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5-25 宿の中で

 本日もよろしくお願いします。

 カーテンの隙間から零れる強い日差しと、窓の外から聞こえるとても賑やかな声に命子は目を覚ました。


 目をクシクシと擦り、あくびを一発。

 ぼんやりとした頭で周りを見てみれば、周りでは仲間たちが団子になって眠っていた。

 命子と一緒のベッドには紫蓮が、その隣のベッドではささらとルルとメリスが眠っている。もう一つベッドは余っているのだが。解せん。


「ぴゃ……魔眼っ。……ぴゃわー」


 紫蓮がビクンとしながらそんな寝言を言う。

 命子の目に出た炎が夢にまで見るくらい気になるのだろう。

 命子は紫蓮のリクエストに応え、誰も見ていないのを良いことに瞳の前にシュバっと手を添えてポージング。炎が出ているかどうかは自分では分からなかった。


 そんな朝の御勤めも終わり、命子はみんなを起こさないようにそっとベッドから抜け出して、さっきから何をそんなに騒いでいるんだろう、と窓の外を見た。


 すると、町行く人全員が猫耳と猫シッポを着けて楽し気に笑っていた。


「異次元すぎんだろ、キスミアよぉい」


 命子はルルを起こすことにした。

 ささらとメリスによって両サイドから手足をロックされて眠るルル。


「ソフト大岡裁き」


 いつの間にか起きてきた紫蓮が、果てしなく寝にくそうなルルを見下ろして言った。


「だけど、これは先に離したほうが負けだね。ルルが起きた時にくっついて寝てたほうが勝ちだし」


「恐ろしいチキンレース」


 命子はルルを起こした。

 肩を揺すられたルルはにゃわっと呻きながら目を開けると、自分の置かれている状況に命子を睨みつける。


「お、おのれ、ワタシをどうするつもりデス!?」


「そんな口を利いていられるのも今のうちだ。紫蓮ちゃん、やれ」


「御意」


 総帥の指示を受け、紫蓮がルルの足の裏をこちょこちょし始めた。

 ふにゃにゃにゃと腰を浮かせて暴れるルルだが、ささらとメリスが暴れんじゃねえとばかりに手足のロックを強める。


「思いのほかヤバい絵だからやめぃっ!」


「御意」


 寝起きなので悪戯はほどほどで止めると同時に、さすがにささらとメリスも目を覚ました。

 自分たちの間でグデンとしているルルの姿に、2人は混乱した。


「それでそれで、ルル。お外でお祭りやってるけど」


「はぁはぁ、あんなことした後で質問するとはいい度胸デスね……。で、お祭りデスか?」


 汗を拭いつつ、ルルは考える。


「今の時期にお祭りはないデスね。ペロニャ・デュメータは7月に終わってマスし」


「ペロニャ・デュメータ?」


「日本語にすると泣き猫祭りデスかね? 昔、人を怖がって外に出ようとしなかったペロニャを慰めるために、キスミア人が木と羊の毛で作った猫耳をつけてみんなで猫の真似をしたそうデス。それがお祭りになったのがペロニャ・デュメータデス」


