1-7 エピローグ《羊谷レポート》
本日ラストです。
これにて序章は終わりです。
ダンジョンから出た日は、病院でお泊りすることになった。
精密検査を受けたりというのもあるが、何よりも病院の個室が面会に適していたからである。大人の都合であった。
全ての検査を終えて時間が空くと、命子とそれに付き添う家族の下へ5人の女性がやってきた。
みな30歳前後の女性だ。
その中の一人、柔和な笑顔の女性が代表して命子に話した。
「こんにちは、命子ちゃん。私は自衛隊ダンジョン対策本部の馬場と申します。命子ちゃん、具合は大丈夫かな?」
馬場が何を言いたいのか、命子でも察することはできた。
つまるところ、早く情報が欲しいのだろう。
これに対して、両親がお断りを入れた。
ダンジョンで1泊2日の修羅場を潜り抜けてきた娘を慮ってのことであった。
両親の中では、ダンジョンで命子は心に傷を負ったと思っていた。普通の親ならそう思うものだ。
なお、命子のパパは中肉中背で、ママはロリである。妹もロリである。イコールするとパパもロリである。一人だけ意味が違う奴がいる。
しかし、当の命子は元気いっぱいなのでこの聴取に快諾した。
両親は渋ったが、彼らとてダンジョンの中でどういうことがあったのか知りたい気持ちはあった。
それから、馬場以外の女性が自己紹介をしていく。
2人は科学者で、2人は馬場同様にダンジョン対策本部の人らしい。
計5人で、質問者は馬場と科学者の3人となり、残りは記録を残すらしい。
女性だらけだが、これは命子へ配慮してのことだろう。
カメラがセッティングされ、命子は慌てて髪に手櫛を入れ始める。
同じく、映る予定はないのに妹も身なりを整え始める。小学5年生の妹はおませさんであった。
2人は、この撮影がエネーチケーで放送されると勘違いしていた。しかし、普通に記録用の撮影であった。だって、まだ15歳と11歳だもの、ちゃんとしたカメラを見たら勘違いしても仕方ない。
そうして始まった事情聴取に、命子は包み隠さず話していった。
ダンジョン内の様子。敵の癖。自分のスキル。ジョブシステム……etc。
この情報は後に、羊谷レポートと呼ばれ、世界で初めてのダンジョンレポートとなる。
15歳の少女からもたらされたとは思えないほど、この情報は有用なものとなった。
しかも命子は、1層の簡略図を描いており、さらにスマホでダンジョン内を撮影までしていたのだ。
すでに充電が終わって復活したスマホの画像を見て、科学者2人は狂喜乱舞し、妹は尊敬のまなざしで姉を見る。
命子はドヤった。そのドヤリ顔も偉大なる羊谷レポート(映像版)となって後世に残された。
命子の話はすっかり終わったが、ここで疑問に思うことも現れた。
世界各地で謎の渦が現れ、各国政府はこれを迅速に封鎖した。
しかし、ここで各国の政府はダンジョンへの侵入に及び腰になった。
地球さんの告知通りに、世界中から兵器が姿を消した。それはミサイルや戦車だけに留まらず、小型の銃も土に還ってしまった。
しかも、銃火器の新規作成すらも許されず作った端から土くれに変わる謎仕様が世の理になってしまっていた。銃の製造工場は、金属を土くれに変える錬金施設になり果てていた。
そういうわけで、ダンジョンに入るならば、どこぞの映画スターよろしく旧時代的な武装で戦う必要が生じたのだ。
さらに、カルマの存在が邪魔をした。
碌な武器すら持たせずに、部下に未知すぎるダンジョンへ行けと命じて良いものか、判断に窮したのだ。日和ったとも言う。
だから封鎖までは非常に迅速に行われた。
その後は、どこかの国から情報を得てからでも遅くはないんじゃないだろうかと、どこの国も静観したのである。もちろん、中には部隊を突入させた国もあるが、未だ誰も帰ってきていない。
とはいえ、封鎖まで多少は時間があったので、その間に少なくない数の興味本位者が現れた。
そう、命子は世界で初めてのダンジョン帰還者となったわけだが、他のダンジョンに誰も入っていないわけではないのである。
そして、そういった者たちが帰ってきたという報告はまだどの国からも上がっていない。
「そんな中で命子君だけが真っ先に出てきたのはなぜだ?」
科学者Aが書き留めた内容を見ながら、自問するように言った。
次いで、ヒントはないものかと、命子に尋ねる。
「何か、心当たりはあるかい?」
命子は考えた。
むむむっとやって、ぷしゅんと煙が出そうになる。
「特にないです。強いて言うなら、最初にバックアタックで敵を倒せたこと。たまたまダンジョン産の武器、魔導書ですね、それを早くに手に入れられたことでしょうか?」
「魔導書……」
