6-6 絆の指輪
本日もよろしくお願いします。
夏休みが明けて宿題提出やら小テストやらをして、1週目は緩やかな滑り出しで始まった。
風見女学園は11月に文化祭があるため、その準備を匂わせる告知なども聞くようになる。
学校が終われば青空修行道場に通い、修行に励む。
夏休み中にダンジョン周辺に住む人のレベル教育は終了しているため、みんなスペックがどんどん上がり始めている。
ただ、レベル2や3の人が主なので、1、2か月もすれば伸び悩むことになる。
教授の調べで、どのような向上推移になるかグラフにもなっており、いずれは上昇率が悪くなることは分かっていた。
しかし、多くの人は成長促進チートの味を知ってしまった。
それは勇者に憧れる少年だけの話ではなく、老若男女問わずに。命子だってその口だ。
だから、冒険者試験を受けようかな、と思う人はどんどん増えていた。
とまあ、そんな風に一般人も強くなっていく中。
命子たちは新学期1週目の休みに、MRSの仮工房へ来ていた。
目的は絆の指輪を作るためだ。
プレハブの1室は実は紫蓮の工房である。
ダンジョン攻略サイト『冒険道』の姉妹サイトである『常闇の魔導工房』とは、つまりこの仮工房であった。
「絆の指輪の材料はこれ」
紫蓮は、作業台の上に載せた素材を命子たちに見せた。
風見ダンジョンのボス、ブロックオブジェがドロップする粘土。
キスミアの雪ダンジョンに出現するラキューが持つ、氷のステッキの破片。
G級のボスの魔石。今回はブロックオブジェの魔石を使用。
そして、所持者全員分の血液。
必須の道具は、妖精店でも買える工作道具セット。これがないと話にならない。
あとは、ダンジョン産の布か皮。今回は繋ぎ合わせたヘビ皮を使用。
紫蓮は、レシピに書かれたアイテムを作るのは初めてだった。
だから、少し緊張していた。
作業台の周りに椅子を置き、命子たちは紫蓮の生産を見学する。
紫蓮は、そんな命子たちに説明を始めた。
「まず、ボスの魔石に模様を刻み込む。それがこちらになります」
「クッキング番組!」
紫蓮は、予め模様を刻み込んでおいた握りこぶしほどの魔石を指さす。
模様というよりも魔法陣に近いかもしれない。立体魔法陣だ。尤も、レシピに書かれた内容を丸写しにしているだけで、世界で誰一人として意味は知らない。
「これを粉末にする。失敗すると我の3日間の努力は無に帰す」
「あわわ、が、頑張ってくださいですわ!」
無表情で告げる紫蓮よりも、ささらのほうが緊張しているように見える。
小さな金床の上に魔石を乗せ、飛散防止のためにヘビ皮を被せる。
「金床に【生産魔法】を使う。さらに【生産魔法】を使いながらハンマーで叩く。この時、地上産の布でやると穴が開く」
工作道具セットは全て魔法の道具だ。
ハンマーなどは普通に攻撃力がある。地上産の布だと耐えられないのだ。
また、【生産魔法】は基本的に垂れ流し方式だ。生産中は常に放出しなければならない。しかし、金床などのように事前に【生産魔法】を注入できるアイテムもある。
「南無三」
紫蓮は本当に南無三と思っているのか分からない平坦な掛け声と共に、ハンマーを振り下ろす。
ヘビ皮の下で、魔石は割れたようだった。
「魔石ってそんな簡単に割れるんデスか?」
ルルが尋ねると、紫蓮は頷いた。
「魔石は【生産魔法】で割ったり彫ったりできる。特に彫るのは魔力が続かなくて3日も掛かった」
魔石には抵抗力があり、紫蓮が現在扱えるのはG、F級のザコ敵とG級のボスまでだ。これよりも高等な魔石を彫ろうとすると、ガタガタなラインになって失敗してしまう……と、自衛隊のサイトに書いてあった。実際に紫蓮もG級のボスの魔石を彫っていて、それが事実であると感じた。
紫蓮は生産を続ける。
「割れたら、今度は全部すり鉢に入れて粉々にしていく。これも【生産魔法】を使う」
魔法の物作りは、1から10まで【生産魔法】なのである。
紫蓮はすり鉢に入れた魔石を、すりこぎで粉末にしていく。
そこらの石よりも魔石は硬いのだが、魔法の道具と【生産魔法】によってみるみる粉状に変わっていった。
「紫蓮さん、今、どのくらい魔力を使ったんですの?」
