6-13 決戦前夜
本日もよろしくお願い致します。
風見町に夜が訪れて数時間。
避難は少しずつ完了していき、自衛隊や警察や消防が再度各家を回り、最終確認を行なっていく。
外部の居住者も多くが帰ってきており、それぞれが避難所に入っている。
普段なら夜も早いこの時間、国道は帰宅ラッシュで賑わっているのだが、今日は火が消えたように静かなものだった。
それは各家庭も同じで、晩飯の匂いも家族の笑い声も犬の鳴き声も何もない。
その代わり、避難所に指定された場所は賑やかなものだった。
風見女学園では寸胴鍋でどんどんスープが作られ、各家庭から持ってきてもらった炊飯器でご飯が炊かれていく。食材は風見町にあるデパートやスーパーの提供だ。
女子高生たちが握り飯をせっせと作り、スープと共に避難者に提供されていく。
女子高生が握ったプレミアムおにぎりを、避難者たちはありがたく召し上がっていく。おっと、そこのオジサンが食べているのはおばちゃんが握ったおにぎりだ。昆布味。
「文化祭みたいだね」
命子はごった煮で胃を温めつつ、学校の賑わいを見下ろして言った。
この学校の避難はほぼ完了しており、現在は外から戻ってきた居住者が持ってきた防具などの配布が順次行われている。
そんな中で命子とルルと萌々子は有名人なので、人目から離れて屋上で町を見下ろしながらご飯を食べているのだ。
萌々子は命子よりもちっちゃいので食べる姿が凄く一生懸命に見えた。そのお膝の上では、光子が自分の体の一部でご飯を再現して、お食事ごっこをしている。
「ブンカサイはこんなデスか?」
日本の文化祭をアニメぐらいでしか知らないルルが首を傾げる。
「まあ、ちょっと違うけど。夜に色んな人がみんなで同じ目的に向かって協力している姿がそんな感じだなって。そう思ったんだよ」
「そうデスか。このガッコのブンカサイはあと2か月くらいだったのに、中止になっちゃうデスかね?」
「どうだろうね。残念だけど、それどころじゃなくなっちゃうかもね」
命子は、中庭を見下ろす。
そこでは、人に助けを求めた動物たちが寝そべっている。
山で出会えばお互いに逃げつ追いつの間柄の鹿や熊、猫やウサギなどが争いもせずに大人しくしていた。
その周りには戦闘犬たちが鎮座しており、後輩たちに目を光らせている。
他にも、ペットの犬や猫もいるが、奴らは特別待遇で一階のペットとその家族用の教室に入っている。格差社会である。
飼い主たちには『見習いテイマー』になってもらったり、それが無理なら他のテイマーに一時的にテイムしてもらったりして、確実に言うことを聞かせるようにしてもらっている。
「ねえねえメーコ。シャーラたちは寂しくないデスかね?」
「大丈夫だよ。ささらは紫蓮ちゃんの家に泊ってるし。きっとキャッキャしてるよ」
「デスね。もしかしたら一緒にお風呂入ってるかもデス」
「……ル、ルルはたまにささらとお互いの家に泊るって言うけど、一緒にお風呂に入ってるの?」
「ニャウ、入ってるデスよ。シャーラのお家はお風呂がおっきいですから、楽しいデス」
「そうか」
命子も何回かそんなお泊り会に加わって何故か3人でお風呂に入ったりしたけれど、まさか2人の時も入っているとは。
命子はルルの形の良い大きな口を見つめながら、何やらほわほわ妄想した。唇を見つめる意味は特にない。ないのだっ!
