5-17 萌々子の冒険4
本日もよろしくお願いします。
かなりの時間を隠し扉捜索に費やすが、これと言って進展はなかった。
2人はため息を吐いて階段に座り、萌々子が持っていたアメちゃんを一つずつ舐める。
「見つからないれすね」
「うん……」
萌々子はスマホで時計を見た。
18時15分。
アメちゃんは夕食だった。
念のために電波も見てみるが、当然の如く圏外だ。
「ふぅ……こんなところにいるから、お姉ちゃんとの雑談を思い出しちゃった。まあ全然関係ない話なんだけど」
「なんれす?」
この場は精霊石がなかったため、萌々子たちの精霊が光源だ。
だから薄暗く、少し気が滅入った。
それを振り払うように、全く関係ないことを口にして気分を上げる。
「地球に反対側まで届く管を通すの。あっ、この管は超耐火仕様だから溶岩もへっちゃらね? この中にジャンプして飛び込んだらどうなるかなって。そんなことをお姉ちゃんと話したことがあるなって思い出した」
「ふむ。なんか凄い力で真ん中辺りで死ぬれす?」
「それもあり得るね。お姉ちゃんはね、真ん中までは落下だけど、そこから先は上昇になるから、落下エネルギーが尽きるまで反対側へ向かうって言ってた。でもたぶん反対側の地表までは届かないで、また落下するの。で、こんな風にびょーんびょーんってなるの」
萌々子は空中で指を上下してびょーんびょーんを表現した。
そうして最終的に落下エネルギーは使い果たされ、指は中央で停止させられた。
「おー、そうかもれす」
「まあ、本件には全く関係ないんだけどね」
「関係ないれすねぇー。でもでも、お姉ちゃんか。良いなぁ。アリアも欲しかったれす」
そんなお話をしつつ一休みして。
結局、萌々子とアリアは下の空洞まで戻ってきた。
どうすれば隠し扉が開くのか分からなかったし、ここは結構大きなアリアのお家が乗っかっていても耐えられる空洞なので安心感があった。
「じゃあせっかくれすから、ペロニャの秘宝を見てみるれす!」
アリアの言葉に、萌々子は仕方ないなぁと言いながらもワクワクして後を追った。
同じく、精霊たちもふよふよと浮かびながらついてくる。
まずはこれれすね、とアリアは歌い始める。
『ゴロゴロ猫は尻尾で右壁てしてしてし』
「それなんて言ってるの? 猫ちゃんが入ってるよね?」
「ニャウ。今のは、ゴロゴロ猫は尻尾で右壁てしてしてし、れすね」
「まるでエネーチケー教育……っ!」
アリアは右壁にある精霊石の水車に近づく。
そうして、レバーをガコンと押した。
すると、水車の位置が少し低くなる。
これにより、精霊石の水車の中に入っていた精霊たちが揃って驚いたように震えた。
それを萌々子たちの精霊が宥めるようにすると、何故か精霊たちは全部が、萌々子、アリア、ニャビュルの形態に変化した。
ちょっとこうなってくると怖いと思う萌々子とアリアであった。
「マジモンのドッペルゲンガーだったりしてね?」
「怖いこと言わないでほしいれす!」
「アリアちゃんが先に言ったんだよね!? アリアちゃんが言わなければ今でもそんな考えに至ってないからね!?」
「にっぽんご、むつかしい、わからない、のれす!」
とはいえ、精霊たちは特段襲いかかってくるわけではないようで、精霊石の水車に腰かけて興味深そうに萌々子たちを見るだけだ。
「次はあっちれす。赤ちゃん猫は左へふらふらよーちよち」
「犬猫赤ちゃん動画……っ!」
萌々子は頑張ってツッコミを入れつつ、アリアの後を追いかける。
そちらでも精霊石の水車のレバーを押す。
また水車の位置が低くなり、驚いた精霊たちが出てくる。
萌々子たちは精霊に宥めるのを任せつつ、萌々子は素朴な疑問を尋ねた。
「これってこっちの水車から降ろしちゃダメなの?」
「それは分からないのれす。まあ歌の通りにやるのれす」
