6-11 各所の2時間
本日もよろしくお願いします。
風見町の町長は、地球さんから告知が始まって時間経過を語りだした瞬間、来たかと思った。
そして、それによって自分の町が有事になることは疑わなかった。
まあ、まさか自分の町だけピンポイントで有事になるとは思わなかったが。
町長よりもよほど目立つ笹笠女史や各方面と緊急会議をし、すぐに行動方針を決められたのは日ごろの備えの結果として誇らしく思えた。
その後、どのような行動方針を取るか県に報告したら、そのまま内閣総理大臣や官房長官、防衛大臣とネット会談で話すことになった。
官房長官以外はダンジョンの出現により何度か会う機会があったのだが、田舎町の町長とでは政治家としてランクが違いすぎる。
事件が起こっていない外の連中にイニシアチブを取られちゃうかもしれない、と一生懸命マニュアルを考えてくれた町のみんなに面目ない気持ちで挑んだネット会談だったのだが。
信じられないことに、このお三方はマニュアルパターンDを熟知していた。いや、それだけではなく風見町で考えられた全てのマニュアルパターンを覚えていたのだ。
まあ偉いといっても人間なので多少こんがらがって覚えている部分はあったが、それでも使うかどうかも分からない田舎町のマニュアルの概要を全て理解していた。
以前、『ダンジョンが出現した市町村の市町村長と内閣の懇談会』という席で、町長は自分たちが作ったマニュアルを提出していたのだ。
たぶん読まれないかなぁと思って提出したのだが、びっくりすることに読んでいたのである。
これにより、話はとてもスムーズに進んだ。
これから状況に適合した避難マニュアルを作るには遅すぎるため、町の人が分かるマニュアルを採用するのが合理的だ。その中で一番現状に似ているのが、パターンD。
自衛隊はこの避難マニュアルの通りに行動するので、適宜使ってくれという承認も得る。
しかし、戦闘が始まった後に各部隊の防衛地点を移動させる権限は町長にはないとも。それは自衛隊を指揮する一等陸佐の管轄らしい。
さらに、この有事で使用された物資の補償は全て国が負担すると確約してくれた。
また、魔物の情報をテレビやネットで流すことも約束してもらう。
魔物は様々なタイプが出てくるようなので、冒険者はまず間違いなく戦ったことのない魔物と当たることになる。
攻撃方法を知っていれば、戦いやすかろうという理由だ。
ただ、いくつかの点に注文が来た。
まず、外にいる居住者から緑の膜を完全に封鎖することは不可能なため、外にいる居住者は中に入れる。
その際に、彼らには運び屋になってもらう案である。彼らは自衛官が【アイテムボックス】を付与したカバンを持ち運ぶことになる。可能かどうかは分からないがとにかくやってみるそうだ。
この者の引き受けと、運んだ物資の配布がまず一点。
次に、本来なら風見町を守る戦力である1400名の自衛官の内、400名を山向こうの猿宿郷へ送ること。これはすでに自衛隊から聞いていたので了承する。
最後に、テレビ局の撮影許可。
地球さんTVで流れるかもしれないが、そうでないならこの映像は人類の存続に関わるものになる。
これは町長も理解できるので、承諾した。
そうして会議を終えて部屋を出ると、すぐに聞こえてくる役場の職員たちの電話対応の声。
会議室に設置された特殊災害対策室に戻ると、そこでは大勢の職員が活動していた。
携帯電話で連絡を取っては、色分けされたマップの各所に『対応中』と書かれたマグネットをつけていく。しかし、まだ一つとして『完了』や『最終確認済』のマグネットはつけられていない。この後、避難完了レベルに応じてマグネットはランクアップしていくのだ。
「あー、町長、どうやら固定電話は外部にいる居住者からが多いようです」
「内部の人からの電話はないのかい?」
「はい。ほぼないです。エネーチケーを乗っ取った笹笠氏のおかげでしょう」
「は、ははっ、そうか」
公共放送を乗っ取ったのは恐ろしい機転だと町長は慄いていた。
これは住民にももちろん効果的だったが、それ以上に国道沿いに並ぶ店舗で働く人やその国道を通りがかった人たちに対して、極めて効果的だった。
あれによって避難マニュアルを知らない彼らは、町全体がどのように動くのか、それに対して自分が何をすれば良いのか、すぐに分かるようになったのだ。
