6-4 魔法少女化合宿お疲れ会
今日はちょっと早い投稿です。
よろしくお願いします。
【※】作中の歌のフレーズは作者のオリジナルです。被っている歌詞がないか検索など掛けてますが、似たものがある場合はご指摘ください。究極的には文字の羅列なので、十分にあり得ますので。
今日は夏休み最終日だ。
命子は朝も早くから起き、せっせと夏休みの宿題をやる。
日本に帰ってきてからこの存在を思い出したのだ。
青空修行道場には子供たちも多いので宿題の話題も結構あり、それを聞いてはわっとなった次第である。
なお、一緒に住む小学生は夏休み突入前にはドリル関係を終え、残るは自由研究だけだったため命子の目には触れなかった。
今年は、唐突に時代が変わった年だ。
だから、基本的にどこの学校も宿題がとても少なく、新学期の予定を狂わせない程度の量でしかない。
この原因は命子にあった。
世界中に修行せいなどと言って危機感を煽ったものだから、学校は宿題に割く時間を少なくし、代わりに肉体や器用さの向上、新時代に対する適応力向上、ボランティア活動への参加などを計画したのだ。
夏休みなので参加は任意なのだが、その参加者は結構多かった。家族も参加できたのが大きい。
風見町にある各学校でも同じような取り組みをしており、部活でもないのに多くの生徒が学校に通っていた。風見町は修行場があるため、学校を使うのは特に文化系の生徒が多い。
「9……で、マイナス……だから、Y二乗……ふっ、貴様も私を脅かす問題ではなかったな……」
命子は、所々でぶつぶつと呟きながらシャーペンを動かし続ける。
扇風機の音がそよーっと鳴っている。音があまりしない扇風機なのだ。
時は過ぎ、外でお昼を告げる音が鳴る。
それとほぼ同時に最後の問題が解き終わった。
「終わってぇいやっさ!」
命子は宿題が終わって余韻に浸ることもなく、手早くプリントをまとめて学校カバンに突っ込む。
そうしてバタバタと慌ただしく支度を始めた。
今日は修行部のダンジョン探索お疲れ会の日だった。
ダンジョン探索お疲れ会は、冒険者になって魔法少女化合宿を受けた生徒が参加できる打ち上げである。略してお疲れ会とか打ち上げと呼ばれている。
合宿中に得た素材のほとんどは【合成強化】の材料になったり、持ち帰って生産要員が使う材料になるが、魔石の一部は売却される。
魔石の売り上げも修行部のプール金になるが、その一部は合宿を受けたメンバーだけで行うお疲れ会の費用になるのだ。全額タダである!
競りの売り上げは1週間程度で振り込まれるので、本当はもう少し早く行えたのだが、命子が旅行に行っていたため今日になった。
羊さんパーカー夏モデルとショートパンツを装着し、足には赤と黒のストライプのハイソックスを装備。靴はちょっぴり上げ底のスニーカー。
どこに出しても恥ずかしくないロリっ娘に大変身した命子は、姿見の前で片膝をついてポージング。よしっ!
