5-19 萌々子の冒険6
本日もよろしくお願いします。
「精霊さん、お話を聞いて!」
萌々子は、精霊石の剣に入った精霊に向かって語り掛けた。
それに対して、精霊は例の如くわたわたと手を振っている。それはまるで感情を表現する方法を覚えたばかりの赤子のようであった。
表面上は慌てている風にも見えるが、一方『見習い精霊使い』になった萌々子へ流れ込んでくる精霊の気持ちは『楽しい』『好き』そんな感情で埋め尽くされていた。
精霊自身にそういった単語がないためか、萌々子の意訳が含まれている。
好意を持ってくれるのは単純に嬉しいことだが、今はこれではダメだった。
魔力ドレインを止めてもらわないとならないのだ。
「精霊さん、魔力を吸うのはやめて?」
アリアから聞いたテイマーの動物の接し方を、萌々子は試した。
心の底からお願いするのだ。
しかし、相変わらず『楽しい』『好き』という感情が流れ込んでくる。
そうして、また魔力が少し吸収される。
すると、今度は『刺激的!』『美味しい!』という感情が流れ込んできた。
「おう……」
ここに来て、本気で失敗したかもしれないと萌々子は思い始めた。
魔力が下限突破したら、最終的にはレベルアップで鍛えたスペックも失われ、萌々子は精霊石の剣すらも振れなくなる。それはまずい。
けれど、やってしまったことを嘆いても始まらない。
萌々子は考えた。
そして、1つ思いついた。
それに思い至ったのは精霊と付き合うための術理のようなものである【精霊の飼い方】のおかげかもしれない。
「これからアナタに名前をつけます」
萌々子は精霊使いとして、初めての儀式を行なった。
「お姉ちゃんは命子、私は萌々子。羊谷家の一員となるアナタの名前は精っ……っぶねぇ!」
萌々子は危なかった。
精霊の子という意味で名付けようとして、凄く危なかった。あるいは、保健体育をしっかり学んでなかったらやらかしていたかもしれない。
「ごほん。せ、精霊……キラキラ……水晶……晶子……」
萌々子がうんうん考えていると、階下からアリアの声が聞こえた。
「ニャビュル、戦線を下げるのれす!」
萌々子は慌てた。
予想以上に敵が来ている様子だ。
ダンジョンのように散発的に魔物が現れるわけではなく、ガンガン投入されているのだろう。
萌々子は、カッと目を見開いた。
「精霊さん、アナタに名前をつけます! アナタの名前は光子! 光り輝く三女だから羊谷光子!」
その瞬間、萌々子は精霊・光子の間に何か目に見えない道が出来上がったのを感じた。
光子からは、『超楽しい』『好き』という感情が流れ込んでくる。
好きはそのままだが、楽しさが倍増した様子。
今が好機と思った萌々子は、心を込めてお願いした。
「お願い、魔力を吸うのは我慢して? このままだとみんな死んじゃうんだ。お願いだよ……っ」
そう願うと、疑問符が飛び交うような感情が流れ込んでくる。
変化の兆しを見せた光子。
しかし、まだまだ足りない。
「くぅ……どうすれば……っ」
歯噛みする萌々子に、光子が再び魔力ドレインをした。
萌々子はハッとした。
犬のしつけは悪戯をした直後に注意をするが良いという話を思い出したのだ。
「今はそれはダメ!」
魔力を吸う行為をダメ、と明確にイメージしてお願いする。
その瞬間、『しゅん……』と魔力ドレインに対して、何かを感じ取ってくれた。
「犬のしつけみたいなものなのかな? あとはそう、言葉よりもイメージ力なんだ……」
スキル【精霊の飼い方】が働いたのかもしれない。
萌々子は修行中に【剣の術理】で感じるのと同じ、閃きあるいは訂正力のようなものを感じていた。
コツを掴んだ萌々子は、イメージを乗せながら、今は魔力を吸ってはいけないと教える。
すると、光子はコクンと頷いた。『なんか楽しいぞ?』と思っている。
「よし、これならいけるかもしれない」
萌々子は、精霊石の剣を握って階段を降り始めた。
「あとはこの剣がどういう仕組みなのか……」
1振りに魔力5を持っていかれるのが光子のドレインではなく、精霊石の剣独自の効果だったら全部無意味だ。
なんにしても、この戦闘で分かるはずだ。
「アリアちゃんお待たせって、嘘でしょ!?」
階下へ降りた萌々子はゾッとした。
魔物が列をなして階段を上ってきているのだ。
その全てが『魔鼠雪原』に出現するネズミ系の魔物で、G級相当。
それをニャビュルが必死で倒している。
