6-19 1キロ地点のスタートライン
本日もよろしくお願いします。
【注意 本日2話更新です。これは1話目です】
物語では人々を守り、ゲームでは仲間たちを守る。
そんな生き様を見せる彼らが、昔は大好きだった。
けれど、歳を重ね、次第に馬飼野はその職業が嫌いになった。
ゲームでもそういうプロフィールのキャラやジョブは好きになれないし、ファンタジーものでも主人公がそのジョブを選べばもう読む気が失せた。
自信に満ち溢れ、多くの人に頼りにされる彼らの姿は、自分とあまりにかけ離れているから。
いったいどうしてこんな風になってしまったのか。
別に苛められていたわけではない。
社会の荒波に心を摩耗したわけでもない。
からかわれたりすることはあったけれど、ヘラヘラ笑っていれば、人間関係は円滑に進むと馬飼野は知っており、波風立たせず生きてきた。
こうなってしまったきっかけは、中学時代に少しだけずる休みをしたことだ。そうしたら、自分の中にある何か重大な物を入れている箱に、穴が開いてしまった。
それ以来、度々ずる休みをするようになり、それはテスト勉強への意欲も削ぎ、朝起きる気力も忘れさせ、ついには高校2年になる前に学校を辞めてしまった。
そうして、あまりうるさく言わない親に甘えて7年の月日を過ごすことになる。
『ズォオオオオオオオオオオオオオオオン!』
そんなけたたましい音から始まった地球さんのレベルアップは、世界を信じられないほどに激変させた。全てを聞き終わった馬飼野は、部屋の中で歓喜のあまり震える。
《Sインフォ カルマ式ステータスシステム起動。魂の軌跡を対象種族に理解可能なものに置き換え、可視化させます》
《Sインフォ 魂の輝度-709、怠惰の穢れを確認、カルマリンクなし――スキル【花】を付与――》
「逆転する! これで俺の人生は逆転するぞ! ふはははははははっ!」
けれど、馬飼野に与えられたスキルは【花】だった。
馬飼野はとりあえず、使ってみる。
すると、カーペットにふわりとお花が咲いた。どこにでも咲いてそうな名前も知らない小さなお花だ。
「わっ、すげぇ!」
何もない場所へ遠隔で花を咲かせられるのは馬飼野にとって衝撃的だった。それこそまさに魔法なのだから。
あっという間に魔力が尽き、そこで冷静になる。
「いや、待て待て。これはダメなんだよな?」
慌てて掲示板を読み漁ってみれば、実に様々な初期スキルを得ている人たちがいることが分かった。
【水魔法】【槍技】【生産魔法】【成長系スキル】【術理系スキル】……なんと、中には【スキル強奪】【時空間魔法】【剣聖】【深淵魔法】など明らかにチート級のスキルを得た者までいた。
「馬のお世話係は、世界がファンタジーに変わっても、結局主人公にはなれないか」
馬飼野はベッドに腰かけてうなだれた。
なお、【スキル強奪】や【時空間魔法】と嘘を書き込んだ者は、国によって調べ上げられてニュースになるほど大変な目に遭った。当たり前である。これを皮切りに明らかに強スキルを書いて世の中を騒がせた者は、蒼白な顔で自首して厳重注意されていくことになる。
そんな馬飼野の下へ、転機は早々に訪れる。
自分の暮らす町で、とんでもない少女が爆誕したのだ。
そして、その少女が自分の家の前を始点にしてランニングを始めたのである。
馬飼野は部屋の中でうろうろする。
これはとんでもないチャンスなのでは、と。
絶対にこれは神のお告げだ。
そうハーレムを作れというお告げである。
それを示したように、次の日の午後にはおっぱいの大きな女の子が加わっていた。
さらにさらに、その次の日にはおへそを出した大学生くらいの女が2人も加わっている。
みんなとても可愛い子たちだ。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい! あんなのどう考えてもパリピの餌食だ!」
パン食い競争はすでに始まっているはずだ。
ここが人生の分岐点だと魂が訴えかけていた。
馬飼野は、大急ぎでジャージを引っ張り出し、髭を剃り、眉を整え、母親の化粧水でお肌のお手入れをする。お肌のケアを舐め腐っている。
そして迎えた翌朝。
命子が来るよりもずっと早くに起きて、お風呂で身体の隅々まで洗い、さらに良い香りのリンスを身体中に馴染ませて香りつけまでしておいた馬飼野は、準備万端で出陣した。香水? そんなもんは持っていない!