命子が部屋を出ると、萌々子も丁度部屋から出てきた。
その肩には精霊の光子が乗っかっている。
光子はシュバババと手を動かして、香ばしいポーズを取った。
命子もシュバババと手と足を動かして、激烈にカッコいいポーズを取った。
「お姉ちゃん、光子に変なこと教えるのやめてって言ってるじゃん!?」
「変なことじゃないよ、素敵なことだよ?」
「私の姿でこんなことされると、私が日常的にやってるみたいな感じになっちゃうんだよ!?」
「おーろろろろろ、おーろろろろろ!」
萌々子の抗議をドスルーして、命子は変な声を出して光子にちょっかいを掛ける。
光子は変な声が楽しいのか、空中でクルクル回ったり、わたわたと手足をバタつかせたりする。
最近の光子は、羊谷家にも慣れたのか家の中を自由に飛び回っている。
光子の認識では自分の家はあくまで精霊石の中らしく、羊谷家はアイルプ家の地下空洞のような空間的区切りと見ているようだった。
このことを萌々子のほうが理解すると、行ってはいけない場所などを教えるのが容易になった。
外に出る時は、萌々子の首から掛かるお守り袋に入った精霊石の小さな破片の中にいる。
キスミアでの研究次第では、精霊石をアクセサリーに加工することなども考えている。
光子は色々なことを学び、特に人の真似をよくした。
今の流行りは命子の変なポーズだ。
萌々子はそれがお気に召さない。だって、中二ポーズをしているのが自分の姿なのだし。
はぁー、と深いため息を吐き、萌々子は話題を変えた。
「カラオケだっけ?」
「そっ、もう行かないとだからね。行ってくるね?」
「うん、行ってらっしゃい」
ちょっと羨ましそうな雰囲気を出す萌々子の頭をポンポンとやり、手を振り払われる。旅行中に見せたデレ期は終わったのだ。
命子は、それじゃあ行ってくるねぇ! と元気に家を飛び出した。
打ち上げはカラオケだ。
現地集合で、カラオケ屋のラウンジにはすでにちらほら来ている子もいた。その中には部長の姿も。
部長はいつも制服かジャージ姿だが、本日は私服だ。
ショートパンツにワンピース姿で、斜めになったベルトが大人っぽさを演出している。
他の子もお洒落だ。薄らお化粧をしている子もいる。
「やっほーい、部長!」
「やふふーい、命子ちゃん!」
にこやかに答える部長だが、その両腕には女子が引っ付いており身振りは完全に封じられていた。
部長はよく女子を侍らせているので、これはもはや普通の光景であった。
本日は、第1期生と第2期生の合同打ち上げだ。あとアネゴ先生も来る。
場所は風見町のビバリーヒルズにあるカラオケ屋さん。やはりここら辺はなんでもあるのだと命子は確信を深める。
ダンジョン区にも打ち上げ用の各種店舗があるのだが、あそこら辺の店はどこも混み方が尋常じゃないため、こちらにした。
「ねえねえ、部長。ここ行った?」
命子はテーブルの上に置いてあるサービス券を指さして部長に尋ねる。
サービス券には、『納豆屋さん ダンジョンすぐそば!』と書かれている。
納豆屋さんは、最近この町にできたチェーン店だ。
牛丼屋の納豆バージョンみたいなものである。朝の定食に納豆が出るとかではなく、納豆がメインなのだ。
その納豆には様々なトッピングが可能で、納豆好きには大変人気があるお店だ。
ちなみに、納豆は好きだが人が食べているのを見るのは嫌い、という人は割といるため内装が工夫されている。
「納豆屋さんね、行った行った。超混んでた」
「私も行ったぁ! 海鮮祭り食べたんだ、部長は?」
「それ迷ったヤツ! 私はね、肉トロロ。革命的に美味しかった」
「私もそれ迷ったヤツ! でも海鮮祭りも超美味しかったよ」
「今度はそっちにするぅ!」
海鮮祭りは納豆の中に細切れにされたマグロとイカとたくあん、さらにいくらととびっこが混ぜ込まれたゴージャスなメニューだ。
肉トロロは、味付けされた牛肉とトロロに納豆がドンと乗ったパワフルなメニューである。
なお、ご飯のおかわりは1杯無料。店限定ブレスケア無料配布だ。
女子高生が納豆の話で盛り上がっている間に、続々と参加者が集まる。
その中には、ささらやルルの姿もある。
2人は魔法少女化合宿に参加しなかったが、水の魔導書や回復薬を修行部に提供してくれたので、参加者と見なされた。お疲れ会はお金が絡むことなので、基本的に例外はこの2人だけになるだろう。
魔法少女第1期生は部長に誘われていち早く冒険者になった3年生だが、第2期生からは1年から3年までごちゃ混ぜだった。
