6-1 命子ちゃん、帰ってきたんだってよ
本日もよろしくお願いします。
「ただいまー!」
我が家に向けて元気に帰宅の挨拶を告げると、命子はパチンとスイッチを入れる。
10日ほど人が離れていた家は、家人の帰りを喜ぶように明かりを灯す。
とりあえず荷物を置き、ソファで横になる。
命子は自分の家の匂いや雑多な物が並ぶ風景に、これが落ち着く空間というものか、と一つ学んだ。毎日触れていては分からないのだな、と。
旅行前から帰宅後まで、学ぶことの多かったイベントであった。
「光子、ここが今日から光子のお家だからね?」
早速萌々子が光子に教え始める。
しかし、光子は分かっていないようで、物珍しそうに周りを見ている。
気長にやるしかあるまい。
そして、そんな光子の成長記録を萌々子はレポートすることになっている。
精霊というのは未知の塊だ。
新種のカエルが発見されました、というのとはわけが違う。
キスミア内でも研究は進めるが、離れた場所にいる光子の研究もかなり重要なのである。
もっとも、精霊は日本にも何体か贈られる予定ではあるのだが。
「とにかく、やっちゃいけないことは徹底的に教えないとダメだね」
命子がソファに寝転がりながら言った。
「うん。とりあえず物を壊さないように教えるよ」
キスミアの『見習い精霊使い』は早速一つの発見をしていた。
それは『精霊は特定の物に干渉して形状を変えられる』ということだ。
例の地下空洞にいた精霊は、全部かは分からないが今のところ全ての観察対象が、土に関わる物に干渉できた。
それは萌々子がやったレンガへの穴あけや、水晶の形を変える、岩を切断するようなことである。
精霊と過ごすにあたり、こういった行為を無暗にやらないように教え込むのが萌々子の最初のお仕事になるだろう。
そんな風に光子に新しい環境を紹介する萌々子のスマホに、ルインなりよ~! と可愛い声のお知らせが届く。
萌々子はさっきからアリアとルインをしているのだ。日本に帰ってきたお知らせをしてからずっと続いている。仲良しであった。
さて、命子たちは次の日には元気に青空修行道場へ通った。
帰ってきた旨を各所に連絡していたので、命子たちは待ち構えていた友人たちによって瞬時に取り囲まれた。
「萌々子ちゃーん!」
そう叫びながら、萌々子にひしぃっと抱き着いたのは、金子蔵良だ。通称クララ。
隣同士の小学校ではあるが、修行道場で出会った萌々子と大の仲良しである。ちなみに、中学から同じ学校だ。
クララは正直なところ、大冒険をしてきた萌々子が凄く羨ましかった。
自分の知らないところで凄く親しそうなお友達を作ったのも妬ける。だって女の子だもの。
けれど、そんなことよりも萌々子が無事に帰ってきたことを喜び、お友達を守った勇姿を讃えた。
窮地に陥ってもその場にいない誰かに縋って泣くこともなく、友のために戦うその姿はまるでアニメの中のヒロインのようだった。
そんな風にキャッキャする萌々子とクララ、それから他の仲良しな女の子たちのすぐ近くでは。
「命子ちゃん、ズルいズルいズルい! 私もあんなのに参加したかったぁああんあんあんあん!」
修行部部長が命子に縋りついてとんでもなく羨ましがっていた。
このまま行くと寝転がってジタバタしそうなので、命子はお土産の猫耳を部長の頭にガシーンとくっつける。
部長はピタリと止まり、頭の上にある異物を両手でもふもふする。
そうしてクワッと目を見開くと、にゃんっとポージング。何かと折り合いがついたらしい。
「それはみんなでウィンシタ映えする用のヤツですからね?」
命子は周りの子にも、猫耳をくっつけていく。
命子は人気者なので、個人に買うと買ってもらえなかった子が拗ねかねない。
しかし、全員に買ったら命子が自分で決めているお小遣いが次元の彼方に消し飛ぶ。
故に、全体攻撃だ。
猫耳を数着買って、みんなで回して遊んでね、という作戦である。
日本だとオタク文化と言われがちな猫耳だが、つけられた少女たちは満更でもない様子。
全員がにゃんとポージングしていく。
それを見た周りの子たちがケラケラと笑う。
そんな風にしてテンションゲージの補充は終わり、始まったのはお神輿だ。
風見女学園は頑張った生徒をお神輿する風習があるのだ。最近できた。
