5-24 地球さんTV
本日もよろしくお願いします。
命子は、病室に戻る道すがらにある談話室で仲間たちが何やら集まっているのを発見した。
萌々子が寝ているので遠慮してくれたのだろうとあたりをつけた命子は、命子父と別れて談話室へ入った。
引き戸を一枚潜ると、耳の奥がシンとして遮音されたことが分かる。
「羊谷命子、長いおトイレから無事戻ってまいりました!」
命子はビシッと敬礼して告げた。
病室を出た時は思いつめた様子だったのでみんなは心配していたけれど、ケロッとして帰ってきたその姿を見て、一同はホッとした。それと同時に命子父に任せて良かったと思う。
笑顔で迎えるルル。
それとは対照的に、ささらと紫蓮、メリスは余所余所しい。大丈夫かな、どのくらいのテンションで挑めばいいのかな、とコミュ障気味の3人はあれこれ考えてルルの出方を窺う。生贄である。
「みんな集まってどったの?」
命子は、机の上に置かれたインターネットタブレットをチラッと見ながら首を傾げた。
「メーコ、大変なんデスよ! これを見るデス!」
ルルが、タブレットをビシッと指さして言った。
「もふもふ大怪獣襲来とか世界で騒がれてる?」
「それはもうキャフーニュースのトップになってマス!」
「ははっ、なってるんだ。まあこのご時世なら当然か」
現代人のスマホ撮影能力は西部のガンマンの早撃ち並みである。
隣で話していた友人がいつの間にか決定的瞬間をスマホで撮影しているのだ。
巨大猫の件も言わずもがな。
キスミア人自体はそれどころじゃなかったが、旅行客はここぞとばかりにウィンシタ映えしたのである。なお、危機感は死滅している模様。
さらに、命子たちと時を同じくして日本ではテレビクルーが撮影に来ていた。
世界の摩訶不思議を発見する番組の取材陣だ。
不思議な国なので以前にも取り上げられたことがあったが、キスミアがホットになったのでより掘り下げてスーパーヒロシ君するつもりだったのである。
そんなプロが撮った映像が、日本のニュースで急遽放送されたのだ。
とまあ、それらがキャフーニュースのトップになっている原因なのだが、みんなが言っているのはこれではなかった。
「それよりもさらに最新の話題デス! これデス!」
そう言って、ルルはタブレットを命子に突きつけた。
「地球さんTVじゃん」
それは命子もよくチェックする地球さんTVのメインページだった。
ページへ飛ぶと、まず宇宙から見た地球の画像の上にタイトルロゴが重なっている。
閲覧者数があるほかは実に素っ気なく、動画自体にはタイトルすらなくナンバーだけだ。
総合、各動画共に閲覧者数はとんでもない数字になっており、サーバーとかそういう概念を超越した意味不明なサイトとなっている。
ふむ、と命子は頷く。
そして、最新のナンバーが1つ上がっていることに気づき、ハッとした。
「ま、まさか……!」
「そのまさかデスよ! なんと、モモコの冒険が最新動画なのデス!」
バーンと擬音が発生しそうな勢いでそう言ったルル。
命子もグワッと目を見開いた。
「ぬぅ、モモちゃんがスターダムに足を踏み入れてしまうのか……っ」
「モテモテになる」
唸る命子は、紫蓮の言葉にわたわたした。
「ダメだよ、絶対! チューは16歳になってからってウチじゃ先祖代々決まってるんだから」
「割と緩い掟で草」
紫蓮が無表情で草を生やした。
命子の調子が戻って、紫蓮は嬉しかった。
というわけで、紫蓮は命子の隣の席を確保。
「で、これは割と大事になってんの?」
命子の質問にささらが答える。
「どうでしょう。とりあえず、ワタクシの母と馬場さんはどなたかと電話を始めましたわ」
「馬場さんは掛かってきた電話番号を見て、目がデッドしてた」
紫蓮がプチ情報を追加する。