彼女たちの中には、魔法少女化合宿を通じて学年を越えて仲良くなっていた子も多くいた。集まってすぐにお話ししたりしている。
「今日はよろしくな」
「アネゴ先生! チスチーッス!」
「誰がアネゴか。まったく羊谷、お前はぁ」
アネゴ先生もやってきて、メンツは揃った。
総勢21名の女子たちは、パーティルームを借りている。
ドリンクバーで飲み物を淹れ、部屋に入ると事前に予約しておいたパーティ料理がどんどん運び込まれてくる。
風見町にあるカラオケ屋だけに店長も魔法少女化合宿は知っている。
この合宿が終わる度に、打ち上げにこの店を選んでくれるかもしれないというのは、滅茶苦茶美味しい話だった。
その後も合宿とは関係なく来てくれるようになるかもしれない。カラオケというのは一度行くとしばらく通う人が結構いるため、十分にあり得る。
だから、見積もりを貰いにやってきたアネゴ先生や修行部会計の生徒とよく話し合って、団体プランをいくつか作成したりして、かなりの気合の入れようであった。
まあ、そんな裏事情は多くのメンバーには関係なかった。
部長に促され、命子はボカロを入れた。
最近の女子高生はボカロでもアニソンでも平気で歌うのだ。
「一番、羊谷命子。タイム・レイン、聞いてください」
「「「わーっ!」」」
いつの間にか女子高生たちの手にマラカスやタンバリンが装着されている。
女子高生たちは最初っからフルスロットルなのである。
タイム・レインなる歌はボカロの中でもマニアックな部類に入り、初めて聞いた子もいるがそんなの関係ないのだ。
「Time・Rain 優しい雨は僕の世界にたくさんの花を咲かせていくよ――」
命子の歌は、声は可愛いが普通だった。気合の入れ方から見て、サビが好きらしい。
しかし、女子高生にとっては、普通だろうが下手だろうがバイブスブチアゲウェイウェイなのである。
歌い終えた命子はメロンソーダで喉を潤し、ポテチをもしゃつき満面の笑顔だ。お疲れ会、超楽しい。
一方、ささらはこういう場所は初めてだった。
ノリノリな女子高生の中で、マラカスを控えめにシャカシャカと振っている。
そんな緊張気味なささらをルルがフォローして、テンションのギアを優しく上げていく。
ささらは次第に楽しみ方を覚え、女子高生の歌に合わせて体を揺らしながらマラカスを振るようになった。
そんな中で、アネゴ先生は女子高生の若さに怯えていた。
ポテチがテーブルに転がっても楽しい世代、恐るべし。
シラフで参加するのはキッツイのだが、生徒の手前飲酒はできない。辛い。
「は~な~……は~な~……はぁ~ぬぁ~……ずわっ!」
部長が男性曲を歌い始めた。
スローテンポから始まったその曲は、ドラムの音と共に唐突に激しくなる。
「花! 花! 花! クレイジーガーデン! 花! 花! 花! 咲き乱れてる!」
部長は、メロディに合わせて『花』というキーワードを連呼する。
この曲は、地球さんがレベルアップして以降にリリースされた。
マイナスカルマ者応援ソングなのか、はたまた作詞担当がマイナスカルマ者でヤケクソで書いたのか、それは分からない。しかし、ミリオンヒットしていた。
「ちーきゅーうーのーおーめーかーしぃ……花! 花! 花っ!」
女子高生たちは『花』という単語と共に腕を振り上げてながら唱和する。もはやライブ。
アネゴ先生はつらたんなのである。
そんなノリノリな曲のあと、アネゴ先生はバラードを歌った。
とても上手で歌詞も泣けるのだが、前曲のノリを引き継いで生徒たちからフッフーゥとかアソレッなどと合いの手が入る。主に羊谷とかいうロリ。非常にウザいノリだった。
ささらは知っている女性曲を歌う。こちらもバラード。
引き出しの少ないささらであるが、歌は非常に巧い。
命子はフゥワフゥワと一生懸命応援した。バラードにフゥワフゥワだ。テンポブレイカーである。
「羊谷、お前の合いの手はちょっとおかしいぞ」
「えーっ! 生まれて初めて言われた!」
「私も生まれて初めて言った」
1人で来たりとカラオケに真摯なアネゴ先生は、命子を注意する。
命子は仰け反った。こういうんじゃないらしい。
命子はマラカスを握らされ、アネゴ先生に身体を左右に揺するだけの応援を覚えさせられる。命子は接待奥義・カラオケうっとり聞き術を体得した。これを使われた者は良い気持ちで歌える。
ルルはささらとデュエットで童謡を歌う。
高校の授業で習った曲で、ルルが日本の曲でアニソンの他に歌える数少ない曲だった。
2人が楽しそうに歌うので、以降、複数で歌う子が増えた。
