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6-7 見たかった光景

 少し早いですが、本日もよろしくお願いします。

 白い胸当てに白い脛当て、頭部にはサークレットに似た白いハチガネ。

 そんなお揃いの装備を纏った少女たちが、風見町のダンジョン区にある広場で整列している。


 素人から冒険者まで集まるこのダンジョン区だが、大体の人の装備はお粗末な物だ。

 そんな中でお揃いの装備で統一された少女たちの姿は一種の美しさがあった。まるで戦乙女たちの出立式のよう。

 当然、注目の的である。


 男性陣はアニメから飛び出てきたようなリアル乙女部隊にワクテカし、他の市から訪れたレベル教育参加者の小中学生は目をキラキラさせる。ファンが急増中である。


 しかして、その装備の実態は全てがダンボール製。

 だが、ハリボテというなかれ。胸当てなど【合成強化】をマックスにすれば50~60ほどの防御力を誇るのだ。


 そんな統一された装備を纏った少女たちが、元気に詩を諳んじる。

 賑やかなダンジョン区が静寂に包まれ、観衆は少女たちの合唱に聞き入った。


 そう、彼女たちこそ風見女学園修行部・乙女部隊であった。

 本日は第3回目の魔法少女化合宿なのである。


 この頃になると、風見乙女の詩は認知され、恥ずかしく思う部員は少なくなった。

 公衆の面前で校歌を歌うのと大差ないのだし。

 むしろ、流行りの先駆けに自分がいるというのが女子的に大変価値があった。


 歌い終われば大喝采を浴び、この場に同行していた理事長や校長たちがたじろぐ。

 同じく、本日から動員される指導員の女性たちも、その熱気にあわあわする。


「わが軍は圧倒的じゃないか」


「世界を牛耳るのも時間の問題かと」


「「くっくっくっくっくっ!」」


 命子と紫蓮が黒い笑いを上げる。

 その隣では、陽気なルルがキラキラした目で乙女部隊を見つめ、ささらはたくさんのカメラが動いているのでツンとしている。

 この4人だけ初級装備と龍鱗の鎧を着ており、同一規格の装備を纏う乙女部隊の近くにいてなお存在感が凄い。まるで隊長機みたいだ。


「これは……来年の受験者が恐ろしいことになりそうですな」


 そう言う校長が汗を垂らすのは残暑のせいだけではないだろう。ネット上での評判は知っていたが、実際の人気を見て過労死のビジョンがマッハである。特に平時から多忙な教頭はリアルに死ぬかもしれない。


