5-22 ネチュマス戦
本日もよろしくお願いします。
命子たちは、魔物が掃討された階段を下へ下へと降りていく。
その道中で、アリアから話を聞いた馬場の説明を命子と紫蓮は聞く。
「じゃあ、ネズミが出てきたのはモモちゃんたちのせいなんですか?」
「うーん、究極的にはそうだけど。でもこうなるなんて分かりっこないわよ。結局、遅いか早いかの違いで、萌々子ちゃんたちが救い出された後に研究者が起動させてたでしょうしね。起動するなんて思わずにさ」
「そう……そうですよね。でも……」
これで誰かが死んでしまったら萌々子たちはどう思うだろう、と命子は思った。
その気持ちを感じ取った馬場は、命子に言った。
「こういう時のために軍人や自衛官はいるのよ。だから全部任せておけばいいの。まあピンチだったら手伝うくらいの心積もりでね?」
「……はい」
命子は素直に頷いた。
馬場の言うことは正論だと分かる。
けれど、姉として自分が解決の一助になれば、萌々子の心が軽くなるんじゃないかとも思えてならない。
下に降りていくと壁に精霊石がぽつぽつと現れ始めた。
光り輝く不思議な鉱石からは、ささらと同じ顔の精霊が顔を出す。その手には自分と同じ光でできたサーベルでえいえいしている。
さらにその隣では、ルルの顔をした精霊が二刀流でえいえいしている。
「ささら精霊にルル精霊……」
シリアスな感情を宿していた命子の心に、ワクワク成分が注入される。
下へ行くほど精霊石の数は増し、明かりは全く必要ないほどだ。
予想以上に深い場所で探検していた萌々子を想うと、命子は何か込み上げてくるものがあった。
戦いの音が近づいてくる。
命子たちは足を速め、戦場に辿り着いた。
そこでは攻め寄せてくる50センチから1メートル弱程度のネズミに対して、ささらたち、キスミア軍、キスミア猫の混成チームは、陣を敷いて戦っている。
戦場となっている地下空間の壁にはあちこちに精霊石が生えており、多くの精霊が戦いを観戦している。
ネズミたちは全部がF級だ。ボスの等級は不明。
この場の誰もが知らないことだが、今まではG級も投入されていたのだがその姿は超巨大猫の咆哮以降は見当たらなくなっていた。
ささら、ルル、シーシア、他キスミア軍人が武器を振るいまくる背後には空間が出来上がり、メリスと他数名のキスミア軍人、十数匹のキスミア猫が待機している。
命子たちが来ると同時に1人のキスミア軍人が氷の魔法で弾かれ、その開いた穴をすぐさま待機中の人が埋める。
「メリスちゃん、大丈夫!?」
命子は座り込んでいるメリスに慌てて駆け寄った。
「ニャウ。お主のモモコは大丈夫デス?」
「うん。大丈夫だったよ。ありがとう、メリスちゃん」
命子の萌々子ではないが、意を汲んでお礼を言う命子。
「にゅふふ。キャムは可愛いデスな。無事で良かったデス」
妹を意味するキャムがなんなのか命子には分からなかったけれど、なんにしてもメリスはただ休憩中のようなので安心して命子は笑った。
『手伝えることはありますか?』
一方、馬場は待機組のキスミア軍人に問うた。
ささらたちを回収して撤退を考えていた馬場だが、援軍が来るまで無理だと判断した。ささらたちがこの陣の要になってしまっているのだ。
話を聞いた馬場は、命子たちに向き直る。
「2人とも、さっきあんなこと言った後で悪いけど出番だわ。氷の魔法を使うネズミが後方にいるみたい。杖を持ってるやつね。それを倒してほしいとお願いされたわ」
「分かりました!」
戦えるとは思っていなかった命子は、やる気を漲らせる。
萌々子の御礼参りだ。
子供たちの戦闘への参加に踏み切った馬場のほうは、あのボスが物凄く強いようならキスミア軍を見捨ててでも子供たちを逃げさせなくてはならないと、そのタイミングの見極めに神経を注ぐことにした。
