に揺蕩う花々だけでなく、キリ婆ちゃんのために咲かせた花々も等しく淡く光り輝く。
「まあまあっ、日向ちゃん顔を上げて見てごらん」
「ひぅっく……」
淡く光る花々を眩しそうに見つめるキリ婆ちゃんは、日向に顔を上げるように促す。
日向は涙が流れ続ける顔を上げた。煌めく視界の中では、自分が咲かせた花々が淡い光を放っていた。
「まるで私がお友達と一緒にやった物語みたいだわ」
キリ婆ちゃんは、演劇の会の公演で小学校を巡った日々を思い出しながら目を細める。
日向の口の中で、その公演の時に貰った駄菓子の味が蘇った。あの時は考えもしなかったけれど、あれはきっとキリ婆ちゃんの駄菓子屋と関係していたのだろう。
光る花々からスッと何かが抜け落ちて、日向の周りに集まってくる。
それはぶわりと幻想の花々に変化する。
ああ、そうか。
自分は赦されたのか。
その光景を見て、日向はそう悟った。
けれど、飛び跳ねて喜ぶような気持ちにはなれなかった。
マイナスカルマはまだまだ残っていた。
きっと、これはおまけのようなものなのだろう。
だから、これからちゃんと歩んでいかなければならない。
日向は、グシグシと涙を拭い、幻想の花々を目に焼き付ける。
すでにテレビで馬飼野がこれを咲かせる風景を見ていたので、これがどういうものなのか日向には察しがついた。恐らく、スキルが得られるのだろう。
「叶うかどうかわからないけれど、あたしは【花】のままで良い。キリちゃんが素敵だって言ってくれた【花】が良いんだ。頼むよ、地球さん」
日向の真摯な願いが世界のスイッチをカチリと入れる。
《Sインフォ マナが満ちた大地で【花】を望む者が現れました。ワールドミッション達成。世界に【花魔法】に関わるジョブ、スキルが解放されます。一部の一般ジョブがグレードアップします》
淡い光を放つ花々が、光り輝く種を一粒作り出す。
その種は、日向の胸にスッと入り込んでいった。
幻想の花々は、花弁を散らすようにキラキラ輝きながら消えていった。
日向は胸をギュッと押さえて、一拍目を瞑る。
自分の過去を噛みしめ、再び目を開けた日向は、いつも通り飄々とした笑みを見せていた。
「ほら、キリちゃん! そんなところに座ってると風邪ひいちゃうよ。立って立って」
「あらあら、そうねぇ」
日向はキリ婆ちゃんを補助して椅子に座らせてあげる。
「どんなスキルを貰ったんじゃ?」
近くのお爺ちゃんがグシグシと涙を拭って尋ねてきた。
孫娘のように可愛がっていた娘なので、良いスキルを貰えたか心配なのだ。
日向は、自分のせいで止まってしまった昼食を進めることを優先したかったが、なんだかんだ自分のスキルも気になった。
ステータスを開いてみる。
―――――
御影日向
16歳
ジョブ なし
レベル 0
カルマ +460『??? +1000』
魔力量 10/10
・スキル【花魔法】
・称号 なし
―――――
ステータスを閲覧した日向は、驚いた。
-600くらいあったカルマが+460になっているのだ。
慌ててログを追ってみれば、直近で『??? +1000』という凄まじいプラスカルマが加算されている。
ホームで頑張った系のログは他にあるし、日向にはこれについて思い当たる節が全くなかった。
しかし、この『???』系の存在は聞いたことがあった。
大抵の場合、かなり多くのカルマがプラスされるが、どうしてそれを貰えたのか誰も分からないのだ。世の中ではこれについて調べるべきではないという意見もある。『???』なんて書いてある以上、これがなんであるか知った者は受け取れる機会を失うタイプのものなのではないかと考えられているからだ。
「それでどうだった?」
他のお年寄りも興味津々で尋ねてくる。
日向はとりあえずカルマについては置いておき、【花魔法】という【花】に近そうなスキルを見て、地球さんに感謝した。
そして、どんなスキルか考えると強い衝撃が身体に走る。
しばらくして正気に戻った日向は、頭を振るってから、頷く。
日向は、テーブルに置かれた花を手に取った。
それは、キリ婆ちゃんが踏みつぶしてしまった瀬戸婆ちゃんの花だった。
日向は、その花に【花魔法】を使った。
すると、潰れてしまった花弁が修復されていく。しかし、取れてしまった花弁までは元に戻らない。
日向の魔力はその一回で全て使い切ってしまった。
「【花魔法】だってさ。花を治したり、花に宿った力を取り出すことができる魔法らしいね」
日向は、修復された花をキリ婆ちゃんに再びプレゼントした。
キリ婆ちゃんは微笑む。その手には、日向が咲かせた他の花々も大切そうに握られていた。
「良かったねぇ」
「うむうむ、こんなジジイ共にいつも会いに来てくれる子が悪い子なわけねぇさ」
お年寄りたちが口々に日向が日の当たる場所を歩けるようになったことを喜んだ。
「ほらほら、んなことは良いからご飯にしようぜ。とっくの昔に冷めちまっただろ」
日向は褒められまくって、照れた。
止まっていた配膳を再開し、食堂ではご飯のおかずとして先ほどの日向のことがそこら中で話題に上がる。口々に日向がどれほど良い子なのか自分のことのように自慢し、キリ婆ちゃんはニコニコしながらそんなお話を聞いた。
そんな中でふいに外から歓声が沸く。
外を見てみれば、どうやら500体の魔物を掃討できたようだった。
日向はホッとしつつ、自分に宿ったスキルについて思った。
「羊谷。やっぱりこの戦いには参加できそうにないけど、少しだけ誰かの役に立てるようになったぞ」
日向は、青空修行道場に連れていってくれた命子に少なくない感謝があった。
あそこに連れていってもらっていなかったら、どうなっていただろう。
きっと盗みを続けるようなことはなかっただろうけれど、まだまだ暗い道を歩いていたに違いない。
日向は、学園があるほうへ顔を向けて小さく笑うのだった。
この時を境にして、マナが一定値を超えた地域では【花魔法】を覚えられるジョブ、そして、それから派生するジョブが出現し始めることになる。
読んでくださりありがとうございます。
なお、【花魔法】はマイナスカルマ者専用スキルではありません。いずれこの点は書きますが、今日の話でわざわざ書くのはくどいと思いましたので書いてないです。
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誤字報告もありがとうございます。