6-18 第二小学校救援部隊
本日もよろしくお願いします。
「みなさん、これより250体の敵が正面よりやってきます。我々はこれを先ほど説明した陣形で迎え撃ちます」
風見女学園や青嵐が集団戦闘を始めた頃、ここ第二小学校でも魔物の大群が迫ってきていた。
小隊長の説明に、冒険者たちは了承をそれぞれの方法で伝える。
「敵圧は3と判断……つまり、少しばかりみなさんの下へ来るかと思います。注意事項を再確認し、これの排除をお願いします」
そんな説明を終えて、小隊長は自分の持ち場に戻る。
この場には、命子やささらたち、魔法少女部隊のような特殊なユニットはいない。
冒険者やダンジョン指導員、そして青空修行道場の一部の戦士が建物を守らなければならない。
そんな中には、アイズオブライフの姿もあった。
全員が少女の双眸が描かれたコートを着ている集団だ。
「始まりましたな。皆の者、心して掛かられよ」
「承知しておりますぞ。テレビで見ている同志たちに無様な姿は見せられませんからな」
「然り然り」
「幼子を守る戦い、心が震えますなぁ」
「これぞ紳士の務めですな」
この6人組はロールプレイをしているが、実力はあった。
故に、自衛隊が処理できなかった敵が一番やってきそうな場所に配置されている。
各々が武器を構え、フォーメーションを組む中。
1人の同志がグズゥと鼻を鳴らす。
「どうしました、同志一之宮。もし怖いのでしたら下がっていなさい。誰も責めませんよ」
「……同志二階堂。そうじゃないであります」
「ふむ。それではなんですか?」
「……拙者……拙者、みんなに会えて良かったですぞ」
「え、ちょっと。フラグ建設はやめてくれる?」
同志一之宮の不吉な発言に、同志二階堂は思わず素に戻った。
それに構わず、同志一之宮は思いの丈を告げた。
「不謹慎ではありますが、拙者、今、最高に楽しんでおります。誰かに必要とされ、誰かを守り、友と共に肩を並べて戦い……生きているとはきっとこういうことを言うんだと愚考するであります。命子様がみんなに出会わせてくれて、何者でもなかった拙者の人生はやっと動き出したであります」
同志一之宮は、服の下に隠れたお守りを握った。
それは、アイズオブライフのお揃いのアクセサリーである、先端が革のケースに包まれたミニハサミのペンダントであった。
「ふ、フラグは、や、やめられよ……ぶぐずぅ……」
「ぐじゅー!」
同志一之宮の精神攻撃に、アイズオブライフの面々はグシグシと目を拭う。
そんなことをしているうちに、魔物の大群に魔法が浴びせられる。
校庭を使える小学校は、魔法も使えるのだ。ただ、修行を積んだ者の魔法や初級武器による同士討ちは下手をすればE級の魔物並のダメージになるため、広い場所とはいえ、主に自衛隊が戦端を切る際に放出するくらいの使用法になっている。
戦場に慣れれば遠距離魔法も組み込めるかもしれないが、こればかりは慎重な判断が必要だった。
あっという間に各自衛官に魔物が殺到し、そして飽和し、あぶれた魔物が次なる敵を求めて移動を始める。
それは、まっすぐ冒険者たちの下へとやってきた。
しかし、戦いにくい青嵐と違い、小学校では自衛隊もその実力をいかんなく発揮でき、討ち漏らす数も少ない。その数は30体ほど。扇形に広がりながら校庭に散っていく。
「ぐずぅ! 我らは幼子の命を背負っております。やりますぞ!」
「「「せいっ!」」」
謎の返事と共に、アイズオブライフの戦いが始まる。
剣で、斧で、棒で、そして魔導書で……G級は当然のこと、F級の魔物も倒していく。
半年前まで誰一人として決して強いとは言えなかった男たちが、お揃いのロングコートをたなびかせ、目覚ましい活躍を見せた。
修行せいっ! その言葉を魂に刻み込んでから血の滲むような努力によって手に入れた力を、彼らはいかんなく発揮していくのだった。
「ほっほっほっ。あやつら、中々やるのう」
