5-21 自慢の妹
本日もよろしくお願いします。
重大なヒントを得た萌々子は、アリアに報告するために九十九折の階段を下りていく。
すぐに戦闘音が聞こえ始めた。
「近い!? どういうこと!?」
敵を食い止めていた位置は、最上階から結構下だった。
けれど、今では戦線を下げたのか随分上で戦っていた。
「アリアちゃん!」
「モモコちゃん! え、F級の魔物が攻めてきたのれす!」
「マジか!」
見れば、確かに地球さんTVで見た覚えのあるネズミ型の魔物が昇ってきている。
初級装備を身にまとったニャビュルは戦えているものの、きつそうだ。
ニャビュルは敵を倒すことに執着せずに、階段から突き落として後続を巻き込み時間稼ぎをしている。
「こっちもヒントがあったよ! たぶん真上に出口があるはず!」
「ホントれすか!? すぐ行くのれす!」
そうして最上階へ行こうと思った矢先のことである。
唐突に、異変が起こった。
まず、敵味方関係なく萌々子以外の全員が動きを止めたのだ。
そして、すぐにアリアは額から汗を噴き出し、前かがみで胸を押さえる。
ニャビュルもホケーッと虚空を見つめ始める。
ネズミたちの行動はもっと顕著だった。
何かに怯えたように階段を降り始め、ガタガタ震え、中には光になって消えていく魔物もいた。
さらに、階下から狂ったようなネズミの鳴き声が聞こえた。ネチュマスの鳴き声だと萌々子はゾッとする。
萌々子の持つ精霊石の剣からも光子が出てくる。
その姿は萌々子を真似た物ではなく、猫の姿をしていた。わたわたと両手を動かして猫にはできない動きをしている。
「アリアちゃん! しっかりして、どうしたの!?」
「わ、分からないのれす……もしかしたらアリアは死ぬかもしれないのれす……」
アリアは唐突に激しい動悸に見舞われ、病気を疑った。
まず正気に返ったのはネズミたちだった。
階下からのネチュマスの鳴き声に押されるようにして、再び階段を上り始める。
F級の魔物故に、その足取りはG級よりも幾分軽やかだ。
「フシャニャゴー!」
その直後にニャビュルも正気に返り、戦闘を再開する。
そうして、最後にアリアが正気を取り戻し、萌々子に手を引かれて階段を上り始めた。
最上階まで来た萌々子は、すぐにステータスを確認する。
魔力は『11/71』まで回復していた。
「アリアちゃん、これで最後の魔力だよ。失敗したらごめんね」
「ノーア、きっと成功するのれす!」
「うん! 光子、お願い、あそこの煉瓦に穴を開けて!」
萌々子は強くイメージして光子にお願いする。
イメージと共に魔力を受け取った光子は、精霊石の剣から飛び出した。
その姿は萌々子の物に戻っており、萌々子の出すミッションが楽しいのかわたわたと手を動かした。
光子は250センチほどの高さにある天井へ手を付けると、覚えたばかりの穴開けを行なった。
正直、天井に出口があるという確証はなく、石でもあったら終わりだった。
慎重さを蹴ってまで萌々子を賭けに出させたのは、F級の魔物が攻めてきたからに他ならない。
果たして、光子が開けた穴の先には暗闇に満ちた空間が広がっていた。
それが出口である保証はないが、ネズミたちが登ってくる時間を大分稼げることは間違いなかった。
「やったのれす!」
「うん! あとはあそこまでどう登るかだけど……」
萌々子はポシェットからニャビュルが持ってきてくれたロープを取り出した。
コイツのせいでポシェットはパンパンになっていたため、捨てようかな、などと何度となく思ったものだが、ここに来て捨てなくてよかったと心底思った。
萌々子はまず、アリアを上に行かせることにした。
壁の端っこで屈み、肩の上にアリアを乗せる。
そうしてゆっくりと立ち上がり、アリアにも肩の上でさらに立ち上がってもらう。
「ひぅううう、モモコちゃん、乗っちゃってごめんなさいれすぅ!」
「大丈夫! な、なんてことないよ!」
萌々子は歯を食いしばってアリアを支える。
修行をしてこなかったら絶対にできないことだなと、萌々子はこれまでの自分の頑張りを誇らしく思って、危機的状況だけれどほんのりと笑った。
壁を補助にしながらアリアが完全に立ち上がる。
そうしたら今度はアリアに天井に手をついてバランスを取ってもらい、萌々子は穴が開いている部分までゆっくりと移動した。
