6-17 青嵐防衛戦
風見町に朝陽が昇り、マンション・青嵐でも戦いが始まった。
青嵐は国道に面した駐車場を有し、その先にロ字型の建物がある造りである。
風見女学園と同じように最初は建物付近に展開していた自衛隊は、敵の出方を把握すると、陣の配置を変更する。
建物付近を冒険者や指導員に守ってもらい、自衛隊はそれよりも道路に近い場所で防衛。さらに突出して、道路にも自衛隊を配置する。
やはりここでも、ささらはレベルが13を超えているため、後衛以外の配置になる。
紫蓮はレベル12なのでE級の敵にギリギリ狙われないのだが、激戦の最中にレベルが上がる危険性を考慮して、すでに自分はレベル13だと思って活動することにした。
そんなささらと紫蓮のペアには、さらに紫蓮のお目付け役であり、キスミア旅行に一緒に行った滝沢が加わっている。
滝沢は馬場同様に秘書官風初級体装備を纏っており、武器はショートソードと盾を使う。
滝沢は前回ミスしてしまったので、今回はとても気合が入っていた。
レベルの境界の問題は紫蓮だけでなく、多くの冒険者にも同じことが言えた。
G級ダンジョンでレベル11以上になるには凄まじい労力が必要と推測されているため、現在の冒険者にレベル11以上の者はいない。むしろ、レベル10になった者すらいない。しかし、G級とF級の境であるレベル5の者はかなりいた。
後々の生活にも影響を及ぼすかもしれないこの境界を超えるかは、本人の意志を尊重することになる。
風見町の全ての地域で共通したことだが、日の出と共に出てきたのは少数の魔物であった。
敵圧1、つまり自衛隊が容易に倒せる規模だ。
その状態が1時間ほどすると、本番だとでも言うように、少し離れた交差点に大きな群れが出現する。
『約250。E級24。学園方面入口交差点より接近。到達まで2分』
青嵐の屋上で周辺を観測している自衛官が、こちらに向かってくる敵の数を告げる。
風見女学園の屋上で見張りをしている冒険者協会の職員よりも正確な数字だ。
それは直ちに青嵐全体にも告知され、ささら達もまた知るところになる。
「来ましたわね」
「やる」
「絶対守りますからねぇ!」
ささら、紫蓮、滝沢がやる気を漲らせた。
自衛隊の部隊が隣接する道路に展開する。
ささらたちは駐車場の中央より少し道路寄りで敵を待ち構える。
その後方に冒険者たちが展開している。
電線や、地下埋設されたインフラがあるため、魔法少女部隊のようにマンション内から魔法を放ちまくるという戦法が使えない。
ゆえに、接近戦がこの戦場の縛りとなっていた。
「二人とも、E級です!」
「前哨戦ですわね」
「せっかち」
敵の軍勢が来る前に、ささら達の近くに骸骨を被った大型犬程度の四足獣が具現化した。
滝沢の言葉に、ささらと紫蓮が武器を構える。
骸骨面獣は、普通の犬と遜色ない動きでささらに飛び掛かる。
F級と比べれば圧倒的に速いその動きだが、修行を重ねたささらにはしっかりと見えていた。
両前足と共に向かってくる噛みつき攻撃を新しく買った盾で受け流し、側面を晒した骸骨面獣の腹に下段から上段へと【剣技】フェザーソードを繰り出す。
骸骨面獣は脇腹に三条の深い傷ができ、着地と同時に紫の血を撒き散らした。
その首筋に向けて、紫蓮が龍命雷の刃を振り下ろした。
全身の動きを利用した薙刀は遠心力を生み、強烈な一撃となって叩き込まれる。
初級武器よりも攻撃力のある龍命雷により、骸骨面獣の首から大きく血しぶきが上がる。
そこへ滝沢とささらが飛び込み、両サイドから突きを放った。
