5-23 戦い終わって
本日もよろしくお願いします。
戦いが終わり、その場の全員がドッと息を吐く。
命子たちも仲間内で集まり笑い合う。
それに対して、軍人組はホッとしたのもつかの間、またすぐに行動を開始した。
そんな中からシーシアが代表して命子たちの下へやってきた。
「ご協力ありがとうございました」
そう言って頭を下げるシーシアに、命子も頭を下げた。
「私のほうこそ、ありがとうございました」
何に対してのお礼なのかは言わなかった。
それを言ってしまうと、萌々子とアリアが本格的に悪者になってしまいそうで嫌だった。
けれど、キスミア人であるシーシアとしては、ネチュマスの件は別に気になっていなかった。
欠けたレリーフのピースが目の前にあれば、恐らくは誰もが同じことをしただろうから。
ニャルムットが酷いことになったらそうも言っていられなかっただろうし、ネチュマスが出現すると分かっていて萌々子たちがレリーフを起動させたのなら問題視するが、どちらも当てはまっていない。結果としては速やかに対処できたので、まあ良いのだ。
それよりもキスミア人として、守護猫フニャルーが顕現したことのほうが重大なことだった。
恐らく今日は国民の祝日になる。
キスミア人にとって、そんなレベルの大事件だったのだ。
ネチュマス掃討戦なんて、その付随でしかない。
だからアリアと萌々子を悪く思うことはなかった。
まあ、それはキスミア人の考えであり、自分を下にして考えがちな日本人である命子は、恐縮してしまっていた。
そんな命子の頭をガシガシと馬場が撫でる。
「大丈夫大丈夫! それよりもほら、せっかくだしペロニャの秘宝を見ておきましょう!」
「はい……はい!」
馬場の陽気な声に、命子は苦笑いを浮かべてから、しっかりと笑った。
「あっ、だけど、あのあの馬場さん。あのね。早くモモちゃんのところに行ってあげたいの」
ペロニャの秘宝も気になるけれど、命子は萌々子が本当に良くなっているか気になった。
馬場は頷く。
「そうね。それじゃあ、もう起動しないかだけ確認して戻りましょう」
それは重要なことなので、命子も了承する。
「そういえば、ネチュマスは何かを落としましたか?」
命子の質問に、馬場は首を横に振った。
「他のネズミたちもそうだけど、一切ドロップの類は落とさなかったわね。ただ、レベルは上がるみたい。私は上がらなかったけど」
地上に出てくる魔物がそうなのか、ペロニャの秘宝だからなのかは分からない。
なんにせよ、今回のリザルトはステータスアップ以外になかった。
そんなことを話しながら地下空洞の中央付近まで移動する。
この空間にあるのは、精霊石製の水車が2つに精霊石製のレリーフ、無数の精霊石だ。
精霊石は萌々子たちが付けたネーミングなので命子たちにとってはどれも水晶なわけだが、命子はどれがペロニャの秘宝なのか分からなかった。どちらかというと、水車が一番凄く見える。
「アリアちゃんの話だとレリーフを完成させたら起動しちゃったみたいね」
というわけでレリーフを見てみるが、全体に亀裂が走っていた。
「魔物を召喚する装置だったんでしょうか?」
「事実だけを見ればそうね。まあ後のことは調査団に任せないと分からないわね」
「あっ、シャーラデス! こっちにはメリスがいるデース!」
命子と馬場が話していると、ルルが言った。
見れば、ささらやメリスの姿をした精霊たちがレリーフに近寄り、レリーフの中に入っていく。
紫蓮は周りを見回す。
この空間の水晶製の物には全て精霊が宿っていた。
そこから自分の考えを口にした。
「このレリーフにも元々は精霊が宿っていた?」
萌々子たちに聞けばそれが是であると分かることだが、それを知らない一同は紫蓮の言葉に頷く。
「キスミア……特にペロニャは謎が多いからね。まあ綺麗な物を見れてラッキーくらいに思っておきなさい」
レリーフは水晶が消失してしまっているわけではないし、ここに描かれていた模様は再現できるだろう。
再現し、もう一度使うかどうかは、研究者や国が決めることだ。
果たして同じ結果になるかどうかは分からないが。
なんにしても、この場はもう大丈夫そうなので、命子たちは戻ることにした。
地上に戻ると、命子たちはすぐに萌々子が搬送された病院に向かった。
すでに萌々子の検査は終わっており、病室ですやすやと眠っている。
その隣ではアリアが椅子に座り、萌々子の手を握っていた。その反対側では命子の両親がもう一人の娘の無事に安心したような顔をした。
「ただいま、アリアちゃん」
命子が言うと、アリアは安堵したのか泣き笑いした。
命子はそんなアリアの頭を撫でる。
「全部片づけてきたよ。もう大丈夫だからね」
アリアはコクンと頷く。
命子は、さっきろくに話せなかったアリアに語り掛ける。
「モモちゃんは頼もしかった?」
「ぐずぅ! アリアをずっと守っててくれたのれしゅ……っ」
「そっか。さすがモモちゃんだね」
命子は笑いながらベッドで眠る萌々子の頭を撫でる。
「……お姉ちゃん?」
すると、ふわりと萌々子の意識が戻ってきた。
萌々子は自分の頭を撫でる命子に、弱々しく笑いかける。
「痛いところはない、モモちゃん?」
「ないよ、疲れちゃっただけ。ふふっ、モモちゃんなんてこの歳で恥ずかしい」
萌々子にそう言われ、命子はハタとした。
いつの間にか子供の頃の呼び名に戻っていると気づいたのだ。
