6-22 ダンジョン区の戦い
本日もよろしくお願いします。
太陽が中天に昇った正午――風見町ダンジョン地区。
ここでもまた、大きな戦いが起ころうとしていた。
すでに周辺の避難所から戦闘犬が飛び出し、ダンジョン区へ向かい始めた大きな群れから少数ずつ魔物を引き寄せて分散し、ダンジョン区へ進攻する魔物の数を700体ほどに減らしていた。
ダンジョン地区は、たくさんあるカプセルホテルや冒険者協会の建物に避難している人たちを守っている。
何度かの集団戦闘を経験して、修正し、確立したその防衛方法は各学校とは異なった。
ダンジョン区内部で一気に魔物が出てくることはないようなので、あえて大人数は配置せず、大群を迎え撃つ者は基本的にダンジョン区の外にある大きな道路に展開している。
さらにその大きな道路から枝分かれした道にも魔物を引き入れるようにして戦う。
各道路に引き入れられた魔物は自衛隊と戦い、あぶれたG・F級が後ろに控えている冒険者たちに誘引されて戦闘になっていく。その道路沿いに広い敷地があるのなら、遠慮なく使用される。
早い話が、各道路を使って学校で行われている篩の戦法を小規模かつ多数箇所で行なっているのだ。一つ違う点は、ダンジョン区に繋がる主線道路以外は守るべき一般人がいないので、最悪、冒険者は進路さえあれば撤退ができる。
そして、ダンジョン区内や各道路に立ち並ぶ建物の上には、イレギュラーで湧いたE級だけを専門に倒す自衛隊の遊撃部隊が控えている。
彼らは上から魔法などは放たない。それをすると、魔物が家屋に雪崩れ込むと教授の実験班がすでに調査済みであった。
この陣形はダンジョン区だけでなく、広い戦闘スペースが取れない避難所で採用され始めていた。
「みなさん。先ほどの緊急の放送で告げられた通り、このダンジョン地区にも大きな群れが迫ってきています。これから私は声をお届けする余裕ができないかもしれません。その際はご容赦ください」
カメラに向かってそう告げた男は、ズレることのない眼鏡を片手でクイッと持ち上げながら、魔物が向かってくる方向を鋭く見つめた。
お茶の間のテレビに映されたその横顔を見て、30代の女性たちがハラハラキュンキュンとする。
かつて人が良さそうなだけだった男の顔は、ダンジョンに潜って敵を倒し、地上で厳しい修行をする中で、より一層逞しく色気のある男の顔に変わっていた。
20代から40代の女性が結婚したい男性有名人・上半期総合1位の男。
戦うダンジョンリポーター・鈴木夢太郎である。
鈴木の周りには4人の仲間の姿があった。そして、その5人を撮影するのは相棒でありカメラマンの神谷である。
人気番組『大冒険者時代』をお茶の間にお届けするメンバーは、最初は4人だったが、現在は2人加入して6人となっていた。
鈴木と神谷以外の4人は護衛なのだが、人気番組にレギュラー出演しているため知名度はかなり高い。特に最初からいる剣士2人は、元々は芸能界と無縁の雇われ冒険者だったのだが、今ではキャンプ用品のCMに出るほどシンデレラボーイしていた。
鈴木は、カメラからほんの少しずれた場所へ視線を投げかけて、言う。
「神谷君。大きな戦いになりますが、君は何があっても明日の日の出まで生き残り、血反吐を吐いてでもカメラを回し続けなければなりません。だから、もし私たちが負傷しても君は役割を全うしてください」
「酷い頼みだな、鈴木さん。だが、了解した。この命に代えても必ずカメラを回し続けよう」
「君には毎度、一番辛い仕事をさせてしまって申し訳ありません」
「なぁに、終わって一杯飲ませてくれれば忘れちまいますよ」
本来喋ることのないカメラマンと鈴木のやりとりに、テレビの前で2人のグッズを胸に抱いた女性たちがポロポロと涙を流す。これが仕事仲間の熱い友情……っ! トゥクンである。やり方がズルい。
「君たちも私に付き合う必要はありません。少し下がったところで防衛にあたってくれるだけでも十分です」
「ふっ、水臭いですよ。僕たちも鈴木さんの戦うリポートに最後まで付き合います」
「くははっ、鈴木の旦那ぁ。俺らにも一丁前にファンができちまいましたからね。応援してくれる人たちのためにも、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいきゃせんよ」
最初からいる剣士2人もカッコいいことを言い始め、後から入った2人もやる気を示す。
「ふふっ、野暮ってものでしたか。……みんな、ありがとうございます」
起こっている事実を映像と共にお届けする他のテレビ局にはない熱いやりとりに、視聴者はまるで一つの物語を見ているかのようにテレビに見入った。