サーベルとショートソードが身体に深々と突き刺さり、骸骨面獣と撒き散らした紫の血が光になって虚空に消えていった。
「お、恐ろしい女子たちやね」
「う、うん」
マンションからその様子を見ていた避難者たちから歓声が上がり、近くで見ていた男性冒険者たちがひゅんとした。
そんな冒険者の中でG級の深層まで降りつつある者たちは、自分たちが確かに強くなっていると実感する。第一回目の冒険者試験の際に見せた命子たちの演武は、何をやっているのかまるで分からなかった。しかし、今の戦闘は理解できたのだ。
ささらたちの前哨戦が終わる頃、道路でも魔物の大群と自衛隊がぶつかり合った。
足の速いE級の魔物が15体先行して、自衛隊は10対15という不利な戦いになる。
道路は二車線。そう広くない道路で10人が横一列に展開して戦えるはずもないので、3・3・2・2のフォーメーションである。
15体のE級から狙われた最前線の3人は、各々がガードレールを飛び越えて近くの小規模店舗の駐車場を戦場にした。
それを追う魔物たちを後続の3人が攻撃し、数体を道路に留める。
さらに残りの4人が、各場所に散った魔物を背後から攻撃する。
そうこうするうちに後続の魔物たちがやってきて、それぞれの戦闘に加わっていく。
しかし、魔物たちは圧死戦法を使わず、より自分が攻撃しやすい場所にいる敵を求めて移動を開始する。
道路に配置された自衛官を抜けた魔物は、約150体。
その内の100体ほどが青嵐に、残りの50体がそのまま直進し、近くにあるデパートへ向かった。
魔物は扇型に広がりながら、駐車場内にぞろぞろと入り込んでくる。
「いきますわよ!」
「うん!」
「やったりますよーっ!」
「はぁああああ!」
ささらは自分たちのほうにやってきた群れの先頭に斬りかかる。
G級の魔物はその一撃で光となって消えるが、その光の奥からさらにF級が2体……いや、その背後にもどんどん魔物がやってきている。
「フェザーソード!」
ささらは袈裟斬りを終えたサーベルで今度は横薙ぎに払う。
先頭を来る2体の魔物にそれぞれ3条の裂傷がつくが倒し切れてはいない。
「紫蓮さん! はっ!」
「やぁあああ!」
ささらは転がるようにして横に逃げると、すぐ目の前に来ていた魔物を斬りつけた。
ささらが今までいた場所に紫蓮が飛び込み、龍命雷で斜めに斬りつける。
すでに弱っていた魔物が光となって消える中、紫蓮は足を引きながら薙刀をぐるんと回し、今度は下段から斬り上げる。
滝沢は紫蓮の左翼で魔物と戦い始め、地味ながらも敵をどんどん倒していく。
駐車場に広がった魔物はささらたちや自衛隊にどんどん倒されて、駐車場内は光の粒が乱舞する。
しかし、それすらも抜けて後続へ行く個体が現れる。
レベル13以上の者にこだわる必要のないG、F級の魔物たちだ。
冒険者たちは、各々の武器を手にして未だ戦ったことのないF級との戦いに身を投じる。
「みんな、飛び技は使わないようにね!」
「行くぞ!」
その先陣を切るのは、ささらパパと紫蓮パパだ。
ささらパパは初級武器のロングソードを、紫蓮パパも初級武器の棒。
そして、初めて戦うF級の魔物は奇しくもかつて娘たちが戦った市松人形であった。命子たちの冒険で非常に有名になった魔物だが、一般の冒険者で戦った者は皆無だ。
しかし、地球さんTVでさんざん見ているため、その倒し方は分かっている。そして、その倒し方を実践するだけの技術はすでに持っている。
「笹笠君!」
「任せておきたまえ!」
紫蓮パパが初撃をあえて回避させると、間髪を容れずにささらパパが斬りかかる。一撃が入り、ノックバックコンボが始まる。
