6-24 贖罪の花 前半
★★本日二話更新です、これは一話目です★★
本日もよろしくお願いします。
命子たち女子高生組と別れた悪っ娘は、坂を駆け上る。
片側に歩道がある二車線道路で、左右が花壇と雑木林になっている坂道だ。
悪っ娘は道の半ばまで行くと、はっとして足を止めた。
坂道で乱れた呼吸をハッハッと整える悪っ娘の視線の先には、チューリップが植わっていた。
「そうだよ、今日は手ぶらだった……」
こんな日に土産もなにもないだろう。
けれど、いつも持っていっている物がないのはなんともしっくりこない。
目の前にあるチューリップは花壇に植わっている花だ。
茎に伸ばしそうになる手を制服の上に着たパーカーのポケットに仕舞い、悪っ娘は目を閉じて、首を横に振る。
たった一輪か二輪。
けれど、多くあるからといって貰っても良いわけではない。
老人ホームの職員がお世話している花だし、そもそもこんな事態なのだからきっと許してもらえるだろうけれど……ダメなのだ。
悪っ娘はポケットの中でギュッと手を握り、来た道を引き返した。
戻る途中でスマホが鳴った。
親からだ。悪っ娘の家は隣町なので、家族は緑の膜の外だった。
悪っ娘は息を整えて、電話に出る。
当然親は心配していた。
大騒ぎして心配する親の声がスマホから流れ、耳からスッと遠ざけた。
声が落ち着いたのを見計らって、悪っ娘は、通話を再開する。
『いーい? 誰かに守ってもらうのよ、無理しちゃダメだからね!?』
「大丈夫だよ、ママ。この町の奴らはみんな強いから、あたしは応援してるだけだよ」
『絶対よ? 魔物と戦うのはカルマがプラスになってからで十分なんだからね?』
「ははっ、当たり前だよ。あーっと、みんなと準備しなくちゃだから、切るよ。時間との勝負だからさ。じゃあ、心配しないで」
そんなやりとりを終えて、また走り出す。
青空修行道場の人たちが付近の住宅で忙しなく働いている姿を横目に、悪っ娘はいつもお世話になっている無人販売所の前で足を止めた。
老人ホームが近いだけあって、そこはお見舞い用に花が多く売られている。
「はぁーはぁー……これだから雑魚は……っ!」
レベルは0、スキルは【花】だ。
体力は人並みにあるけれど、それは以前の世界と同水準に過ぎない。
坂道を駆け上がり、ブレーキを掛けながら駆け下りれば、女の子の体力はあっという間に削られた。
息を整えた悪っ娘は、花を選び始める。
「赤はダメなんだってさ。お前はあたしと同じでダメっ子だ。おっとっと、あたしってばポエマーじゃんね、超ウケる」
この無人販売所はお見舞い用の花を求める人を想定しているため、縁起の悪い花はそもそも置いていない。
しかし、赤い花だけはニーズがあるのか他とは離れた場所に置いてあった。
老人ホームに行き始めた頃、悪っ娘は、赤い花がお見舞いに持っていくにはあまり良くない物だと知らずに買っていったことがあった。
特に誰にも文句は言われなかったけれど、後日、ネットでふと調べてそれがマナーとしてあまり良くないことだと知った。まあ贈る相手が好きなら、そんなマナーにこだわる必要はないのだろうけれど。
「お嬢ちゃん。いつも買っていってくれる子だね?」
花を選んでいると、ふと農家のお婆ちゃんが話しかけてきた。
悪っ娘は独り言を呟いていたので、ビクンと身体を跳ねさせて振り返る。
「はははっ、婆ちゃん。それはたぶん人違いだよ。あたしみたいなギャルが花なんて買わないよ。あたしくらいになると貢がせる方さ」
悪っ娘は、身だしなみが決していいとは言えない自分の姿を、どうだとばかりに腕を広げて見せびらかした。
お婆ちゃんは、声を立てずに小さく笑う。
「お金はいらないよ。好きなだけ持っていきなさい」
「え、でも……」
「こんな時だし腐らせちゃうだけさ。だから、お嬢ちゃんの優しさにアタシも協力させておくれ」
「……はははっ、変な婆ちゃんだな。じゃあ遠慮なくたくさん貰っていくよ。婆ちゃん、名前は?」
「瀬戸さ。ここら辺はみーんな瀬戸だけどね」
「田舎あるあるだね、じゃあ花屋の瀬戸婆ちゃんか。婆ちゃんも早く避難しなよ」
「お嬢ちゃんもね」
悪っ娘は、バイバイと言って、再び老人ホームへ向けて歩き出した。
その胸に、お金を払わずに手に入れた花束を抱えて。
悪っ娘は、改めて坂道を登り始める。
花を抱えているので歩きだ。
すると、すぐに後ろから青空修行道場の人たちが軽トラに乗ってやってきた。
「おう、嬢ちゃん。荷台に乗れよ」
「良い女だからすぐにナンパされちゃうね」
「はははっ、そんだけアホなこと言えれば生き残れるな、良いことだ! さあ乗りな」
悪っ娘は、荷台に乗せてもらった。
本当はダメだが、まあ有事なので。
「なんだお前さん、そんなにたくさん花なんて持って。友達と一緒じゃないのか?」
一緒に荷台に乗っていたオッチャンが尋ねる。
悪っ娘は、肩を竦めて答えた。
「あたしはここに配属。花は避難所で寝てるための宿賃だよ」
「えー、お前さんそれは……いや、あ、あーん。そ、そっか、なるほど」
ツンデレなんてヤングな言葉を知らない初老に片足を突っ込んだオッチャンだが、ビビッと察した。
