6-5 風見女学園 新学科構想
本日もよろしくお願いします。
2学期が始まった。
元気に家を出た命子をぶわりとした熱気が襲う。
「ふぇえ、あっちぃ! 太陽てめぇ、地球さんをいじめるな!」
まだまだ夏は終わらぬとばかりに太陽はアスファルトを熱し、セミは急げ急げと合唱している。そこに新学期が始まった学生への配慮は一切ない。
しかし、生徒に夏休みの延長などなく我慢して通うのである。
久しぶりの通学路では、新学期が始まった子供たちをご隠居たちが見守ったり、小学生の集団登校を率いたりしている姿があった。
これは命子が中学生の頃は見られなかった光景だ。
通学中の子供に関心を示さない人や見かけたら見守る程度の人がほとんどで、率先して挨拶する人や登校の補助に加わる人は少数だった。
それが現在のように変わったのはカルマも原因の一つだが、最も大きな原因は命子だった。
命子が修行せいと煽ってから、各地で世代を超えたコミュニティが発生した。風見町の青空修行道場みたいなものだ。
このコミュニティは物を教わるだけでなく、世代を超えて交流することで、利益が根底にある社会性によって多くの現代人が忘れかけていた、人情味のある社会性を呼び起こさせる副次効果を生み出すことになった。
当の本人は、小学校のシステムが変わったんだな、くらいにしか思っていないが。
「おーっ、命子ちゃん。おはよう」
「トクさん! 朝から元気だね!」
「おうよ! 命子ちゃんも頑張れよ!」
「おーよぅ!」
ストレッチをしたり剣の型をしているご隠居たちに、そんな感じで挨拶をしながら通学路を歩いていく。
「命子ちゃんだぁーっ!」
「おーよぅ!」
他にも小学生にブンブン手を振られたり、派出所のオッチャンに気さくに声を掛けられたりと人気だ。
途中で小学生とは進む方向が変わり、高校生が増える。
命子はこてんと首を傾げる。何か違和感があるような。
その違和感が何かよく分からないまま高校に到着すると、その違和感に気づく。
多くの子がピカピカなのである。
ダンジョン周辺地域在住者および通勤通学者は優先的にレベル教育を受けることができた。夏休み前のことだ。
そして、彼女たちはレベルアップブーストを引っ提げたまま夏休みに入り、よく運動して、よく食べて、よく寝て、さらには美容液なども使ってお肌のケアをしてきたのだろう。
おかげでピッカピカなのである。
太っていた子はかなり体重を落とし、ニキビに悩んでいた子は珠の肌を取り戻し、猫背だった子は淑女のように凛と歩く。みんな、スカートから覗く足が夏の日差しに煌めいている。
夏休みだったし、恋をした子もいるかもしれない。
恋は女を美しくするというが、激烈に可愛くなっている子がチラホラいる。
修行場でいつも顔を合わせていた子だけでは分からなかったが、夏休みの間に会わなかった子がたくさん集まったことで、命子は初めて気づいた。
これは何も女子だけのことではない。
男子も引き締まった顔になったり身体つきが男らしくなったりと、逞しさを宿していた。
故に、2学期が始まった今日この頃、世の中の共学では恋の嵐が吹き荒れていた。クラスメイトのビフォーアフターが強烈過ぎた。まあ、命子の通う学校は女子高なので関係ないが。
命子はあわあわしながら下駄箱まで行き、はわはわしながら自分の教室まで行く。その道中もたくさんの生徒に挨拶されるが、みんな羽化した蝶のように自信に満ち溢れている。
「命子さん、おはようございますわ」
教室に入ると、見慣れた顔がやってくる。
ささらとルルだ。
「おはよう。ねえねえ、なんかみんな可愛くなってない?」
「ですわね。きっとレベルアップの影響でしょう」
「恐ろしい話だぜ……」
「メーコ、おまいうデスよ?」
ルルが言うように、このピカピカ現象の恩恵を真っ先に受けたのは他ならぬ命子であった。
かつては『うはっ、可愛いロリッ娘だ!』と思われていた命子は、『あ、あわ……超絶可愛いロリッ娘だっ!』と評価がランクアップしているのである。
2学期初日の今日は、どこもかしこもキャーキャーと大はしゃぎだ。
可愛くなったとお互いに褒めちぎり、どんな活動をしていたのかなどの話題ばかり。
例年のような、どこそこに旅行に行ったなどの話は全くと言っていいほどなかった。ただし、命子たちの旅行話は除く。
命子たちはキスミアで大暴れしてきたので、夏休み中に会わなかった子から質問攻めにあった。