そうして、次に岸辺側後方へ移動する。
ここに来るまでに騒ぎ過ぎたのか、岸辺部分にある精霊石の精霊たちはほぼ全てが3種類の形状になっていた。軽くホラーである。
「こっちの歌は?」
「お座り猫は後ろのお尻がもっちもち、れす」
「これを考えたのは600年前のペロニャなんだよね?」
「たぶん、そうれすよ?」
「ペロニャとはいったい……」
岸辺後方は、萌々子には普通の壁に見えた。
しかし、今の歌を聞くと一つだけ猫のお尻にそっくりな岩があることに気づく。
「これ、もっちもちのお尻!」
「なのれす。これを動かすのれす!」
そう言って、アリアは猫尻の岩を一人で横に動かした。
高さ40センチほどもある大きな石だったが軽々だ。
「アリアちゃんは力持ちなの?」
「違うのれす。これは横に動くようになってるのれす」
「へぇ……え、でもここ初めてなんだよね? なんで分かるの?」
「にゃっふっふっ、もっちもちはキスミア語でレミャンレミャンれす。レミャンはレミャヌとほぼ同じ音れす。そしてレミャヌは日本語で『横に』という意味なのれす!」
「モンディ・ジョーンズや!」
もっちもちのお尻が動かされた下には、水晶製のカラクリが隠されていた。
これらには精霊が宿っていないため、精霊石なのか普通の水晶なのか判別がつかない。
「どうするのこれ」
「うーん……ハッ! たぶん、ここにこれを嵌め込むのれす!」
アリアは胸元から水晶製のペンダントを取り出した。
ホルダーを外し、カラクリの一部に嵌めこむ。
アリアの推理通り、しっかりと嵌り込み、すでにある歯車と歯が噛み合う。
おーっ、と感心する萌々子に、アリアはドヤッとした。
「そして最後れす。お休み猫はお腹を見せてすーやすや」
「さっき天井を見てたよね? 届かないよ?」
「届く必要はないのれす。キスミア語で『すやすや』は『ハルハル』なのれす。これはちょっとキスミア人じゃないと分からない言葉遊びなのれすけど、『お休み猫はお腹を見せて』の部分を聞けば、ハルハルに濁点を入れるというなぞなぞだって分かるのれす」
「バルバルってこと?」
「そうれす。そして『バル』は、日本語で道という意味なのれす」
「ほっほう」
2人は天井を見上げた。
そこには、水晶の破片でできた道が薄らとできていた。
それを辿って歩いていくと、水晶の道しるべは二手に分かれていた。
「バルバル……道と道か」
「みたいれすね」
とりあえず片方の道へ行くと、水辺の際に辿り着く。右手には精霊石の水車がある。
2人はこの時初めて湖を覗き込んだ。
さっき近づかなかったのは、地底にある湖なんて何がいるか分からないので怖かったのだ。
しかし、そんな怖さが湧き上がらないほどに、その湖の中は神秘的で美しかった。
澄み切った水の中にはたくさんの精霊石が生えており、キラキラと輝いている。
精霊たちの光とは別の緑色の光が湖の上に漂っては、天井にぶつかり消えていく。
この場は非常に明るくなっているが、この光量が抑えられていればとても幻想的な光景に見えただろう。
とはいえ、地底湖だ。
湖の中にはさらに下へ繋がる裂け目があるかもしれない。そんな場所に吸い込まれてしまったらそれこそ終わりなので、それ以上は水辺に近づかないことにした。
こんな場所だし、際の石がツルツル滑っても不思議ではないから。
さて、水晶の道しるべは天井から壁へと繋がり、萌々子たちの目線の高さで途切れていた。
「むむっ、この岩が動かせるのれす」
「おーっ!」
いつしかアリアだけでなく萌々子も謎解きに夢中になっていた。
アリアが動かした岩は軽石になっていたようで、簡単に退かせた。
そこには水晶製のレバーがあった。
「たぶん、このレバーを引くと水が流れ始めるのれす」
「水車が近くにあるしね」