町長が外部にいる居住者の引き受けの段取りを済ませるとほぼ同時に、緊急記者会見が始まると、職員が報告する。
町長は一先ずその場を任せ、緊急記者会見を視聴した。
総理大臣緊急記者会見では、今回の事態に対して外側からほとんど支援ができないことが発表された。
前述した外部の居住者に運び屋になってもらう案を発表すると、それは危なすぎるんじゃないかという意見がマスコミの1人から飛んだ。
カメラのシャッターが心なしか虚しく鳴り響き、記者会見の場は少し白けた空気になる。
発言者の気持ちは分からなくもないが、小さいとはいえ立派な町である風見町を完全に封鎖することは不可能だ。
前の時代だったら道路を閉じれば封鎖になったかもしれないが、今の時代は一般人も身体能力が高いため、山だろうが川だろうが無理やり突っ切ることが可能になってしまっている。
だから、居住者を中に入れたくないのなら、入ろうとした人を拘束する以外に止める手立てはないのである。そうしてそれを見た他の居住者は、ひっそりと入るようになるだろう。
それなら、最初から手伝ってもらったほうが余程のこと、案としてまともだった。
記者会見は続き、風見町や自衛隊がどのように動くかなどの説明をして、最後に。
『風見町ならびに猿宿郷のみなさん。我々の予測は外れ、本来送る手筈になっていた防衛部隊を送ることができなくなりました。中にいる自衛隊、警察官、レベル教育の指導員、一部の冒険者が最大戦力です。国民を守る政治家として恥ずべきお願いです……』
かつて命子に勲章を授与したオッチャンは、カメラに向かって頭を下げた。
『自分や家族を守るために自分ができる範囲で共に戦ってください……っ。それは、魔物と戦うだけではありません。避難所の開設、料理の提供、泣いている子をあやすだけでも結構です。どうかみんなで力を合わせて、この苦難に立ち向かってください……っ!』
深々と頭を下げる総理大臣にフラッシュの雨が降り注ぐ。
「この町の連中は頭を下げられなくたってやるさ」
「国のトップは辛いですね」
総理が質問攻めにあう様子に、町長と職員は肩を竦めた。
国民を守るのが国の責任と言うが、限度があるのだから。
結界を張られちゃうとか、この中のマスコミの1人でも予想できただろうか。たとえそれを想定したとしても、風見町という狭い町に2000、3000と多数の戦力を常駐させておくことはできただろうか。
だから、かつて羊谷命子が言ったように、一人一人が修行するのだ。してきたのだ。
町長たちはその場を去り、避難の陣頭指揮を再開するのだった。
離れた場所で記者会見を見ていた命子もまた、悲しい気分になった。
政治はよく分からないけど、この人たちはチートな地球さんのやることにいちいち頭を悩ませなくちゃならない。
自分のように、「修行せい」と軽く言えれば楽なんだろうけど。
でも、国民のみんなが魔物と戦える力を得ても、最後には結局、このオッチャンは頭を下げなくちゃいけないんだろうなと。
命子は、かつて勲章を貰った時に教えてもらったルインに、メッセージを送っておいた。
オッチャン、頑張れ!
と、もにゅもにゅ動くスタンプ付きで。
イベントが封鎖空間で行われる以上、やり方の差はあれど、全ての国のトップが国民に戦ってもらうためにお願いしなくてはならない状態になっていた。
広大な国も小さな国も等しく、全ての町に大部隊を常駐させておくほどの軍事力など持っていないのだから。
ダンジョン区では、冒険者協会が取りまとめをしていた。
冒険者協会風見町支部の佐藤が陣頭指揮を執る。
ダンジョン区は、ダンジョンの内外を合わせて風見町の人口の約1.7倍を有する。
風見町で急に人口が増えたのは、この区画のせいなのだ。
ダンジョンからはどんどん人が帰ってきているが、帰還ポイントは通常なら防衛砦の中なのに対して、今回は砦の外など人がいない場所を選んで広範囲にわたった。
パンクしそうなダンジョン区から人を移動させ、広い場所でひと纏まりごとに職員たちが説明を開始する。
特に冒険者とレベル教育参加者は別々に分けていく。
「冒険者でレベル6以上の方は私についてきてください!」
「冒険者でレベル6未満の方ー、レベル6未満の方はこちらにお願いします!」
18歳以上の冒険者は、日本国内で魔物が地上へ出てきた際に、求めに応じて戦う義務が生じる。