馬飼野の家の前は、河川敷の土手にあるランニングコースの入り口だった。
そこで命子はいつも準備運動を始める。今ではその輪に女子3人が加わっていた。
ピリッとした早朝の空気の中、馬飼野は人生で一番勇気を振り絞った。
全ては人生をハーレムルートに乗っけるために。
「あ、あの、お、お、俺も……ごにょごにょ……」
馬飼野は引きつった笑いを見せながら、ごにょごにょ言った。
すると、大学生の女子が命子たちを守るようにずいっと前に出る。
ついでに、犬の散歩をする人などに扮した命子付きのSPたちが、すわ、緊急事態かと動き出そうとする。
「なんですか?」
女子大生は明らかに警戒した様子。
馬飼野はたじろぐが、しかし、ここで引いたらハーレム展開が憎きパリピ共に持っていかれると思い、頑張って意志を伝えた。
「お、お、俺も一緒に走っていいですか……っ?」
心臓は盛大に脈打ち、朝はまだ薄らと寒いのにドッと嫌な汗が流れる。
手は震え、それを隠すようにジャージのポケットに手を突っ込む。
それら全てを誤魔化すように、顔には下手くそな笑いが貼り付いた。
地面を見ていた馬飼野は知らないが、この時、おヘソを出していないほうの女子大生がスマホで『11』まで入力していた。ついでに、散歩するただの犬に扮した警察犬が、アイツですねボス、と馬飼野をロックオンしたりもしている。
しかし、それらが動き出すよりも早く命子が言った。
「うん、別にいいけど」
意外にも物凄くあっさり仲間に入れた。
チョロインキターッと馬飼野はほくそ笑む。タッチ差で警察犬に引きずり倒され、パトカーに乗る未来があり得たことに気付かずに。
命子とて女の子なので、例えばささらとの出会いの代わりに馬飼野がやってきていたらお断りしていただろう。お巡りさんこの人です、だ。
しかし、馬飼野にとって幸運だったのは、この数日間で命子の下にささらや女子大生、小学生とたくさんの仲間が増えていたことだった。
この時の命子は、その数日間の経験で、魔物に対して危機感を覚えている人がたくさんいるんだなと認識していたのだ。
そんなこんなで、ランニングが始まった。
一番後ろを走り出した馬飼野の視線は、自然と女子大生のお尻に向かった。
躍動するお尻のラインやうねうね動く腰のくびれを見て馬飼野はハーレムルートに突入したことを確信するが、ここで大きな誤算があった。
想像以上に自分が走れなかったのだ。
あっという間にエロ思考など消し飛んだ馬飼野は、1キロの地点で無様に嘔吐した。いや、女体の躍動をもっと見たいという欲望が1キロまで走らせたという説もある。
馬飼野は、自分の惨めさに絶望し、お別れすら言わずに逃げるように来た道を戻った。
酸欠の頭はフラフラで、耳の奥はジンジンし、脚もガクガク。けれど一刻も早くこの場を離れたくてよろよろと歩く。その目からは恥ずかしさのあまり涙すら出ていた。
そんな馬飼野の背中に、おへそを出した女子大生が声を掛ける。
「男なら明日も来なさい! 必ずよ!」
馬飼野は一瞬だけ立ち止まるが、惨めな顔を向けられるはずもなく、また逃げるように歩き出した。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! あの女! あの女! 何が明日も来なさいだ、上から目線で! エロい格好しやがってクソ〇ッチが!」
家に帰った馬飼野は、いつもお世話になっている罪のない枕さんをボコスカ殴った。
それでも気持ちは収まらず、スマホを起動させてアダルトサイトから生意気な女子大生のお姉さんに似ている子のエッチな動画を探す。いざ禁断の課金っ!
