5-26 フニャルーの瞳
本日もよろしくお願いします。
翌日の昼頃、命子たちは迎賓館へと出発した。
車はなんとオープンカーである。
昨日の時点で国民に少し顔見せをしてほしいというお話が来ており、フニャルーの件やその後から続くお祭り騒ぎということも勘案して、了承した。そうしたらオープンカーが出てきた。
「私も偉くなったもんだぜ!」
命子は、オープンカーでうんうんと頷く。優勝した甲子園球児の帰還風景などを思い出したのだ。風見町近辺にある高校は軒並み弱いのでテレビでしか見たことないが。
最近少しカメラに慣れ始めたささらは、逃走を図ろうとしてルルに羽交い絞めにされている。
『シャーラはあがり性なんだよ』
そんな風にキスミア語でメリスに教え、ささらはメリスにからかわれている。
命子たちが車に乗り込むと、オープンカーはゆっくりと走り出す。
主役は萌々子とアリア。2人が一緒の車に乗る。
萌々子は本当はお姉ちゃんと乗って安心したかったのだが、そうは問屋が卸さない。
アリアの胸には一緒に冒険したニャビュルが収まっていた。
その後ろの三列席のオープンカーには、龍滅の三娘と紫蓮、メリスが乗る。
全員が冒険者衣装だ。
萌々子も紫蓮が作ってくれたダンボールアーマーを装着しており、これが普通にカッコ良かった。ちびっこ聖戦士のよう。惜しむらくは地球さんTVでお披露目できなかったことだろう。
車がホテルを出発すると、沿道にはずらりと人が並んでいた。屋根やベランダにはキスミア猫たちが背筋をピンと立てて座っている。
しかし、昨日までの賑やかな喧騒とは打って変わって、非常に静かだった。騒いでいるのは観光客くらいなもので、彼らはその異様な空気に困惑していた。
命子たちも困惑した。
今回の事件は、一歩間違えれば市民に被害が出た案件だった。
もしかしたら怒っているのかもしれない。
そう思って逃げる心構えを始めた命子だが、それは大きな勘違いだったとこの後すぐに知る。
オープンカーが進む先には、拍手も喝采もない。
その代わりに、沿道に並ぶ人々が揃って大きな動作で万歳をした。
そして、ガシーンッと。
万歳した両手を頭の上に乗せていく。
それは、命子たちがお世話になったシーシアがルルに対してやった『両耳猫の感謝』である。
かつて友を助けるために、片耳を失いながらも化け物熊を倒した狩人の物語になぞらえた、ペロニャが来るよりもずっと前から存在するキスミアにおける最上位の感謝の仕方だ。
馬場の話では、これを贈られた者は贈った者から決して裏切られないと言われている。
そんな大それたものが、キスミア中の人々から命子たちに贈られる。
男も女も、子供も大人も、善いも悪いも関係なく、居並ぶキスミア人の全員が頭の上に両手を添えて続ける。
これに対して、オープンカーに乗る面々の反応は二分した。
命子たちはポカーンとした。しないでか。
一方、キスミア勢は揃って感激のあまり泣き始めた。
アリア、ルル、メリスが震える手でへにょりとした片耳を作る。
キスミアで育った3人は、フニャルーを顕現させた重さというのをよく理解していた。
キスミア人はフニャルーに祝福されて生まれ、フニャルーに見守られて死んでいく。遠く離れた地で暮らしても、その心は変わらない。
理由はどうあれ、そのフニャルーを顕現させたのはキスミア人にとって偉大なことだった。特にお年寄りの感謝は一入だった。
しかしまあ、それはキスミア人だけのことである。
前方のオープンカーでは、わたわたした萌々子が根性で復活。アリアの肩を慰めるように抱き、とりあえず同じように片耳猫をしておく。
後ろの車では、前座席の命子とささらが真ん中のルルを両側から慰めつつ、とりあえず片耳猫をしておく。
その後ろ座席では、メリスとあまり絡みのなかった紫蓮が人見知りに活を入れ、頑張って慰めつつ、とりあえず片耳猫。
全員がとりあえずだ。心意気はなんとなく理解できるが、ポージングが絶望的に意味分かんないんだもの。
迎賓館まで遠回りでニャルムットを巡り、キスミア人は示し合わせたように手で両耳を作って命子たちを迎え、見送った。
行政区に近づくと、並ぶ人は市民から軍人に変わる。
礼服を着る軍人たちの最後には、ルルや命子たちのギニーを使って贈ったダンジョン装備を纏う兵士たちの姿があった。