「ネチュマスは魔法使いの援軍が来たら一気に叩くから攻撃しないで。あと、フレンドリーファイヤーだけは気をつけてね!」
命子はすぐさま行動を開始した。
紫蓮もジョブを変更して『見習い火魔法使い』になる。相手が氷魔法を使う以上、他の属性は不要と考えた紫蓮は、迷わず『見習い火魔法使い』になったのだ。1属性しか使わないのなら『見習い魔導書士』よりも強いからだ。
命子は近くの岩の上に登り、杖を持っているネズミを探す。
多くのネズミで床が埋め尽くされている空間の中、命子は一瞬にして複数の魔法ネズミを発見した。
同時に、この戦闘フィールドの欠点も理解できた。
キスミア軍に待機組がいたように、ここは大人数で戦うには狭すぎるのだ。
大人数を投入できないから殲滅速度はそこまで上がらないのである。
命子は、火と土の魔導書に魔法を灯すと、すぐに狙撃を始める。
命子の斜め上方に配置された2つの魔導書から魔法が飛んでいく。
角度のついた射線から放たれる魔法が、魔法ネズミたちを撃ち抜いていく。
一撃では倒せないが、攻撃を与えることで相手の魔法がキャンセルされていく。
目立つ場所にいる命子に向かってあちらからも氷の魔法が飛んでくる。
命子は石の上で器用に身体を逸らして回避し、避けられそうにない魔法は精霊石の剣とサーベルで軌道を変えて受け流していく。
自身はそうやって攻撃を回避しながら、魔導書を遠隔操作してどんどん魔法を放つ。
魔導書に触れたことのある者が口を揃えて『扱いが凄く難しい。遠隔魔法は特に』と評することを、命子はまるで手足を動かすように続けた。
そうやって精霊石の剣を使った命子だったが、その切れ味に違和感を覚えた。
明らかにサーベルよりも強いのだ。
「やっぱり精霊さんもモモちゃんを守ってくれたんだね。ありがとう」
命子の言葉が分かったわけではないだろうけれど、光子はピカピカと光った。
一方、命子の様子をチラリと見た馬場は、目を見開く。
やっぱり紫色の炎が命子の目の周りに出ているのだ。
あれがマナ進化をしたということなのかしら、と考え始めた思考を振り払い、自分もネズミの掃討に加わった。
馬場は自分でも魔法ネズミのヘイトを奪えるように立ち回り、命子へ向かう魔法を減らしていく。
紫蓮は【火魔法】の火弾を放ちまくる。
紫蓮はキスミア軍人のお姉さんとタッグを組み、命子と同じように岩の上から狙撃だ。
盾職のお姉さんに守られながら、氷の魔法が放たれた方向にすぐさま反撃の火弾を放っていく。
魔法使い系のジョブになったのは練習で数えるくらいしかないが、魔法ネズミにヒットしなくても無駄弾にならないくらいにネズミがいるので問題ない。
こうして今まで戦いの邪魔をしてきた魔法ネズミが命子たちを狙い始めたことで、近接組の殲滅速度が格段に上がった。
周りに仲間がいるのでスラッシュソードが使えないささらは、フェザーソードで敵を斬り刻む。
ルルは高威力の技こそないが、素早い攻撃でネズミを倒していく。
戦線に復帰したメリスもルルと共に踊るように敵を斬り刻んでいく。
でかいネズミとはいえ、人間よりもずっと小さい。
だから戦線を維持している前衛は1対1では戦えない。
1対3は当たり前になりそうな戦場だったが、キスミア猫の翻弄するような戦い方によって、前衛に掛かる負担は軽減される。
この様子に焦ったネチュマスは、笛を激しく吹いた。
その瞬間、全てのネズミから赤いオーラが立ち上がり、反対にネチュマスは疲れたのかぜーはーと息を吐き、笛を吹くのを一時中断した。
命子はその現象に酷似した物を見たことがあった。
無限鳥居でタヌキが使う杵ウサギや市松人形に対するバフである。ボスが使う以上はあれよりも強力かもしれない。
「強化された可能性が高いよ!」
命子が叫ぶと、ルルが気を利かせてキスミア語で同じことを叫ぶ。