そんなこんなで時間が経って凄く気持ちが落ち着いた馬飼野は、薄暗い部屋の天井を見つめて呟いた。
「ここでまた俺はサボるのか?」
500近くあったプラスカルマは、この7年のサボりで1200も減った。
「なにもしない奴にこのファンタジーは絶対に力をくれたりはしない」
サボりの履歴が列挙された自分のカルマログを見れば、それは一目瞭然だった。
最初の1年程度はお目こぼしもあった。人生には休養も必要だろうということなのだろう。
けれど、挫折したわけでも心身に傷を負ったわけでもなく、ただ怠惰を貪るだけの長期休養は許してくれなかった。
何度かバイトを始めたことはあったけれど、それもすぐに辞めてしまい、なんらプラス要素にはならなかった。
そうして、まるで毒の状態異常でも喰らっているかのように、ちょっとずつマイナスが積み重なっていった。
それがこの7年の全てだった。
馬飼野は、一つ目を閉じ、カッと目を見開く。
「俺はハーレムを作るんだ。あの女も可哀想だから末席に入れてやる!」
馬飼野は、帰ってくるなり乱暴に脱ぎ捨てたジャージをまた着て、家を出た。
再び河川敷を歩くのは恥ずかしすぎるので、町の中をひたすら歩く。
走ることなんてできないのだから、まずは歩いて体力をつける方針だ。
しかし、馬飼野には歩くのすらきつかった。
1キロ歩けば息が切れ、2キロ歩けば座り込みたくなった。
それでもめげずに、休憩を重ねながら午前中いっぱいを歩き続けた。
翌日、意外にも筋肉痛は軽く、馬飼野は土手の上にやってきた。
すでに全員集合し、ストレッチを始めている。
馬飼野も部屋の中で準備体操をしてきたので、準備万端だ。
やってきた馬飼野を見て、ヘソ出しの女子大生は、おはよう、と素っ気なく挨拶する。まるで来て当然みたいな態度だ。
おのれぇ、エロい格好しやがって、と馬飼野は昨日購入した動画を今日も使うことを心の中で決めた。
そうして始まったランニングで、馬飼野はやはり1キロでギブアップした。
今日も吐き、トボトボと来た道を戻る。
そんな背中に、またヘソ出し女子大生から声が掛かる。
「明日も来なさい! いいわね!」
馬飼野は少しだけ立ち止まり、トボトボと帰るのだった。
馬飼野は一度帰宅して所用を済ませ、また町を歩く。
そんな日々が5日間、続く。
その日は、学生の自由な時間が終わる日であった。
走る前に明日から学校が始まる旨を告げられ、みんなの時間が合わなくなるだろうと言われた。
それは納得できることなので、馬飼野は残念に思いつつも了承する。
そして、5人で行う最後のランニングも馬飼野は途中でリタイヤした。
トボトボと帰る馬飼野の背中に、女子大生から声が掛かる。
「これからも続けなさいよ! 頑張ってね!」
馬飼野は背中を向けながら、その声に初めて小さく頷いた。
けれど、女の子の良い匂いがするスリップストリームはできなくなるし、もうやめようかななんてチラリと思った。
そして、再び歩き出し、50メートルほど歩くと、ふと気づく。
ランニングコースのアスファルトに、石で引っかいた傷があるのだ。
『4』と。
工事の人の目印かとあまり気に留めていなかったが、さらに50メートルほど過ぎると今度は『3』とあった。
また50メートルほど過ぎると、今度は『2』とあった。
「え……?」
馬飼野の胸が早鐘を打つ。疲労で震える足を急かして先を急いだ。
そして、見覚えのある場所まで到達するとそこには『1』と書かれていた。
そう、そこは5日前、馬飼野が吐いた場所であった。
馬飼野は、思わず引き返した道を振り返った。
緩やかに湾曲した土手のはるか先で少女たちが頑張って走っている姿が見える。