馬場のバカンスは終わったのだ。元々バカンスではないのだが。
「馬場さんも今日はいっぱい戦ったから疲れているだろうに。まったく社会人ってヤツは……っ!」
「過酷」
命子と紫蓮は怯えた。
「まあなんにせよ見てみないと何もわかんないね。みんなはまだなんでしょう?」
「ええ、馬場さんから動画の情報を貰っただけですわ。せっかくですし、命子さんと一緒に見ようと思いまして」
「ありがとう、ささら。それじゃあ早速見てみようか」
「あっ、ですが、もうそろそろ病院から出ないとダメかもしれませんわよ」
「それがあったか……」
すでにかなり遅い時間だ。一般のお見舞いの人はいない。
というわけで、一先ず病室に戻る。
病室の前にはSPさんがおり、命子のためにドアを開けてくれる。命子はペコペコ頭を下げて中に入る。
そうして、萌々子のことは両親に任せ、命子たちは宿に戻るのだった。
かつて、命子たちが無限鳥居をクリアした日、家族たちは夜を徹してその活躍を地球さんTVで見た。
それが今回は命子の番だ。
ワクワクしながらテレビの前に座る。
動画再生時間は、4時間ほど。
今から見始めると、明け方になる計算である。
まず映し出されたのは、オープニング画面である翡翠色のオーラを纏った地球さんだ。
こんな風に映っているが、実際に宇宙から見てもオーラは見えないらしい。
ネットでは未来の地球さんの姿だとか、地球さんの理想とする姿だとか色々な憶測が挙がっている。
そうして始まった地球さんTV。
最初に映し出されたのは、キスミアのシンボルであるフニャルーだ。
一羽の蝶が画面手前を横切り、カメラはその蝶を追いかけて画面を引く。
そうして、蝶が降り立ったのはアイルプ家の庭先に咲く花の上だった。
そのまま映像は花の背景になっていた萌々子とアリアが遊んでいる光景にピントを合わせる。とても楽し気な光景だ。
地球さんが気を使ったのかどうかは分からないが、滝沢の社会的生命は守られるシーンである。
「はわわわっ、どうしよう。私の妹がこんなに可愛い件」
命子の言葉に、全員が苦笑いした。
シスコンというところもそうだが、命子と萌々子はよく似ているのだ。髪の長さこそ萌々子のほうが長いが、細部の造りは小学校の頃の命子を容易く想像できるものである。
「変なのが寄ってこないように強くしなくちゃダメ」
「っっっ!」
紫蓮の言葉に、命子は驚きつつコクコクと頷いた。
ついでにクララちゃんやお友達も鍛えておけば、変質者さんが出てもボコれるだろう。
そうこうしているうちに、萌々子たちが穴に落っこちた。
「モモちゃーん!?」
命子が叫ぶ。
全員が命子とは映画に行けないかもしれないと思った。
さて、この動画は2つのメイン視点で描かれていた。
前半の主人公と後半の主人公に分かれているのだ。
つまり、萌々子・アリアペアの視点と、命子たちのグループの視点だ。
そうして、2つの視点が劇中で交じり合うようになっている。
映画では大体の場合が色々な視点に切り替わるものだが、地球さんTVでは珍しかった。
ダンジョンへの入場を促す目的なのかは分からないが、とにかくダンジョン内の視点以外はほぼ出てこない。地上風景は、主要人物が旅立つ時と帰還した時くらいなものなのだ。
今回はそれが例外的に2つの視点と複数のサブ視点を上手い具合に切り替えられて構成されている。
つまりは、この事件を追った映画仕立てなのである。
続く動画を、命子たちは結果が分かっているのにハラハラしながら見た。
自分たちが映っているところとか別にどうでも良かった。早くモモちゃんの続きを見せてよ、と思わず命子が言うくらいにはどうでも良かった。
水晶と謎の生物を発見して友達になり、ペロニャの秘宝を起動させてしまう。