「なるほど。でも外の人たちもみんな猫耳つけてるよ。見て見て」


 命子に言われ、ルルも外を眺めて確認する。


「猫耳はペロニャ・デュメータだけじゃなくて、お祭りファッションなんデスよ。たぶん、昨日のことでお祭りになっちゃってるんデス」


 ルルの説明に命子はなるほどと頷く。


 すると、カチャリと遠慮したような音で部屋のドアが開いた。

 その隙間から、ちょこんと萌々子が顔を覗かせた。


「モモちゃん!?」


 命子はシュターッと妹の下へ走って、身体をペタペタ触る。

 特に後頭部などたんこぶになってないか心配だ。

 結果、どこもなんとも無さそうであった。


「止めてよお姉ちゃん、くすぐったいよ」


 姉に構われるのが恥ずかしい年頃の萌々子。

 いつもなら手を払いのけるところだが、今日はテレテレしつつも許している。


「もう大丈夫なの?」


「うん。さっき退院してきたんだよ。それでね、これからアリアちゃんたちが来るの。お姉ちゃんたちも準備して?」


「そうなの? 分かった、すぐに準備するね」


 命子たちは慌ただしく準備を始めた。




「モモコちゃーん!」


「アリアちゃん!」


 一同が集まる部屋にアリアとその両親、執事、それから知らないオジサンがやってくる。

 すぐにアリアが足並みを乱し、萌々子に駆け寄る。

 萌々子も椅子から跳ねるように立ち上がり、2人はひしぃっと抱きしめ合った。

 その下では、元気になったニャビュルが萌々子の足に身体を擦りつけている。


 昨晩、一時目を覚ましたものの、今朝方アリアがニャビュルのいる動物病院へ行ってしまったため、2人がまともな再会をするのはこれが初めてだった。


 命子は2人の様子をニコニコして見つめる。

 命子たちの家族と、アイルプ家一同+αが同席したこの場は、謝罪と感謝の席だった。


「この度は我が家の不整備によって萌々子さんを危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした」


 そんな風に始まった会談だが、命子は正直苦手な空気だった。


 そもそも、本当に不整備だったのかも怪しい。

 もしかしたら、地球さんが糸を引いていたのかもしれないのだ。

 まあ普通のイベントすらやってないであろうこのタイミングで、シークレットイベントをぶち込んでくるとも思えないが。

 あるいは、犯人はフニャルーだったかもしれない。


 そう考える命子だが、なんにせよアイルプ家の不整備が事実として最前列に立っているため、大人は謝らなくてはならないのだ。


 そんな命子や子供たちにアイルプ家一同は向き直る。


「みなさん、娘を助けていただき、またキスミアを助けてくださり感謝のしようもありません」


 今度は自分たちに言われたので、命子も頭を下げた。


「妹が居ましたから。こちらこそ、すぐに妹のために動いてくださりありがとうございました」


 命子の認識では、穴に落ちたら110か119だ。

 自衛隊を呼ぶという考えはない。

 だから、キスミアは最上級の対応をしてくれたのだと思ったのだ。


 そんな風にして謝罪と感謝を受け入れつつ、話は進み、慰謝料という話になった。

 別に羊谷家は訴えたわけではないので慰謝料も何もないのだが、キスミアとしては何もなしというわけにもいかなかった。国の成り立ちに関わる家の庭の不整備で起こったことだし。言うなれば、謝りに来た際の菓子折りが凄い規模みたいな感じだ。


 この瞬間、萌々子の目がキランと光った。


「お金は要りません。その代わり精霊石を頂きたいです。光子が入っていた精霊石です」


 きっぱり要求した萌々子に、命子ははわはわした。

 お婆ちゃんを見ているようだった。


「えっ、モモコちゃん、精霊石の剣じゃなくて良いのれす?」


 しかし、これに対してアリアがキョトンとして言う。

 その隣では知らないオジサン……外相と名乗った人が余計なことを言わないで、と内心で叫ぶ。


「ううん。アレはペロニャがキスミアの人たちに作った物だよ。だから精霊石が欲しいです」


「モモコちゃん……」


 萌々子は凄く良いことを言ったつもりだしアリアと命子も感動しているが、それ以外の全員が微妙な顔をした。


 謎の鉱石、精霊石。

 その価値は慰謝料を普通に払ったほうが遥かに安いのだ。

 しかも萌々子がゲットした精霊石は20センチくらいの物が1本と小粒の物がたくさんあったので。


 とはいえ、フニャルーの顕現に深く関わった娘を無下には扱えない。

 精霊石はまだまだたくさんあることだし、これも導きと思い、それを慰謝料とすることで合意がなされた。


 精霊石はポシェットに入れたまま萌々子が持ってきてしまっていたため、そのまま貰うことになった。

 一応、どれほどの量が国外に持ち出されたのか知っておく必要があるということで、重量や写真撮影などがされる。こういうのを管理するのは大変だな、と命子は酷く他人事に思う。