これを誰が書いてくれたのかはわからない。彼女たちにはなんの得にもならない行為だ。
けれど、5日間のわずかな成長の記録を走った本人よりも大切にしてくれたことが、馬飼野は無性に嬉しかった。
同時に、こんな風にしてくれた娘たちを性の対象にしか見ていなかった自分のちっぽけさを思い知らされた。
「ハーレムか……は、はははっ、俺は本当にゾッとするほどどうしようもない……」
学校を辞め、バイトも長続きしなかった。
そして、地球が変わってなお、また早々に辞めてしまおうとしていた。
きっと、ここが最後のチャンスだろう。
縁も所縁もないあの子たちにこれだけのことをしてもらって頑張れないのなら、もう二度と人生は変えられない。
ふいに名付け親である爺ちゃんの顔が過った。
胸に誇りを宿し、誰かを守る強い男であれ。
そう願われて付けられた大嫌いな自分の名前。
馬飼野はこぶしを握り締めた。
「自分の名前に恥じない生き方……今度こそ……っ」
馬飼野は、その場所の脇に魔力が続く限り【花】を生やした。
ここが自分の始まりの場所なのだと分かるように。
《Sインフォ 魂が努力することを思い出しました》
馬飼野が初めて咲かせた意味を帯びた花は、土手の上でそよそよと風に揺れ始めた。
命子たちが学校に通い始めても、ニートな馬飼野には時間が有り余っていた。
その全てを使って、馬飼野は体力作りに励んだ。
命子がやっていたようにランニングの他に筋トレも始め、夕方の終わりには必ず土手を走り、ギブアップした場所に【花】の記録を付けた。
晴れの日も雨の日も関係なく、ひたすら同じことを繰り返す。
そうすると、今まで少ししか食べられなかったご飯をおかわりするようになった。
スマホのゲームアプリも全てアンインストールし、自分の持つ全ての漫画とゲームも売った。
とにかく誘惑になりそうなものは全部部屋から追い出した。自分の意志の弱さは自分が一番知っている。こうやって極端なことをしなければまたサボリ癖が芽を出しそうで怖かった。
命子たちが消えた4日間も手掛かりを探しつつ、やはり体力作りに励んだ。
そして、帰還して修羅修羅している命子が放った眼力にビビりつつ、その意志を受け取る。なお、この時の命子の意志とは、堂々とダンジョンに入りたいという欲望だけである。
《Sインフォ 魂が心の熱を覚えました》
馬飼野は、青空修行道場にも混ぜてもらった。
青空修行道場にはヘソ出しの女子大生・ツバサもおり、叱咤を飛ばしてもらいながら訓練に励む。
《Sインフォ 魂が人と関わることを思い出しました》
馬飼野は、恥に耐えて河川敷の土手に花を咲かせていく。自分の中の怠惰な心を絞り出すように。
本人はそんなつもりではなかったけれど、馬飼野が始めた試みは、多くのマイナスカルマ者が真似をして土手に花を咲かせるようになった。
そうして、花を咲かせ終われば青空修行道場の人たちは嫌な顔一つせずに、お疲れとか何かしら声を掛けてくれる。
《Sインフォ 魂が人の優しさ、感謝することを思い出しました》
季節は巡り梅雨が始まる頃、馬飼野はバイトを始めた。
勤め先は、青空修行道場に来ているオッチャンがオーナーをしている本屋さんだ。
修行とバイトを両立できるように一日の計画を立て、馬飼野は真面目に頑張った。
《Sインフォ 魂が働くことを覚えました》
そんな日々の中には、いつもツバサがいた。
頑張りなさい、あとちょっとよ、よく頑張ったわね、凄いわ、馬飼野君、馬飼野君……
いつしか、その声は特別なものになっていた。
《Sインフォ 魂が誰かを愛することを覚えました》
