5-12 お友達のお家へ
本日もよろしくお願いします。
『これでもないか』
ぱたんと本を閉じて、アリアはしょんぼりとした。
ふぅとため息を吐いてから周りを見てみれば、大人たちは疲れた表情をしつつも泣き言一つ言わずに本を読み漁っている。
ここはアリアのお家の敷地内にある書庫。
世界のどこにも出回らない原本と写本の一対の本が大量に収まっている。
古い時代の原本は木簡や羊皮紙が使われ、350年前を境に紙の本となり、それから時代を追うごとに良質な紙へと変わっていく。写本は良質な紙の物が主だ。
とても大切に扱われている書の数々。
しかしてその内容は、女性の夢日記であった。
そう、ここにあるのはペロニャの夢日記である。
ただし、歴代ペロニャの夢日記だ。
ペロニャ。
万年雪に覆われた切り立った山脈により外界と断絶されたキスミアに、ある日、忽然と現れた謎の女性。
彼女は、眠ると不思議な知識を取得して目覚めるおかしな体質だった。
その知識のほとんどはキスミアの長い冬を彩る空想物語で、キスミアの人々はそんな物語を語るペロニャを愛した。
ペロニャは稀に技術やデザインを取得して目覚めることがあった。
それが今日に伝わるキスミア水車であり、キスミア模様などである。
ただし、技術の面に関して言えば、当たりは稀であった。夢では凄く有用なのに現実で作ると全く役に立たないオブジェも大量にあったのだ。
そんな不思議なペロニャは現代でも生きている。
その体質が子孫に受け継がれることによって。
何故か女性にだけ発現する夢見の体質により、アリアは第21代目ペロニャとなった。
その母は第20代目ペロニャ、父は夢日記を管理する夢司書である。
この書庫は、そんな乙女たちの夢日記で構成されているのである。軽くメルヘンであった。
現在、アリアたちは『光の柱』という現象について書かれた夢日記を探していた。
本来ならそれは数名の夢司書のお仕事なのだが、アリアやアリアママ、お屋敷のメイドさんもお手伝いしている。
夢日記は、歴代ペロニャが文字を覚えたら書き始め、以降は大体の者が死ぬ間際まで書き続ける。最後の最後まで書く必要なんてないのだが、生涯の習慣となっており目覚めたら文字を書かないと気が済まなくなってしまうのだ。
そんなだから、この書庫に収まっている夢日記は膨大な数だった。
約600年分の日々の夢が収まっているのだから。
故に、本当に見つからない。
キスミア文明に大きく関わる夢日記は、夢司書たちに聞けばページ数まで詳しく教えてもらえるのだが。
しかし、そんな作業もやがて終わりを告げた。
発見しました! と1人が声を上げた。
ひとまず全員が本にしおりを挟み、年若い夢司書の下へ集まる。
『ほう、うっかりペロニャの夢日記か』
初代ペロニャは心に大きな傷を持った優しい女性だったが、他の代も同じではない。
それぞれに性格があり、第8代目ペロニャは、うっかりペロニャと呼ばれていた。
夢司書が該当する記述を読んでいく。
――――
16歳 雪解け月5日(※365日の概念は近代から)
どこかの緑豊かな大地に光の柱が立っている。
見たことのない多くの動物たちが興味を惹かれては、飽きて立ち去っていく。
そんな動物たちとは裏腹に、何者かが歌を歌っていた。
歌の意味は分からなかったけれど、どうやら喜びの歌のよう。
こんなに大きな声で歌っているのに、どうして動物たちは気にしないのだろうか。
やがて歌に誘われて、また他の者が歌い始めた。大勢だ。
その歌は祝福の歌のように感じられた。
ちっぽけな光の柱だけれど、そんなに凄いことなのだろうか。
歌は、やはり動物たちには聞こえないようだった。
きっとこの歌は、精霊や神様の歌なのだろう。
そういえば、歴代のペロニャも神様の歌を聞いたことがあるって話だ。ママやバッチャも言ってたっけ。
そうだ、この歌のリズムをパクろう。
今から流行らせれば、収穫祭は大盛り上がりだわ、にゃーん!