 しかし、この精霊石には光子は宿っていない。

 光子はまだ精霊石の剣の中にいるのだ。


 そして、あの剣はアイルプ家で保管されている。

 謎の生物に謎の鉱石に謎の空間と3拍子揃っているため、他の場所に移すことに慎重になっているのだ。


 話が終わると、アイルプ家の面々は帰っていった。

 どうやらこの事件で忙しくなったらしい。

 精霊、精霊石、ペロニャの秘宝と多くの発見が世に出てしまったため、当然と言えば当然だが。


「アリアちゃんは誘拐とかされない、ですか?」


 アリアたちが帰ったあとのドアを見つめ、紫蓮が大人向けの言葉遣いで、馬場に問うた。

 それを聞いた萌々子がぴょんとソファの上でお尻を浮かせる。


 地球さんTVで、アリアはペロニャの夢見能力が継承されることは言っていない。

 しかし、初代ペロニャの死後もこの家が変な物を作り続ける一族であることはキスミア国民なら多くの者が知っている。

 近代化することで、それがただの発明か夢見なのかは分からなくなってしまったが、少なくとも100~200年前までは画期的な発想が時折この家から生まれた事実がある。

 そこから紫蓮と同じようにアイルプ家の秘密を推測できる人は大勢いるだろう。


 ちなみに、他国からするとアイルプ家は巫女家であると同時に、アーティストを輩出する家という認識が強い。作家や作曲家としてそこそこ有名なのだ。


 紫蓮の質問に馬場は肩を竦めた。


「誘拐は難しいでしょうね。以前ならともかく、誘拐に手慣れてしまっているヤツは新時代の人間にとって雑魚よ。それに、犯罪でダウンするカルマは、その犯罪に関わった者の中でも特に上位命令者に重くのしかかるわ。リスクが高すぎるのよ。睡眠薬なりを使って誘拐に成功しても、届け先で黒幕や幹部の合同葬儀をやっていました、なんて間抜けな話になりかねないわけね」


