5-13 萌々子の冒険も突然に
本日もよろしくお願いします。
お仕事から帰ってきたパパ萌々子が、芝生の上に敷かれたシートへ靴を脱いで上がった。
「ただいま。帰ったよー」
「アナタ、おかえりなさいなのれすー」
「にゃーおにゃーお」
それを出迎えたのは、エプロンをつけたママアリアと猫ちゃんだ。
猫ちゃんの名前は夫婦で一生懸命考えてタキザワさんと名付けた。それはそう、新婚である2年前の話だ。
「おっ、タキザワさん、帰ったよ。いつもママを守ってくれてありがとう。ほれ、うーにゃにゃにゃにゃ!」
足にすり寄ってくるタキザワさんを、パパ萌々子は撫で繰り回す。
タキザワさんはロリなパパに撫で回されて気持ち良さげに、ふにゃーと鳴いた。
「お仕事お疲れ様なのれす。今日のご飯はアナタの大好物なんれすよ?」
「わぁ、それじゃあクリームシチューかい?」
「違うのれす。今日はナスとヤギ肉のモットントンなのれす」
「え、も、モットン……? や、やっふー!」
どんなのかわっかんねぇ、と思いつつもパパ萌々子はやっふーした。
シートに上がったパパ萌々子は、小さなテーブルの前に座る。
すぐさまタキザワさんがそのお膝の上に頭を乗っけた。パパ萌々子はやれやれと顎やら頭を撫で撫でする。タキザワさんは、ゴロニャンゴロニャンと嬉し気に鳴いた。
その様子に、シートの外で見学するメイドたちは慄いた。
キスミアのおままごとには、パパやママ、子供の他に、猫役というのがよく使われる。
タキザワさんは完全に猫であった。恥も外聞もなく。それは見事に猫であった。
なお、メイドの胸にはリアル猫のニャビュルが抱かれており、じぃっとメス猫タキザワさんを見つめていた。
やがてタキザワさんは、ゴロゴロ、ゴロニャン、と切なげに鳴き始め、パパ萌々子のお腹に顔を埋める。陽気なタキザワさんではあるものの、この子は大人の猫なので色々と溜めていることがあるらしい。
パパ萌々子は片手で頭を、もう片手で背中を撫でつつ、ママアリアの配膳を待つ。
パパ萌々子が優しいリズムで背中を叩き始めると、タキザワさんは大人しくなった。
「お待たせしましたなのれすー!」
モットントンが盛られている体のお皿がパパ萌々子の前に置かれる。
「さぁ召し上がれなのれす。タキザワさんはパパの邪魔をしちゃダメなのれすよ? こっちへおいでれす」
「ふにゃおーん、ぐすぅ……っ」
タキザワさんはママアリアのお膝へ移動した。はいはいで。
すぐにコロンと横になり、撫で撫でされる。ほんのりとはちみつミルクの匂いのするお膝の上で、タキザワさんはニャーと鳴いた。
パパ萌々子は、猫さんが鼻を啜ったのを聞かなかったことにして、モットントンに集中した。
テーブルの上にあるナイフ、フォーク、スプーンを見つめる。
モットントンてなんだ?
パパ萌々子はえーいままよとスプーンを取った。
ナスとヤギ肉が材料となれば、ソテーかスープしか思いつかなかった。
「むむっ美味しい! さすがママのお料理だね!」
「もうパパったら。モットントンはスプーンとナイフで食べるのれすよ?」
「おしい、そのパター……えっ、スプーンとナイフ!?」
「ほら、タキザワさんもお食べれす」
テーブルマナーを間違えたパパ萌々子をママアリアはにっこりとスルーして、今度はタキザワさんにエサを与えた。
シートの上に置かれたお皿。中には何も入っていない。
メイドたちはゴクリと喉を鳴らした。それはさすがにいかんのでは、と。
しかし、タキザワさんはニャーッと元気に鳴いて、お皿の上ではぐはぐした。
食べた演技をして、すぐさまママアリアの下へ戻り、ゴロニャンする。
「シペールル……」
激しく心打たれたという意味のキスミア語がメイドさんの口から洩れた。
子供たちとの遊びにこれほど真剣に向き合える大人が、どれほどいるだろうか。
パパ萌々子の心にスプーンとナイフで食べる料理の謎を残しつつ、ご飯は終わり、場面は猫さんと遊ぶシーンに移る。
キスミアのおままごとには猫役があるわけだが、猫役は凄くやりたい子ともうコリゴリな子の両極端に意見が分かれる。
それは猫役のボディタッチの苛烈さにあった。
