6-10 風見女学園 始動
本日もよろしくお願いします。
河川敷を離れた命子たちは、そのまま風見駅まで向かう。
その間、女子高生たちはスマホで親や友人に状況を教えていたりする。プイッターに書き込むのも忘れない。関連タグに『風見女学園』は必須だ。以前からどんどん増えていたフォロワー数が一瞬にして万を超えた。
命子もお父さんから連絡が入り、自分の避難場所やこれからどう動くかを教えた。
命子たちの進行方向では、すでに青空修行道場の他の面々が対応を始めていた。
ささらママの指揮では河川敷から近い順に出発させているのだ。こうすることで、離れた場所へ移動するグループが、近場の住民へ対応する手間を省いている。
なお、離れすぎている場所やたまたま車で国道を通っていた人たちは、役所や警察、消防の管轄になっている。警察は他にも重要施設なども担当している。
駅へ到着すると、駅員が電車で外へ出られないことや、この場所にいる人たちの避難場所について利用者に説明していた。
その中には女子高生の姿もある。
駅にいた女子高生たちはすぐに命子たちに気づいてこちらにやってきた。
「ポノミン、帰りそびれちゃったね」
「えへへ。でも、みんなと戦えるし、それでも良いかなって感じ」
女子高生たちがそんな会話をしながら、合流した。
「帰れた人はいるの?」
命子が尋ねると、ポノミンが答える。
「私たちが一番だったから、たぶんいないかな」
「オッケー。それじゃあ行こう」
命子たちは50人程度の女子高生を吸収して、また移動を再開する。
まだ通っていない道を歩き始めると、そこかしこで青空修行道場の面々が各家の住人の手伝いをしていた。
軽トラやリヤカーに大きなビニールに詰め込んだ布団を載せている。ビニールの中には分かりやすいように名前の書かれた紙が入っているのが見えた。
「中村さん、これも載せてくれよ。そうすれば俺もそのまま手伝えるから」
「それはありがたいです! ぜひお願いします!」
そんな風に、新たに避難活動に参加する人もどんどん現れている。
今日は河川敷に来ていなかったけれど、決まった曜日に修行する人も大勢いるのだ。修行に来たことがない人だって避難に率先して加わっている。
「頑張りなよ、風見乙女!」
「おばちゃんたちも頑張ってね!」
そんな風に声を掛けてくれる人もいる。
するといきなり1人の女子が泣き始めた。
周りの子がギョッとして慰めている話を命子が聞く限り、どうやら感受性豊かな子らしい。
色々な人が協力して事に当たっていることが、彼女の琴線に触れてしまったのだとか。
こうなるともらい泣きする子が出てくるのが女子である。グシグシと目を擦りつつ、行進する。
馬飼野の兄ちゃんは、女子高生の謎の生き物っぷりを垣間見た。
女子高生組は、3つのルートで風見女学園を目指す。
各班のメンバーは各ルート近辺に家がある子が優先的に選ばれており、自分の家が近づくと友達と一緒に一時離脱していく。
決して1人では行動しない。
カルマが目に見える世界になったが、この状況に悲観して犯罪を起こす者が現れてもおかしくないからだ。最近可愛くなったと専ら評判の風見乙女たちなので、なおさら単独行動はNGである。
「命子ちゃん、ウチ、犬がいるんだけど連れてって良かったんだよね?」
「うん。動物アレルギーの人もいるし部屋が決まっちゃうけど、大丈夫だよ」
「連れてくる!」
そんな風にして女子高生たちは、自分の家から家族やペットを連れてくることがあった。
女子高生組はどんどん数を増やしていく。
「おい、羊谷」
しばらく進んだところでそう呼びかけてきたのは、風見女学園の悪っ娘の1人だ。
いつもサポートのおばちゃんやお爺ちゃんたちのそばにいる子である。
口が悪く、ファッションセンスからダウナー系の印象を受ける。
「どした!」
「あたしはここで離脱する。学校には戻らない」
悪っ娘は別れ道の前でそう言った。
別れ道には、『特別養護老人ホーム鶴亀苑 右500メートル』と書かれている。