「はわわわわわーっ! 紫蓮ちゃん紫蓮ちゃん……。アチチチチッ、はわー!」
一方、紫蓮ママは大忙しである。
戦うみんなのためにおにぎりを作り、だけど娘が心配で窓から外をのぞき、でもでも自分にできることをしなくちゃとまたおにぎりを作り。
同じマンションに住むおばさんやレベル教育に来ていた人たちと共に、頑張っていた。
ささらママは、この場にいない。
情報が集合する風見町役場の対策本部で、相談役をしていた。
ここには作戦指揮官である一等陸佐や町の代表である町長もいるので一見いらなさそうではあるが、ささらママは青空修行道場のメンバーの得手不得手を熟知していた。
各避難所で問題が起こった際に、その場にいる誰に頼れば解決できるかをすぐに答えられる貴重な存在であった。
事実、戦闘が始まる前までは各所から来る連絡に聖徳太子の如く答えていた。戦闘が始まった現在は各避難所は多少の問題は棚上げされているため、小康状態だ。
魔物を斬り上げたささらと、魔物に蹴りを入れた反動で距離を置いた紫蓮が背中合わせでくるりと回る。
今までお互いが戦っていた敵に向けて突きを入れ、再び2人は背中合わせになる。
「終わりが見えてきましたわね」
「うん。あとちょっと」
2人は背中をこつんとぶつけ合い、まるで反発し合う磁石のように前に飛び出す。
眼前にいる敵を斬り伏せると同時に、他所で戦っていた自衛官が援護に来てくれて、ほどなくして先ほど出現した魔物の大群を全て撃破した。
しかし、すぐに屋上から連絡が入る。
『緊急連絡。交差点に600体出現。青嵐300。E級25。到達まで2分。残りは全て風見女学園へ進攻。E級は18。風見女学園への到達は3分後』
「忙しないですわね。命子さんたちは大丈夫でしょうか?」
「あっちは過剰戦力」
「ふふっ、そうかもしれませんわね」
ささらは、同じ学校の生徒たちを思い出して笑った。
ささらと紫蓮がそんな話をしていると、青嵐の小隊長が2人に言う。
「お疲れさまでした。休憩といきたいところですが、次が来ます。もし辛いようなら回復薬で体力を回復してください」
低級回復薬は体力も回復する。
潤沢とまでは言わないが、冒険者協会にストックされていた分や外部からの支援によってかなりの量が青嵐にもあった。
「まだ大丈夫ですわ。でも、辛かったら頂きます」
「無理はなされないよう」
そう言った小隊長は、次いで流れた放送に耳を傾ける。
『緊急連絡。コオロギ橋にて500体出現。菊池デパートへ200進攻、E級13、到達まで3分。残りの300は風見中学校へ進攻。E級は……20。到達まで3分』
「中学……」
屋上から続けてもたらされた連絡に、紫蓮が中学の方向を見つめて呟く。
青嵐は風見町のビバリーヒルズの端に位置する。
青嵐に面した通りはそのまま真っすぐ延び、左右に大小さまざまな店舗が並ぶ。
そして、その先に件のコオロギ橋があり、さらに先に風見中学校があった。
風見女学園のように、中学校は必ずしも生徒が全員避難したわけではない。中学生はこの町に住んでいるので、各々が自分の住んでいる地域の避難場所に入ったケースも多かった。それは丁度、紫蓮のように。
なにはともあれ、一先ず、自分たちは交差点よりおかわりされた300体と相手する必要がある。
知り合って日は浅いけれど、みんな無事だと良いな、と紫蓮は龍命雷をギュッと握ってお祈りした。
コオロギ橋から出てきた大群は、菊池デパートが相手をする。
そして、ここ菊池デパートの自衛隊では、青嵐と同じフォーメーションが展開されていた。つまり、駐車場の入り口付近と道路に突出した人員、及びデパートの側面と背面を囲む陣形だ。