ふふふーんふふんふふーん、ふふふふんふーん―――(以下、メロディを記録しておくには不毛な方法が続く)
――――
『あっ、私が読んだのはこれです!』
光の柱について、どこかで聞いたことがあったアリアは思わず声を出した。
楽譜に落とし込まずに文字としてメロディを残していた8代目のうっかりさに、アリアは楽しく思ったのだ。
なお、第8代目ペロニャが収穫祭の曲を流行らせた史実はない。
『歴代ペロニャが時折聞くという神様の歌か』
アリアパパの独り言をアリアママが拾う。
『はい。私も聞いたことがあります。私の場合はアニソンのような激しい曲でしたが』
『これはつまり、星の歌ということか』
『どうでしょうか。けれど、歌った者が誰なのかは重要なことですね。光の柱が立つと誰かが喜び、みんなに祝福される。これが星の話ならば、それはそのまま我々の置かれている状況に当てはまります』
『地球さんと他の星々……つまり、何かの予兆ということですか?』
アリアの質問に、アリアママは首を振った。
『その可能性はありますが、それだけ分かっても意味がありません。引き続き文献を調べましょう』
アリアママの言葉に、夢司書たちは頷く。
『何かの予兆』なんてことでは意味がないのだ。
光源のない場所に光の柱が立つなどという不思議な現象が起こった以上は、何かの予兆かもしれない、と警戒して然りなのだから。
アリアも早速、8代目の夢日記を追ってみようと思ったが、ここでアリアママが待ったをかける。
『お友達がいらっしゃるのでしょう? もう貴女はいいですから、支度をなさい』
『はっ、いけない。もうそんな時間ですね!』
『羊谷萌々子は、我々の謎の答えを見つけてくれた者の妹君です。しっかりとおもてなしするのですよ?』
『はい、お母様!』
歴代ペロニャは、全員が足元がふわふわした存在だった。
寝ると凄い夢を見るとか、自分でも意味不明だったのだ。
楽しい物語やいくつか凄い結果を残していたために大切にされてきたが、そんな不安定な体質を担保に生きてきて不安がないはずがない。だから、歴代ペロニャは普段は畑仕事に精を出してきた。
それがつい先日、命子たちが持って帰ってきた情報により、足元が超合金で固められたようにカッチカチになった。
紫蓮が天狗にした質問『概念流れとは何か』と、それに対する天狗の答えである。
アリアたちは、自分たちは概念流れという現象を超高確率で夢見る存在だったのだと、その時に初めて理解した。
そしてそれは、歴史的資料くらいにしかならなかった全ての夢日記が、莫大な価値を秘めた日記に化けた瞬間でもあった。
なにせ、夢日記には『ガラクタにしかならなかったへんてこな物』の存在がたくさん描かれているのだから。これはファンタジー世界で運用される物なのではないかと現在は考えられているのだ。
他にも、マナ進化するとこんなフォルムになるんじゃないかな、と予測できる生き物の外見説明なども多々ある。むしろこれが多い。
これは世界各国でも自国にある謎のオブジェに対して、同じように思っている人たちがいる。
例えば、ストーンヘンジやモアイ像などだ。古墳から見つかるオーパーツだってそうだ。
命子たちがそこまで重大事だと思っていない概念流れだが、世界各国では割と注目されているのである。
そういう国はオブジェの由来について良くて口伝程度しか残っていないが、どういう由来かはっきりと分かっているペロニャの夢日記を大量に抱えたキスミアは、はわはわしていたりする。
そんな風に、知らない所でキスミアの深部にいる人物に恩を売っていた命子たちは、明後日のキスミア旅行の最終日に食事会に招待されていた。
ルル関連かな、と一同は思っているが、それだけではないのだ。
