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5-20 キスミア猫の大行進

 本日もよろしくお願いします。

「スィマ、メーコ! 乗りなさい!」


 ダンジョンから帰還した命子を迎えたのは、ダンジョンキャンプでお話ししたシーシアだった。

 軍車両から身を乗り出し、親指で後部座席を指さし乗れと言ってくれる。


「ありがとうございます、シーシアさん!」


「貴女たちが世界にくれた物に比べればなんてことないわ!」


 シーシアはそう言って、ハンドルの横にあるボタンを押した。

 すぐに車両の上からサイレンが鳴り始める。


 雪崩や遭難といった周囲を囲む山脈にまつわる災害が多いキスミアは、救助にいち早く向かうために軍の車両にもサイレンが搭載されているのだ。

 それを鳴らし、大急ぎで首都へと走り出す。


「状況はどうでしょうか?」


 馬場が尋ねる。

 後部座席では、命子を真ん中にしてサイドに紫蓮とささらが座る。

 2人は命子の手をギュッと握り、静かに話を聞いた。


 シーシアからは、救助の方法や状況が詳しく語られた。


 アイルプ家の裏庭は重機が入り込めるルートがないうえに、救助は慎重な作業が求められるので人力での掘削となっている。

 レベルアップやジョブで鍛えられた軍人の作業効率は、重機に劣らないスピードらしい。


 とはいえ、まだ萌々子たちが落ちたという穴には到達していないそうだ。

 なにせ推定10メートルから20メートルも下まで落ちているのだから、無理はない。

 この掘削作業は、ニャビュルの腰に括りつけられて土に埋まったロープが道しるべになっている。


 そうこうしているうちに、アイルプ家の敷地へ繋がる旧市街の道の前まで来た。

 ここから先の道は旧市街を分断しないため所々に陸橋があり、重い車両では入り込めない。


 車から降りた命子たちは、シーシアを先頭にしてアイルプ家へ走った。

 その速度は狭い道を安全運転する車よりよほど速い。


「これは……?」


 疾走しながら馬場が怪訝な顔をして周りを見回す。

 他のメンバーも1人また1人と馬場と同じような顔をし始める。


 屋根の上や塀の上に猫がやたらと多いのだ。

 白と薄青の毛並みはキスミア猫である。

 彼らは鳴き声一つ上げずに、月夜の空の下でただじっと座っていた。


 夜の旧市街の情景なんて知らない日本勢は、キスミアだしこういうものなのか、と意識を目視できるまでに近づきつつあるアイルプ家へと向けた。


 陸橋に差し掛かった瞬間のことだ。

 ルル、メリス、シーシアが同時に凄い勢いで左へ顔を向けて、急停止する。

 後続の命子たちは、急停止した3人にぶつからないように慌てて横へ避けつつ、止まった。


「ど、どうしたの!?」


「なんですの!?」


「うわぁ!?」


「ぴゃわっ!?」


 道路に指を突きながら滑って停止した馬場とささらが、3人に問う。

 前転しながら受け身を取って回避した命子と紫蓮も、困惑しながら3人を見つめる。


 3人はその問いかけに反応せず、揃って一方向を見つめていた。

 いや、3人だけではない。周囲の高いところに座る猫たちもまた1匹の例外もなく同じ方向を見つめている。


 命子たちは困惑しつつ、3人の視線を追って顔を向けて。


「「「っっっ!?」」」


 その光景を目にして、全員が息を飲んだ。


 新・旧市街の屋根が広がる町の遥か先には、満月に照らされたモルバール山脈が。

 いつもならその頂には香箱座りをした猫を横から見たような姿のキスミアの守護神・フニャルーが見えるのだが――


 山の頂には、一匹の猫が身体を立てて座っていた。


 十キロ近く離れているにもかかわらずはっきりと見えるその身体は……そう、超巨大なものだ。

 その姿は、真っ白な毛並みに黄金の瞳。そして、体の周りには青白い光を纏っており、その存在感を知らしめている。


 誰も声を出せない、視線も外せない。

 萌々子が心配な命子ですらも、ポカンと口を開けるしかなかった。


 満月の夜の中。

 この光景を、キスミア盆地で暮らす全てのキスミア猫が見つめていた。

 ルルたちと同じように多くのキスミア人もまた何かを感じ取り、フニャルーが見える位置まで移動し、口を開いた。