しかし、民間人の配置が少し異なる。駐車場の中衛に腕に覚えのある冒険者たちが並んでいるのだ。
ここに立てる絶対条件は、20階層まで降りていること。ちなみに、冒険者免許の練度等級を参照にするのは、練度試験を再度受けていなかったら強くてもGランクのままのため、到達階層を指標とした。
「平凡なサラリーマンからみんなを守る戦士か」
青年が、赤い槍で肩をトントンと叩きながら言う。
「どうした急に」
「ん、なぁに。あの日、【槍技】を初期スキルでもらって……くくっ、ゴミ捨て場の物干し竿と睨めっこしていた奴が、まさか背中に命を背負って戦うようになるなんて思わなくてね。人生分からんもんだぜ」
赤い槍さんは、ゴミ捨て場に捨ててあった物干し竿を見つけ、【槍技】ダッシュスラストを試そうか本気で悩んだ過去の自分を思い出す。結局、変な液体が棒についているのを発見して正気に戻ったのだが。
「あの時じゃあ、俺だって思わんかったわ」
「嘘吐けよ。お前はヒーローに憧れてる面してるね」
「ちょっとだけだよ? ピンチになった美少女を助けるのさ」
「分かるわぁ。まあ今ピンチになるとしても目の前にいるオッサンたちだろうけど」
「20歳くらいの娘がいそうな自衛官いないか?」
「くくくっ、知らねえよ。っと来たか。さぁて、女の子ばっかりに活躍されちゃあ日本の男はおXXXXついてるのかって言われちゃうからな。気張っていこうぜ」
「「「おう」」」
赤い槍さんの言葉に、まだ付き合いの浅い、されど気の合う仲間たちの声が重なる。
それと同時にデパートの右方から戦闘音が鳴り始め、すぐにその防衛線は魔物で飽和して、次の防衛線に魔物が殺到し、そこもまた抜けて、いよいよ冒険者たちの下へ魔物がやってきた。その数、60体あまり。
第二防衛線も飽和して進攻してくる魔物に向け、武器を構える。
赤い槍さんは棒の先端で輝く穂先を見つめた。
赤い槍さんたちの装備は、風見ダンジョンのボスを倒すために鍛えた初級装備。
風見ダンジョンはカエル皮やヘビ皮、ダンボールが落ちるため、一番鍛えられている装備は『75/125』の軽装備。さらにその上に器用な仲間が作った黒塗りのダンボールの胸当て『112/112』を着用している。
三娘の龍討伐よりダンボールの胸当て一丁分恵まれた装備。そして、それに輪をかけて三娘よりも修行に費やせる時間も恵まれていた。
「これだけの装備を着てピヨピヨしてたら情けないよなぁ!」
赤い槍さんとその仲間たち6人がG級F級入り混じった魔物の軍勢とぶつかり合う。
中央を担う赤い槍さんチームの両翼から2つのチームが援護に入る。
3つのチームは『ひ』の字を描くようにした陣形で、魔物を包囲した。
「「強打!」」
棒使い2人が先頭の魔物に向けて【棍棒技】強打を繰り出す。
ノックバックと昏倒性能に優れた強打を喰らった魔物は、後ろを巻き込みながら大きく弾かれる。
「ダッシュスラスト!」
進攻の勢いが落ちた瞬間に、棒使い2人とスイッチして赤い槍さんが【槍技】ダッシュスラストを放った。
その直線上にいたG級の魔物が2体同時に光に還り、さらにその後ろにいたF級の魔物に槍の穂先が突き刺さる。
突出した形になった赤い槍さんは、F級から槍を抜くと、魔物たちの真ん中で槍を風車のように回し、魔物たちの圧を散らす。
多くの魔物が赤い槍さんをぐるりと囲んで標的にするが、その背後から仲間たちや他のパーティがどんどん襲いかかる。
各地でも冒険者たちの戦いが幕を開けたのだった。