すぐ近くではニャビュルが必死にネズミたちと戦っている。
何度となくダメージを負い、それでもニャビュルは立ち上がってネズミたちと果敢に戦い続ける。
「にゃぅうう、うんしょっ! うんしょっ!」
穴の縁に手を掛けたアリアは頑張ってよじ登る。
萌々子も手を伸ばして足の裏を押し、その補助をした。
「の、登れたのれす!」
「よ、よし……! じゃあこれを!」
萌々子はすぐにロープをアリアに渡した。
「落ちないように引き上げてね!」
「にゃ、ニャウ!」
アリアとてレベルアップした子だ。
見た目は小さいけれど、そこそこの筋力はあった。
まずは自分から。
そして、萌々子が上に行き次第、ニャビュルにロープを咥えてもらって引き上げる。もしかしたらニャビュルならそのままジャンプで上まで来れるかもしれない。
現実的なプランを頭の中で練っていった萌々子だが、それが直後に壊れた。
「みぎゃっ!」
ずんぐりとしたモルモットの一撃を受けて、ニャビュルが弾き飛ばされて壁に打ち付けられた。
萌々子はすぐさま精霊石の剣を手に取ると、巨大モルモットに斬りかかる。
ニャビュルが何回か攻撃していたようで、その一撃で巨大モルモットは光に還るが、その背後にはネズミたちが列を連ねていた。
「ひぅ……っ! ニャビュルちゃん、ごめん!」
萌々子は転がるようにニャビュルへ近づくと、ぐったりとしたその小さな身体を上層へ放り投げる。
アリアがそれを慌ててキャッチする。
「モモコちゃん、早く! 早く来るのれすーっ!」
萌々子は大急ぎでロープに掴まる。
アリアもすぐにロープを引っ張り始めた。
12歳の少女が引っ張っているとは思えないスピードで引き上げられる。
すぐにネズミたちの攻撃範囲から逃れ、萌々子はホッとした。
しかし、次の瞬間。
一つ下の踊り場で、杖を持ったネズミが氷の塊を飛ばしてきた。
ギョッとした萌々子は咄嗟にロープから手を放し、片手に持っていた精霊石の剣の腹で氷の塊をガードした。
「あぐッ!」
精霊石の剣により魔法攻撃こそ防いだが、軽い身体の萌々子はその衝撃で壁に叩きつけられた。
「モモコちゃーんっ!」
アリアは穴の下に手を伸ばした。
もう自分が降りるしかない、そう覚悟を決めた瞬間。
1人の少女が凄まじい勢いで穴に飛び込んでいった。
「モモコちゃーん!」
アリアが叫ぶ姿を見た命子は、全速力で短い通路を駆け抜ける。
剣を抜き放ち、魔導書を浮かべ、ジャンプする。
弾丸のように駆け抜けた命子は穴の上でぐるりと身体を逆さにすると、ギンッと真下にある穴の中を見つめる。
その直後、足の裏に移動させた魔導書を蹴りつけることで急加速を得ながら、穴の中へ流星のように落下した。
命子が落下した道筋には青紫色の細い線が薄らと残り、ふわりと虚空に消えていく。
命子は、真下にいたネズミの魔物をサーベルで串刺しにする。
サーベルは魔物の脳天を突き抜け、さらにその下の石の床へと深々と突き刺さった。
命子はゴロンと転がって受け身を取ると、サブウエポンのサーベルを抜き放って目の前のネズミを斬りつけた。
「モモちゃんに酷いことをして……お前らぶっこぉすぞっ!」
命子は階段に列を作るネズミ共に向かって激怒した。
倒れ伏す萌々子はそんな姉の後ろ姿を見て、嬉し涙を一筋零しながら笑った。
そうして安心したように意識を手放すのだった。
ネズミたちは命子の剣幕に一瞬たじろぐが、すぐに進攻を再開する。
「メーコ、ここはワタシたちがやるデス! シャーラ、メリス! 行くデス!」
「任せてくださいですわ」
「ふんす! お主はモモコにゃのデスよ!」
下に降りてきたささらとルル、メリスが、命子を下がらせる。
ささらとルルも、可愛がっていた友達の妹を傷つけたネズミ共に怒りを覚えていた。ふんすと気合をいれるメリスもまた妹がいる身なので、命子に酷く共感を覚えていた。
ささらが階段の上で敵を斬り始め、ルルが壁走りで下の踊り場まで駆けていく。
本気のジョブに変えている2人は凄まじい速度でネズミたちを倒していった。
メリスはルルが開けた踊り場の空白地帯に大ジャンプで降り立ち、ささらのほうへ向かって敵を挟み込んでいく。
さらに、シーシアや初級装備を纏ったキスミア猫たちがワラワラと穴から降りてきて、その戦闘に加わっていく。
その場をみんなに任せ、命子は萌々子に駆け寄った。