常に撫で撫でされるわけだが、途中でそれが過激になるのだ。主にご飯を食べ終わり、就寝するまでの間に挿入されるワンシーンであることが多い。
もうコリゴリだと思う子は、自分ちの猫を可愛がるように盛大に触られ、何か変な感じになって怖いのだ。
ちなみに、ルルは解放属性の幼女だったので猫役が大好きだった。
「ほれ、タキザワさん、うーにゃにゃにゃにゃ!」
「はにゃぁ、はにゃにゃにゃにゃぁ! んぁっ!」
パパ萌々子のお腹撫で撫でにより、タキザワさんは四肢をバタつかせた。
まるで嬉ションしかねない猫のよう。
迫真の演技だ。
しかし、ここでストップが入った。
他ならぬ、すげぇ人だと感心していたメイドさんの手によって。
タキザワさんが、いや滝沢が、メイドさんに少し離れた場所まで連行される。
「今の顔はアウトです」
アウトだった。
「にゃ、にゃー……じゃなくて。ち、違うんですよ? 私はただ職務に真剣なだけで疚しいことなんてなんにもないんですー。冤罪ですよー」
「気を付けてください」
「べ、別に気を付けるとかじゃないんですけど、一応、はい、分かりました。……ところで、あのあの、おトイレ貸してもらってもよろしいでしょうか?」
「……ご案内いたします」
その後、タキザワさんは他のお家に引き取られた設定になった。
アウト故に。
「アリアちゃん、ごめんね。ちょっとおトイレ」
「ニャウ」
おままごとをやめて、応接間でゲームなどをしてしばらく遊び、萌々子はおトイレに立った。
すでに2回目だったので、メイドさんの案内はやんわりと遠慮する。
おトイレから出た萌々子は、ふと壁に掛かったレリーフを眺めた。
キスミア模様と呼ばれる模様が刻まれたレリーフだ。
萌々子はなんの気なしに溝をなぞった。
普通なら高価そうな物に触れないけれど、お屋敷で遊んで少し慣れてしまっていた。
すると、なぞった部分がカコンとスライドし、それに連動して隣の壁がガコンと開いた。
ビクゥッと肩を跳ねさせた萌々子は、ぽかーんとした。
「あわわわわわわ……っ」
すぐに自分がやったことに気づき、両手を中途半端な高さで彷徨わせて、あわあわし始める。
壁の先は地下階段になっており、下は闇に呑まれて見えない。
明らかに怪しい。
や、ヤバい、消されちゃう。
お屋敷の深部を覗き込んだ気分になった萌々子は、ビビった。
とにかく閉めなくてはと、萌々子は先ほど動かしたレリーフのピースを元の位置に戻した。
ガコン。
今度は、レリーフの下にコップでも置けそうな板が出てきた。
「ふぇええ!? このピースに仕事させ過ぎじゃない!?」
どうしようどうしよう、と萌々子は手をパタパタさせた。
入るという選択肢はない。ゴート札とか見つかったら大変だ。
「何をしてるのれす?」
「はぅわぁ!?」
唐突に背後から声を掛けられてビックリした萌々子はビョーンとジャンプした。
そして、着地と同時に弁明タイムの始まりだ。
「違うの、ここ触ったらガコンって! ガコンってね? ガコンってなったのっ! ホントなの!」
「ガコンってなったれすか……。でも、これを見られたからにはモモコちゃんはもう……」
アリアがそう告げると、萌々子はサッサッと脱出口ルートを探し始めた。
命子の指導により、萌々子は通常のロリよりもサバイバル能力が長けているのだ。
しかし、そんな萌々子のサバイバル能力が発揮される前に、アリアはクスクス笑った。
「冗談れす。ここはただの物置なんれすよ。アリアのお家はこういうへんてこな物をよく作るお家なのれす」
そう言ったアリアは、萌々子が動かした場所とは関係ないレリーフの一部を両手で同時に動かした。
すると地下階段とコップでも置けそうな板が元に戻った。
さらに別の個所を動かすと、今度は廊下の窓が一つ開いた。
「お、おー」
萌々子は目をまん丸にして驚いた。
しかし、油断させておいてやられる可能性も微レ存。
「あそこの窓は開かずの窓なんれす。この仕掛けを使わないと開かないんれすよ」
えっへんと無駄なカラクリを誇るアリア。
「……?」
しかし、閉める方法が分からなくてレリーフの前で指を彷徨わせて、首を傾げてしまう。
「あっ、ナーシャさん、窓の閉め方忘れちゃったのれす」