とりあえずそれを放置して、もう片方の水晶の道しるべを辿ってみる。
すると、同じように軽石の蓋がされた水晶のレバーが発見された。
「とりあえず引いてみる?」
「ちょっと待つのれす!」
アリアに止められ、萌々子はシュバッと大げさな調子で気を付けして待機の構え。
その行動が精霊の琴線に触れたのか、真似をしてシュバッと気を付けする。着々と入れ替わりの準備が進められている。ドッペルゲンガーだとするならば。
何やら考えていたアリアは、ぼそりと言った。
「……双子の猫はご飯も親密もーぐもぐ?」
「それも子守唄?」
「これは違うのれす。そもそも今までの子守唄はキスミア人なら誰でも知っているものなのれす。でもこれは、アリアのお家のシャロッツに刻まれている言葉なのれす」
「シャロッツ?」
「日本語だと……フニィ……なんれすかね? キスミアは猫が夕ご飯を食べる席が床に用意されているのれす。そこをシャロッツと言うのれす」
「そこに刻まれてた言葉か」
「ふむふむ。うーん……」
「あっ、キスミアってあれでしょ。『親密』と『一緒に』が似た言葉なんでしょ? メリスちゃんが勘違いしたってルルちゃんが笑ってたよ」
「はっ、それれす! キスミア人のアリアが勘違いさせられたのれす!」
萌々子はドヤッとした。
精霊がその顔の変化を見逃さず、ドヤッと勉強した。
「それじゃあ同時にレバーを倒すってことかな?」
「違いないのれす! じゃあアリアはあっちのレバーを倒すのれす!」
「オッケー」
そういうわけで、湖のそばにあるレバーの前に2人はスタンバイした。
「それじゃあゼロで下げるからね?」
「わかったのれすー!」
2人は、3からカウントダウンして、0でレバーを下に倒した。
その瞬間、直に湖に流れていた水の流れが変わり、レバーの下にあった穴から水が流れ始める。
2人はどういう挙動になるか分からず怖かったため、急いで中央付近に逃げた。
穴から流れ始めた水はかなりの勢いだ。
水がぶつかった精霊石の水車はゆっくりと回転を始める。
役目を終えた水はそのまま湖に流れ込んでいく。
水車の回転と共に、カラクリが動き始めた。
「あわわわわっ!」
「どうなるのれすどうなるのれす!?」
2人はわたわたした。
さらに、精霊石の水車をお家にしていた精霊たちもわたわたしている。いや、キャッキャしているのかもしれない。特段、お家から逃げようとはしていない。
しばらくすると、萌々子たちの後方でアリアが嵌めた水晶歯車が動き出した。
背後からの音に、2人と1匹はびょーんとジャンプした。精霊はその仕草が大変お気に召したのか、ふよふよ飛びながらびょーんと直立で上下する。
2人は慌てて背後を振り返る。
すると、今まさにカラクリが終わる場面であった。
地面に設置された隠しフタがパカリと開いたのだ。
それに連動するように、萌々子たちが降ろしたレバーが元に戻り、水の流れもまた元に戻った。水の力を失った精霊石の水車も役目を終えて、ゆっくりと止まる。
「おーっ! 秘宝だ!」
「行くのれす!」
2人はわーっと隠しフタのもとまで走った。
そこには、3枚の水晶石板と水晶製の剣が3本入っていた。
「わぁ、剣だぁ! か、カッコいいっ!」
萌々子は他国の秘宝を無遠慮に手に取った。キッズである。
水晶で作られた剣には精霊は入っていなかった。
しかし、すぐに萌々子についてきた精霊がお家としてゲットしてしまった。飼い主に似ている。
精霊が入ったということは精霊石なのだろう。精霊を宿した精霊石の剣は、神々しく光り輝く。
アリアは、これ返してって言えるのかな、と不安になった。
一応は国宝級故に。
とりあえず、剣を置いておいて。
本命の水晶石板だ。
精霊は入っていないがこれもまた精霊石だと予測できる。というよりも、ここにあるすべての水晶は精霊が入っていようがいまいが、精霊石なのかもしれない。