「あっ、言ってるそばからシャーラデス!」
ルルはスマホの着信を取りながら、家々の中ににょきっと出ているマンション青嵐を眺めた。
紫蓮のお家の位置を見れば、窓の明かりを背にして2人の人影が手を振っていた。その周りには他にも複数の影がある。
「んふふぅ、見えたデスよ! 隣はシレンデスね。後ろは避難した人デスか?」
マンションは全体が避難所になっているため、紫蓮の家も例外ではなかった。
テコ入れがあったのか、どうやら女の子ばかりらしい。
『ルルさん。明日は頑張りましょうね?』
「ニャウ。シャーラも頑張るデスよ?」
『もちろんですわ』
「命子ちゃんも頑張るよ!」
『ふふふっ、命子さんは頑張り過ぎちゃダメですわよ』
『羊谷命子は、無茶する』
「にゃんだとっ! 紫蓮ちゃんもほどほどにするんだよ?」
『我は氷河の心を持っているからいつだって冷静』
『あら、命子さんの隣にいるのは萌々子さんですわよね?』
「そうだよ。ほら、モモちゃんご挨拶なさい」
命子はお姉ちゃんぶった。
萌々子は別にご挨拶できない子ではなく遠慮していただけなのだが。こういうところがウザいんだよなぁと思いつつ、萌々子はお話の輪に加わる。
ルルのスマホを通して、5人は楽し気に笑った。
それから明日出てくる敵について話し合ったりしつつ、お話を続けた。
ダンジョン区では、全ての料理店が無料で料理をふるまった。
この場で働いている人もまた避難者だが、いつもの何倍も料理を作って働く。
別に36時間程度なら風見町全体にある保存食でどうとでもなるのだが、食がもたらす活力を料理人たちはとてもよく理解しているため、料理こそ自分のできる戦いとしたのだ。魔物が出ればどうなるか分からないが、せめてこの前夜だけでも。
住宅系の避難所にも食品は運び込まれ、各家庭で受け入れた避難者たちに料理が振る舞われた。
主に、鍋物とか簡単にできるものだ。
住居系の避難場所には、レベル教育者が主に送られた。
理由は単純で、カルマが確実にプラスだからだ。
見ず知らずの他人を家に上げるのは勇気がいる。
それを分け隔てなくやってくれる家人に対して、善良な心を持つレベル教育者たちは尊敬の念を禁じえなかった。家主からすると断りづらかったというのはあるが、それは言わぬが花、結果が全てなのである。
一般住宅区やダンジョン区は、主戦場が道路だ。
変則的な戦いが予想された。
特に電柱を傷つけたりできないので難しい戦闘になるため、こういった避難区画は自衛隊が多く配置されている。
念のために電柱には、風見ダンジョンのセリ市場から徴収されたダンボールや素材で補強がされているが絶対ではない。
病院に避難する人たちは、その家族が主だ。
そして、その周囲を守るのは冒険者や自衛隊。
場所が場所なので大騒ぎするのは憚られるので、静かなものだ。
けれど、やることはたくさんある。
ステータスから魔物の姿を確認し、それをネットで検索してどのような魔物なのか調べる。
特に、E級の魔物の姿だけは目に焼き付けておく必要がある。
食材の提供地である菊池デパートでも、お惣菜や寿司などどんどん食べてもらう。
バックヤードから売り物の毛布や布団を引っ張り出し、好きなように使ってもらう。
食材売り場では早々に冷房の温度を上げ、人が避難しやすい温度にする。
まさか食材売り場で寝泊まりすることになるとは思わなかった人々は、世にも珍しい一夜にジュースで乾杯したりした。
多くの場所に現れた野生動物たちは、いくつかの扱いを受けた。
テイムしてもらい、学校の中庭などを貸してもらえた動物。
テイムしてもらえたが、避難所内に適当な庭などがないため少し離れた空き地や駐車場に入ってもらい、ついでに守られるか。
内側と飛び地という違いにより、安全性にかなりの差があるが仕方がない。
他にも、多くの大型公共施設が開放され、それぞれの場所で多くの人が一夜を過ごしていく。
まとまりの取れていなかった猿宿郷では、3年寝太郎と残念がられていた少女が近所のおじちゃんやおばちゃんを無理やりまとめ上げ、隣り合った小中学校に避難させた。
バブル期はそこそこの人がいた場所なので小中学校はそれなりに大きかった。