その中にはシーシアの姿もあり、全員が誇らしげだ。
キスミアの白昼に現れたその奇妙な光景は、しっかりと日本のお茶の間にお届けされ、伝説のパレードとなる。
ゴールである迎賓館でも多くの両耳猫がお出迎えだ。
命子たちはもうお腹いっぱいだった。
日本に帰って『両手は何に使うもの?』と問われたら、うっかり『猫耳を作るためのもの』と言いかねないほど人の両手に対して認識が崩壊しつつある。
しかし、ベンベン泣くキスミア勢の手前、口が裂けても意味分からなかったとは言えない。
良かったね、良かったね、と背中を撫でまくる。
さて、迎賓館ではまず、萌々子への贈り物がされる。
それは昨日の約束の通り精霊石なのだが、今日はこれに精霊石の剣から精霊を移し替えるのだ。
正装をしたシーシアたち警護官に見守られる中、アリアパパが萌々子が使っていた精霊石の剣を取り出す。
とりあえず精霊は外に出しても良いと分かったため、今日、持ってくることができた。
まるで芸術品のような剣は、精霊の光子が中に入っているためキラキラと眩しいほどに光っている。
どこか厳かな雰囲気の中、アリアパパの手から精霊石の剣が萌々子に渡される。少し儀礼的な光景だ。
「光子。出ておいで」
恭しく剣を受け取った萌々子は、優しく語り掛ける。
すると、にゅるんと淡い光を放つ小さな萌々子が剣の中から身体を半分出した。
光子は、萌々子を見るなりコテンと首を傾げる。
その仕草が可愛いと思った命子たちとは違い、光子が何を想っているか分かる萌々子は大きく仰け反った。
「み、光子、私のこと忘れちゃったの!?」
そう、姿形はワンピースを着た萌々子のままだが、この2日の間に光子は萌々子のことを忘れていたのだ。
もう、と頬を膨らませた萌々子は、精霊石の剣に魔力を流し込む。
すると、光子はビビビビビと身体を震わせ、すぐさまわたわたと手を振り始めた。
これで思い出したようで、光子は剣から飛び出して萌々子の顔にぺたりと引っ付いた。
「もう、私が食べ物くれる人だと思ってるのかしらね?」
呆れるような声色で、萌々子は人差し指で光子の身体をこちょこちょと撫でる。
光子はその人差し指を両手でヒシッと抱きしめて、にぱぁっと笑う。
そんな萌々子と光子の様子を、研究者が熱心に書き留めている。
すでにキスミア内でも『見習い精霊使い』は誕生しているが、何もかも初めて尽くしの研究対象のため様々なケースを記録したいのだ。
「光子、こっちのお家においで。そうすればずっと一緒にいられるよ」
萌々子が強く想いを込めながら光子に語り掛ける。
『見習い精霊使い』になったばかりなだけに光子との意思疎通は不完全で、少し手間取る。
けれど、光子にとって精霊石の剣は特段思い入れなどないのか、萌々子のお願いが理解できるとすぐに引っ越した。
萌々子は、光子が抜けて光を失った精霊石の剣を目を細めて見つめる。
ありがとう、と心の中で呟いて、お別れした。
萌々子が貰った精霊石は、光子が宿ったことで光り輝く。
萌々子はそれをポシェットに入れると、ポシェットの口から光子が飛び出し、萌々子の肩に座った。
「すげぇ! モモちゃんすっげぇ!」
命子が手をブンブンして萌々子に詰め寄る。
同じく仲間たちも興味津々だ。
なにせ精霊である。
ファンタジーの塊なのである。
特に羨ましそうなのは、命子と紫蓮だ。
瞳がキラッキラである。
お食事が始まる時間まで、別室で待機だ。
命子たちはその時間を利用して、全力でキャッキャした。
その中心にいる光子は構ってもらえるのが嬉しいのか、わたわたしたりニコニコしたりと大忙しだ。
「モモちゃん、『見習い精霊使い』は何ができるの?」
「えーとねぇ」
命子の質問に、萌々子はジョブスキルの詳細や【精霊魔法】でできたことを話す。
ささらママがそれをすかさず書き留め、攻略サイトに掲載していいか萌々子に問う。ほぼフルオープンの姉を見ているだけに、特段気にせずOKだ。
光子はどうやら人の魔力の味に好き嫌いがあるようで、萌々子と命子と命子母の味はとても好きで、他のメンバーの魔力は無反応だったり嫌う仕草をした。
新世界において『魔力』というのは重要な研究課題なため、これはもしかしたら素晴らしい発見に繋がるかも分からない。まあ発見するのは研究者になるだろうけれど。