「例えば、バネ風船……あーコイツなんですけど」
命子はスマホに映った魔物の姿を見せてから説明する。
1層の最後のほうは、こうして敵を撮影するくらい余裕だった命子であった。
「最初にコイツを背後から襲い、マウントを取ったんです。抵抗された時にふくらはぎに攻撃が当たったんですけど、涙が出るほど痛かったです」
『ふむ、続けて』と如何にも学者風に先を促す科学者Aに、命子はキュンとした。
一方、ダンジョンに潜っていた娘の思い切りの良い攻撃スタイルに、パパンは困惑した。
「もし、バネ風船が万全の状態だったら、パンチ一発で骨くらいは折れちゃうかなと思いました。魔導書を手に入れてからは、少し離れてガンガン叩けたので、攻撃を喰らう恐れもなかったんですけどね」
「なるほど、つまりマウントを取れた君には運があり、真正面から戦うことになった他の者は運がなかったと」
「はい」
「ふむ。しかし、それだけだと君だけが生き残った理由としてはちょっと弱いな」
「そうなんですか?」
「うん。君はほぼ丸腰だったけれど、ダンジョンに突入した者の多くは準備をする時間が与えられているんだ。つまり、家からナイフなりバールなりを持っていけたわけだ。事実、フォーチューバーが投稿した動画には、君よりも遥かに屈強な男がちゃんとした武装をして入っていく姿が撮影されている。彼は今も帰ってきていない」
確かに自分がバックアタックを成功させた程度で倒せる相手を、ちゃんと武装した男性が倒せないとも思えない。命子はそう思った。
魔本の魔法ならば分からないが、それにしたって全員を帰れなくするほどの脅威ではなかった。
「じゃあ、まだ外に出ていないだけなんじゃないですか?」
「それは、君の説明してくれた青い渦と赤い渦の不親切さを考えると、可能性としては低いだろうな。怪しいと思って入らないという選択はするかもしれないが、最終的には他に手がかりが見当たらずにどちらかの渦に入るはずだ。『帰りますか?』や『次層に行きますか?』なんて質問はなかったんだよね?」
「はい、なかったですね。だから私は2層目も歩くことになりました」
「そう、だからこそ渦に入る段に至れば、確率的には2分の1で帰ってきてしまうんだ。たとえ、ダンジョン探索を続けたくてもね。全員が帰ってこないのはおかしいだろう?」
「確かにそう言われると……なんで私は帰ってこれたんでしょうか?」
言われた命子もコテンと首を傾げる。
「ダンジョンにランクがあるんじゃないですか?」
記録班の片割れがそう言った。彼女はラノベやスマホゲームを嗜む独身女性だった。
「我々もその可能性は考えたが、それにしたって全員が帰ってこないのはおかしい。仮に命子君が入ったダンジョンが最低ランクだったとして、誰も帰ってこないとなると他のダンジョンは全部、初級からかけ離れた地獄ということになる。なにせ、ダンジョンに入ったのは多くが男性なのだから」
シュメリカ国の巨漢なフォーチューバーを筆頭に、命子よりも肉体的スペックの低い男性はそういない。しかも、武装する時間も用意されているのだから、なおさら戦闘力に差が生まれるはずだ。
「はいはい!」
妹が手を挙げた。
むつかしいおはなしをしている中で手を挙げられる勇気あるキッズだ。
妹は注目を集められないのを分かってか、発言を促される前に自分の考えを言った。
「入った人の強さで、難易度とかダンジョンの仕様が変わるんじゃないですか?」
「「「……」」」
その可能性は確かにある。
それならば、説明がつくのだ。
武装した屈強なシュメリカ人男性は相応の難易度、あるいは厄介な仕様のダンジョンとなり、帰らぬ人になった。
一方、小学生男子にすら喧嘩で負けそうな命子は、これ以下はちょっと作れませんくらいのレベルのダンジョンとなって、無事に帰還できた。
「もしくはダンジョンができてから突入するまでの時間でしょうか?」
馬場さんがポツリと言う。
「その可能性は低いと思う。命子君はできた瞬間に入ったわけだが、他の者だって各国の治安維持部隊が封鎖する前に入っているんだ。そんな短時間でダンジョンが成長したら、対処のしようがなくなってしまう。謎の声は別段我々を滅ぼそうとはしていない口ぶりだったし、無理難題を押し付けるとも思えない」
「そうなると、彼女の言った、人によって難易度が変わる説が有力でしょうか?」
「そういうのを検証するのが我々の仕事だよ。ふーむ、人によって都度変わるのか、もしくは最初に入った人によって……その場合は対応を誤れば大惨事になるぞ」
科学者Aはぶつぶつ言いながらメモメモ。
話は変わり、命子が手に入れたアイテムについての話し合いになった。