そんなアイズオブライフの戦闘を見ながら、一人の老人がF級の魔物を斬り捨てる。
目元が隠れるほどの白眉に、白い髭。まるで仙人のような佇まいのその老人は、そうサーベル老師だ。
その武器はダンジョン産のサーベル。
本当は50年来の愛刀と共に戦いたいところだったのだが、性能があまりに違うためこちらを使っている。
ゆらりゆらりと特殊な歩法を交えながら、構えた剣の角度を少しだけ動かす。
すると魔物は何かを感じたようにすぐに迎撃態勢に入るが、その瞬間、大きな傷を負っていた。
サーベル老師は決して高い攻撃力を持っていなかったが、フェイントが上手すぎた。
反射的に動く魔物をどんどん斬りはらっていく。
G級の魔物であれば瀕死になり、F級であれば行動性能がガクンと下がる傷だ。
そんな恐ろしいジジイが、魔物を求めて小学校の校庭を歩き回っていた。
校舎の窓からは青空修行道場の弟子たちがサーベル老師の姿をジッと見つめていた。
子供たちは、戦場に出るには早すぎる。
しかし、これからの時代、いつ何時逃げられない戦いに遭遇するか分からない。
故に、サーベル老師の戦いを見て、実戦の仕方を学んでいるのだ。これもまたこれからの時代を生きる彼らにできる戦いであった。
子供たちの中には、クララの姿もあった。
小学生の中ではとりわけ頑張る彼女だったが、それでも小学生なので最後の最後が来ない限りは出番はないだろう。
かつて、稽古をつけてやろう、と言ったサーベル老師を即座に拒否したクララであったが、今では師匠の命を懸けた授業を誰よりも熱心に見つめるのだった。
人に有利な戦場だけに、魔物は瞬く間に倒される。
校庭に散発的に出現する敵を倒しつつ全員が仲間の無事を確認していると、緊急連絡が流れた。
『緊急連絡。風女交差点より敵800体出現。100体ずつ青嵐、風見女学園へ進攻、残りの600体が第二小学校へ進攻、E級50体前後、到達まで5分』
その数に、控えの冒険者たちはついに自分たちの出番かと、各々が武器を取る。
『き、緊急連絡! 河川敷より敵1000体出現。敵は50~100ずつ付近の施設に移動を開始、その内、600体は第二小学校方面へ進攻! 到達まで6分!』
計1200体の進攻を受けるとの連絡を聞いた第二小学校防衛小隊長は、直ちに作戦本部へ救援要請を出す。
そんな中でその緊急連絡を聞いていた女子大学生のツバサは、グッと鉄パイプを握りしめるのだった。
風見女学園と青嵐では、第二小学校から出された救援要請を受けて直ちに部隊が編制された。この二つが第二小学校から一番近かったためだ。
特に風見女学園は、自衛隊の、いや世界の度肝を抜く過剰なまでの大戦力を保持していたため、この決断は非常に早かった。
正直、1200体の軍勢が風見女学園に進攻してきたのなら、救援はいらなかったのである。
実際に、ついさっき訪れた第2ウェーブの魔物300体は、第1ウェーブ同様に、魔法少女部隊によって瞬く間に倒されてしまった。手持無沙汰な冒険者すらいる始末なのだ。
風見女学園から向かう救援部隊には、冒険者と指導員が30名ずつ混ざっている。いくら手持無沙汰とは言え、守備を薄くするわけにもいかないのでこの程度の人数だ。
そんな中には、命子とルルと馬場の姿もあった。
道路に出た救援部隊は、前後を3名ずつの自衛官に守られながら走り出す。
前方では、風見女学園に接近していた約100体の魔物が先行していた自衛隊に蹴散らされていた。
「御武運を!」
風見女学園に引き返す自衛官から激励を受け、救援部隊はひた走る。
そんな一団の中で周囲に注意を払っていた命子は、目を見開いた。
「ま、馬飼野の兄ちゃん!?」
そう、救援部隊に志願した冒険者たちの中に、1キロで帰る兄ちゃんがいたのだ。
スキルがなく、レベルも低い。恐らくこの中で一番弱い。救援の足しになるのか怪しい戦力だ。