命子とルルの注意を聞いて気を引き締める一団。
そして、実際にネズミたちは強化されていた。
攻撃、防御、素早さが今までよりも高くなっている。
対応できないわけではないが、殲滅速度は再び下がった。
命子はギンッと目を見開き、速度の上がった相手の魔法を回避し、反対にこちらの魔法を的確にヒットさせていく。
命子の瞳が怪し気な炎を纏い、共鳴するように魔導書にも紫色の炎が灯る。
命子は必死過ぎて自分の変化に気づかない。
視界に収まった物の位置情報が瞬時に理解でき、今まで以上に多角的に魔導書を扱えていることに。
視界の端から飛んできた氷の塊を剣で薙ぎ、ほとんど見えてもいない発射点へ向けて魔法をお返しする。
命子は、日々の修行が今、力になっているのだ、と小さな身体で一生懸命に剣を振るい魔導書を操作し続ける。
そうこうしているうちに、魔法使いの援軍が階段を下りてきた。
ささらたちが広げた陣の内側に8人の魔法使いが並び、すぐに戦闘準備に入る。
先ほど命子たちとすれ違った伝令がどのような場所で戦っているのか伝えていたようで、全員が持ってきた台に乗って射線を確保している。
ついにボスへの攻撃が始まる。
「2人とも合わせなさい!」
馬場の言葉に命子と紫蓮が魔法部隊と同じように魔法を待機させる。
『放て!』
号令と共に魔法部隊から魔法が放たれる。
魔法は仲間たちの頭の上を越え、ネチュマスに殺到する。
命子たちもそれに合わせて各自魔法を放った。
ネチュマスはこれはいかんと身を屈めた。
それでも周りのネズミよりも大きいためにヒットするかと命子が思ったところで、周辺にいたネズミが一斉にジャンプして盾となった。
これによって全ての魔法がネチュマスに届かなかったのだが、実は命子たちがくる以前に遠距離攻撃は試され、分かっていた行動パターンだった。
故にこれからはガンガン魔法を放ってゴリ押すことになる。
魔法部隊だけでなく、命子も紫蓮も馬場も問答無用で魔法を放ちまくる。
ピョンピョンとネズミがジャンプして守るも全てを防ぐことはできないうえに、防げば防ぐだけネズミたちはダメージを負い徐々に数を減らしていく。
「ヂュアァアアア!」
命子の放った火弾がネチュマスにヒットする。
「これはニャビュルちゃんの分!」
命子がそう言うと、紫蓮がピクッと反応した。
シリアスモードな命子なので決して狙って言ったわけではない。
紫蓮も盾職お姉さんの後ろで火魔法の連打を再開する。
また命子の魔法がネチュマスにヒットする。
魔導書を天井スレスレの高さに配置して角度をつけたショットは、魔法部隊に先んじてネチュマスにたくさんヒットしていた。
「これはアリアちゃんの分!」
遠距離組の活躍により、ネズミたちがどんどん数を減らしていく。
ささらたち前衛に掛かる圧は一気に減っていき、代わりにネチュマスの防衛に回るネズミが増えていく。
ささらたちは前進することなく、そのままその場で壁役として陣を維持し続ける。
「そして、これはモモちゃんの分だ! ずっとモモちゃんのターン!」
魔力は大盤振る舞いで使われているため、残り50を切った。
10発分全部が萌々子の分である。
再装填したそばからどんどん魔法が放たれていき、その全てがネチュマスにヒットする。
周りのネズミは必死でジャンプするが、命子の魔法に対してはほとんど役に立っていない。
ネチュマスは誰も知らないボスだ。
名前だってアリアが言い始めたにすぎない。
どれくらい強いのかというのも当然誰も知らなかった。
魔法の連打を喰らい、ネチュマスはあっという間に瀕死になった。
召喚師タイプなので、恐らく1パーティで挑めば大変に苦労するボスなのだろうが、こちらはキスミア猫を合わせれば6パーティを上回る数だ。分が悪すぎた。
「ヂュォオオオオ!」