「命子ちゃんが手に入れたアイテムだけど、放射性物質のような危険な物は無かった」
ここに来るまでに、命子の持っていた物は全て一時的に持っていかれてしまった。
渦の先にある世界から取ってきた物品なので、当然の処置と言える。
「そうですか」
「それでね、あれらの内のいくつかを研究したいんだけど、売ってくれないかしら?」
馬場の申し出に、命子は考えた。
ちなみに、命子は馬場の柔らかな口調に別段嫌悪は抱いていない。聞き手の年齢を考えずに大人の喋り言葉を使われたほうが命子としては困っただろう。
「魔石は10個くらいなら無料でお譲りします」
「魔石って?」
「赤い石です」
「あれって魔石なの?」
命子的にはアレは確定的に明らかに魔石であった。記録班の独身女子からしても確定的に明らかだった。
しかし、馬場はアレが確定的に明らかじゃない系の女子だった。
やれやれと肩をすくめる独身女子。
命子も、彼女と目を合わせてフッとする。
馬場は軽くイラついた。
「え、えっと、じゃあ魔石をくれるっていうことだけど、無料でいいの? 今ならお金くらいポンと出てくると思うわよ?」
地球さんの告知から一夜明けても、カルマ騒動は収まらない。
なにせ、カルマのログを見ると、自分がとうの昔に忘れていたような罪まで列挙されているので、神が自分の行いを本当に見ていたという意識を全世界の人間に植え付けるに至っている。
中にはこんな物は怖くないと突っぱねる者もいたが、そこからさらに酷い犯罪に手を染めようとすると、天罰が下るようになった。
地球さんのレベルアップは尋常じゃなかった。
まあ、それはともかく。
そんなわけで、カルマにビビっている上層部は、幼気な少女から手柄をぶん捕ることなどしない。少なくともカルマシステムがよく分かっていない今なら。
「そうですか? それじゃあ、情報料とコミコミで、じゅ……ひゃ、100万円くらいください!」
命子にとって10万円でも凄い大金だったが、ここは勇気を出して100万円にしてみた。
命子的には、ここから値切り合戦を覚悟していたが、馬場はあっさりと了承した。
「100万円ね、わかったわ」
馬場はメモメモ。
娘の唐突な大金ゲットに、両親はファッとなった。
命子も、思いのほかあっさり大金を貰えて、ちょっと怖くなった。
「で、でもそれだと貰いすぎだから、他のドロップ品も全部持っていっていいですよ」
「え、いいの!?」
「はい。蛇の皮もバネももう必要ないですし。ただ、剣と魔導書と手袋はお譲りできません」
「分かったわ。でも、剣は銃刀法に引っかかるから、家から簡単には持ち出せないわよ。本も見せびらかさないこと」
「わかりました」
命子は落ち着くところで落ち着いて、ホッとした。
だが、馬場サイドからすれば、命子の情報は100万でも少ないように思えた。
アイテムは聞いた話の通りなら、たくさん手に入るのだろうし、そうでもないのだろうけれど。
刀剣の所持について、馬場が代わりに書類を纏めてくれるという話になり、後日、正式に所持許可証を家に持ってくると言ってくれた。結構至れり尽くせりであった。
魔導書についてはそもそも浮遊する本の所持規制などないので、どうにもならない。見せびらかすなと言うしかなかった。
それから1時間ほどお話が続き。
「お話はこれで終わりです。お疲れの中での情報提供、本当にありがとうございました」
「いえ、お役に立てたなら幸いです」
馬場たちは連絡先を残し、部屋から出ていった。
スマホは映像分析のために一時預かりだ。女の子なのでこれと言って如何わしい記録などはないのでご安心。
また、スマホを預ける際には、ダンジョンで撮影した画像をネットに投稿しないようにお願いされた。
箝口令というほどガチガチなものではないが、命子が投下した画像を見て、世界中の人に、ダンジョンが取るに足らないものだと思われたら困ってしまうからだ。
投稿するにしても、もう少し一般人のダンジョンへの知識が高くなってからにしてほしいらしい。
その言い分は命子も理解できるので、しばらくの間は、ネットなどに投稿しないことを誓った。
とはいえ、同じ町に住む親しい人になら見せてもいいかな、などと思っていたりする。ダンジョンの1層には、バネ風船や魔本が居て、もし地上で見つけたら逃げないとダメだよ、などと教えたいのだ。
こうして、命子の冒険は一先ず終わったのだった。
読んでくださりありがとうございます。
明日以降は、大体が夜10時前後の更新になると思います。
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