しかし、どこから魔物が出現するかわからない道のりを今更引き返させるわけにはいかない。
馬飼野は驚く命子の声が聞こえていない様子だ。
その瞳は、真っすぐ前を見据えていた。
「武士の目をしておる!」
武士を見たことない命子はふっと笑い。自身もまた前へ顔を向けた。
風見女学園から直線距離で500メートルほど、道なりで700メートルほどの場所に第二小学校はある。
救援部隊が校舎の姿を捉えるよりも早く、まず目に入ったのは道路で押し合いへし合い大挙している魔物の群れだった。
小学校から少し離れた場所だが、すでに自衛隊が陣を敷いていた。ここで敵を少しでも減らすためだ。
「前衛は背後から強襲をかけろ! 冒険者と指導員はフェンスを越えて校庭へ入り、戦闘開始! 後続自衛官は校庭内でE級を掃討せよ!」
その指示を受け、全員がすぐさま行動を開始した。
冒険者たちは高さ3メートルほどのフェンスを一気に登り、飛び降りる。
その先では、多くの人たちが魔物と戦っていた。
冒険者と指導員たちはすぐにその戦いに加勢していく。
命子とルルと馬場は、前線からわずかに下がった場所へ移動して早速戦い始めた。
「行くぜぇい、ルルゥ、馬場さーん!」
「ニャウともさぁデース!」
「オッケー、了解したわ!」
正直、命子とルルは風見女学園で手持ち無沙汰だった。
あの戦場は魔法少女部隊が強すぎて、全然敵が流れてこないのだ。
命子はまだ魔法を放つ仕事があるので良いが、ルルは完全にいらない子だった。
故に、ここで修羅となる。
馬場は、命子たちのボディガードなので働かない状況はウェルカムだったのだが、やるともなれば全力でやる。それは結果的に多くの人を守ることに繋がるだろうから。
それぞれが、向かってくる10体ほどの塊にぶつかる。
ルルは、素早い動きを駆使して、小鎌と忍者刀で魔物を斬りまくる。
G級の魔物は一撃で光に還り、F級の魔物は華麗なる連撃を受けて同じ末路を辿った。
それはまるで光の中で踊っているかのような連撃の嵐であった。
馬場は、ショートソードと短刀を駆使して戦う。補助として魔導書も。
馬場のメイン武器は鞭なのだが、いかんせん攻撃力が低く、一対一や束縛性能なら非常に強いが大群相手では殲滅力が低すぎた。
故に、少し不慣れではあるがこの二つを使っていた。
しかし、命子たちのボディガードだけあって、それでも強い。
二刀流に加え、命子があまり使わない蹴りや小手での裏拳を使い、敵を倒していく。
そして、命子は魔導書を頭上に展開し、下方へ向けて魔法の雨を降らせ、さらに2本のサーベルで敵を斬りまくる。
次第に命子の瞳から紫の炎が燃え上がり、敵の攻撃をゆらりゆらりと回避し始める。
同じく魔導書からも紫の炎が出現すると、まるで背後が見えているかのように後ろから攻撃しようとする魔物に魔法を浴びせ始めた。
左右のサーベルでそれぞれG級の魔物を斬り伏せ、後続からやってくるF級の魔物へ上から水弾を浴びせ、地面にバウンドしたF級へ向けて、双剣による諸手突きを放つ。
光に還ったその魔物に頓着せず、ぐるりと横回転しながら二刀を振るい、高速で移りゆく景色の中に見つけたF級の魔物に土弾を浴びせる。
魔物が倒された光が一気に出現する中で、命子は紫の炎を目に揺蕩えてビシッと油断なく構える。
しかし、敵はどんどんやってくる。
かなりの数を撃破し続けてなお、自衛隊を越え、命子たちを越え、魔物は敵を求めて校庭に広がっていく。
校庭の中にも散発的に湧き出るので、もはや暇な冒険者はいなかった。
攻撃を受ける冒険者も少なからずおり、一緒に戦う仲間がフォローする光景がそこかしこで見られた。
戦場には、馬飼野の姿もあった。
国から借りた初級装備を纏い、青空修行道場のお年寄りが【合成強化】をしてくれた鉄パイプを振るう。
今もまた流れてきたG級の魔物を倒し、戦場に視線を走らせる。