瀕死に陥ったネチュマスがキレた。
己の手で笛をへし折り、そこから黒いオーラが噴き出す。
オーラはネチュマスの身体を包むと、厳つい兜と鎧に変化した。
周りで生き残っているネズミたちもまた兜と鎧を纏う。
遠距離組は変身の最中だろうと構わず魔法を放ちまくるが削りきれず。
そうして変身を終えたネチュマスが目を付けたのは、岩の上にいる命子だった。
誰が一番チクチクと自分にダメージを与えていたのか、ネチュマスは分かっていたのだ。
ネチュマスは四足で走り出す。
自分の手下を弾き飛ばしながら一直線で命子に向かってきた。
その進路にいたささらが慌てて飛び退き、受け身を取った先にいたネズミをメリスが斬り飛ばし、メリスの背後から迫るネズミをささらが突き刺して倒す。
喧嘩から始まった2人は背中合わせになって鎧を装備したネズミたちと戦い始めた。
「命子ちゃん逃げて! スネイクバインド!」
「羊谷命子!」
馬場が【鞭技】でネチュマスの足を絡めとり、紫蓮が火魔法でネチュマスの横顔を焼く。
鞭によりバランスを崩したネチュマスだったが、疾走する巨体を引き留められるほどの筋力は馬場になく、鞭が手から飛んでいく。
そこへルルが天井から降ってきた。
落下の勢いを利用して、鎧の隙間に忍者刀を突き入れる。
「キスミアで好き勝手はさせないデス!」
忍者刀をネチュマスの身体に残してルルはその場を離れると、着地と同時にすぐに小鎌と短刀を抜いて構えた。
「ヂュボォオオ!?」
これには堪らず、ネチュマスは身体を起こした。
命子は、そんなネチュマスの顔にすかさず火弾と土弾を放つ。
手で顔を掻きむしりながら一歩、二歩と後退するネチュマスに、キスミア猫たちが殺到する。
ルルと同じように、キスミアで好き勝手させるものか、とでも言うように爪で牙でネチュマスに攻撃していく。
命子は岩から飛び降りた。
そうして、精霊石の剣を構える。
サーベルではない。コイツにとどめを刺すのなら、萌々子が使っていたであろうこの剣でだ。
命子は、無防備なネチュマスの喉に向けて精霊石の剣を突き入れた。
「モモちゃんを苛めたお返しだよ」
紫色の血が噴き出す中で、命子は精霊石の剣を横に薙いだ。
まるで抵抗を感じず、精霊石の剣は骨を断ち肉を切り裂いた。
致命の攻撃を入れた命子だがその場に留まらずに、すぐに飛びのいて油断せずに構えた。
かつて市松人形と戦った命子は、初見の魔物に対して光になって消えるまで油断しないよう強く教訓を得ているのだ。
ネチュマスはドシャリと背後に倒れた。
そうして時を待たずにボスを倒した時と同様の激しい光の奔流が立ち上がる。
ネチュマスが消えると、他のネズミたちも光になって消えていった。
その光景を見て、命子たちはほぅっと息を吐いて、決着を実感したのだった。
一方、地上ではキスミア猫が穴から出てくるネズミたちに対して、大暴れしていた。
キスミア人がそれを止めるとにゃーにゃーと珍しく文句を言うので、仕方なく両者は話し合い、キスミア軍人がネズミを無力化し、キスミア猫がとどめを刺すという手順で落ち着いた。
初級装備のないキスミア猫は紙装甲なので、これが一番間違いがない戦法なのだ。
それが15分ほど続くと、穴から出てくるネズミが徐々に減っていく。
そして、その後ぱたりとネズミは出てこなくなった。
ニャルムット市内では、『魔物が出現したので警戒せよ』と警戒態勢が発令された。
アイルプ家を中心に、半径1キロ圏内でキスミア軍が展開し、同時に民間人の避難誘導が行われる。
しかし、結局、アイルプ家にできた穴以外から魔物が出てくることはなく、ネチュマスの討伐により事態は終息することになる。
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