「45」
ささらの質問に、紫蓮が答える。
最近はささらやルルにも慣れて、命子と話す時のような気安さがあった。
「そんなに早いんですのね」
「休憩しながらじゃないと作れない物も多い。この指輪はあとで休憩が必要」
話しているうちに魔石はすっかり粉末になった。銀色の砂である。
「ここからはスピード勝負。今度は、氷のステッキを魔法水にする」
氷のステッキをビーカーに入れ、簡易バーナーで溶かしていく。
「これって【水魔法】の水じゃダメなんだよね?」
【水魔法】や水の魔導書は、水を生成できる。これも一応魔力でできた水だ。
「魔法で作った水も素材になるけど、最低ランクの素材みたいだからダメ。魔法水の入れ物も専用の容器じゃないとすぐ劣化するみたい」
さらに、溶かす炎も魔力を帯びてなければならない。
ビーカーや簡易バーナーも工作道具セットの一つであった。
そんな説明をしつつ、紫蓮はテキパキと作業をこなしていく。
そうしてできた魔法水をブロックオブジェの粘土に少しずつ掛けていく。
掛けてはこね、掛けてはこねを繰り返す。
程よい硬さになったら今度は先ほどの魔石の粉末を混ぜ込んだ。
それらの作業も常に【生産魔法】を手に纏ってのものであり、命子たちが手伝うことはできなかった。
しばらくこねると、深緑色だった粘土がみるみる黒く変化していく。
「失敗!?」
「ううん、これで良いはず」
さらにこね続けると、1kgほどあった粘土がどういうわけか半分ほどの大きさに変わった。
ここで紫蓮はふぅーっと息をついた。
「魔力が最低150必要なのは伊達じゃない」
レシピの中には作業工程の都合上、必要魔力量の指定がある場合もあった。
絆の指輪の場合は、魔石粉を作るのに50。魔法水を作る作業で30。その次の粘土、魔石粉、魔法水を混ぜてこねる作業で70の魔力が必要だ。
これは魔法水と魔石粉の劣化が早いため、一気にこなさなければならないためだ。
また、2人で分担すると失敗する工程も多く存在した。この理由を研究者は、他者の【生産魔法】と反発し合うのではないかと考えている。
ちなみに、【生産魔法】が使えることと器用かは別問題だ。
だから、不器用な者が魔法物の生産をする場合、手際が悪いので【生産魔法】を多く使う必要があったりする。
「ここまで来たらゆっくりできる。ちょっと休憩」
「おっけー。一先ずお疲れさま紫蓮ちゃん」
「うん」
紫蓮の現在の最大魔力量は、175だ。
粘土作りで150使い、このまま作業を続けるには心許なかった。
ささらがすぐにお茶を淹れ、4人でお話しする。
紫蓮は最近引っ越してきたので、話の中心は紫蓮の近況だ。
紫蓮は新しい学校に転入して、ちょっとお疲れムードだ。
男女問わずにグイグイ来られているらしい。
「噂じゃあ小中って転校生が結構いるみたいだよ。紫蓮ちゃんの所もそうでしょ?」
「うん。3年生だと、我のほかに4人転校してきたみたい。学校全体で12? 11だっけ? そのくらいいるみたい」
風見町はいきなり有名になった土地である。
ダンジョンの近くになんて住めるか、と出ていく人もいるが、それ以上に入ってくる人が多かった。
土地を手放す人は少ないため爆発的に増えたわけではないが、貸家に入ったり、親の土地に家を建てさせてもらったり、そういった範囲内で増えていた。
そうして、2学期初めという節目で、転校生がぞろぞろ来たわけである。
「転校生がいっぱい来たのに紫蓮ちゃんばっかりグイグイ来られたかぁ」
「中学生冒険者で一番有名だし仕方ないデス」
紫蓮は、第一回目の試験で冒険者になったし、ネットでは生産のアイデアを投稿しているし、最近だと地球さんTVでネチュマスと戦ったし。グイグイ来られても無理はなかった。
命子たちもグイグイ来られた結果、お神輿に乗ったのだから。中学生だってそこはあまり変わらない。
ちなみに、同級生たちは別に紫蓮をダシにして命子とお近づきになろうと画策しているわけではない。命子は青空修行道場に来れば普通に喋ることもできるので、そんなことをする必要はあまりないのだ。
単純に、命子たちと一緒にダンジョンに入れるだけの強さを持っている紫蓮が、中学生的にヒロインなのである。