「お、遅いのれすぅ!」
「ご、ごめん! 早速だけど、少し実験したい!」
「ちゃんと精霊さんと仲良くなれたれすか?」
「一応はね!」
そう会話して、ニャビュルが後ろに下がったことで萌々子が前に出る。
やはり狭い階段なので刺突だ。
踊り場にジャンプで着地した雑兵ネズミの横っ面に、問答無用で精霊石の剣をぶっ刺すロリ。
すると、今度は一撃では倒せなかった。
すぐさま萌々子は足蹴りを喰らわせ、剣を引き抜くと再び刺突を入れる。
これで雑兵ネズミは光に還った。
萌々子は慌ててステータスを見る。
『22/71』
魔力は減っておらず、通常通り徐々に回復し始めている。
光子が魔力を吸収して何かをすれば、精霊石の剣は切れ味を格段に増す。
少なからず、命子のサーベル『125/125』よりも強い威力にまで達する。
そうでない場合は、G級の魔物を2回で倒せる性能だ。
しかし、この剣は合成強化されていない。
『0/X』の剣のはずだ。
最初の段階でかなり攻撃力が高いのか、と萌々子は訝しんだ。
「光子、何か無理はしてない?」
萌々子はイメージしながら、光子に語り掛ける。
初期からかなりの攻撃力を有することの原因に、光子が何かをしていると考えたのだ。
すると、『楽しい』『好き』『頑張るぞ』『どうすれば良いのかな』と色々な感情が流れ込んでくる。
「学習してるんだ……。光子、光子が消えちゃうようなことがあれば、すぐに教えるんだよ?」
光子は自分が消える、あるいは消耗するということが理解できないのか、『なんだろう?』と思っている。
萌々子はその様子を見て、自分でも注意深く光子の変化を見ておこうと思った。
萌々子は戦闘を再開する。
次にやってきたのはヒマワリハムスターと名付けられた大きなネズミだ。
口に含んだヒマワリの種を飛ばしてくる遠距離型の魔物である。
眼つき以外は非常に可愛い魔物だが、萌々子は問答無用で刺突を入れ、クンッと剣を横に倒しながら回し蹴りを入れた。回し蹴りを喰らったヒマワリハムスターは突き刺さった剣先から抜けると同時に、後続を巻き込みながら階段を転がり落ちていく。
「はわわわ、凄い……あのあの、モモコちゃん、これからどうするれす?」
ニャビュルを抱えながら、アリアが言った。
テイマーは動物の自然回復を早める技を持っている。低級回復薬みたいな劇的な物ではなく、近くにいるとケガや魔力の回復速度を上昇させるのだ。その分、テイマーの魔力が消費される。
「このままならもう1時間は戦えるよ」
萌々子は平然として言った。
しかし事実だった。
踊り場のこの場所は、複雑な遠距離攻撃をしてこないG級の敵しか出なければ、ハメ技が可能な位置なのだ。
鉄パイプでやれと言われれば無理だが、精霊石の剣ならば十分に可能だった。
「だけど、嫌な予感がするの」
「フラグは止めるのれす」
「えいっ! ハッ、やぁ!」
萌々子は再びやってきた雑兵ネズミを倒す。
「今昇ってきてるネズミは全部魔鼠雪原の敵だよ。ネチュマスも魔鼠雪原の敵だと仮定するなら、F級やE級を召喚できてもおかしくないと思う」
「ひぅうう、E級の敵の攻撃を受けたら大変なのれすぅ!」
「地上産装備の私の場合はF級でも大変だけどね。だから、G級しか出てこない今のうちにどうにかしておいたほうが良いかも……ってぁ!」
萌々子はまたネズミたちと戦い始める。
「も、もう一度上を調べてくるれすか?」
「うーん、アリアちゃんは壁の上のほうは調べた?」
「もちろんれす!」
2人の身長は135センチない。
この場所の隠し扉が170センチ程度の人を想定して作られた場合、上のほうにある可能性もある。
しかし、アリアだってそこら辺はしっかり調べた。
「じゃあ階段の上にはないのかも……」
「下に降りるれすか!?」
「それは無理かも。ところで今何時?」
「え、フニィ……20時れす」
「あと2時間で寝る時間……」
萌々子はまた魔物を倒して、次の敵に瞬時に刺突を入れられるように構える。
やってきた敵に、容赦なく突きを入れ、抜き、さらにもう一度突きを入れる。
そうして、また突きの構えを取る。
それを見るアリアは、日本の女の子すげぇと思った。
「2つ考えがあるの。アリアちゃん、精霊はもしかしたら壁の外に行けるんじゃないかな?」
「ハッ! そうかもしれないれす!」
精霊石に入れる精霊だ、煉瓦もすり抜けられるかもしれない。