 旅行や仕事で来ている他国の人はキスミア人の異変に首を傾げ、この情景を見て驚愕する。


 町から人の喧騒は消え、虫の音すらも聞こえなくなる。

 旧市街に流れる水の音とそれを動力に動くキスミア水車の音ばかりが静寂の中でゆっくりと流れていた。


 幻覚を見ているのか、誰もがそう思った瞬間。


『ウナァアアアアアアア!』


 超巨大猫が凄まじい音量で鳴き声を上げた。


 その鳴き声は青い波紋となり、キスミア盆地に風のように広がっていく。


 命子、ささら、紫蓮、馬場は思わず両腕で顔を隠した。

 一方、ルル、メリス、シーシアは目を見開いて胸を押さえる。

 周りにいるキスミア猫たちもブルリと毛を逆立て、すぐにフレーメン反応を起こしたようにホケーッとした。


 キスミア盆地が再び静寂に包まれる。


 その中で、いち早く正気に返ったのはキスミア猫たちだった。


「「「ニャーッ!」」」


 巨大猫の咆哮に呼応するように、キスミア猫たちが鳴き声を上げる。

 キスミア盆地中で巻き起こったキスミア猫たちの大合唱だ。


 そして、首都ニャルムットに住むキスミア猫たちが動き出した。


 道を走り、塀を上り、屋根を飛び越え。

 キスミア猫たちはアイルプ家を目指して走り出す。


 ハッと気づいた命子は、超巨大猫へと視線を向けた。

 しかし、そこにあったのは満月の中でぼんやりと佇む香箱座りをしたいつものフニャルーであった。


「な、何が起こっているんですの……?」


 ささらが汗が滲んだ額を手で押さえながら、言う。


 その答えを命子は持ち合わせていない。

 しかし、一つだけ分かることがある。


「分からない……分からないけど……っ」


 この出来事の中心にはきっと妹がいる。

 キスミアの守護神が動くような事件に巻き込まれているのだ。


 一方、紫蓮と馬場はこの不思議な光景を見て、あの日の地球さんの言葉を思い出していた。

 龍の死骸の上で暮らす人間さんたち、という言葉を。




「ニャーッ!」


 超巨大猫の波動を受けたキスミア猫ニルナは、メーニャの腕の中で勇ましく鳴き声を上げた。

 6歳のメーニャやその両親、お婆ちゃんは目を見開き、それぞれが胸を押さえている。メーニャはニルナをギュッとして胸を押さえることの代わりにした。


 ニルナはジタバタしてメーニャの腕から抜け出ると、先ほどの勇ましさとは打って変わって優し気な様子でメーニャの足に自分の身体を擦りつける。

 それをその場にいる家族全員に行なったニルナは、家族に向かって、にゃー、と穏やかに鳴いた。


 そして、器用に鍵を外して窓を開けた。


 外ではキスミア猫たちが一方向を目指して走り始めている。


『に、ニルナ、どこへ行くの?』


 メーニャが眉を八の字にしてニルナに問うた。

 ニルナは、くるんと半身をメーニャに向けて、にゃー、と笑った。


 そうしてニルナはぴょんと外へ飛び出した。

 たくさんのキスミア猫に混じり、同じように旧市街の中心へ向かって走り出す。


 この日、にゃーにゃーにゃーにゃーとニャルムット中で同じような光景が繰り広げられた。




 再び走り始めた命子たち。

 その足元では、どこから集まったのか多くのキスミア猫たちが並走する。


『みなさん、しばらくのあいだ車の運転を控えてください!』


 すぐさま、そんな緊急放送がニャルムット中で流れ始める。

 超巨大猫で静寂になったと思ったら、ニャルムットはハチの巣をつついたような大騒ぎになっていた。


 そんな喧騒を聞きながら、ひた走る一同。

 ここに至っては、全員が命子と同じ認識を持った。

 つまり、萌々子とアリアを中心に事件は起きているのだと。

 それを証明するように、キスミア猫たちはアイルプ家へ向けて走っているのだから。


 アイルプ家の敷地内もまた大混乱だった。

 キスミア軍人やメイドたちは胸を押さえ、正気に戻れたと思ったらそこら中からキスミア猫が集まってくる。

 賢いキスミア猫が作業場へ入り込んでくること自体稀なことだし、混乱するなというほうが無理だった。


 集合したキスミア猫たちは、屋敷の周りを包囲するようにして鎮座している。

 鈴をつけた猫、リボンを着けた猫、シンプルな首輪をつけた猫、どれもこれが自分の首についた装飾を誇るようにして首をピンと立ててお座りしている。