老人ホームはどこも削除できない避難所となっている。鶴亀苑も同じだ。
魔力は疾病者の病状をある程度の快方へ向かわせる働きを見せた。
それと同じようにお年寄りが少しだけ歩けるようになったとか、家族の顔を思い出せたとか、そういった話もある。しかし、寿命が大きく延びることはなかった。
老人ホームで暮らす人たちは、1日であろうとも避難させるのはやめたほうが良いと判断されたのだ。
これが他の災害ならば避難もやむを得ないのかもしれないが、今回は全てを壊す猛威ではない。個別に殺しにくる猛威だ。
だから避難させるべきではない人はそのままにして、その人たちを中心に守る態勢になっている。
命子は悪っ娘の瞳を見つめた。
その瞳は、かつて命子に相談してきたような自分の悪行に怯えていた少女の目ではなかった。
「分かった。頑張ってな」
「はっ、頑張んのは自衛隊や警察の連中さ。私は建物の中で寝てるだけだよ」
悪っ娘は飄々としたことを言って、老人ホームを目指して走り出した。
このルートの中には、命子の家もある。
命子の家の周りでは、近所のおばちゃんたちが大慌てで荷造りをしている姿があった。
「よし、みんな、ここら辺から風見女学園の区域だよ。各員、4人編成で各家を訪問してください! 大人たちは注意してあげてください!」
「「「了解っ!」」」
指示を出した命子は萌々子と共に、自分の家に入る。
すると、すぐに光子がお出迎えした。
手をブンブン、足をわちゃわちゃ動かす姿は飼い主の帰宅を喜ぶ犬が如し。
「光子も気づいてるんだね。大変なことになっちゃったよ」
「っっっ!」
光子は、わたわたわたーと手を振り、そうかと思えば手から剣を出してえいえいと振るう。
やる気満々だ。
命子は冷蔵庫からパックのジュースを取り出し、コップに注ぐ。
「モモちゃん、一息入れよう」
「うん。ほら、光子も魔力あげようね」
「っっ!」
オレンジジュースを呷り、喉を潤す。
ボヤボヤしていられないので、ふぅと一息吐いて、すぐに活動を再開。
まず、命子たちはそれぞれが自分の装備を装着していく。
周りはノーマルの装備なのに申し訳ない、とは言っていられない。
萌々子はF級の敵、命子に至っては全ての敵から狙われるわけだし。
命子はいつもの和風装備を装着し、その上に最近紫蓮が作ってくれた魔狩人の黒衣(ロング陣羽織バージョン)を羽織る。
そうしてから、【アイテムボックス】を展開したリュックの中に剣や魔導書などを入れていく。魔導書は結構な数ある。
萌々子は、命子が買ってきてくれた初級装備を着て、その上に紫蓮が作ってくれたダンボールアーマーをつける。その姿は、ソシャゲでよく見られる妙に強い幼女みたいになっていた。
ペンダントにした精霊石を首から掛け、完成である。
光子は萌々子を真似て、同じ姿に変身した。
今日は光子も避難なのである。
他に、萌々子の分だけ毛布を用意する。
命子は今回の戦いで、始まるまでのどこかで6時間ほど寝るつもりだ。
それ以降は寝るつもりはなかった。どうせ2、3日は確実に休みになるだろうし、これが終わればたっぷり休めるだろうという算段だ。
なお、両親の装備はあとで家に取りに来るそうなので、命子たちが持っていったりはしない。
「おーっ! 超カッコいい!」
外に出ると、荷物を持って近くを通った女子高生たちが歓声を上げた。
命子は、ズワーッと重心を低くしたカッコいいポーズを取る。陣羽織がぶわりと空気を孕んで膨らみ、躍動感はマッハ。
そんな命子の様子を萌々子のアーマーから顔を出した光子がジーッと見つめて学んでいた。
「ところでみんな、何持ってるの?」
演出を終えた命子は女子高生たちに問う。
みんな、長い棒を持っていた。
「物干し竿! 必要か分からないけど、長い棒はいっぱいあっても損はないし」
「なるほど。必要になるかもしれないし、持っていこう。あっ、名前と住所書いとかないとダメだよ」
「大丈夫、やってるよ!」
女子高生たちは物干し竿を見せてくれた。
そこには借りた家の住所と名前がマジックで書かれている。