 そう、犯罪カルマは実行犯よりも上位命令者のほうが大きくマイナスを喰らうのが分かっている。もちろん実行犯も十分にマイナスするが。

 だからアンダーグラウンドの組織でも、一気にクリーンな組織に変わることがままあった。


「まあ用心に越したことはないし、元々この家は護衛を付けてるからね」


 アイルプ家はなんだかんだ言って金持ちだ。

 地球さんがレベルアップしてからは魔物を警戒して護衛も雇っていた。

 そこにダンジョンでのレベルアップが加わり、メイドたちですら強くなった。

 さらに、キスミアは空かトンネルしか国外に出る術がないうえに、キスミア猫が国中にいる。

 誘拐は馬場の言うように難しかった。


 紫蓮はコクンと頷いて、ありがとうございます、とお礼を言った。




 本来なら命子たちは明後日に帰る予定だ。

 今日の夕方くらいにダンジョンから帰還し、明日は観光とアイルプ家との食事会が予定されていた。


 こんな事態になったが、別に恨み恨まれの関係になったわけではないので、お食事会はそのまま行うことになったが、どうやらその規模が大きくなりそうだった。

 基本的にはお忍びで命子たちがキスミアに来ているというのが2日目の修行道場見学で少し広がり、地球さんTVで全国民に知れ渡ったからである。

 ルルの提案でもたらされた初級防具のお礼の食事会を予定していたのだが、それが国を挙げてのお祭りになりそうなのである。


 お外がそんなお祭り騒ぎのため、命子たちは明日のお食事会までホテルで大人しくすることにした。

 そんな中で紫蓮が命子たちに一つお願いをするのだった。




 ささらとルルが、馬場&滝沢ペアの部屋を訪ねる。

 インターホンを押し、応答が返ってきた。


「ささらですわ。滝沢さんはいらっしゃいますか?」


『え、ささらちゃん? ちょっと待ってね?』


 出たのは馬場で、その後すぐに滝沢がドアから出てきた。


「はい、なんでしょうか?」


 そう言った滝沢は、ピンと背筋を伸ばして、キリリとしていた。

 いつものにこやかさは影を潜め、出来るお姉さんといった体だ。


 そんな滝沢の手をすかさずルルが掴み、引っ張り出す。


「ちょっと来てほしいデス! 早く早く!」


「えっ、ちょ、え? はっ!? すぐに行きます!」


 最初は困惑した滝沢だったが、何を思ったのか自分からルルの後について急いで歩き出した。

 そうして、すぐ近くの部屋に入る。

 命子、紫蓮、萌々子の部屋だ。


「っっっ!?」


 部屋の中では命子、紫蓮、萌々子、メリスが待っていた。

 そこにささらとルルが合流し、わちゃわちゃと滝沢の背中を押してベッドへ導く。


「ふぇええ!?」


 そうして滝沢は為されるがままにベッドに押し倒された。


 こ、これが最近の女子高生!? よく分からないけど、や、やられる!


 ベッドでバイーンと弾んだ滝沢はそんな風に混乱した。

 そうして荒々しくうつ伏せに転がされ、あとはもう為されるがままだ。


 腰に、手に、足に、頭に。

 小学生から高校生まで6人の女子による究極のマッサージサービスである。


 先ほどの話し合いのおり、紫蓮は部屋に入るなり滝沢の様子が気になった。

 壁際に立ち、妙にキリリとしているのだ。

 いや、少し堅過ぎるものの滝沢の立場だとそれが普通ではあるのだが。

 いつもと違う滝沢を見て、紫蓮は心配になってしまったのだ。


 一方の滝沢は、こんな風にされたら慰められているのだと嫌でも分かる。

 嬉しいけれど、ここで慰められてしまったらダメだと滝沢は抗おうとした。

 しかし、その気配を敏感に感じ取った手モミモミ担当の命子が、言った。


「あれは仕方なかったよ。誰もお庭に穴が開いているなんて思わないもん」


 その言葉がジワリと滝沢の耳に広がっていく。

 滝沢の手は震え、縋るように命子の手を握る。


「滝沢さんは良くしてくれてますわ。ありがとうございます」


 ささらもまたもう片方の手をモミモミして言う。


「タキザワ殿の足は頑張ってる人の足デスね!」


 足担当のルルがふくらはぎや足の裏を強擦しながら言った。


「お主は立派デスなっ! 偉いデスなーっ!」


 同じく足担当のメリスが知ってる日本語で一生懸命に励ます。


「滝沢さん。ダンジョンで私やアリアちゃんを見守ってくれたよね、ありがとう。それにね、穴に落ちた後、滝沢さんがすぐに声を掛けてくれたから私たちは希望を持てたんだよ。ありがとう、滝沢さん」


 この事件の当事者であり、腰担当の萌々子がうんしょうんしょと背中を押撫でながらお礼を言う。

 滝沢の横隔膜の辺りが変な痙攣を始めた。


 そして、最後に紫蓮が言った。


「我は滝沢さんが担当官で良かった。最近はあまり会えなくなっちゃったけど、我に良くしてくれてありがとう」


 頭をよしよしされるようにして囁かれた言葉に、滝沢はとどめを刺された。

 枕に埋もれた顔から、くぐもった嗚咽が聞こえる。


「これぞ秘儀・大母性峠。喰らった大人は泣く」


 ちょっと照れ気味な紫蓮はコクンと頷いて、みんなに目でお礼を告げて、よしよしを続けた。


 過酷な社会人生活で出会ってしまったオアシス。

 滝沢は新しい世界に羽ばたこうとしていた。


 そんな少女たちの究極サービスをドアの陰から見ている者がいた。

 ギリィッと奥歯を噛みしめるその人物は、そう馬場である。

 生まれてこの方、これほど人を羨ましいと思った経験を馬場はついぞ思いつかなかった。


 この後、馬場は無理を言って究極サービスを受けさせてもらうのだった。

 

 読んでくださりありがとうございます。


 ブクマ、評価、感想、ありがとうございます。

 誤字報告も助かっています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ふと読み返して思えば、紫蓮ちゃんのマナ進化先はこの時点で決まってたようなモノだな…
久々に読み返してます 書籍で消されたキャラとは思えない好待遇…!
[一言] オチの馬場さんに吹いたわw 良い話なんだけど滝沢さんがは元からそっちの気があったけど本格的にそっちに行ってしまわないか心配ですな…
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