萌々子は気を失っているが、死んではいない。
「モモちゃん、モモちゃん……っ!」
命子はポロポロと涙を流し、サーベルを放って萌々子を抱きしめた。
「羊谷命子、中級回復薬」
「あぃがとぅ、しぇんちゃん……」
その傍らに紫蓮が降り立ち、命子に虎の子の中級回復薬を渡す。
命子は嗚咽の混じる声で、それを受け取ったのだが。
「だ、ダメなのれす! モモコちゃんは魔力がないのれす!」
それを見ていたアリアが穴の上から叫んだ。
その言葉に、回復薬を摘まんでいた命子の指が止まる。
「どういうこと?」
紫蓮が問うと、アリアは答えた。
「精霊さんに全部魔力をあげちゃったのれすぅ、アリアを助けるために全部あげちゃったのれすぅ!」
そう言って、アリアはワンワン泣き始めた。
どうやらアリアの両親も降りてきたようで、同じく大人のすすり泣く声がする。
精霊という言葉に、命子たちは困惑した。
そんな命子に、紫蓮が近くに転がっている精霊石の剣を指さして教えた。
「羊谷命子、見て。精霊」
精霊石の剣からは、萌々子にそっくりの小さな存在が上半身を出していた。
命子と紫蓮の姿を見て、わたわたと陽気に手を振って楽し気にしている。
「命子ちゃん、低級回復薬を飲ませなさい」
上から降りてきた馬場が言う。
「だけど、魔力が減っているって話です」
まともに受け答えできそうにない命子に代わって、紫蓮が尋ねる。
「上でアリアちゃんに話を聞いたわ。どうやら最後に魔力を使ったのは10分ほど前。スキルに割かれている魔力は萌々子ちゃんの場合14程度のはず。合わせて魔力は25程度あるはずよ。パッシブスキルはオフになっちゃうけど、これなら飲ませたほうが良いわ」
馬場はこの旅に参加している全員の魔力量を把握していた。
輸血の際に血液型を知る必要があるように、もしもの際に回復薬を投与するために知っておく必要がある情報だからだ。
「分かりました。羊谷命子、低級回復薬を飲まそう」
「うん……!」
命子や紫蓮は、回復薬については素人だ。
ネットで知識こそ集めているが、実際の服用は天狗戦でのそこまでピンチじゃない状況でのことに限っていた。
だから、多くの服用経験があるだろう自衛官の馬場のアドバイスを信じて、低級回復薬を萌々子に飲ませる。
すると身体が光り、萌々子は深い息を1つ吐いて、安らかな寝顔に変化した。
「魔力が回復したら次は中級を飲ませましょう」
「馬場しゃん、あぃがとぅ……」
「なんの」
命子は泥のついた萌々子の顔を優しく拭いた。
その傍らでは光子が精霊石の剣から抜け出て、気を失った萌々子の顔をジッと見つめている。
そんな光子の姿を見て、命子は感極まった。
「ぐずぅっ! モモちゃんも冒険したんだ。アリアちゃんを守って立派だったね。紫蓮ちゃん、見て。私の妹だよっ!」
「うん、立派。凄く立派な妹」
「うん!」
褒め讃えた紫蓮に、命子は涙で濡れた満面の笑みで答えた。
馬場は上から降りてきたロープを自分の体に結ぶ。
そうして、萌々子をお姫様抱っこして引き上げてもらう。
萌々子が引き上げられ、上層ではすぐさま命子の両親と滝沢、そしてアリアの泣く声が聞こえ始めた。
それを傍らで見つめていた馬場は、視線をそのまま穴の下へ向ける。
そこには剣呑な眼つきで紫蓮と話す命子の姿があった。
完全にネズミと戦う眼つきだ。
「見間違いかしら……いえ……」
そんな命子の瞳をじっと見つめて、馬場は呟いた。
萌々子を助けるために穴へと飛び込んだ命子。
魔導書を足蹴にして落下スピードを加速させたのも驚きだったが、それ以上に馬場が気になっているのは、身体を逆転した際に真下を見た命子の目についてだった。
穴の下の様子を視界に納めた命子は、目に青紫色の炎のような物を纏っていたのである。
命子が身体を逆さにしてから穴の下へ落ちるまで、まさに一瞬のことだったので見間違いの可能性もあるが……。
命子の目についてのエピソードで有名なのは、テレビで見せたクワッである。
地球儀を持ち帰った際の命子の演説を大江戸テレビで見ていた日本人は、全員が尻を浮かせたと言われている。
ネットでは未だにそれがネタにされるし、海外だと瞳術めいたその双眸が入れ墨になっていたりするほど人気が高い。
しかし、馬場はそれとは何か違う気がした。