彼らの番組はいつもこうである。最終的にシーンカットなどの編集はするものの、台本は大まかな目的だけ。あとはダンジョン探索のありのままの姿を仲間たちと共にお送りしている。
仲間の言葉に優しく笑う鈴木は、しかし、すぐに気持ちを切り替え、眼鏡を触りながら遠くを鋭く見つめる。大通りの先端で、激しい戦闘音が鳴り始めたのだ。
「来ましたね。では、気合を入れていきましょう」
「「「おう!」」」
大江戸テレビクルーは、周りの様子を一番撮影でき、敵が一番流れてくる主線道路を戦場とした。
自衛隊の活躍で多くの魔物が左右の各道路に入っていく中、鈴木と仲間たちは直進してきた魔物と対峙する。
鈴木は、片手にマイク、片手にショートソードを構える。
装備のほとんどは風見ダンジョン10層の妖精店へ突撃取材に行った際に買った品々だ。
ショートソードでG級を斬りつけ、さらにマイクでも斬りつける。
鈴木のマイクは特注品だった。
外側はダンジョン素材で作られており、さらに柄部分は初級装備の短剣を取り付けられるようになっている。
この特注マイクにより、鈴木は『見習いダンジョンリポーター』のジョブスキルである【手持ちマイク装備時、全武装性能アップ 極小】を発揮させる条件は満たしていた。
しかし、マイクと武器が一体となったこのアイテムは、オンオフの切り替えをしなければマイクが音を拾ってしまう。これを上手く扱うには武術と同じように相応の修練が必要であった。
「先ほどまでの戦闘が肩慣らしであったかのような恐ろしい数です! この戦闘をご覧になっている皆さん、改めてお願いです! 風見町の戦いをよく見て、次に備えて研究してください!」
鈴木は、魔物を倒しながら器用にマイクを使って訴えかける。
鈴木は、イメージガールをした命子たちのダンジョン案内イベントを撮影した都合で、他の民間人より早くレベル0から抜け出した特殊な経歴を持つ。
専業で戦闘ジョブを鍛えてはいないものの、毎日仕事が終わってから続けている修行の成果もあり、強いと評価される冒険者と遜色ない活躍をみせる。
時にショートソードで斬りつけ、時に脚甲のついた足で蹴りを喰らわせ、時にマイクについた短剣でこめかみをぶっ刺す。そして、隙を見つけてはマイクを使ってリポートする。
何度も共にダンジョンに潜ってきた仲間3人がその報道を補助しながら、敵を倒していく。
鈴木の仲間たちも仕事がない時はひたすらトレーニングに費やしてきた。
昨今では多くのテレビ局で真似され始めたダンジョン番組だが、元祖は自分たちのチームなのだという自負が彼らにはあった。
山登りのドキュメンタリーには山登りの達人並みのカメラマンが必要であるように、ダンジョン番組を作成し続けるなら冒険者の最先端を突っ走るチームでなければならないのだ。
剣術と初期スキルの魔法を操る生真面目な色男、加藤。
剣と盾を駆使して戦うは、江戸っ子口調の柴田。
……他、2名!
大江戸テレビや飛ぶ鳥も落とす勢いのキャンプ用品メーカーなど、巨大なスポンサーを後ろ盾にしてトレーニングに打ち込む彼らは、全員が相当に強かった。
カメラマンの神谷は、そんな鈴木たちの活躍だけではなく、戦場を平面的にできる限り広く撮影する。
他の避難場所では建物の上から俯瞰する映像が主だったが、神谷が撮影するのは人とほとんど変わらない目線の映像だ。これはこのイベントにおいて3か所でしか撮影されていない貴重なものだった。その内の1か所は定点によるものなので、なおさら貴重な物と言える。
「あそこで戦っている女性たちは、先ほどインタビューさせていただいた方々です! 神谷君頼みます!」
戦闘中なので突撃インタビューなどはできないし、勝手に他のチームの戦闘領域に踏み込むこともしない。代わりに事前にピックアップ許可を得たチームの撮影を、鈴木の指示で神谷が離れたところから行なっている。
本来ならこういうことは中継ディレクターなどがカメラマンに指示を出すところだが、ダンジョン内で限られたメンバーでやりくりするこのチームでは、鈴木自身が指示を出すことが常だった。
今ピックアップされた女性たちは、全員がカタナを使い、初級体装備の上に陣羽織を羽織った集団だ。全員が何かしら狐にまつわるアクセサリーをつけており、ネット界隈でついた二つ名は大和撫死狐。
白刃を煌めかせ、紫の花を咲かせまくっている様はまさに和装の女剣士と言える爽快なものだが、どこか狂気も感じられる。ここで活躍する以上はカルマもプラスなので、そういうキャラ造りの可能性も高い。
彼女たちと協力しているのは、色々なパーティに混ぜてもらっている流れの冒険者、黄金の戦士ジークさん。日本人。
妖精店で値段も防御力も一番高い重鎧を買い、それに地上産の塗料で着色して若干防御力を落とした強者だ。着色方法を特殊なものにしなければならなかったのだろう。まあそれでも普通の体装備より高い防御力なのだが。