「予想を上方修正したほうが良いでしょう。それから直近ですと文化祭もあります。こちらの対応もこの前の決定では足りないかもしれません」


 理事長も諸々の学校行事について空恐ろしいものを感じていた。


 生徒はにこぱ。

 学校運営サイドはゲロ吐きそう。

 同じ学校というフィールドに関わっているのに、両者には大きな違いがあった。


「それじゃあ部長、頑張ってくださいね!」


「ええ、命子ちゃんたちも気をつけてね!」


 命子たちと修行部は別行動だ。

 部長たちは魔法少女化合宿を行い、命子たちは10層に用がある。


 本日から、修行部は指導員がつくことになった。

 この指導員たちは、自衛官だ。

 国が一つの学校を贔屓するわけにもいかないので、『部活動におけるダンジョン探索の危険調査』という名目である。だから、ゆくゆくは冒険者から雇う必要がある。

 現在冒険者を雇えないのは、冒険者の練度が部長とほとんど変わらないからだ。

 指導員派遣を商売にできないか考えている組織はたくさんあるし、国もその重要性を理解しているので、この悩みも直に解決することだろう。


 6人の指導員と6人の教官役、そして24名の魔法少女合宿生が今回突入する。

 8月の試験で82名の冒険者が新たに誕生したので、どんどん魔法少女化するつもりである。

 問題は冒険者増加に伴って予約が取りにくくなってきたことだ。学校が合宿公休制度を採用したため、比較的予約が取りやすい平日が合宿のメインになりそうであった。


 修行部はそんな感じだ。


 さて、命子たちは10層で狩りだ。

 出現した場所から妖精店へ向かう。


「手分けして戦うのが一番良いんだけどねぇ」


 命子はあっという間に魔物を倒すルルを見つめながら言う。

 命子の言葉にささらは小さく笑った。


「命子さんは真面目ですわね」


「風見町一の真面目っ娘って昔から言われてきたからね。まったく重い称号だよ」


 魔物の危険性を説いた命子たちが、ダンジョンであまり舐めプをするわけにはいかない。ダンジョン活動予定書でソロを弾いている意味を、命子たちが否定するわけにはいかないのだ。

 だから冒険者協会が創設して間もない今は、そういうことをしたくなかった。


 さらに、21層辺りで戦えば一度に出てくる敵の数も多いので効率が良いのだが、ダンジョンは前の階層に戻るためには一度外に出なくてはならないので不便だった。


 そんなわけで、非効率ではあるが10層で敵を探し、発見次第速攻で倒すしかない。


 一先ず宿に到着した命子たちは、もぐもぐ言うモグラ妖精に今晩の宿を借りる。

 カウンターを抜けて宿の中に入るが、人はあまりいない。


「まだ時は満ちていないか……」


 いつか夢見た冒険者で賑わう宿の光景が見られるかと思ったが、そんなことはなかった。

 命子はちょっと残念に思いながら、少し休憩した。


「じゃあ狩りに勤しみましょうかね」


「ニャウ! 目指すは2万ギニーデス!」


 そんなわけで、狩りを開始する。


 冒険者は10層に到達したら、次回の探索期間を丸々使って装備を整えるみたいな風潮にある。

 安全面を考えると良いプランであろう。


 そんなわけで、広いダンジョンだが何回か他のパーティと遭遇した。

 どこのパーティも敵を倒したら一度宿に戻り売り、また狩りに出て、そんな風に活動しているようだ。

 装備を整えるというのが冒険者たちにはよほど面白いのか、みんなかなり楽し気である。


 大体のパーティが体装備から整えているようで、鉄パイプなどの武器に反して、体装備だけは良い。あとは魔導書もそこそこドロップしているようで、どのパーティにも1つは魔導書があった。もちろん、すでに何日か滞在しているパーティは武器も良い物を持っている。