中にはカラオケが初めての子もおり、カラオケで歌う楽しさにハマっていく。
歌うばかりではなく、お菓子を食べながらお喋りしたり、スマホを見せ合ってキャッキャしたり、お互いに意味もなくボディタッチしてケタケタ笑ったり。
そう、それは女子高生が生み出すカオスフィールド。
しかし、飲酒喫煙や調子にのって器物破損するでなし、王様ゲームでチュッチュが始まるわけでもない。
適切な場所で歌ってお喋りしてキャッキャ騒いでいるだけである。
故に、アネゴ先生はお酒の力に頼りたくなった。
でも飲めない。
ならばもう、歌うしかないじゃない。
お喋りに夢中な子も多かったため、アネゴ先生は初めてカラオケで歌った女子と共に、いっぱい歌った。1人カラオケによく行くので、選曲もはやいし歌も巧い。
こんな行動から、後日、アネゴ先生はめっちゃノリが良いという話が学校で広がることになった。ただし、マイクを離さないタイプだとも。
三白眼でヤンキーっぽい印象のアネゴ先生は、陽キャ認定を受けた。
カラオケ大会は6時間にも及び、外に出ると宵の空が広がっていた。
あまり遅くなるのも危ないので2次会はなく、そのまま帰宅だ。
「高校最後の夏休みも終わりか……」
じゃーねー、またねーなどと解散していく後輩たちの姿を見つめ、部長が寂しげに言う。
夏休みというのは特別な時間だ。
やってくるのを待ち焦がれ、いざ突入したら光の速さで過ぎ去っていく。
その期間にかけがえのない思い出を作れる者もいれば、ただ漠然と過ごす者もいる。
「小学校から通算12回夏休みをして、この夏が一番楽しかったわ。本当は一番つらい夏になるはずだったのに……命子ちゃん、素敵な夏休みをくれてありがとう」
宵の空の下、部長は命子の瞳を見つめて心からお礼を言った。
部長にとって、今年の夏は受験勉強で埋め尽くされるはずだった。けれど、気づけば、かけがえのない思い出に彩られた夏休みになっていた。
命子は意味深長な素振りで首を横に振った。
そうして、綺麗な眼で部長を見つめ返す。
「この時間を作ったのは部長ですよ。修行部を作ろうって、あの日、私たちのところに訪れたのは部長です。私は名前を貸して永世名誉部長になっただけです。レベル教育が終わってすぐに友達を誘って冒険者免許を取りに行ったのも部長だし、その後に魔法を覚えさせてほしいって私に言ってきたのも部長です。後続の育成システムを作ったのだって部長たちです。だから、この夏が楽しかったのは、全部部長が自分で頑張ったからですよ」
「う、ぁ……しょ、しょんなこと言われたら……は、はぅ……ひ、ひぅうううう……っ!」
部長がボロボロ泣きだした。
命子はうむと頷いた。感動するようなことを狙って言った。
センチメンタルな女子高生は、まんまと術中にはまった。
その場に屈んで泣く部長の周りで、修行部の創立メンバーの3年生たちが一緒になって泣く。
命子は、おのれの口の上手さに少し慄いた。めっちゃ泣いとる。
家が近いささらとルルもこの場におり、あわあわしている。
この美しき涙に対して、どう対処して良いか分からなかった。
同じく、全員が解散するまでその場に留まっていたアネゴ先生もあわあわする。
泣きたいのは分からんでもないが、青春メーターを振り切り過ぎである。この場は往来があるのだし。心の底からカラオケルームにいる間にやってほしかった。
アネゴ先生は命子にアイコンタクトを送る。
命子はガンをつけられたと思った。三白眼の弊害である。
しかし、すぐにアネゴ先生の眼つきの悪さを思い出し、期待通りにフォローを開始した。
「な、なーに! 部長、夏休みは終わりますが、学校でも新しい冒険者が誕生しましたからね。土日は忙しくなるんじゃないですか? もう1回くらい教官やるんでしょ?」
「うん、やりゅ……」
「じゃあ、泣いてる暇はねえ! 2学期に向けてレッツゴーだぜ、ふっふーい!」
命子はカラオケで覚えたブチアゲ術を使った。
しかし、部長たちは今、そういうノリじゃなかった。
命子は乙女心が分かってなかった。
10分ほど泣き、部長たちは満足して立ち上がる。
「よぉーし、みんな高校最後の2学期も頑張りましょう!」
「「「おーっ!」」」
夜空に向かって拳を突き上げる第1期魔法少女たち。
命子のフォローなどいらんかった。
こうして、部長たちの高校最後の夏休みは終わった。
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