彼は、非常に高い防御力を頼りに、魔物たちが女性たちへ雪崩れ込むのを防いでいる。
この時間帯で一番大きな戦いということも手伝ってはいるが、戦場の中から撮影された大江戸テレビの視聴者数は常に凄まじいことになっていた。ただし、この1日の視聴率は恐らく業界の中でノーカウントになるだろうが。
そんな中で、鈴木がついに大きな一撃を喰らった。
やたらとマッチョな腕と拳を持つ、1メートルくらいのハトのような魔物に殴り飛ばされたのだ。
すんでのところで小手でのガードが間に合うが、打撃特化の魔物の攻撃で鈴木は大きくノックバックし転倒する。
仲間たちから離されて倒れ込む鈴木に4体の魔物が襲いかかる映像がアップで映される。
「鈴木の旦那!? くそっ、邪魔でぇい!」
「鈴木さん!?」
「立てぇ、鈴木さーんっ!」
絶叫する神谷が震える手でカメラを回し続ける。
鈴木はすぐに立ち上がり、目の前の魔物に斬撃を浴びせるが、その隙に背後から忍び寄った木人形の魔物が2体、胴と足に飛びついてくる。
それはかつて紫蓮が初めて一人で倒した魔物である木人形だった。移動スピードは遅いし打撃攻撃なども一切してこない倒しやすい魔物だが、ただ一点、その腕に捕まえられるとかなりの力で締め上げてくる特性だけは要注意だった。
「て、テレビの前のみなさん、まだ、ぐぅ……っ! まだ間に合います、強くなってください!」
鈴木はマイクに向かって叫びながら、ショートソードをぐるりと回して、背中側から腹部を締め上げてくる木人形の胴体に突き入れた。
しかし、体勢の悪い一撃は木人形を倒すには足らず。
鈴木はハッとした。
目の前で、先ほどのマッチョなハトが拳を振りかぶっていたのだ。
これは大ダメージを喰らう……っ!
鈴木がそう思った瞬間、マッチョハトが斜め横に猛烈な勢いで倒れ込んだ。
マッチョハトに飛びついているのは、一匹の柴犬だった。
流れ星のように降ってきた柴犬は、マッチョハトの喉に喰らいついてグルグルと回転する。
倒れ込み、攻撃を受けてなお柴犬にパンチを喰らわそうとするマッチョハトの拳を、柴犬はひょいと避けて今度は爪による攻撃を繰り出す。
そうこうしているうちに、鈴木を拘束していた木人形や周辺の魔物が一掃される。
それを成したのは、屋根の上にいた自衛隊の遊撃部隊の1人であった。
「あ、ありがとうございます、助かりました!」
「いえ。こちらこそご協力感謝いたします。しかし、次は助けられるとは限りません。どうぞ気を付けてください。疾風丸、来い!」
男性自衛官は、役目を終えると柴犬を抱えて屋根の上に戻っていった。もふもふをお姫様抱っこして、あっという間に登り切ってしまった。
彼らが屋根に戻る理由は、あまり長居すると別の場所に湧いたE級を誘引してしまい、その直線上にいる冒険者が危険なためだ。どの戦場でもこれと同じリスクはあるが、それを極力減らすために注意していた。
「鈴木の旦那、無事ですか!?」
「ええ、自衛隊の方とわんちゃんに助けていただきました」
「そりゃ良かった。ケガはありやすか?」
「軽傷です。継戦に支障はありませんが、一応低級回復薬を飲ませていただきます」
「飲んどいてくだせぇ。しかし、すまねえ旦那。俺らぁ護衛だってのに」
「こんな戦いです。私も含めて戦場に立っている人がそれぞれ、周りにいる人の護衛です。そうじゃなければG級としか戦ったことのない冒険者はすぐ押し込まれてしまいますからね」
「そいつぁそうかもしれやせんね。俺らも連携をより密にしやしょう」
「ええ。私もリポートの割合は少し減らします。少々慢心しましたね」
再び持ち場に戻った鈴木たちのリポートは続く。
そんな中で、緊急連絡が入る。
『緊急連絡。風見山東部山林より魔物多数出現。付近の施設に50から100体規模で進攻。その内、老人ホーム鶴亀苑へ400体が進行中。E級20体、防衛地点到達まで6分』
建物の外から町内放送が小さな音で聞こえた。
もうすでに何回かの襲撃に遭っているけれど、この避難所では今回が一番大きな規模だった。
悪っ娘は、お昼の配膳を手伝いながら、窓の外を見つめる。
緊急事態の渦中であることを告げる緑色の膜の外には、青い空が透けて見える。本当に戦いが起こっているのか疑うほどの美しさがそこにあった。
けれど、戦いは確かに起こっており、少し離れた場所では学校のみんなが戦っている。
「羊谷……あたしは……」
悪っ娘が河川敷に咲かせた花々がゆらゆらと揺れ始めた。
読んでくださりありがとうございます。
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