命子は一応、物干し竿を用意したことをささらママに報告メールをしておいた。
一方、部長たちのチームはそこら中で人助けをしていた。
基本方針は命子チームと変わらないのだが、部長たちのチームは変な巡り合わせが多かったのだ。
「修行部乙女部隊の力、見せてやれ! いくぞーっ!」
側溝にタイヤを落とした車を女子高生たちが力を合わせて持ち上げ。
ボヤ騒ぎが起きた家では【水魔法】の水生成でガンガン水を用意して、あっという間に鎮火し。
「ヤバいデス!」
そうかと思えば、ルルがいきなり高速で走り出し、木から落ちた少女をすんでのところでキャッチしたり。
「き、木にね。木に登ってれば大丈夫だと思ったの……」
「そんな甘くないデス。むむ、お主、見ぬ顔デスね」
「最近、引っ越してきたの……どうしたらいいかわかんないの……」
「そうデスか。じゃあお主の親御さんの連絡先を教えるデス。ちゃんと町のみんなが守ってくれるデスからね?」
「う、うん!」
そんなことをしながら、自分たちの家に寄ったりして学校へ近づいていく。
ルルもまたNINJA衣装に変身だ。
すると、ダンジョン装備で完全武装した自衛隊の一団に出くわした。
その内の1人とルルの視線がぶつかる。
「アーッ! トードー殿デース!」
「ルルちゃんか! すみません、すぐに戻ります!」
かつて命子が教授と能力測定をやっていた頃からの付き合いである藤堂であった。
命子の羊さんパーカー1号をズタボロにしたり、よくコーラグミをくれたりするオッチャンだ。
ルルとも、ダンジョンがどういうものか説明する番組で以前、一緒に行動した。
藤堂は上官にそう告げて、一時離脱する。
上官もルル相手では仕方がないので、少し離れた場所で立ち止まる。
「大変なことになったな。おや、今日は命子ちゃんはいないのか」
「ニャウ! メーコたちは違う班デス。トードー殿は山に向かってどこ行くデス?」
「俺たちは猿宿っていう山を何個か越えた先の集落に行くのさ」
「例のデスな。頑張ってくださいデス!」
「ああ、君らもな。無理するなよ。そして、死ぬな」
自衛官としては戦場の表に立ってもらいたくない気持ちはあるが、魔物を知り、命子たちの戦闘能力を知る藤堂には、戦うなとは言えなかった。
どの程度の規模の戦いになるかは分からないが、外部からの救援が望めない今回の戦いのカギは、恐らく、冒険者と青空修行道場になる。
自衛官や警察官が頑張るのは当たり前だが、この2つの組織が無理のない範囲で魔物と戦ってくれることで自衛隊の継続戦闘時間は飛躍的に上がると思われた。
「それじゃあ行くよ。命子ちゃんたちにもよろしくな」
「ニャウ!」
「気を付けてください!」
「頑張ってぇーっ!」
別れた藤堂と、少し先で待つ自衛官たちに女子高生たちから声援が贈られる。
照れくさそうにする自衛官たちは、全員が女子高生に向けて敬礼した。そのそばでは戦闘犬たちも背筋を伸ばして座り、女子高生たちへ誇らしげに胸の毛を見せていた。
これより藤堂二等陸尉を含む400名と戦闘犬部隊は風見山を越え、さらにその先にある道なき山を越えていくことになる。
ささらの班は、風見町のビバリーヒルズ近辺を通るルートだ。
これは部長のルートと多少似たルートになっている。
ささらの班には紫蓮も入っている。
ささらと紫蓮は帰宅して自分の装備に着替え、一先ず学園に向かう。
紫蓮は自分が暮らすことになったマンション青嵐を見上げた。
この場所もまた避難所になっている。
縦に長く敷地も広いマンションは、収容人数と防衛力がどちらも中々に優秀だったのだ。
「ささらさん、我は青嵐を守るよ」
「命子さんと一緒じゃなくて良いんですの?」
「うん。我のお家だもん。我にはそこそこの力があるんだし、きっとこの場所で何かできることがあるはず。大丈夫、無茶はしない」
ささらはそう語る紫蓮に微笑んだ。
「紫蓮さんはやはり強い子ですわね」
「我は龍滅の三娘の仲間だから」
命子と一緒に戦いたいけれど、自分のできることをするのも大切だ。