青春の1ページを思い出してちょっと精神的ダメージを喰らったので、オッチャンは同乗しているオッチャン仲間と話し始める。
軽トラは荷台に人を乗せているのでのろのろ進むが、それでもすぐに老人ホームに到着した。
ホームではすでに町役場から指示を得ている職員の人たちが、忙しなく働き始めていた。
「よぉ、おばちゃん。大騒ぎだね。ハロウィンには一か月早いよ?」
「あらあらっ! もうアンタはいつもバカなこと言って。あれ、また花を持ってきてくれたの? いつも悪いわね、アンタは手伝わなくて良いからみんなの相手をしてあげてくれるかい?」
「はははっ、やっぱりサボリ代を持ってきて正解だったね」
悪っ娘は、悠々とホームの中に入っていった。
その後ろ姿を多くの人が生暖かい目で見つめるのだった。
食堂に入った悪っ娘を、ホームのお年寄りたちはびっくりしたような目で出迎えた。
「あらよー、こんな日にまで来てくれたのかい?」
地球さんの告知も聞いたし、食堂のテレビでは当然、風見町が置かれている状況を告げていたので、お年寄りたちも現状を知っていた。
「魔物は婆ちゃんたちを狙わないからね。だから一番安全なここに逃げてきただけだよ。魔物が出てきたらジジババのフリをして見逃してもらうのさ」
「またアンタはそうやって天邪鬼なこと言って。面白い子だね」
「事実なんだけどなぁ。そうだ、花を持ってきたよ」
一輪ずつ花を手渡しで配っていくと、お年寄りたちは嬉しそうに顔を綻ばす。
そんな些細なことから近くのお友達と花にまつわる昔話を始めたりする。
プレゼントついでに、悪っ娘は、話題を提供することにした。
「今日の花は、このホームの下にある花屋の瀬戸婆ちゃんからのプレゼントだよ。つったって知らないかな?」
「まあまあ、タマちゃんの! 知ってるわよぉ、元気にしてた?」
「うん、元気だったよ」
「あれ、おかしいわね。タマちゃんは一昨年亡くなったんじゃなかったかしら?」
「おいおい婆ちゃんたち、いきなり怪談はやめてくれる?」
「そりゃ、川向こうの瀬戸商店のタキちゃんだべぇ?」
「あー、そうよ、タキちゃんね!」
「ありゃ歌が上手くてなぁ、カラオケに行けばみーんな聞き惚れたもんじゃよ」
女三人集まれば姦しく、それは歳を取っても変わらない。
オシャレや恋愛、旦那や子供、そして昔話や健康と、話の内容は移りゆくのだろうけれど。
お爺ちゃんにも花を配る。
お爺ちゃんたちは、照れくさそうに花を見つめた。
「男共は花を貰う機会なんてあまりないからね。きっと女よりも嬉しいんだよ。ほら、タツさんも口をへの字にして恥ずかしがっちゃって」
お婆ちゃんたちがそんな風に言って笑う。
多くの男性が花を貰うのは特別な時だ。この時代のお年寄りなら、きっと卒業式や結婚式でさえ花をもらうことなんてなかっただろう。
だから、一輪だけの花を見つめて、数えられる程度しかない花束を贈られた時の記憶を懐かしむ。
そして、悪っ娘は一人のお婆ちゃんに花を渡した。
しわしわの手で愛おしそうに花を受け取り、お婆ちゃんは嬉しそうに笑った。
「まあまあ、まことちゃん。また来てくれたのね。いつもお花ありがとう」
「うん。キリちゃん」
悪っ娘は、頷く。
「今日は、カナちゃんはいないのかしら?」
「今日はお家の手伝いだってさ」
「そう。やっぱり大変ね、おっきい農家の子は」
「うん」
「カナちゃんの上に5人もお兄さんがいるんだから、お兄さんたちが全部やればいいのにね」
「うん。でもカナちゃんはお姉さんだから、妹と弟の面倒を見てあげないと」
「ふふふっ、そうね。カナちゃんたらすっかりお母さんみたいだものね。この前も学校でね――」
自分に誰かを重ねて見るキリお婆ちゃんの話に合わせて、悪っ娘は会話した。
決して適当に言っているわけではない。
夏の始まりからキリお婆ちゃんと接し、キリお婆ちゃんの歴史を悪っ娘はかなり知っていた。
時には、キリお婆ちゃんのリハビリなども手伝うけれど、今日はそれどころじゃないのでゆっくりお話の相手だけする。
しばらくそうしていると、このホームにいるお年寄りの家族が避難してきて、一気に賑やかになった。けれど、キリお婆ちゃんの下には悪っ娘だけだ。
悪っ娘はずっとキリお婆ちゃんと話した。
そんな風に緩やかな時間を過ごしていると夕ご飯の時間になり、あっという間に就寝の時間となった。
外ではまだまだ大騒ぎだけれど、遮音性の高いホームの中にはあまり音が入ってこない。
悪っ娘は外に出た。
「よぉ、オッチャン。さっきぶり」
「おう、嬢ちゃんか」
「なにかやることはある?」
「ははっ。なんだ、サボリはもう良いのか?」
「考えてみれば、あれは下の花屋の瀬戸婆ちゃんからのプレゼントだったから、サボリ代にはならなかったみたいなんだよ」
「は、ははははっ! 面白い嬢ちゃんだな。じゃあ、そうだなぁ……カップラーメンにお湯を入れる係を手伝ってやってくれないか」
「おっ、あたしの得意料理じゃないか。オッチャン、見る目あるよ」
飄々とした悪っ娘の言葉に、オッチャンはまた笑う。
悪っ娘は、女子高生型カップラーメンお湯入れマシーンとして大活躍した。
この数分後に投稿したいと思います。