これらのことが、基本的に人見知りな紫蓮には軽くストレスなようだった。どうやって返答すれば良いのか、先ほどの返答で大丈夫だったかなど、悩んでしまうのだ。
だから、命子たちと一緒にいる時間は紫蓮にとって癒しだった。
もちろん、クラスメイトたちが嫌いというわけではないのだが。
「紫蓮ちゃんも大変だな。まあグミ食えよ」
「ありがとう」
命子はコーラグミをあげて労わった。
紫蓮はコーラのビンの形をしたグミを、頭から食べる人みたいだ。
命子は断然真ん中を真っ二つにするタイプ。断面のスベスベした部分を舌の先でチロチロと舐めるのが好き。他には、様々な角度で中途半端に噛んで口内で賽の目斬りにするとか。命子のグミの食べ方は変幻自在なのである。
ルルとささらにもあげる。
2人は全くグミの食べ方に頓着しないタイプだった。奥歯でデストロイだ。情緒は皆無。
「きっと、そのうち、シレンは告られるデスね」
「まあ!」
ルルの女子女子した話題に、ささらが目をまん丸にして驚いた。
命子もグミをもしゃつきながら、うんうんと偉そうに頷く。女子の一員なので。
「それな。紫蓮ちゃんとか違う中学の制服でしょ? そのうえ、可愛いし目が死んでるし」
「目が死んでるは余計」
「完全に中学生男子は勘違いするね。あっ、俺、ラノベの主人公だったわっつって! プーッバカじゃんね!」
地球さんがレベルアップしてからやってきた違う制服の転校生。しかも、無表情でミステリアス。ハニートラップならぬ中二トラップである。男子中学生ホイホイなのである。
「ハッ、そうだ。紫蓮ちゃん、どんな自己紹介したの?」
「有鴨紫蓮。よろしくお願いします」
「シュバババッてカッコいいポーズしたり、謎のセリフを言わなかったの?」
「してない」
「勿体ない! 人生の1割くらい損したよ!?」
「むしろ得した説まであるが」
奇をてらうようなことはせず、されど取っつきやすさを出すわけでもなく。紫蓮は、自己紹介の黒歴史は回避したようだ。変なところで保守的である。
そんな風にお茶をしばき、紫蓮の魔力がそこそこ回復したところで作業を再開する。
紫蓮は、黒い四角い物体を3人に見せて、言った。
「これをみんなの指の形に成型する」
嵌める指は、左手の中指にした。
右手はメインで剣を握ったりするため避けたのだ。
命子とささらとルルは指輪を嵌めたことがなかった。遊び程度でのことでならあるが、日常的に着ける習慣はなかった。
一方、紫蓮は筋金入りなので、髑髏のシルバーアクセサリーを付けていた時期もあった。お話ししたり良い関係を築いていたのだが、側溝に落として失くしてしまった。
紫蓮以外は初めての指輪だが、要は慣れだろうと考えている。
全員分の指輪が形になり、金床の上に並べる。
黒い指輪を見て、ささらとルルは少し不安だった。もうちょっと可愛いのが良いかなと。
命子は呪われてそうだぜ、とウキウキだ。
「結構粘土が余っちゃったね」
「これは大切に取っておく必要がある。新しい仲間ができたら、その子の分の絆の指輪をこの粘土から作ることができる。ここに並んでいる指輪とリンクする指輪は、この粘土からしか作れないから失くせない」
「なるほど。そいつは残しておかないとだね」
紫蓮は、指輪を一先ず放置して、新たな魔法水を作る。
その中に、2時間ほど前に病院で抜いてきた4人の血液を入れて混ぜ込む。
血液はあっという間に水に溶け、少しだけ赤いかなと思う程度の魔法水が出来上がった。
それが終わると、紫蓮は黒い指輪を魔力バーナーで熱し始める。
すると、火で熱したそばから指輪が銀色に変わっていく。
紫蓮も含め、全員がおーっと歓声を上げた。
4つの指輪が銀色に変わると、紫蓮は急いで最後の作業に取り掛かる。
ピンセットに全ての指輪を通し、魔法水の入ったビーカーの中へ一気に投下する。
ジュッと水が泡立ち、熱せられた指輪が魔法水の中で泡を吐く。
「これであとは成功したか、失敗したか……っ!」
風見ダンジョンで、キスミアで、みんなで手に入れた素材の数々。
それがゴミになるかもしれないという不安を抱きつつ、紫蓮はビーカーを凝視する。