そうして、夏が始まる頃。
馬飼野のカルマはプラスになり、半月も経たないうちに初期スキルを貰えると噂される+100まで伸ばした。
《Sインフォ 魂が本来の輝きを取り戻しました。レベルシステムが正常に動き始めます。自動発動型マイナスカルマ者特効魔法『業火』の対象から外れます》
《Sインフォ 魂が一定の輝度を超えました。怠惰の穢れが消失していることを確認。これより初期スキルがランダムで付与されます。……拒絶。魂が失われたものを取り戻したいと渇望しました。これより魂の試練に入ります。2400時間後に未クリアの場合、スキルシステムが強制解放され、相対的に試練の難易度が下がります》
馬飼野は、スキルを覚えられなかった。
それがどうしてなのか、馬飼野には分からなかった。
自分には色々な欠落があると思うけれど、そこまで不遇を背負わされなければならないのか、とやさぐれそうになる。
「馬飼野君、明日も頑張ろうね」
ツバサとそう約束する。
そのツバサは、レベル教育に参加してジョブも得て、メキメキと強くなっていく。
スキルを覚えたら驚かせてやろうと思って黙っていたので、ツバサは馬飼野のカルマがプラスになったことも知らなかった。
どんどん先に行かれて焦燥に駆られる馬飼野は、青空修行道場の大花壇から大きく離れた場所にある小さな花畑の前で足を止めた。
「カルマがプラスになったんだ。これで死んだら、みんなと同じところに行けるのかな……」
天国と地獄があるか知らないけれど、死後の保険も手に入れたし、これで満足しても良いんじゃないかと思えてくる。自分にしてはよく頑張った。
男なら明日も来なさい! 必ずよ!
夕暮れの中で風に揺れる花々の姿にツバサの言葉が蘇る。
「まだだ……っ」
馬飼野は挫けそうな気持ちを絞り出すようにその場所にまた花を咲かせた。
「7年サボった男がここから頑張ることができたんだ。また同じ分だけ走ればいい。修行せいってな、はははっ」
歳も性別も違う小さな友人の言葉を思い出し、馬飼野は小さく笑った。
とにもかくにも得られなかったのだ。
がっかりばかりせず、町の人より少し遅れてレベル教育に参加して、レベルブーストで修行に励むことにする。
スキルは得られなかったが、レベルブーストだけでも以前よりずっと努力が血肉になっているので、馬飼野にはとても楽しかった。
弟子入りした棒術の先生の下で棒を振り、それだけでは足りずに月謝を払って夜にも先生の道場へ通う。
《Sインフォ 魂が挫けぬことを覚えました》
《Sインフォ 魂が魔力成長の喜びを覚えました》
《Sインフォ 魂が過去の己を越えました。魂の試練が進みます》
《Sインフォ―――
《Sインフォ―――
・
・
・
そうして、秋の香りが混ざった風が吹き始めた9月下旬。
風見町に試練が訪れた。
馬飼野は河川敷でツバサと別れ、女子高生たちと避難所を開設するために馬車馬のように働いた。
女子の代わりに重い物を率先して運ぶ……なんていうのは昨今のステータス事情では独りよがりなので、とにかく人海戦術の一員としてひたすら働いた。
近隣住民が運ぶ布団をリヤカーに載せて、昇降口から各教室に運び。
物資が届けば運び出しを手伝い。
夜用の照明設備の手伝いを買って出て。
乙女の園への侵入なので、当然そこそこドキドキはしたけれど、それも最初だけのこと。
いつの間にか自分がいる場所のことも忘れて、あくせく働いた。
あっという間に夜が来て、馬飼野は一息つく。
ピロンとスマホが鳴り、見てみれば親からだった。
馬飼野の家族は第二小学校へ避難していた。
馬飼野もそちらに行くのが良いのかもしれないが、開設を手伝ったこの場所で戦おうと決めた。