けれど、それも良いかな、と改めないことにした。
「ごめんね、お姉ちゃん。修行したのに上手にできなかったよ」
「そんなことないよ。モモちゃんは立派だったよ。最後の最後まで頑張ったんだからね」
「そうかなぁ?」
ぽわっと天井を見つめる萌々子の手をアリアがギュッと握った。
「そうれしゅ! ぐずぅ! アリアを守ってくれたのれす!」
「わっ、アリアちゃん。アリアちゃんも無事で良かった。ニャビュルちゃんは?」
「ニャビュルも無事なのれす。でも病院でお休みしてるのれす」
「そっか、良かった……」
萌々子はそこで大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「お姉ちゃん、ネチュマスは?」
「お姉ちゃんたちがぶっ飛ばしてきたよ。だから安心して」
「そっか、さすがお姉ちゃん……ふふっ」
萌々子はそう言って笑うと、安心したようにまた眠り始めた。
小さな身体で無理をしたのだろう。
そんな萌々子の姿に命子は唇をギュッと噛んだ。
「ごめん。ちょっとおトイレに行ってくるよ」
命子は病室を後にした。
病室を後にして、命子は中庭のベンチで1人座る。
キスミアの守護猫フニャルーが顕現したことは、22時を回る今でも町を賑わせ、命子の下まで喧騒を届けている。
キスミア人にとっては最高にご機嫌な夜になっているけれど、その片隅で、命子は1人お膝を丸め、その中に顔を埋めて涙を流した。
――自分がキスミアで冒険をしたいなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんじゃないか。
雪ダンジョンからの帰り道、命子はずっとそんな風に思っていた。
――そもそも、自分がダンジョンに夢中にならなければ……
結果的に全員が無事だったけれど、一歩間違えれば萌々子は死んでいた。
その『もしも』が命子に恐怖させる。
「命子」
そんな命子の前に、命子父が立った。
いつも聞いているその声に、命子は顔を上げなくても誰だかわかった。
「お父さん……ぐすぅ!」
鼻を啜り、命子は顔を上げた。
そうして、涙で濡れた命子の目が見開かれる。
お父さんが命子に向けて深く頭を下げていたのだ。
「な、なんで……?」
家族を危険に晒してしまったのは自分だと思っている命子は、混乱した。
謝るべきなのは自分なのに、と。
命子がそうやって口を開こうとする前に、お父さんが言った。
命子は謝罪だと思ったけれど、それは感謝の言葉だった。
「命子。萌々子を強くしてくれてありがとう。不甲斐ない父の代わりに萌々子を守ってくれてありがとう」
「だ、だけど、私のせいでモモちゃんはキスミアに来て……穴に落ちちゃって……」
「こんなことになるなんて誰だって分かりはしないよ」
お父さんは顔を上げ、命子の瞳を見つめた。
「だけどな、命子。未知が溢れた世界になって、いつ魔物が出てもおかしくない世界になって……そんな世界で生き抜く術をみんなに教える命子の活動が、今日、萌々子を助けてくれたんだ。命子の言うことは正しかった。萌々子に戦い方を教えてくれてありがとう……っ!」
再び頭を下げるお父さんは、今日、何度も悔しい想いをした。
レベルを上げ、筋トレをし、身体能力を向上させてきたお父さん。
けれど、スペックや手際の差から自分の娘を助けるための穴を掘る活動にも参加させてもらえず。
猫たちの導きで発見した地下での出来事にも戦力外通告を出され。
娘が戦う中で、自分はもう1人の娘の傍らで神頼みするしかできず。
この子たちを必ず守り通す。
命子と萌々子が生まれた日にそう誓ったのに。
ダンジョンで遭難したわけではなく、自分のすぐそばで起こっていたことなのに。
いざ、蓋を開けてみれば反吐が出るほど情けない父親だった。
お父さんは、奥歯が割れそうなほど歯を食いしばり、涙を堪えた。
そんなお父さんの姿に、命子は衝撃を受けた。
萌々子がいなくなり、家族を心配する心というものを本当に理解し。
傷ついた萌々子の姿を見て。
命子は、冒険者はもう引退しようなんて気持ちにさえなっていたけれど、お父さんの言葉を聞いていてその気持ちが薄れていく。
「そう、そうだったっけ……」
命子は思い出す。
いっぱい冒険して、魔物に備える。
自分は楽しく、世の中の人は安全になる。
新しくなったこの世界を、そうやって楽しく生きていこうと思っていたじゃないか。
そして、その活動が、他でもない真っ先に萌々子を助けたのだ。
きっとこの先、萌々子のような事態に陥る人はたくさん出てくるだろう。
ペロニャの秘宝のように特殊な事例はそうそうないだろうけれど、変わりゆく世界の気配がそんな風に命子に囁くのだ。
だったら、もっともっと新しい世界を楽しまなければならない。
そうして、色々な情報をみんなに届けよう。
命子はグシグシと涙を拭った。
涙と一緒に命子の心から萌々子に訪れたかもしれない『もしも』に対する恐怖が拭われていく。
そうして、涙が綺麗さっぱりなくなった顔でドヤっとした。
「ふ、ふふっ、そうだね。よし、じゃあ日本に帰ったらお父さんは猛特訓だからね!?」
「ああ、そうだな。よろしく頼むよ」
お父さんは強い眼差しで頷いた。
読んでくださりありがとうございます
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。