 その中にはダンジョン産の装備を身に着けた冒険猫もチラホラいた。


「命子さん!」


 敷地内に入った命子たちを家族が迎えた。どうやらフニャルーの件で外に出ていたようだ。

 金髪の男女はアリアの両親だろう。

 命子の名を呼んだのは、ささらママだ。

 その隣では、命子父と命子母が憔悴した様子で座り込んでいた。


「ただいま」


 命子が帰還の挨拶をする。

 開いた口はすぐに閉ざされ、唇をギュッと噛む。


「あ、ああ……おかえり命子……」


 命子父は命子を見上げ、弱々しく微笑む。


 あぁ……、と命子は心の中で呟く。

 自分の時もこうだったんだ、と。


 冒険の渦中にあった自分は、はっきり言って超楽しかった。

 けれど、吉報を願う側からすれば堪ったものじゃない。

 親だから、家族だから、凄く心配すると頭では理解を示してきた命子だけれど、いざ自分がそっち側に立って、初めて真に理解した。


「命子、教えてくれ。何が起こってるんだ?」


 命子父が問うた。

 その答えを命子は持っていない。


「分からないよ。だけど、萌々子は無事だよ」


 命子ははっきりと答えた。

 萌々子は事件の渦中にいるのだ。ならば無事に決まっている。そうに決まっているのだ。


「そうか……そうだな……ああ、そうだ。萌々子は無事だ」


 命子の瞳を見つめた父はまるで祈るように呟き、頷いた。


 両親に縋って泣きたい衝動に駆られる命子だが、それをグッと我慢してルルに向き直る。

 無事なのは決まっているけれど、フニャルーの件もあるしピンチかもしれない。ならば、一刻も早く駆け付けなくてはならない。お姉ちゃんなのだから。


「ルル。お願い、キスミア猫たちに通訳して。日本語よりも良いでしょ」


「にゃ、ニャウ、任せるデス!」


 命子から通訳してほしい内容を聞いたルル。


 ルルは、額に玉の汗を浮かべていた。

 超巨大猫の鳴き声を聞いてから身体の芯がとても熱く、正直座り込みたかった。

 けれど、ここが頑張りどころだとルルは我慢していた。いや、この場にいる多くのキスミア人が同じように気合で立っていた。


 と、その時、メリスの下へ一匹のキスミア猫が飛び込んできた。


『ニルナ!』


「ニルナデス!」


 それはメリスのお家で飼っているキスミア猫であった。

 ルルは丁度良いので、ニルナに問うた。


『ニルナ、覚えてる? ルルだよ。ねえ、ニルナ、教えて。どうしてお前はここに来たの?』


「にゃー!」


『何か知ってるなら教えて。私たちを助けて』


「にゃっ!」


 ニルナはメリスの腕の中でジタバタして抜け出ると、他のキスミア猫たちに向けて、にゃーと鳴いた。

 すると、キスミア猫たちが一斉に行動を開始した。


 多くが6つの屋敷の中になだれ込み、また多くが萌々子たちが落ちた穴があった辺りを取り囲む。


「す、凄い……」


 命子はそう呟いてから、ギュッと唇を噛んだ。

 ダンジョンではキスミア軍の人たちに助けてもらい、今度はキスミア猫に助けてもらい。

 命子は、泣きそうな目にグッと力を入れる。


「「「にゃーっ!」」」


 すぐに反応があった。

 アイルプ家の敷地で中心にある一番古い屋敷の中からキスミア猫たちの声がする。


「命子さん、行きますわよ!」


「う、うん!」


 ささらの言葉に、命子たちは駆け出した。


『行きましょう!』


 ささらママがアリアの両親にキスミア語で言う。

 キスミアの巫女家になんの断りも入れずに入り込んだ娘たちへの、勢いに任せたフォローでもあった。


 中心の屋敷の廊下では、10匹のキスミア猫がカリカリと壁を引っかいていた。

 先ほどの鳴き声に反応したのか、多くの猫がその場に集結し始めている。


「そ、そこは隠し扉がある場所です! 中は物置やワインセラーです!」


 アリアパパが叫ぶ。

 実は、ここは初期の段階でキスミア軍によって調べられていた。

 一応は地下に続く道なので、何かのヒントになるのではないかと思われたのだ。


 その際には聴覚や嗅覚に優れるキスミア猫を連れていて何も発見されなかったのだが、さっきと今は何かが違うと、キスミア人のアリアパパは感じ取っていた。

 それはそう、あの超巨大猫が降臨した後の今なら。


 アリアパパはすぐにレリーフを操作し始める。