しかし、今では少ししか生徒もおらず、まるで閉校までの最後の仕事をするようにかつての卒業生たちを再びその身に迎え入れた。
学校の周りには、実に5時間という凄まじい速さで山々を越えて到着した自衛官400名と戦闘犬50匹がしばしの休憩を入れている。
彼らはこれから寝ずに陣を張る作業に取り掛かるのである。
命子たちは自分たちに宛がわれた教室に向かう。
その道中、生徒と親が言い合いをする場面に出くわした。
「お前が戦う必要なんてないだろう!?」
「パパ、違うんだよ。一人一人が少しずつ力を出せば、誰かの負担が少しずつ減っていくの。だから、私は自分の意志で戦うんだよ」
「俺たちは税金を払ってるんだ。そんなのは――」
「パパ、パパ」
女生徒は、パパを抱きしめてトントンと背中を叩いた。
「怯えないで大丈夫だよ。心配しなくてもいいの。風見女学園は無敵の集団だから、全然大したことにならないから。だから大丈夫だからね」
「だが、だがぁ……うぁあああああ!」
パパはボロボロ泣き崩れてしまった。
命子は、う、うーむ、と唸った。
大の大人の怯えたシーンを見たからというよりも、女子高生についてだ。
女子高生は背中をトントンとあやしながら、次に士気を落としそうなことを言おうとしたら即座にぶん投げる準備の整った足の配置だった。優しい言動と実力行使を並行した説得である。
「どこのお父さんも一緒だね」
萌々子が冷めた目で言う。
目に入れても痛くない娘を持つ父親たちなので、無理はない。
「ウチのお父さんはやるときゃやるから大丈夫だよ」
萌々子の頭を撫でて、命子は笑った。
そうしてしばらく歩くと、今度は馬飼野青年を見つけた。
廊下の壁際に布団を敷いて座り、戦えないお婆ちゃんたちの手で【合成強化】が成された鉄パイプを撫でている。
「よう、兄ちゃん!」
「ああ、命子ちゃんか。見回り?」
「そこまで働き者じゃないよ。それは先生たちがやってる」
「そうか」
「兄ちゃんも避難協力お疲れ」
「ああ、女子高生の働きっぷりには敵わなかっただろうけどね」
「数はパワーだからね。そういえばツバサの姉ちゃんたちは?」
「ツバサさんは小学校だってさ」
「ふーん」
その返答に、命子は窓の外を眺めた。
大きな建物が少ない風見町なので、青嵐同様に割と色々な建物が見える。
小学校は、ここから直線距離で500メートルほどの場所で煌々と明かりを灯していた。
「明日は戦うの?」
「ははっ、どうだろうね。俺よりも強い人はたくさんいるから。俺は自分にできることをするよ」
「そっか。まあお互いに頑張ろう」
「ああ」
また、ある教室を通りかかると、テレビに向かってお話ししている女子高生の姿があった。
町の外から通っている生徒はとても多いため、家族に向けてメッセージを送っているのだ。
みんな、どんな活動をしたのか報告したりして悲壮感はない。
ウェーイとピースをしたり、はにかんだ笑いを浮かべたりして、お別れの言葉をいう者はいなかった。
そんなイベントをしつつ、命子とルルの家族に宛がわれた教室に戻れば、両家の親がタブレットを見ながらあれこれ話し合っていた。
その周りでは、熱心に話を聞く他の避難者たちの姿もある。
どうやら、明日出てくる魔物について話し合っていたらしい。
ステータス画面から明日出てくる魔物の姿を見ることができるのは地球さんが話したルールの通りだが、それは静止画だった。
どこの国も自分たちが出会った全ての魔物の動画は撮影しており、日本も例外ではない。
日本政府はそのデータを公表しているため、その動画をみんなで見ているわけだ。
しかし、中には日本で発見されていない魔物もおり、日本政府は各国にデータの提供を呼びかけ、現在では全ての魔物の動画がネット上に配信されていた。
また、テレビでも放送されている。
みんなやる気満々だな、と命子は感心した。
命子たちは、場合によっては24時間戦うつもりだ。
だから、賑やかな学校の音を聞きながら、早々に眠りにつくのだった。
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