……というのは理由の半分だ。
もう半分は、ツバサとイケメンが一緒にいるのを見たくなかった。
親し気にレンと名前を呼ぶツバサの姿を見たくなかった。
ピロンとまたスマホが鳴る。
今度は、件のツバサからだった。
『大丈夫? しっかりできてる?』
とルインが送られてくる。
馬飼野は、小さく笑う。
「まるで弟扱いだな。いや、実際にそうなのかもしれない。ははっ、実際には俺の方が歳上のはずなんだけどなぁ」
馬飼野の脳裏に、昼間に出会ったイケメンの顔が過った。
冒険者であり、今回の探索でボスに挑むつもりだったほどの実力者らしい。
いの一番でツバサの下へ駆けつけるあたり、あいつはきっと彼氏なんだろうな、と馬飼野は思う。
あんなカッコいい彼氏がいるんだし、やはり自分は不出来な弟分なのだろう。
『大丈夫だよ、こっちは落ち着いた。明日はお互いに頑張ろう』
と送り返す。
それから馬飼野は、何往復かのやりとりをして、ルインを終えた。
馬飼野は、命子や青空修行道場の人たちと少し会話をしつつ、静かに時間を過ごした。
魔法少女部隊の大活躍を見て、馬飼野は乾いた笑いを浮かべた。
女子高生が尋常じゃねえと。
自衛隊も冒険者も完全に脇役になっている。もちろん、自分も。
とはいえ、魔力を使う戦術なのでずっと続けられるかは分からない。気を引き締めて校舎近くで防衛にあたった。
そして、その緊急連絡は流れた。
第二小学校へ1200体もの魔物が迫っている、と。
馬飼野の頭は、すぐにツバサのことだけになった。
心配でたまらない。
だから、救援部隊を送ると告知された瞬間に、それに志願した。
正直、自分が行ってもクソの役にも立たない。それどころか守る対象を増やすだけかもしれないけれど、とにかく居ても立ってもいられなかった。
そこから先は、馬飼野自身もよく覚えていなかった。
道路を夢中で走り、気づけば第二小学校へついていた。
小学校のグラウンドではすでに戦いが始まっており、馬飼野はその中からすぐにツバサの姿を見つけ出した。好きな子は色づいて見えるというが、初級体装備を着て少しいつもと違うのに、すぐに見つけることができた。
「良かった……っ」
ツバサは、元気に魔物と戦っていた。
そのそばにはレンの姿もあり、しっかりとツバサの面倒を見ていた。
ツバサ自身も冒険者であり、すでに2回ダンジョンアタックしているので、なお安心だ。
「あれなら俺が行く必要はないな。ははっ、アホみたいだ」
ホッとした馬飼野は、今度は自嘲気味に笑った。
馬飼野は、戦場を見回して自分がいるべきポジションを判断する。
国から初級体装備を借りているのでF級とも戦えるが、低レベルの戦士である馬飼野は実のところ非常にありがたい戦力であった。なぜなら、低レベルなのでF級を誘引せずに校舎近辺の防衛ができるからだ。
高レベルの人がこれをやると、建物近辺にE、F級が押し寄せ、それに紛れ込んだG級が建物に入ってしまう確率が跳ね上がるためだ。
多くの人がそれを理解しているため、自分のレベルにあった場所で戦っている。
レベル6以上で戦いたくない人は、建物の上のほうに引っ込んだりして中途半端な場所には絶対に出ないようにしている。
だから、馬飼野も自分の役割を全うするために戦いだす。
それはきっと物語の主要人物ではなく、名も知れぬ一兵卒のような小さな活躍。
けれど、命子のような大きな光になれずとも、自分にできることがあるのだと学んできた馬飼野は、戦場を走って回るのだった。
読んでくださりありがとうございます。
【この後、数分後に次話を更新します】