そうして出現したネチュマスから萌々子たちは逃げ、萌々子はアリアを守るために色々なことをする。
萌々子は、姉である命子よりも逞しい女の子だった。
親にしっかりと意見を言って、時には叱り飛ばしたりもできる。
お婆ちゃん譲りのその気質は、中二病と陽気さを持った命子にはないものだった。
しかし、それは以前の話。
姉はいち早く武力を手に入れ、とんでもなく逞しくなった。
一方で、妹は気質とは裏腹に年齢制限などにより最低限の力しか得られなった。
けれど、萌々子はサーベル老師から学んだ構えと突きを丁寧に繰り返して、ネズミたちをやっつける。
アリアとニャビュルが初級装備を着る中で、低防御力の服を着ていてなおアリアの前に立って戦う。
自分のほうがお姉ちゃんなんだから、と勘違いから生まれたその一心で。
妹の健気な姿に命子は滂沱の涙を流した。
場面は切り替わり、命子たちを乗せた車がニャルムット市内をサイレンを鳴らして爆走する。
そして、自分たちの足で走ることになり、アイルプ家へ続く道の途中でフニャルーが顕現し、キスミア猫の集団決起が起こって命子たちは導かれる。
そして、萌々子サイドで絶体絶命のピンチが訪れる。
その瞬間、ささらたちは2つのことに気づいた。
命子は涙腺が決壊して上手に画面が見れなかったため気づかない。同じく、妹がいるメリスも感情移入して視界が滲み、見逃す。
1つは、萌々子が壁に叩きつけられて意識が朦朧とし始めた瞬間、ネズミたちの挙動が変わった点だ。明らかに萌々子を殺せる位置にいるネズミが、萌々子をターゲットから外して頭上にいるアリアを狙い始めたのである。
しかし、その刹那。
頭上から降ってきたちっちゃな鬼に、そのネズミは脳天を串刺しにされて光に還る。
この一連の畳み掛けの間にもう1つの気づきがあった。
命子の目から紫色の炎が出ていたのである。
このインパクトが強すぎて、ネズミの挙動について全員が頭の隅に追いやることになった。
そんな中で、紫蓮が激しくそわそわし始めた。
しかし、映画の途中でのお喋りは遠慮してしまうタイプの紫蓮はあとにすることにした。
けれど、そわそわは止まらない。
ロシ・ナンーテで買った入れ墨シールなんて目じゃないガチの中二エフェクトを命子が出していたのだから無理はない。命子への尊敬ゲージが上昇した。
そうしてクライマックス。
命子たちとキスミア軍によるネチュマス討伐戦。
そこに来てようやっと命子は己の変化に気づいた。
紫色の炎を目から出し、さらには2つの魔導書からも同じ色の炎を出現させているのだ。
「なんか超カッコいいことになってるんですけど!?」
「うん。超カッコいい。あとで出し方教えて?」
「私も今気づいたし、やり方なんてわかんないんですけど!?」
「大丈夫。きっと10回ぐらい引っ叩けば出てくる」
「非道な人体実験!」
テレビの前でわたわたする陽気なロリが、テレビの中でキリリとフィニッシュブローを決める。
こうして、命子たちはネチュマスを倒した。
いつもなら軍人たちが帰還したあとの風景を少しだけ映すのだが、今回は地下空洞で喜ぶところで幕が引く。
画面は暗転したのだが、再生時間はあと30秒残っていた。
動画を消そうとするささらの手を、Cパートがあるかもといつもアニメを最後まできっちり見ている紫蓮が止めた。
それは正しかった。
暗転した画面に残り時間10秒ほどを残して、文字が浮かぶ。
見る者が理解できる不思議な技術で記載された文字には、こう書かれていた。
『シークレットイベント ペロニャの秘宝を起動せよ 完全攻略』と。
読んでくださりありがとうございます。
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