小学生は友の無事と健闘を讃え、女子高生はフルオープンで感情をさらけ出してお神輿わっしょい。年齢を重ねるとはいったいなんなのか。
小学生がそんなお姉さんたちの乱痴気騒ぎを見れば、どうなるのか。
自分たちも真似してみようという気になってしまう。
小学生からすれば、女子高生がやることは全部が時代の最先端でカッコいいことなのだから。
「わっしょい、わっしょい!」
「わっしょい、わっしょい!」
若いエネルギーに満ちた女子高生神輿と、さらに若いエネルギーを持て余しまくっている小学生神輿が河川敷を練り歩く。一部の子は猫耳を装着だ。
お神輿は4基。
命子とルルとささら、そして萌々子の神輿だ。
ささらはいつの間にかお神輿に乗せられていた。かつて取り決められた条約はぶっ壊れたテンションにより破棄された。
お祭りとなれば元気になるオッチャンたちが太鼓を叩き、お神輿初心者の萌々子はわたわたし、ルルはテンションを爆発させ、命子とささらの目は死んだ。
出遅れた女子高生たちが、良いなぁとお神輿を見る。
そうして、はたとする。
地球さんTVで頑張っていた子がこの場にもう1人いることに気づいたのだ。
「ぴゃわっ!?」
紫蓮があっという間に担ぎ上げられ、わっしょいされる。
コミュ障気味の紫蓮は、わたわたしながらもノリが悪いとダメかもと思い、頑張ってわっしょいする。
「わっしょい、わっしょい!」
「わっしょい、わっしょい!」
命子は途中でオオバコ幼女を同乗させて、無理やりテンションを上げた。
命子に両脇を抱えられ、リズムに合わせてオオバコ幼女が上下する。オオバコ幼女は両手を左右でパタパタ動かしまくる。キャッキャである。
他の幼女たちもそれぞれのお神輿に代わり番こで乗せられる。
まるでお神輿に乗せられたら健やかに育つ風習みたいな感じになっている。
それを遠巻きに見る少年たちは、エネルギー溢れる女子たちの姿にドキドキである。最近の彼女たちはレベルアップなどの影響で肌も髪もピカピカだし。夏でしっとりしているし。
「はぁー楽しかったっと!」
「川の近くでやると開放感があって良かったね?」
「ねぇーっ?」
しばらくして女子高生たちは大変に満足し、三々五々に散っていく。
解放された命子たちは、土手の階段にグデンとして座った。ルルだけはピンピンしている。
担ぎ手であった少女たちもまだまだ元気で、命子から貰った猫耳を順番に付けてウィンシタ映えしまくっている。中には大人に絡んで猫耳をつけて撮影しているコミュ力の化身も存在した。
「お疲れぇ!」
修行部部長が命子たちの下へやってくる。
黒髪をポニーテールにしている部長は、黙っていれば生真面目なサムライガールで通る容姿だ。中身は陽気だが。面接で得をするタイプ。
「こっちは旅行で疲れてるってのに全く容赦がないですね」
「ごめんごめんって!」
まあ別に疲れてはいないのだが、ノリの文句である。
「それで、部長。魔法少女化計画はどうかね?」
命子はお膝の上に肘を乗せ、アーチを作った両手に顎を乗せた。黒幕の風格だ。
部長もそういう遊びだと理解し、跪く。
「はっ。現在、第一期、第二期合わせて17名とアネゴ先生の魔法少女化に成功しています。すでに今月の試験を受けた者たちが続々と冒険者になっているので、第三期、第四期の魔法少女の誕生も目前であります」
「ふっふっふっ、順調ではないか。ご苦労だったな。下がって良い」
「はっ。……今に見ていろ、総帥の椅子はこの私が頂く」
部長はモノローグを口に出して説明した。
命子はクワッと目を見開いた。
「これ、報告に来た女がラスボスになるパターンだ!」
総帥は物語中盤のラストで死ぬ感じ。
隣に座る紫蓮がそわそわする。
大好物なネタだし凄くお話に混ざりたい。
けれど、中3にとって高3相手にいきなり話しかけるのは難易度が高かった。命子の紹介は必須だ。
それを敏感に感じ取った命子は、部長に紫蓮を紹介しておく。
「こ、こにちは。我、有鴨紫蓮、です」
「おっ、知ってるわよぉ! 紫蓮ちゃん、よろしくね?」
「よ、よろしくお願いします」
紫蓮は探り探りモードを始めた。
対する部長は、後輩に囲まれた生活をしているので慣れた様子で適度な距離を保った。
命子たちは他に挨拶する人もいるので、席を立つ。
最近の修行道場は、町の支援が入るようになった。
ここまでの規模になってしまったので当然と言えば当然だが。