すぐに青空修行道場のオッチャンチームが5体のG級と戦っている姿を見つけ、それに加勢した。
4人で物干し竿を上から下へ叩きつける単調な攻撃だが、これがかなりの猛威を振るった。
ジョブにつき、修行してきた彼らの筋力が生み出す打撃は、魔物を容易に近づけない殴打の壁になっているのだ。
馬飼野は彼らの戦いに加勢しようとしたG級を相手取り、援護する。
ほどなくして魔物を倒し、オッチャンがお礼を言った。
「ふぅ、馬飼野君。すまんな」
「いえ。なんとか防げてますね」
「ああ。校舎内に入り込むのは基本的にG級だけだからな。コイツらさえ絶対に中に入れなければ、まあ大丈夫だろう」
「ええ」
この戦場は、篩に似ている。
E級は前線の自衛隊と戦い。
F級は前線の自衛隊と中衛以降にいるレベル6以上の冒険者と戦い。
G級は一部の例外を除くスキルを得ている全ての人と戦う。
篩に掛けられ、掛けられ、掛けられ……網目を抜けてついにG級が建物内に目をつければ、多くの人が傷つくことになる。そんな戦場だ。
建物の中にいるレベル0の人も初級防具を借りられた人がいるので、そういう人は無傷でいられるだろう。G級の攻撃は初級防具を越えることはできないのだ。
けれど、レベル教育で使うエプロンしか借りられなかった人もいるのだ。彼らにとってG級の魔物の攻撃はかなり痛い。集団でボコボコにされれば死ぬレベルだ。
だからこそ、建物に入れるわけにはいかない。
そして、それを成すには多くの人が協力しあう必要があり、その協力してくれる人自身を守るためにも一致団結して戦う必要があった。
「ちょっとあっちを手伝ってきます」
「無茶するなよ」
馬飼野はまた別の集団が魔物と戦う姿を発見して、その援護に走った。
その時である。
「痛っ。なんだ?」
馬飼野は唐突に頭へ降ってきた石に驚いた。
ふと見上げれば、そこには数羽のカラスが上空からくちばしに咥えた石を落下させていた。
「えぇ?」
馬飼野は困惑した。
カラスがレベルアップを狙っているのは、分かった。
しかし、これは意味がなかった。
実をいえば、割と初期の段階で、物質を用いた遠距離攻撃は魔物に対してあまり効果がないと自衛隊の研究チームが発表していた。
これは空気銃や弓も同じだし、火薬ですら同じだった。
高速の点攻撃=ぶっ刺さって超強い、という物理法則は消失していたのだ。
しかし、かつての命子の攻撃ですらバネ風船を倒せたのに、確実にそれより強力な攻撃がなぜ通じないのか現在でも仮説の域を出ない。
その仮説とは、人の手から離れた物質は『人が無意識に込めている攻撃性の魔力』を急激に失うのではないか、という説である。
実際に、至近距離でクロスボウを放てば普通にG級は倒せるし、魔力の塊である魔法も距離に反比例して威力が弱くなっていく。
弓などを使って魔物を倒す場合は、魔導書のように遠隔でも攻撃性の魔力を保持できる魔法陣的な物を矢に刻まなくてはならないのではないか、と考えられている。
そんな風に、新たな地球はマナや魔力が加わった物理法則に変化しており、これはカラスだって例外ではなかった。
つまり、この投石攻撃は人にとって激しくうざったいだけなのだ。
経験値は戦闘の貢献度で分配されるし、レベルアップするかも怪しい行動だ。
マジやめろし。
そんな風に馬飼野が思っていたその時。
「きゃぁああああ!」
馬飼野の耳に悲鳴が届く。
指示や気勢、怒声が轟くこの戦場で、その声ははっきりと馬飼野の耳に届いた。
バッと声のする方へ顔を向けると、そこには朽ち木の身体を持つ大男のようなE級の魔物、ウッドゴーレムによってなぎ倒されたツバサとレンの姿があった。
そして、その近くでは、ウッドゴーレムをトレインしたカラスが大慌てで飛び立つ姿があった。
読んでくださりありがとうございます。
兄ちゃんのターンだ!
ブクマ、評価、感想大変励みになっております。
誤字報告も助かっております。ありがとうございます。