冒険者免許の規約にはそう書かれているし、試験にだって確実に出る。
冒険者が集められた広場で、支部長の佐藤が拡声器を通して冒険者たちに言う。
その中には、大江戸テレビの鈴木やその仲間たちの姿もあった。
『みなさん、18歳以上の冒険者は魔物が地上に現れた場合、戦う義務が生じます』
その言葉に、多くの者が頷く。
やる気に満ちた顔をしている者もいれば、悲愴感漂う顔の者もいる。
『しかし、これを適用するのは時期尚早と判断されました。よって、これより有志を募ります。志願したからといって無茶な戦闘は強制しません。個人の強さに応じて、G級かF級と戦ってもらうことになるでしょう。E級は残念ながら今のあなたたちでは無理です』
冒険者たちはまだ素人の域を出ない。
全員がG級の魔物と戦って問題ない戦力として免許をゲットしているのだから、G級の魔物と戦わせるだけでも大きな戦力になるが、問題はレベル6に達していればF級とも戦うということにある。
レベル教育者が入る枠を潰してダンジョンに入っているのだから戦えという意見も上がるかもしれない。
しかし、多い者でも6回程度しかダンジョンに入れておらず、それどころか今日が冒険者デビューだった者もいるのに、こういったルールがある戦場に強制的に送り出すのは酷な話であった。
『各防衛地点によって防衛方法は異なりますが。主な戦術として、自衛隊が最前列で戦い、それをレベル教育の指導員や警察が補佐。我々はその後ろの中衛が受け持ちです。後衛は風見町の自警団の方々が行います。魔法使い系も後衛に回ってもらうことになります。そして最後方の建物内に一般市民の方々です』
あくまでこれは予定だ。
場所や、魔物の出方によっては大きく変わるだろう。
『それでは、風見町のために戦っていただける方はこちらにお願いします。それ以外の方は、戦う義務の代わりに避難所の開設の協力をお願いします』
「オッケー、戦うぜぇ!」
「熱くなりすぎんなよ」
陽気な声で一番に動いたのは、穂先にカバーをかぶせた槍を持った青年だった。
その仲間たちも志願していく。
赤い槍さんだ、とそこかしこで噂する声が聞こえる。
志願者の列にその6人が並ぶと、その後ろにお揃いの黒いコートを纏った男たちが並ぶ。
黒いコートには毛筆調で白く女の子の双眸が描かれ、その双眸の間に『修行せい』と達筆で書かれている。非常にカッコいいコートだ。
「我らが聖地を守るは信者の務めなり」
「然り然り」
「この数奇な運命に感謝よ」
「同胞の分まで奉仕しましょうぞ」
謎の集団のセリフに、槍の青年のチームはおぉうといった顔だ。
そこかしこで、アイズオブライフだ、あれがなければまともなんだが、と苦笑いが上がる。
なお、アイズオブライフは言動はともかく、地元地域の清掃などを率先して行うとても善良な集団である。
その後ろには、日本刀を佩いた女性たちや黄金のダンボールアーマーを纏った男たちなど、どんどん並んでいく。
その中には、命子も関わった大江戸テレビの鈴木やその仲間たちの姿もあった。
この広場にいる者はカルマが善にかなり傾いている者たちだ。
だから、あっという間に志願者の列はいっぱいになる。
ダンジョンに入っていた者と入場待機・探索終了者を合わせて、冒険者の数は約5000人。
この中には中々の使い手もかなりいた。
赤い槍やアイズオブライフなど、ネットなどでは二つ名を与えられる有名人も多数いる。
誰が言い始めたのか冒険者にとって風見町は一種の聖地化されているため、強い者が集まる土台ができていたわけである。
世の中では、『麒麟児・羊谷命子は風見町を冒険者の聖地とすることで、自衛隊と強力な冒険者の二重戦力で防衛に当たらせる構想を描いているのではないか』と推理する者もいる。過大評価である。しかし、結果的にそのような構図になっていた。
冒険者協会職員たちが、各地の避難所へ戦力を振り分けていく。
ダンジョン区も避難場所に指定されているので、もちろんここにも振り分けられていく。
中には自分には無理だと冷静に判断する者もいる。
そういった人の中には、予備戦力として志願したりする人もいた。
風見町に所縁のない彼らだが、それぞれが持てる力を提供してこの局面に向き合おうとしていた。
命子が学校に到着すると、すでに他の2つのチームも到着していた。