命子は返答もそこそこに、クラスで楽しむ用に買ってきたネコミミセットをガシーンと3人の女子の頭にくっつけて、気を逸らす。
ビフォーアフターな美少女たちは、己の頭に装着された凶悪な兵器によってウィンシタ映えに夢中になった。作戦成功である。
そんな賑やかな朝の時間は終わり、始業式が始まって校長が前に出ると、校長は思わずウッとした様子で目を細める。
なんかみんな夏休み前より可愛くなってないかな、と。
校長の話はお手本となる例話集がある。
しかし、この時代では語るべき話題が多いため、それを引用することはない。
レベル教育や冒険者、ダンジョン、スキル、魔物。
色々な変化があるけど頑張ろうぜ、そんな内容の話であった。
マイナスカルマ者のフォローも忘れない。レベルアップ者との可愛さの値が開き始め、絶望しちゃうかもしれないし。
校長が壇上から降り、式進行役である教員が連絡事項を言う。
「この後のホームルーム終了後、これから名前を呼ばれた生徒は職員室に来るように。1年生、羊谷命子、笹笠ささら、流ルル――」
呼ばれたメンツは、龍滅の三娘および修行部の主要メンバーだ。
命子はうむうむと頷いた。
今日、自分たちが呼び出されるのは知っていた。
でも、修行部は知らなかった。別件かもしれない。
ホームルームを終え、命子たちは職員室に行く。
すると、命子たち3人だけ会議室に移動することになった。
ロの字型になったテーブルには、すでにそれぞれの家族が着席していた。
学校側には、校長の他に理事長がいた。
理事長は初老の女性で、地球さんTVに出てから一度だけ会ったことがあった。
校長に促され、命子たちも席につく。
「さて、本日はお集まりいただきありがとうございます」
理事長が挨拶する。
命子たちが来るまでに世間話は済んでいたのか、早速本題に入る。
「羊谷さん、笹笠さん、流さん。今日貴女たちに来てもらったのは、貴女たちの今後についてお話を聞きたかったからです」
理事長は、命子たちに顔を向けて話す。
命子たちは、ぶっちゃけ学校に行く必要がない。
将来の仕事はこのまま冒険者と決めているし、大学に冒険者を育成する学部なんて存在しない。
ならば、高校卒業の証明は社会的なステータス以上の価値はない。その社会的なステータスだって、命子たちのネームバリューの前にはミジンコである。
万が一、冒険者を続けられないような事態になっても、生涯金に困ることはないくらいの年金が入ってくる。じゃぶじゃぶ金を使えばその限りではないが、普通に暮らして困窮することはまずなかった。
冒険者として活動し、その技術を学校が教えられないならば、その時間を鍛錬に費やしたほうが効率が良い。学者兼冒険者を目指すならば大学に行ったほうが良いだろうけど、どうやらそういうわけではないらしいし。
こういったことを学校側もよく理解していた。
そして、この先、こういう子が多く出てくるだろうことを危ぶんでもいた。
この件について、命子たちもまた旅行中に4家族合同で話し合っていた。
親たちは以前から話し合っており、色々な意見を交わしていたようだった。
旅行中の話し合いを思い出しつつ、命子は言う。
「理事長先生」
理事長は経営者であり必ずしも先生とは限らないが、命子には校長との区別があまりついていなかった。
「まどろっこしい話はやめましょう。アレですよね、この学校に新しい学科を作ろうか考えているんですよね?」
「はい、そうです」
理事長は、頷く。
命子たちは旅行中の話し合いでこのことを聞いていた。
夏休みが始まる前に、ささらママはすでに理事長に働きかけていた。
芸能学科ならぬ冒険学科を作りましょうと。
もちろん文部科学省の許可が必要なのだが、これもすでに許可が下りている。
ささらママはささらの親ということもあって政府上層とのコンタクトは容易で、この計画は政府も巻き込んですぐにでも実行できる段階まで来ていた。
尤も、強力な武力を持つ生徒が通うことになるため、ここにいる親だけでなく在校生の保護者会などで話し合う必要があり、それをクリアしたとしても新学科自体は来年度から創設されることになるが。
「冒険学科、良いじゃないですか。修行部の理念に、新しい時代を華麗に駆け抜けようってのがあります。まさにそんな最先端な学科です」
理事長は、ふっと笑った。