丁度廊下を歩いてきたメイドさんにアリアがそう言うと、仕方ないわねといった素振りでレリーフを触った。壁の奥からトントコトントコと音が鳴り始めた。
『やっべ、間違えた。あれぇ、どうやるんだったかな?』
その後、先輩のメイドが来たことで全部の仕掛けがオフになった。
「とまあこんなカラクリがあるんれす」
「凄ーい。お姉ちゃんが超喜びそう」
萌々子はレリーフを眺めて、感心した。
メイドさんも普通に知っているようだし、消される心配はないだろう。
「さっ、お部屋に戻ってゲームの続きなのれす!」
「うん、次は負けないよー! 私の本気キャラはメロン姫なんだから!」
そうして手を繋いでお部屋に戻ろうとした萌々子は、ついさっきの開かずの窓を見た。
窓の外は裏庭で、芝生と目隠しの木が並んでいる。
木の向こう側にはアリアが入っちゃダメという別館が2つ見える。
そして、芝生の庭には羊牧場の近くで見たタイルアートによく似た石板が埋まっていた。ここにあるのは牧場近くの物よりもずっと小さく2×2メートルほどだ。
「おー、こんなところにも歴史ロマン」
萌々子は歴史ロマンした。
「あーアレれすか? モモコちゃんは、ペロニャを知っているれすか?」
「うん、ガイドブックで読んだよ」
「そうれすか。ペロニャはある日突然現れるのれすが、それがあの石板の上だったのれす。当時は大きな岩だったのれすが、その上で眠っていたそうれすね。その岩を利用してあの石板を作ったそうれすよ」
「へぇ、そうだったんだ」
歴史あるオブジェに、萌々子はうんうんとする。
しかし、それ以上の感動は特にない。
「あっ、アリアちゃん。子猫だ」
キスミア猫の子猫だ。
萌々子の歴史ロマンは、石板のすぐ近くでぴょんぴょん遊ぶ子猫により霧散した。
「え? 家には子猫はいないのれす」
「そうなの? ほらほら、超可愛い、ふふふっ」
キスミア猫の子猫は大切に飼育されるため、あまり人目には触れなかった。
別に隠されているわけではないが、この旅行で萌々子は初めて見た。
やがて子猫は、ちょうちょを追いかけて石板の上に乗る。
ぴょんぴょんと跳ね回る姿に、萌々子は萌えた。
しかし、その隣でアリアは慌てた。
「子猫は保護対象なのれす!」
「えっ、そうなの!?」
「近所の子に違いないのれす。急いで捕まえるのれす!」
「合点承知の助!」
アリアと萌々子は、わぁーっと外に出た。
それにメイドと騒ぎを聞きつけた滝沢も付き従う。
先ほどおままごとした庭とは反対側にある裏庭に出る。
芝生の中に、先ほど見た石板があった。
その石板の上で、ちょうちょに飽きた子猫がすやすやと眠っている。
キスミアの熱すぎない夏の日差しで温まった石の上が、どうやら気持ち良かったらしい。
「シタンさんのお家の猫ちゃんれすね。まったくもう、あれは一応重要な文化財なんれすけどね?」
「じゃあ乗っかっちゃダメ?」
「それは別に大丈夫れすよ。凄く頑丈れすから」
というわけで、アリアと萌々子はそろりそろりと石板に近づいた。
数歩進んだ萌々子は、ずいぶんうにょうにょ沈む芝生だなと思った。
その次の瞬間。
アリアの足元がぼこりと抜けた。
「にゃっ!?」
「ふぇっ!?」
萌々子は慌ててアリアを掴む。
「「キャーッ!」」
あっという間に2人が穴の中に滑り落ちていく。
「萌々子ちゃん!?」
『『アリア様!?』』
滝沢とメイドたちの声が重なり、すぐに駆け出す。
穴を覗き込む滝沢たちは、スロープ状の小さな空洞を呆然と見つめるのだった。
「も、萌々子ちゃーん、アリアちゃーん! 無事なら返事してくださいー!」
滝沢は慌てて呼びかける。
その隣で、メイドたちは近くにあったロープをニャビュルの腰に結び、救助のための準備を始める。
そんな中、穴の中から萌々子の声が返ってきた。
かなり小さく聞こえる。
「ふ、2人とも大丈夫でーす! 中はキラキラ光る水晶がいっぱいある洞窟になってまーす!」
滝沢とメイドたちはその言葉を聞いて、顔を見合わせるのだった。
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