ただ問題もある。
壁の向こうがどうなっているかの偵察や、誰かをこの場所に導くほどの指示を精霊に出せない点だ。
さらに言えば、アリアは自分ちの地下に精霊が居たにもかかわらず、精霊を見たことがなかった。つまり、根本的にこの場所から出られない可能性もある。
「も、もう1つはなんれすか?」
「精霊石の剣で壁を、斬るっ!」
萌々子は斬ると言いながら刺突を放った。
萌々子が先ほど提案した水弾での壁の破壊は、水弾がふっ飛ばし属性の攻撃のため危険だった。
間違った場所に打ち込めば、その衝撃で崩落があり得たのだ。
しかし、精霊石の剣ならば崩落の可能性は少なくて済む……ような気がした。
これをやるなら、光子に魔力を渡しての強力な斬撃を使うつもりだ。
「な、なるほどなのれす……あっ、ニャビュルが代わるって言ってるのれす」
疲労を回復したニャビュルがアリアの膝から飛び降り、萌々子と代わった。
萌々子はふぅっと息を吐き、震える手を見せないようにそっと隠す。
萌々子にとってはF級どころかG級の魔物の攻撃でも、まともに喰らえば実はかなり痛い。
それを隠して、萌々子は頑張っているのだ。お姉ちゃんなので。
「も、モモコちゃん、ここはアリアが受け持つのれす。ミツコちゃんにお願いして壁の外に行ってもらうのれす!」
「うん、やってみる。でも、もしF級の敵に切り替わったらすぐに上に来るんだよ?」
「ニャウ!」
萌々子は階段を駆け上った。
すぐに最上階まで来た萌々子は、光子にお願いする。
「光子、この壁の外に行ける?」
壁をすり抜けるイメージをしながら萌々子がお願いすると、光子から疑問符が飛んでくる。
それでも萌々子は根気よくイメージを投げかける。
精霊石に光子が入るイメージ。
それを転用しつつ、壁抜けのイメージを教える。
すると、理解したのか光子は煉瓦の壁の中に入っていった。
そして、煉瓦の中から顔だけだしてにぱぁっと笑う。
しかし、この後の指示は光子には理解できなかった。
「斬るっきゃないかぁ……いや、待てよ……」
萌々子は、1つ忘れていたことがあった。
「【精霊魔法】ってどんなことができるんだろう?」
萌々子は、その片鱗を見ていることに気づく。
光子やアリアの精霊たちは、自分のお家である精霊石を少し触れただけで折ったではないか。
「光子、魔力を上げるからこの煉瓦をどかしてくれる?」
萌々子はイメージしながら伝える。
すると、これに対して光子は『できる!』と明確に了承を返した。
恐らく、今の光子は自分のできることに対しては、ある程度理解できるのだろう。そこに人間の都合が混じると途端に難しくなってしまうのだ。
萌々子は内心でガッツポーズを取った。
それが光子に伝わったのか、光子は見たことがないはずのガッツポーズを取った。
萌々子は光子に触れ、【魔力放出】をする。
『34/71』まで回復していた魔力を、10ほど与えてみる。
【魔力放出】は『見習い精霊使い』に関係ないところで覚えたので、たぶん正規の手段ではないが、それを探している暇はない。
【魔力放出】を受けた光子は、にこにこしながらわたわたした。
魔力を貰った光子は、煉瓦の前でふよふよと浮かぶ。
そして、ペタンと手をついた。
すると、煉瓦がぐにょりと動き、壁にぽっかりと穴が開いた。
その現象に目を見開いた萌々子だが、同時に絶望した。
煉瓦壁の向こうは岩壁だったのだ。
「じょ、冗談でしょ? ううん、こっちじゃないのかも」
最上階の行き止まりは、壁が3面だ。
階段から見て、正面と左右である。正面の壁は今崩したため残りは左右。
萌々子はもう一度お願いする。
残り20の魔力を消費して、左右の壁も調べてみたがそのどれもが外れ。
ただし、左の壁は水晶製のカラクリがある空間になっている。
「ど、どういうこと? あっ!」
萌々子は左の穴から覗き込んで、気づいた。
カラクリが上のほうまで繋がっているのだ。
つまり、脱出口は上にあるのだ。
「だけど魔力がない!」
萌々子は頭をわしゃわしゃと掻いた。
ウェルカムネコミミがポテッと落っこち、萌々子は冷静になった。再装着。
「なんにしても、アリアちゃんに報告だ」
萌々子は再度下へ降りていった。
読んでくださりありがとうございます。
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