テレビでも感じていたが、命子は口が上手かった。
「冒険学科が創設されたら、貴女たちは転科しますか?」
「授業とかの内容にもよります」
「それはそうですね。草案ですが、これが冒険学科と魔法生産科のカリキュラムです」
どうやら、冒険学科だけでなく、魔法生産科なるものも作る気らしい。
やる気満々じゃんと命子は思った。
もらったカリキュラムによれば。
入学条件は、入学時に初期スキルを得ていること。
風見女学園に入学する時点で、レベル教育を優先的に受けられる権利は得られるので、レベル教育修了者という条件はなかった。
授業は、毎日必ず2限以上の体育がある。武術訓練や体力作りの時間だ。
教師は、退職した自衛官を予定している。国が関わるため、優秀な教師の雇用は容易と思われる。
他にダンジョン学なる授業もある。
魔物の攻撃方法や、ジョブ、スキル、ダンジョン素材など様々なことを学ぶらしい。
魔物の攻撃方法は、VRゴーグルを採用した豪華な授業内容だ。
それ以外のダンジョン関連の知識は、学者ですら分からないことが多いので表面的なことしか学ばない予定だ。ただし、創設までに大きな進展があれば深く学ぶことになるかもしれない。
また、高校卒業証明を貰える学科のため、普通の授業もそこそこある。
注目なのは、月1のダンジョン実習だ。
雇われた指導員と共にダンジョンを探索するようである。
「超面白そう」
「ただ、貴女たちには物足りないかもしれませんね」
中学生でも冒険者になれるので、強い子は必ずやってくるだろう。例えば紫蓮のような。
しかし、大勢を指導する学校という組織の都合上、最初は足並みを揃えてG級の1層から始めるようだった。これが数年後なら勉学と同じようにレベルに合わせたクラスを用意できるだろうが、まだできてすらいないので、そういう段階ではなかった。
「個人的にダンジョンには入れないんですか?」
命子的には肝心なことだった。
「できます。高校生の場合は2泊3日までダンジョンに潜れますので、ダンジョンに入る際は土日を利用し、さらに金曜か月曜のどちらかに1日分のダンジョン公休を得ることができます。これは申請すれば月に2回まで許可しようと考えています」
「おー、公休」
「身体を休めるためにもう1日余分に休みが必要かは、少し考えたいと思っています」
命子たちなどスタミナお化けになりつつある。
ダンジョンから帰ってきた次の日には元気に修行をしているくらいだ。
まあここら辺は大人が判断することなので余計なことは言わない。
「冒険学科では学業の中での安全は保証しますが、問題なのはプライベートの冒険についてですね……」
「まあそれはそうですね。目の届かないところで勝手に死んじゃうかもしれないし」
「学校独自のランク制度やダンジョン活動予定書を教師と共に考えるなどして、無茶な冒険は抑制するつもりですが……この辺りのことは現在も話し合っています」
理事長はやはり人死にが心配のようだった。
それならそんな学科を作らなければ良さそうなものだが、ここで注目すべきはこの学校の生徒たちが行なっている魔法少女化計画の存在である。
学校側が新しく学科を作ろうが作るまいが、魔法少女化計画はずっと続くのだ。部活動という名目で。
学則で、公私ともに冒険者活動を禁止する手もある。
ただし、それは以前の世界でなら通用した手だ。
そう、以前なら、原付免許禁止をするのと同じくらい簡単に禁止しただろう。
しかし今の世界で、そのうえ、羊谷命子がいるこの学校で冒険者活動を学則で禁止するのは完全に悪手であった。
どんなバッシングを受けるか分からない。
恐らく、経営陣は時代を理解していない愚物のレッテルを貼られるだろう。
この件については、ダンジョンが危険なのは確かなのでいくらでも反論できるが、反論できたからなんだという話になる。
在学中にレベルアップが不可能な学校となれば、命子たちを筆頭にそこそこの数の自主退学者は出そうだし、新入学生は激減すると分かりきっているのだから。
部活動として魔法少女化計画は続き、時代がそれを禁止することを許さない。
しかし、部活動なので生徒が命を落とせば、学校の監督責任だ。
部活動以外で冒険者活動をしてくださいと言えば、それはそれで色々言われるだろう。
さらに、知らんぷりするのも不可能なレベルの話になっている。
じゃあもう、冒険学科を作るしかないじゃない……っ!