石板は3枚。つまり、レリーフの欠けた3か所分があり、それぞれに溝が刻まれている。
「これをあのレリーフに嵌めれば良いんだね?」
「ニャウ。それで完成なのれす!」
アリアが1枚、萌々子が2枚持ち、レリーフの溝から推理して順番に嵌めていく。
精霊の光でキラキラ光る水晶のレリーフのそばで、ロリ2人が真剣に攻略している。
それは端から見れば、探検レクリエーションセンターで遊ぶ子供のよう。
しかし、やっていることは大人だって体験したことのない本物の冒険であった。
「これで最後なのれす!」
アリアが石板を嵌めると、レリーフは完成した。
レリーフに宿っていた精霊がわーっと新しいお家に入っていき、嬉し気にピカピカと光る。
「やったー!」
「完成なのれすー!」
2人はハイタッチした。
それを精霊たちは大層気に入り、ハイタッチが行われる。
ピースが抜けたレリーフを完成させ、2人は達成感を味わって眺めた。
複雑な幾何学模様が描かれたそれは、中々に美しいレリーフだ。
しかし。
ペロニャが作った最後の仕事も、やはり『おまじない』以上の物ではないのだ。
「ふぅ、楽しかった。ちなみに、これはなんの装置なの?」
「これはキスミア人を強くする装置らしいれす。初代ペロニャの時代にはまだ文字は完成してなかったから、それ以上のことはわからないのれす」
「ふーん。まあなんにしても、魔力を帯びた物じゃないと残念ながらただのおまじないだよね。なんだか、せつないね」
「ニャウ。ペロニャは自分の心を救ってくれたキスミアの人々を心から愛していたそうれすから……」
萌々子とアリアは、レリーフを見つめて切なくなった。
600年前のこの地で、これほどの仕掛けを作るというのは並々ならぬ執念だったことだろう。
ペロニャ1人では不可能だっただろうし、きっと多くの人に協力を仰いだのだと思う。
あるいは、子や孫も巻き込んだかもしれない。
萌々子はそんな風に思った。
それが不発に終わってしまうのは、なんともやるせなかった。
ゲーム脳な萌々子とアリアは気づかなかった。
ペロニャが来てから、この地の文明は加速しだした。
それなのに、水晶で作られた水車という現代ですら難しい、あまりに高度な技術がその時代に生み出されている事実。
それを可能にした力とは何か。
ある日、概念流れを高確率で起こすペロニャが現れたという大岩と、その下にある不思議な空間。
萌々子たちが出会った如何にも魔法的な生き物『精霊』がお家にしている精霊石。
地球さんTVのオープニングで宇宙から見た地球さんが纏っているのと同じ色をした、湖から湧き出る緑色の光。
高い山脈により外界と隔たれたこの地の、さらにほんの小さな地下空間には、そんな物が集まっていた。
飛行機の中でペロニャの瞬間移動説を話題にした命子が、自分の考えを心の中に留めず口に出していれば、もしかしたら萌々子もその考えに至ったかもしれない。
つまり、『地球さんにとっては600年も1000年も誤差の範囲。その当時から多少の奇跡を起こせたのかもしれない』と。
これらの不思議な存在は、本当に地球さんのレベルアップ以降に現れた物なのだろうか?
それは萌々子たちに分かることではないし、今の科学力では解明することはないのかもしれない。
なんにしても、この地には、よちよち歩きの文明力で水晶水車や、羊牧場で見た巨大レリーフを作り出せる技術力を身に付けられる『何か』が存在したのだ。
――萌々子とアリアが完成させた動くはずのないおまじないが、正しく起動した。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、感想、評価、大変励みになっています。
誤字報告も凄く助かっています、ありがとうございます。