 命子たちが冒険者パーティに会うと握手や記念撮影などを申し込まれた。

 記念撮影はプイッターに上げられたらキリがなくなる可能性があるので、握手だけ応じた。

 しかし、握手して、頑張ってくださいね、と声を掛けるだけでも喜ばれているので良いだろう。


 1つのDサーバーには20組のパーティが滞在できるが敵はいなくなることはなく、狩りに困ることもない。

 とはいえ、倒したばかりのゾーンにはいないことも多いため、挨拶をしたら離れていくのが常だ。

 また、宝箱は魔物よりも復活がずっと遅いため、10層においてこれは期待できなかった。


「おっ、やった! ついに【アイテムボックス】がスキル化された!」


 探索の途中で、命子が嬉し気に報告する。

 いくつかあるスキル化条件の中で未だに、『ダンジョン内で累計250時間展開する』という条件だけクリアできていなかったのだ。それが今回の探索で終わった。


「いやぁ、長かった!」


 まあ、『冒険者』は便利なスキルが多いので、不満はなかったのだが。


「できれば『冒険者』自体をコンプリートしたいけど……うーむ」


「特に【生存本能】は非常に有用ですわ」


「ニャウ。【生存本能】がなかったら天狗に殺されてたかもしれないデス」


 ふーむ、と命子は次の職業について悩む。

 このまま『冒険者』か、それとも『魔導書士』か、はたまたそれ以外か。

 ヤマタノオロチ幻影体との戦いのように、ギリギリの勝負をすればスキル化も早くなるが、今のところそれも望めない。

 しばらくはそのジョブと付き合うことになるだろう。


「羊谷命子は目がカッコいいことになったから、『魔導書士』を極めるのもいいかも」


 紫蓮が意見を言う。

 命子は、ピッと紫蓮を指さした。


「そうかもしんない! でも、【生存本能】……うーむ……保留!」


 とりあえず、保留にした。


 そんなプチイベントがありつつ、19時になったので狩りを終えた。


「さて、そろそろ宿に戻ろうか」


「お腹ペコペコデス!」


「ふふふっ、帰ったらすぐに作りますわ」


 命子の言葉に、まるで夫婦のような会話が始まる。


 宿に帰ると、宿の前では多くのパーティがキャンプをしていた。

 みんなセーフティゾーンには入っていない。


「あ、お疲れ様ッス!」


 舎弟っぽい兄ちゃんにビシッと頭を下げられる。

 その周りからも同じように、労いの言葉が上がる。


 彼らはカルマが少ないからセーフティゾーンの外にいるわけではない。

 1つのセーフティゾーンはダンジョンから出るまで最大で12時間までしか滞在できないので、数日に亘って10層に滞在する場合は、こうしてセーフティゾーンの外でキャンプをするのだ。

 この制限時間を使い切ってしまうと買い物すらできなくなるので、みんな結構計画的に時間を使っているのである。


「どうですか、カタナは買えましたか?」


 先ほど話した人なので、命子はその時に聞いた内容をネタにした。

 すると、舎弟っぽい兄ちゃんは嬉しそうにカタナを見せてくれた。


「これを買ったんス! 打ち刀ってやつッス! マジでヤベェッスわ、これ!」


「俺っち! 俺っちはルルさんみたいに忍者刀と短刀ッス!」


「むっ、良い短刀デスッス。頑張るデスッスぞ!」


「感激デスッス!」


 舎弟っぽい兄ちゃんBが見せてくれた短刀を受け取ったルルは、くるんと手の中で回してバシッと握る。

 そんなサービスをすると、兄ちゃんはとても大切そうに短刀を仕舞った。もうこれは使えないッス、家宝ッスわ、などと言いながら。使え。


 そんなやりとりをしつつ宿に入り、モグラ妖精に素材を買い取ってもらう。


「ふむ、良い感じだね」


「予定の金額に届きそうですわね」


 今回の探索の目的はお買い物だ。


 ささらの盾。

 命子と紫蓮のハチガネ。

 まだ持っていない風の魔導書。


 そのほかに、萌々子の体装備も買うつもりだ。

 命子は、キスミアの件で心配になっちゃったのだ。

 とはいえ、学校に着ていくにはあまりにコスプレチックなので、有事が起こったら家で着替えるようにしたいと思っている。体装備の上に紫蓮が作ってくれたダンボールアーマーを着ければ、万全だろう。その代わりに、学校には目立たないハイソックスなどを履いて行けるように考えている。