 すると、レリーフの隣の壁がガコンと開いた。

 そこにはまっすぐに伸びた地下階段があった。


 すぐさまキスミア猫たちが雪崩れ込み、扉から最も近くにいた命子がその後を追う。

 暗かった階段にすぐ明かりが灯る。片側にある配線で繋がれたライトが灯ったのだ。


 車内でシーシアから地図を見せてもらっていた命子は、本当にこっちで良いのかという疑問が湧く。

 というのも物置は萌々子たちが落ちたという裏庭から遠ざかる形なのだ。


「キスミア猫を信じるデス!」


「う、うん!」


 命子の迷いを感じ取ったルルが言った。

 その言葉に命子の歩みに力強さが宿る。


 2階分ほど降りると、扉が正面に1つと右に2つある廊下に出た。

 キスミア猫たちは右の扉に目もくれず、正面の扉をカリカリと掻いた。


 命子はキスミア猫を信じて、迷わず正面の扉を開けた。


 そこは4メートル四方ほどのただの物置だった。

 古い家具や糸巻き車、農具が収まっており、ある程度の掃除はされているようだが埃くさい。


 そんな部屋の真ん中で、キスミア猫たちが本棚をカリカリと引っかき、にゃーにゃーと鳴いている。


「どいて!」


 命子がキスミア猫たちを退かした。


「命子さん、ワタクシがやりますわ!」


 力持ちなささらとシーシアがすぐさま名乗りを上げて、重そうな本がぎっしりと詰まったかなりの重量の本棚が退かされた。


 しかし、そこには石壁が。


「にゃーっ!」


 キスミア猫はその石壁をカリカリ引っかく。

 ささらたちはすぐさま壁を押してみるがビクともしない。


 命子たちが来る以前に救助の概要を聞いていた家族勢は困惑した。

 なにせキスミア猫を信じるならこの壁は隠し扉のはずだ。

 巫女家という立場上、自分の娘の命よりも家の秘密を優先したのか、という疑惑がチラリと湧いたのである。


『その壁の先はなんですか!?』


『い、いえ、申し訳ない。私にも分かりません』


『破壊しても?』


『構いません!』


 ささらママがアリアパパに尋ね、娘に破壊命令を出す。


「ささら、慎重に壁を斬りなさい!」


「分かりましたわ!」


 ささらはサーベルを抜き、斬撃を放つ。


 合成強化マックスのダンジョン産の武器は恐ろしい攻撃力を持っている。

 今の世の中で、これらの武器で傷つかない素の状態の地上産の物品は存在しないとされている。

 そこにスキル補正や修行で鍛えた筋力、剣の技が加われば。


 ささらが斬った壁は3つの剣閃に沿ってガラガラと崩れた。


「は、ハハッ! スベザンだね!」


「ですわ!」


 命子は頑張ってくれているささらに、精一杯のジョークを言って讃えた。

 ささらは、潤んだ命子の瞳を見つめて、優しく微笑んだ。


 開いた壁の中には、総石作りの螺旋階段があった。

 キスミア猫たちがどんどん降りていく。


 命子もすぐにその後に続いて螺旋階段を駆け下りる。

 ここからは電気などなく、命子は火の魔導書を魔法待機状態にして明かりにした。


 螺旋階段の壁はむき出しの歯車があったり、地下水が滲み出たりしている。

 長い螺旋階段をひたすら降りる。


「モモコちゃん、早く! 早く来るのれすーっ!」


「モモちゃんっ!」


 その叫び声を聞いた命子は、猛烈なスピードで階段を駆け下りた。

 その口からはいつの間にか呼ばなくなった幼い頃の妹の呼び名が零れ落ちた。


 階下に着くと、5メートルほどの細い空間が。


「モモコちゃーん!」


 その最奥には、床に開いた穴に向かって叫ぶアリアの姿があった。


 読んでくださりありがとうございます。


 ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。

 誤字報告も助かっています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うー、心配で緊迫する場面でなんか泣けてきた……無事であって欲しい
[一言] 胸アツ展開!ギリ間に合ったぽい!
[一言] 猫まっしぐら。 たぶん洞窟内は猫の毛だらけノミだらけ。 けど私はそこへ行きたい。 巨大猫の声はたぶんトト□。
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