だから、紫蓮はこの場所で戦うことを決めた。
ささらは青嵐を見上げた。
大家の娘として、自分もまた……
ささらと紫蓮は、女子高生を引き連れて学校を目指す。
途中まで移動すると、ふいに女子高生たちの足元へ猫が群がってきた。
「ふおー、どうしたのお前ら?」
「コイツいつも撫でさせてくれない猫だ! どうしたのー?」
女子高生たちが猫を見てニャーニャーする。
猫も女子高生を見てリアルにニャーニャーする。
「たぶん、コイツらも連れていってほしいんだと思う」
「ですわね……」
紫蓮の言葉に、ささらは眉を八の字にして困った。
連れていっていいものか。
「ふぁああ、ちっちぇーっ!」
親猫が咥えた子猫を女子高生の前に置いて、押し出す。
子猫はミーミー言いながら、親猫の下へ帰っていく。
女子高生たちが隊長であるささらをうるうるした瞳で見つめる。
中にはすでに子猫を抱いている者もいる。
ささらは、猫たちへ向けて話しだした。
「あなたたち、人と同じ所には入れないかもしれませんわよ? 建物の中にすら入れないかもしれないですわ。それでも一緒に行きますか?」
猫にアレルギーがある人もいる。
最近では魔力が宿り快方に向かったなんて話もあるが、それも一部だ。
だから、猫たちは人が避難する部屋には入れないだろう。
「「「にゃーにゃー!」」」
それでもかまわないと言わんばかりに、猫たちはささらに向かって鳴く。
「分かりました。それならついてきなさい」
「「「にゃー!」」」
やったぜ、と言わんばかりに猫が喜び、先ほど子猫を人に押し出した親猫がもう一度子猫を咥えた。猫たちは自分たちの可愛さを知っていた。
果たして本当に話が通じているかは謎だ。
自分は正しいだろうかと考えるささらの横で、紫蓮が言った。
「ささらさん。たぶん、これは野良猫だけじゃない」
そう言った紫蓮の視線は風見町にある山々を見つめていた。
日本は7割が森林や山岳地帯だ。風見町はその縮図の如く65%が山や森、河川となっている。
すなわち、その分だけ自然動物が暮らしているのだ。
ささらはハッとして、すぐに母親に報告しておいた。
「2-A完了しました!」
「了解! 次は3-Dをお願いします!」
「「「了解!」」」
「2-D終わりました!」
「それじゃあ3-Eをお願いします!」
「「「はい!」」」
急げ急げーっ! と女子高生たちが忙しなく働く。
風見女学園では、教師陣やお喋りしていた生徒、部活動をするために残っていた生徒たちが避難の受け入れを始めていた。
そこに付近の住人が集まり、作業効率はどんどん上がっていく。
建物内部は、できる限り使いたい。
各教室の机を壁際に2段積みし、マットや避難用に備蓄されている毛布や布団を出していく。
すでに自衛隊が来ており、屋上や校庭のポールに照明を取り付け始めている。
魔物が出るのは24時間。
当然夜も戦うことになるだろう。照明はどこの避難所でも必須だった。
他の場所では工務店などの一般人たちも協力して、手分けして取り付けられていく。
「キッチン甚兵衛からおっきい鍋が3つ届きました!」
「家庭科室へ! やっぱり食材は遅れるみたいね……」
寸胴鍋を軽々と持ってわっせわっせと女子たちが移動していく。
飲食店はすぐに鍋などを用意できるが、物資は用意する段階で時間が掛かる。
教師たちも大変だ。
生徒全員がどこにいるか確認したり、女子高生を率いて付近の住人の移動を手伝ったり、町や自衛隊との連絡を繰り返したり。
地球さんの告知が終わってから1時間30分。
着実に避難の準備が整っていく。
その様子は、他ならぬ修行部の広報部隊によって全国へリアルタイムに配信されていた。
それは学校だけでなく命子たち3つの部隊の様子も生中継されていた。
ジャージやスカート姿の女子たちが逞しく活動している姿が、日本のみならず全世界にお届けされるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。