お話をしている間、一緒に遊んでいるアリアはずっと萌々子の隣にいた。
おトイレに行く時もちょこちょことくっついていき、とても仲良しだ。
そんなアリアの様子を、メリスは少し切なそうに見つめる。
自分の姿と重なるのだろう。
自分にとっての幼馴染のルルと、アリアにとってのせっかくできたお友達の萌々子。
お別れの時間は迫っていた。
お食事会は夕暮れ時から始まった。
立食形式のパーティだ。
テーブルにはたくさんの料理が並んでいる。
猫じゃらしを原料にしたパンや、麺類。
ダンジョンで獲れる肉や野菜を使ったキスミア料理の数々。
デザートには一口サイズのケーキや、キスミア原産の中身がどろりとしたブドウなどが並ぶ。
出席者は、命子たち一行とメリスの家族、アリアとその家族、他に数名のキスミアの要人と一緒にネチュマスを倒したキスミア軍人たち数名だ。
命子は、小難しい話を振られることもなく、魔鼠雪原をクリアしたシーシアの話を聞いたりして中々に楽しいひと時を過ごした。
ささらは、ルルとメリスを2人にさせてあげ、命子や両親と談笑する。
紫蓮も同じだ。母親と仲良しな紫蓮は、せっせと紫蓮ママの世話を焼いている。
そして、萌々子とアリアはテラスでお話ししていた。
足元ではニャビュルに跨る光子ライダーの姿がある。
ピロンとスマホが音を鳴らす。
アリアは満面の笑顔で、萌々子に言う。
「これでいつでもお話しできるのれす」
「うん。これで離れていてもお話しできるね」
「ニャウ。お喋りだけじゃなくルインもやるのれす。アリアはあんまりスタンプ持ってないれすから、準備しておくのれす!」
「あははっ、私もお小遣い貯めて買うね」
萌々子も笑顔で返す。
「でも、アリアちゃんはまだちっちゃいんだから、あまり無駄遣いしちゃダメだよ?」
「え、えぇ? そんな子供みたいな。アリアはモモコちゃんと同じ歳なのれすよ?」
「うぇええええ!? アリアちゃん、12歳だったの!?」
衝撃の事実発覚。
お姉ちゃんなんだからしっかりしないと、と一生懸命にリードしてきた萌々子は、ここに来てその事実を知った。
とはいえ、アリアと冒険をしたあの時間は、歳など関係なくやっぱり同じように立ち回っただろうなと萌々子は思い直した。
懸命になってリードする自分の姿を思い出して笑う萌々子を見つめ、萌々子のアドレスが入ったスマホを大切そうに持つアリアの手が震える。
アリアはへにょりとした笑顔で、萌々子に合わせて一生懸命笑った。
そんなアリアの足にニャビュルが光子を乗せたまま、慰めるように身体を擦りつける。
「わっ、見て、アリアちゃん。綺麗だよ」
夕闇に染まる空の中、キスミアの守護猫フニャルーの瞳に夕日が重なった。
「フニャルー・ファ・ウニー……フニャルーの瞳れす」
アリアはその光景を焼きつけるようにして、目を細める。
そうして、萌々子へ身体を向けた。
「モモコちゃん、アリアを守ってくれてありがとう。この恩は生涯忘れないのれす」
フニャルーが見つめる中、アリアは両手で頭の上に猫耳を作った。
オープンカーの中で泣いたアリアたちを見て、この仕草がキスミア人にとってとても重要なことだと学んだ萌々子は笑顔を引っ込める。
そして、自分も片手を頭の上に乗っけて、片耳猫をした。
「私のほうこそ一緒に冒険してくれてありがとう。この夏の冒険は一生忘れないよ」
お別れの風が胸中をサッと撫で、2人の目からポロポロと涙がこぼれる。
けれど、2人は笑い合う。
2人は猫耳を降ろした手を重ねる。
「モモコちゃん、また会いましょう。アリアは強くなるのれす。だから、また冒険したいのれす」
「うん! また一緒に冒険しようね、約束だよ?」
「ニャウ! 約束なのれす!」
そんな2人の姿を見つめるフニャルーは、優しく微笑みながら瞼を閉じるのだった。
―――――
【キスミア語講座】
『フニャルー・ファ・ウニー』
直訳でフニャルーの瞳。
フニャルーが瞳を開けていると言われる瞬間であり、昔からキスミア人はこの瞬間に願い事や決意をする。キスミアにおいて最もプロポーズされた時間帯。
なお、季節によっては太陽は重ならないが、瞳の穴の向こうの空の色はまだ明るいため、ほぼ年中色づいて見える。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。