 他の親は全員が冒険者を始めたので、自力で10層に上がるらしい。

 ちなみに、そこへ行くまでのダンボール装備はMRSで製作してしまったため、余裕と思われる。


 また、MRSからリクエストを受けたので、工作道具セット2つと各種回復薬も買う予定だ。

 身内からのリクエストだがちゃんとお金は貰う。命子たちは別に気にしなかったが、ささらママがそれは絶対にダメだと譲らなかった。


 今日だけの稼ぎでは足りないので、明日も時間が許す限り狩りだ。

 とりあえず風の魔導書、ささらの盾、ハチガネだけ買い、あとは全部明日の帰る前に買うつもりだ。


 そうして買い物を終えた4人は宿の中に入る。

 すると、先ほどとは打って変わって多くの人の気配がした。


 まず目についたのは12人の男女が談話室で合コンしている姿だ。

 いや、合コンかどうかは命子たちには分からなかった、とにかく男女で楽し気にお話ししていた。


 調理場では多くの冒険者が料理をしており、パーティを越えてダンジョン料理について語り合っている。


「おーっ」


「賑やかデスね!」


「命子さん、宿に息が吹き込まれたようですわね!」


「それだ!」


 無限鳥居の妖精店で泊まった時は、命子たち以外にお客さんはいなかった。

 宿はしんとしており、自分たちの笑い声だけが廊下の奥に消えていくのだった。


 それがどうだろう。


 あはははははっ、と廊下の向こうから笑い声が聞こえ、そうかと思えばモグラ妖精の買取所で歓声が上がり。

 台所からは料理の良い匂いが漂い始め、ご飯の支度ができたことを知らせにお姉さんが大部屋へと走り。

 温泉から上がったお姉さんたちが美容スキルの話で盛り上がり、でも料理の匂いに美容のことは棚上げされ。

 制限時間の都合でキャンプをするパーティもいるけれど、彼らだって大いに盛り上がっていた。


 いつか見た命子が幻視した冒険者たちで賑わう宿の姿が、そこにあった。


 命子は口をにんまりして、んふふぅと3人に笑顔を向ける。

 私たちがこの光景を作ったんだよね、と笑顔で語る。


 ささらは優しく微笑み返し、ルルは同じように陽気に笑い、紫蓮もまた目を細めて笑った。


 命子は大きな目標を1つ達成したのだった。





「じゃあねー!」


「ばいばーい!」


 夏休みの日々も過ぎ去りし思い出に変わろうとする9月の後半。

 夏の暑さは太陽の気まぐれで時折顔を見せるくらいで、ずいぶん涼しくなってきた。


 今日も学校を終え、校門で元気に別れの挨拶をする女子高生たちの姿があった。

 そんな中には命子たちの姿もあり、じゃあねー、と手をブンブン振るう。

 そうして、ぞろぞろと青空修行道場へ向かう。


 一回家に帰ってから来る子もいるし、今日は来ない子もいる。

 別の市から通っている子は、自分ちの近くでやっている青空修行道場に通っている場合もある。

 自分一人だけで修行する子もいるし、部活で修行する子もいる。そもそも修行しない子だっている。


 命子や一緒についてくる子はそのまま通う子だ。

 みんな、すでにジャージに着替えており女子高生らしさはあまりない。


 道中では、部長が最近の修行部の動向を話してくれる。

 公休制度ができて、凄いスピードで魔法少女たちが増産されているようだ。


 基本的にダンジョン入場予約は、金曜日と木曜日が混む。有給と土日を利用するためだ。もちろん、土曜日もかなり多い。土曜の6時~7時枠なんて大人気である。

 だから、平日に合宿を行えるようになった風見女学園は非常に有利だった。


 部長はすでに教官役を終え、前回の探索で仲間と共に10層に到達した。

 魔法少女たちは6層で帰ってくるので、部長たちは6層からスタートできた形だ。


 そんな会話をしながらいつもの河川敷までやってくると、国内外のカメラクルーが青空修行道場を撮影しに来ている光景があった。

 カメラ撮影に、田舎の女子高生たちは最初こそドキドキしたが、もう慣れてしまった。


「ウェーイ!」


 そんな風にカメラに手を振って可愛い笑顔を振りまくサービスをする子もいる。部長である。


「部長は黙ってればサムライガールっぽいんですけどね」


「サムライガールも寄る時代の波には逆らえないのでござる。チェケラッ!」


「ドゥクドゥクドゥーン!」


 そんなことを話しながら、いつものように土手の階段を降り。


「おねーちゃん!」


「おっ、来たなオオバコ幼女!」


 いつものようにすぐさまオオバコ幼女にヒシィと抱き着かれ。


「ん」


「おっ、紫蓮ちゃん。21時間ぶり!」


「厳密には20時間45分28秒ぶり」


「ウソだろ?」


「うん、適当」


 いつものように紫蓮がやってきて――


 このままいつものように修行が始まるのだと、思っていた。


 けれど、次の瞬間、いつもとは違うことが始まった。


『ピーンポーンパーンポーン!』


 始まりは3月の末。

 次は命子たちが活躍したことで4月の中旬に。


『みなさん、元気してた!? 地球さんだよ!』


 そして、9月の後半である今。

 3度目の地球さんの告知が始まった。

 読んでくださりありがとうございます。


 ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。

 誤字報告も助かっております、ありがとうございます。

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