そんな紫蓮の手を命子がギュッと握り、笑う。
「大丈夫だよ」
「……うん!」
紫蓮は、命子の手を握り返し、自分を見て微笑むささらとルルに向かって、頷く。
そんな紫蓮の自信に呼応するように、ビーカーの周りに光り輝く帯状の魔法陣が出現した。
命子たちは超すげぇとしか思わなかったが、紫蓮は違う。
この魔法陣がどういう由来なのかすぐに理解した。
なにせ、この魔法陣は自分が3日掛けて彫った模様が分解された物なのだから。
そう、彫り物をした魔石は粉末になった後もそこに込められた意味を維持しているのだ。
粉末にして放っておくと、刻み込んだ意味が次第に消えていくのだろう。だからこそのスピード勝負。素早く粘土として仕上げて、魔石の粉末を定着させる必要がある。
ビーカーの中では、4つの指輪がまるで踊っているかのようにクルクル回っている。
触れ合い、離れ、時に指輪の内側同士で連結しあい、また離れ――物理現象を無視した不思議な光景を作り出す。
しばらくすると、ビーカーの外で展開される帯状の魔法陣が各指輪に吸い込まれていく。
それは指輪の内側と外側に自動で刻み込まれていった。
「ぴゃ、ふぐぅ……っ!」
紫蓮が泣きだした。
今までのなんちゃって生産ではない。
今日、紫蓮は本物の魔法生産をしたのだ。
そうして完成した絆の指輪は、魔法の言葉が刻み込まれた銀色の指輪だった。
袖でゴシゴシと涙を拭い、紫蓮は指輪をビーカーから慎重に取り出し、水を切り、ハンカチの上に並べる。
「で、できた!」
紫蓮は上気した顔で、命子たちに告げる。
「お疲れさま、紫蓮ちゃん! 凄かったぞ!」
「お疲れさまでした! とても素晴らしかったですわ!」
「シペールル! シレンはもう世界一の職人デス!」
命子たちは、盛大な拍手でそれに応えた。
紫蓮は口角を上げて、テレテレする。
「あ、そ、そだ! 効果は!?」
紫蓮は、喜びもそこそこに自分の仕事の結果を気にした。
魔法生産物は、粗悪品や高品質と作り手によって出来が違う。
それは効果にも影響を及ぼす。
紫蓮は、【防具鑑定】を使った。
それによれば、この絆の指輪の効果は以下の通りだった。
――――――
絆の指輪『0/150』
レベル1
防御力 5
効果・仲間のSOS信号をキャッチし、引き寄せ合う。
―――――
紫蓮は、防御力の数値を見て嬉しそうに頷いた。
このアクセサリーで初期防御力が5は、優秀なのだ。
さらに、合成強化値も『0/150』だ。未熟な者が作ると、マックスの値が減ったりするのである。
他に、絆の指輪は謎の項目があった。
普通の武具はレベルなんてないのだが、絆の指輪にはあるのだ。
成長するアクセサリーというのが自衛隊での考えだが、今のところ分かっていない。
「これは羊谷命子の。これはささらさんの。で、これはルルさんの。これは我の」
紫蓮はサイズを確認しながら、せっせと3人に指輪を配る。
そうして配り終わると、早くつけないかな、みたいにチラチラと3人を見る。
命子たちは、後輩のそんな可愛い仕草にほっこりしつつ、左手の中指に指輪を通した。
「おー、ぴったり!」
「良いですわね。指の開閉を阻害しませんし、デザインも素敵ですわ」
命子とささらはギュッギュと手を開閉して、感触を確かめる。
「武器を握っても違和感ないデス。いい仕事してるデス!」
ルルは、近くにあった木の棒を左右の手でキャッチボールし、実戦に近い形で確かめる。
指輪が嵌った手をうっとり見つめる女子はいなかった。
それは作り手である紫蓮も同じだ。
工具の錐を指で回し、手先の感覚の変化を確かめている。
「みんな、大丈夫そう?」
「うん。やっぱり紫蓮ちゃんに作ってもらって正解だったね!」
「ですわね!」
「ありがとデス、シレン!」
「ううん、我のほうこそ作らせてくれてありがとう。これからも頑張る」
そう意気込む紫蓮を、命子たちはわちゃわちゃともみくちゃにした。
全員の左手には、銀色に光るお揃いの指輪が嵌っている。
こうして、命子たちは『絆の指輪』を手に入れたのだった。
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