学校のグラウンドの一画では、ささらとルル、紫蓮、他多数の女子高生の姿がある。
さらに、その近くには大量の猫の姿もあった。
NINJA衣装に着替えたルルが胡坐をかいて座り、腕を組んでうんうんと頷いている。
その前では猫がニャーニャーと鳴いていた。
「ふぇえええ、猫ちゃんだ、入れ食いだぜ! ほらモモちゃんもおいで、ボーナスステージだよ!」
「もう、お姉ちゃん。真面目にやらなきゃ!」
わぁーいと命子は近くにいた猫を押し倒して、わちゃわちゃ撫でた。
「メーコ、野良はあまり撫でちゃダメデス。ちゃんと手を洗うデス」
「それお婆ちゃんも言ってた。うわ、ホントだ、野良くちゃーっ!」
もうとんだトラップだよ、と命子は部長が作ってくれた【水魔法】の水生成で手を洗う。
「それで、コイツらどうしたの?」
「ごめんなさい。ワタクシの班で拾ってきてしまいましたわ」
「なるほど。コイツらもバトルしなくちゃならないしね」
謝罪するささらに、命子は理解を示す。
けれど、猫は基本的にこのイベントで有利な生き物だ。
レベル0の猫を狙うG級の魔物なんてスピードはたかが知れている。猫は高い所に登れたり狭いところににゅるんと入れる流体なので、いくらでも逃げられるのである。
それでも人の下へやってきたということは、コイツらはレベルアップの機会を逃がしたくないのではないかと命子は推測した。あるいは、単純に魔物がどういうものか知らないので怖いのか。
「それで、ルルは何をうんうんしてたの? 猫はなんだって?」
「お世話になるのもなんだから、一緒に戦いたいって言ってるデス」
「マジかよ」
命子はさらりと翻訳してくるルルに慄いた。
しかし、猫のエキスパートな民族だし、やれないこともないのかもしれない。
「ニャーニャー!」
「こ、これはなんて言ったの?」
「でも死ぬかもしれないから、最後にニャムチュッチュを食べてみたいって言ってるデス」
「「「マジで!?」」」
固唾を飲み込んで翻訳を聞いていた女子高生たちが声を揃えて驚いた。
なお、ニャムチュッチュは猫が夢中になる御飯である。
「ニャー!」
「家猫にいつも自慢されるって言ってるデス」
「贅沢しやがって!」
「まあ途中から適当デスけどね」
ほう、と命子はルルの話術に感心した。
「とにかくデス。お前ら、洗わないと避難させてやらないデスよ!」
「ミニャー……」
ルルの言葉に、猫たちはしゅんとしながら魔法少女たちの前に並んだ。
その手には、猫用シャンプーが握られている。
猫たちの試練が始まった。
その場を女子高生たちに任せ、命子は学校に到着した報告を入れる。
命子は荷物を修行部の部室にある金庫に入れておく。
修行部が扱う武器は全部危険なので、かなり頑丈な金庫になっている。
そうして手伝いを始めようとすると、紫蓮とささらが言った。
「羊谷命子。我は、青嵐を守るよ」
「紫蓮ちゃん」
命子は紫蓮の眠たげな瞳を見つめた。
自分が必要とされる場所、守るべき場所をしっかりと見据えた目をしている。たぶん。
「うん、分かったよ。でも無茶はダメだよ?」
「うん」
命子は、紫蓮をギュッと抱きしめた。
紫蓮もそれに応じてギュッと抱きしめ返す。
「命子さん。ワタクシも紫蓮さんと一緒に行きますわ」
「ささらもか」
命子は青嵐の立地を思い出す。
あの辺りは風見町のビバリーヒルズなので、大きな建物が多い。
つまり避難所指定された建物が多かった。
ささらは、そういった場所への救援もできる場所として青嵐を戦場に決めたのだろう。
「ささらは強いけど、ささらも無茶しちゃダメだよ?」
「ふふっ、命子さんこそですわ」
命子はささらも抱きしめた。
ささらは優しく微笑んで命子を抱きしめ返す。
2人はルルからも抱きしめられる。
そうして抱擁を終えると、ささらと紫蓮は風見女学園から離れていった。
「メーコ、寂しいデスね」
「うん」
命子は指貫手袋の下で指に嵌っている絆の指輪を撫でて、お祈りした。
どうかみんなで生き残れますように、と。
「2人も頑張るんだから、こっちだって負けてられないね」
「ニャウ!」
命子とルルはしゅんとしつつも、避難の準備を再開するのだった。
読んでくださりありがとうございます。
もう2話ほど事前活動にお付き合いください。
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