そのお金を使って、プレハブ、水道、おトイレなど高価な物が設置された。
みんなの手で草は刈り取られ、土手の階段にこびりつくヘドロなのか苔なのかよく分からない緑色の物体は除去され、それはもう綺麗なものだ。
犬の散歩程度にしか使われていなかった場所の面影は、もはやどこにもなかった。
命子たちは日々変わりゆくそんな修行道場を移動する。
猫じゃらしの粒でできたポン菓子に近いキスミア土産をサポート部隊のお婆ちゃんに渡したり、サーベル老師に挨拶したり。
その周りを絶えず幼女たちがちょこまかとついてくる。
ちなみに、このお土産はかなり安いのでみんなが食べる用に大量に購入してある。
早速、子供たちが殺到し、お菓子管理のお婆ちゃんたちはニコニコしながら配り始める。
そんなお婆ちゃんたちの姿を、近くでスマホを弄っていた風見女学園の悪っ娘がチラリと見る。
悪っ娘は目を伏せ、スマホをギュッと握る。
「ほら、アンタも貰いに行ってきな!」
つまらなさそうにする悪っ娘に、おばちゃんの1人が言った。
話しかけられた悪っ子は、ヘラっと笑った。
「あたしはいいよ。ガキ共もうじゃうじゃいるし。あっと、バイトの時間だ。じゃあね」
悪っ娘はそう言って、逃げるようにその場を後にするのだった。
この悪っ娘は気難しい子だった。
いつもはヘラヘラ笑って気さくにジジババに話しかけるのに、時折こうして辛そうな顔をして逃げていくのだ。
おばちゃんはしゅんとしながら悪っ娘の背中を見送った。
修行道場を巡り、命子たちは棒術のお爺さん先生の所へ行く。
そこでは1キロ地点で帰る兄ちゃんが頑張っていた。
「棒老師、帰りましたよ!」
「おお、おお、みんな。よぉ帰ってきたの!」
棒老師が兄ちゃんを放置してすぐに命子たちに対応する。
命子たちと兄ちゃんの間に存在する不等号がはっきりわかる対応だ。致し方なし。
「馬飼野の兄ちゃんもただいま!」
「うん、おかえり。大活躍だったね」
兄ちゃんも修行を中断し、腰のベルトに吊るしたタオルで汗を拭って答える。
「まあな! ツバサの姉ちゃんは?」
「今日はバイトだってさ」
命子が修行を始めた際に、すぐにささらが仲間になった。
その後に、大学生のお姉さんが2人仲間になり、その翌日にはこの馬飼野の兄ちゃんが仲間になった。
兄ちゃんはいつも参加して1キロ程度のところで吐きそうになって帰ったけれど、その都度、お姉さんの片方であるツバサ姉ちゃんが、明日も来るのよ! と去り行く兄ちゃんのお尻を言葉で引っ叩いた。
兄ちゃんはその後も頑張ってランニングに参加して、今でもこうしてここにいる。
――そんな兄ちゃんは、カルマがマイナスの人だ。
いや、マイナスだったと言うべきか。
どういう人生を送ってきたのか命子たちは知らないが、兄ちゃんは-700くらいまで落ちていたカルマを、夏が始まる頃に+100まで回復させた。今では+300くらいにはなっているのではないだろうか。
この土手に咲く花の一部も、兄ちゃんが咲かせたものだ。
けれど、兄ちゃんにはスキルが発生しなかった。
本屋でバイトを始め、雨の日も風の日も欠かさずにランニングし、棒を振り続けるほど努力してきたのに。
命子はそれが悲しかった。
-700なんて、命子が聞いた話では大したことはないのだ。
悪人の中には-1万を余裕で超えている連中はゴロゴロいる。
兄ちゃんの努力を見てきた命子からすると、カルマ式ステータスシステムを作った神様ってのは狭量に思えた。それが身内贔屓だと命子も理解はしているし、本気でヤバい人に恩赦を出すのも勘弁してほしいが。
けれど、当の本人は腐らずに今でもこうして愚直に修行を続けている。
ダンジョン付近に住んでいる人の特権で優先的にダンジョンにも入らせてもらい、レベルは2に上がった。
スキルブーストはないけれど、レベルブーストで兄ちゃんは頑張っているのだ。
修行の邪魔をしては悪いので、命子たちはお話もそこそこにその場を後にした。
棒老師と修行を再開した兄ちゃんは、また棒を振るい始める。
頑張れよ、兄ちゃん、と命子は心の中でエールを送るのだった。
夏の終わりを匂わす風が、土手に咲く花々をさらさらと揺らしていた。
読んでくださりありがとうございます。
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