死ぬ気でボスと戦ったことのある人間なら、当時の世界に対してという条件付きであれば同じことができるからだ。ただ、それと同時に人の心を打つような何かを付加させられる人間は少ないだろうけれど。
なんにしても、これは報告事案であった。
馬場は穴から飛び降り、ネズミ退治に行く命子たちの後を追った。
命子は馬場と一緒に上層へ行く萌々子を見送ると、グシィッと鼻を啜って涙を拭った。
「羊谷命子、どうする?」
「ネズミ共をぶっ殺しに行く」
「そう来なくっちゃ」
命子は地面に埋まったサーベルに手を掛けた。
シャンと音が鳴り、サーベルが抜かれる。
それを鞘に納めた命子は、ふと精霊石の剣が目に入った。
相変わらず光子はそこにいるが、萌々子が離れたことであわあわしている。
「妹はちょっと休憩だよ。ありがとう、君も萌々子と戦ってくれたんでしょ?」
命子が言うと、光子は首をコテンと傾げる。
よく分かっていなさそうだが、命子はつづけた。
「これからネズミを倒しに行くんだよ。君も行く?」
すると、光子は手をわたわた動かして笑った。
シスコンな命子は、妹と同じ姿の小さな生物に激しく萌えた。
精霊石の剣を手にした命子は、階段を降り始めた。
「アリアちゃんからの情報だと、ペロニャの遺産から出現した大きなネズミが敵を召喚してるらしいわ」
後ろからついてきた馬場が言う。
「ペロニャの遺産ですか?」
「どこの地域にもある秘宝伝説よ。それが実在して起動したみたいね」
「詳しく聞きたいところですが、後にしましょう。で、ネズミと言うと魔鼠雪原と関係が?」
「ザコ敵はそうみたいだけど、ボス情報は分からないわ。だから、ささらちゃんたちと合流したら私たちは見学だからね」
「……分かりました」
等級の分からない魔物は危険だ。
等級が上がる毎に攻撃力が跳ね上がるからである。
初見殺しの必殺技を持っているボスともなればなおのことである。
だから命子も素直に言うことを聞いた。
本当はネズミにお礼参りしたいけれど、我慢するしかない。
すぐにキスミア軍人が階段を登ってきた。
命子は気づかなかったが、ささらたちだけではなくシーシアや複数のキスミア軍人がこの階段を下に降りていた。
キスミア軍人は命子たちの姿を見て、戦いに参加させていいのかなぁ、といった顔をしたが、上から来た以上は誰かが許可を出したのだろうし下ではささらたちが絶賛大立ち回りをしている。
つまりは、まあいいのだろうと、敬礼して道を譲る。
そうして自身は伝令のために穴の下まで行った。
時を同じくして、地上。
萌々子たちが落ちた裏庭の周辺ではキスミア猫たちがお座りしていた。
キスミア軍人たちは猫たちの様子に疑問符を浮かべながら、穴を掘り続けている。
そうこうしていると、別ルートで救助が成功した旨が知らされ、一同は良かった良かったと笑い合った。
しかし、キスミア猫たちはそこから一歩も動かない。
『お前ら、どうしたんだ、ん?』
軍人の1人がキスミア猫の顎をこしょこしょして問いかけたその時。
「「「フシャニャゴー!」」」
キスミア猫たちが一斉に毛を逆立てて臨戦態勢に入った。
こしょこしょしていたキスミア軍人はびっくりして尻もちを搗き、他の軍人が猫たちの視線を追って目を見開く。
『ネズミだ! いや、これは魔物だぞ!?』
自分たちが掘った穴に内側からポコリと穴が開き、そこからキレキレの眼つきをしたネズミが一体顔を出したのだ。
しかし、キスミア軍人が対応するよりも早く、キスミア猫が大挙してネズミをリンチし始める。
初級装備を身につけた冒険猫が先陣を切り、最初に顔を見せたネズミの首根っこに噛みつくと、空中に投げ飛ばす。
それを他の冒険猫が空中で痛めつけ、地面に叩きつける。
そうして弱らせて地面に押さえつけると、レベルが上がっていないキスミア猫たちが引っかいたり噛みついたりしてとどめを刺していく。
人のやり方をよく見て学んだキスミア猫たちは、見様見真似で仲間たちをパワーレベリングし始めたのだ。
一方、キスミア軍人は大慌てだ。
すぐさまニャルムットに第一級警戒態勢が発令されるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みなっております。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。