まあ、修行部に指導員を雇う費用を割り当てるだけでも良いのだが、冒険を推奨するようなアクションを学校側が執る以上、冒険学科を作るのとそう変わらない。
さらに、冒険学科を作るメリットも大きい。
いち早く冒険学科を作れば、田舎町の私立から世界に名を馳せる名門になれるという特典がつくのだ。
龍滅の三娘のおかげで他国の政治家ですら名前を知っている学校になっているが、これは大人の手柄ではないのだし。
こんな風に、風見女学園の経営陣は盤上から降りることを許されず、ビクトリーロードを進むしかなかった。果たして、本当にビクトリーロードかどうかも分からない道である。
「まあ、あくまでこれは草案です。これからプロの監修の下で煮詰めることになるでしょうが、大部分はこのような形になるかと思います。その後に在校生の保護者会で許可を得る必要もあるんですが……どうですか、冒険学科ができたとして、これなら転科してみたいと思いますか?」
命子たちは顔を見合わせる。
何よりも、公休が良い。
学校を辞めてしまえばそんなこと関係ないが、命子たちは高校を辞めるつもりはなかった。
これは命子たちの考えだが、ダンジョンは連続で入るものではない。
強くなるのは、地上での修行こそが肝心だ。
弱い敵に無双しても練度が上がらないのはすでに語っていることだが、だからといって強い敵との戦いを求めるのも問題があった。
ダンジョンは入場時点で帰還ゲートが遠いため、強い敵1体と戦って直ちに帰還ということができないのである。必ず連戦してから帰還しなくてはならないのだ。
高校を辞めて修行するのが一番強くなれる道筋だろうが、修行部を作ったこの学校は愛着のようなものもある。
だから、勉強と修行を両立すればいい。
命子はそう思っていた。
そこに来て、高校に通いながらダンジョンにも入れるお得プランが提示される。
命子とささらとルルは、頷きあった。
「はい。こんな感じだったら転科したいです」
「ワタクシも同じくですわ」
「ワタシもこっちのほうがいいデス!」
それぞれの返答に、理事長は元より各家の両親はホッとした。
理事長は当然だが、それぞれの親はなんだかんだ高校に通ってほしかったのだ。
これは理屈ではなく願望に近い感情である。
「新学科の件はまだ先の話ですが、これから話すことは決定したことです」
理事長は続ける。
曰く、修行部の魔法少女化合宿に専門のボディガードをつけるとのこと。
合宿は夏休み中に始まったことだったため後手に回ったが、第3期の合宿からはそうするようだ。
女子校なので、当然ボディガードは女性を雇用する。
また合宿参加者の防具も充実させることが決定されたが、すでに生徒が自主的にそこそこ充実させているため、この件はあまり大きな話にはなりそうになかった。
ちなみに、防具やシステムなど、教師が知らぬうちに生徒達が凄いスピードで基盤を固めており、その事実を知った教師たちは愕然とした。
「また、魔法少女化合宿は公休扱いとすることが決定しました。ダンジョン入場は予約が取りにくいという話ですからね」
初老の女性にこのネーミングは辛かったのか、少し恥ずかしそうに言う。
「1泊2日の休みまで認められます。ただし、これは1人最大で2回までとします」
ふんふんと命子は頷く。
この先の時代で魔法は役に立つだろうし、良いことである。
こんな話を聞いて、命子は自分たち以外にも修行部が呼ばれた意味を理解した。同じような内容を聞いているのだろう。
「ち、ちなみに、私たちの冒険は公休にはならないですか?」
「申し訳ありませんが、なりません。ただし、事前連絡をしてくだされば、これといって咎めません」
「おー」
休むかどうかは分からないが、中々に良い情報だ。
その後、命子たちは少し雑談してから解放される。
親たちはこの後も少し話すそうだ。
部屋の外に出ると、部活動に励む少女たちの元気な声が聞こえた。
吹奏楽部が音楽を奏で、眠っていた学校という建物が目覚めたような印象を受ける。
そこかしこでキャッキャッと黄色い声が聞こえ、その中にはスキルにまつわるキーワードを交えて熱く話す会話もあった。
「魔法少女化計画は次の段階に入った」
命子は意味深長なことを言いながら、手を後ろで組んで廊下を歩く。
特に意味はない。
ささらたちも慣れたもので、窓の外で部活をしている子の活躍を見てドスルーだ。
命子は構ってほしそうにチラッと2人を見るが、構ってくれないので一緒になって窓の外を眺め始めた。
2人の間に身体を突っ込んで、命子は言う。
「色んなことが変わり始めたね?」
「みなさんも新しい時代にマッチした考え方になってきたんですわ」
「デスね。きっと、ワタシたちが色々やったからデスよ」
「そうかも。くっくっくっ、魔法少女化計画は次の段階に入ったのだ」
命子はここだとばかりにもう一度ぶち込むが、2人はスルーして陸上の女子が風のように走る姿に感心するのだった。
読んでくださりありがとうございます。
【6-3】の後半にて、教授のセリフをカットしたり、少し変えました。
それに伴い、その後の会話内容も若干変わります。
「現段階で、魔力が勝手に人の細胞へ影響を及ぼした事例は病床にある者の回復だけだ」
というセリフなんですが。
美容関連で肌が綺麗になってたり、男性自衛官の筋肉のつきが良くなってたりと、普通に影響してました。
教授が、『魂魄説』を語るのは変わりません。