アリアは最終日だけお話しするのでは物足りず、観光する一行を見に行ったのだ。
そこで同じ年くらいの萌々子を発見して、お友達になりたいと思い、現在に至っている。
そんなわけで、アリア的にも今日は楽しみなのであった。
命子たちが雪ダンジョン2日目を頑張っている本日、萌々子はアリアのお家にお呼ばれされた。
言語的に少し不安に思いつつも、萌々子は思い切って遊びに行くことにした。国外旅行中に知り合った友人の家に遊びに行くとは、中々グローバルな少女である。
そうしてホテルにお迎えに来たのは、じぃやだった。
アリアの祖父だと勘違いした萌々子は、お爺ちゃんが友達を迎えに来るの!? と異国文化に若干怯える。なにせじぃやとの接点は皆無なので、ここはボディガード役の滝沢に全てぶん投げようと心に決めた。
首都を走る車は行政区に入る。
異国情緒溢れる大きな建物を見た萌々子は情操教育された。
「わぁっ、おっきい」
半身を捻って窓縁にちょこんと指を引っかけて、萌々子は殊更立派な建物を見つめる。
キスミアは行政区でも高い建物はないのだが、横に大きい物が多かった。
「あれは首相官邸でございます」
じぃやがそんな風にガイドしてくれる。
萌々子は、ずいぶん丁寧な言葉遣いのお爺ちゃんだな、とさっきから思っていた。
首相官邸を通り過ぎると、車は門の前で停まった。
守衛がじぃやを確認し、門が開く。
友達の家に行くのになぜゲートを通るのだろうか。
萌々子はここに来て、アリアは凄く良いお家の子なんじゃないだろうかと思い始めた。
ネコミミフードなんぞ被っていたから、普通のポップな女の子かと思っていたのだ。
車は旧市街に入っていく。
普通自動車は原則侵入禁止の旧市街だが、どうやらこの道は私道らしく、左右が塀で囲まれた道になっている。
「滝沢さん、ドレスコードは大丈夫かな?」
「萌々子ちゃんは難しい言葉を知ってますね! 大丈夫ですよ、可愛いですから!」
心配する萌々子に、滝沢はふんすと太鼓判を押した。
萌々子の服装は、セーラー服みたいなワンピースだ。白地で、襟と袖とスカートの裾の爽やかな緑色がアクセント。もちろんリボン付き。
さらにハイソックス、この前買ったネコミミとシッポ、可愛いポシェットを装備。
どこに出しても恥ずかしくないぴかぴかのロリであった。
一方の滝沢は、馬場と同じくコスプレっぽい秘書スーツだった。ダンジョン装備だ。
萌々子の服は、強化された物である。
G級の魔物の攻撃ならば、直撃してもクッソ痛いくらいで済む。ただし、攻撃力が高いG級だと不安。
こういう服を命子は数着作ってあげていた。
厳密には、素材を提供して萌々子に【防具限定合成強化】をさせてあげた。
なお、心配なのでランドセルの内側には、ダンボールさんのダンボールをくっつけて改造してある。帰宅途中に魔物に襲われた際には盾として使えるように。
滝沢の言葉を信じて、萌々子は背筋をピンと伸ばしリボンの位置をちょんちょんと直す。
やがて見えてきたのは、数棟のお屋敷だった。
「アリアちゃんはあそこんちの子なんですか?」
「えーと、私も詳しくは知らないんですが、アリアちゃんは日本で言うところの巫女の家柄なんですよ」
「へぇー。貴族なのかと思いました」
「キスミアは歴史上で王侯貴族が発生しませんでしたからね。確か、近世まで酋長が指導者的な立場だったはずです。近代化して今は首相さんが治めています」
そんなお勉強をしているうちに、車が敷地内に入った。
この屋敷を中心にして旧市街が広がり、さらにその外に新市街がある。
敷地内にあるお屋敷は、同時期に建てられた物がない印象だ。
新しい建物、少し古い建物、それよりも古い建物、凄く古い建物……と、そんな風に敷地内には6つの建物があった。
その分、敷地は狭く、格式ある家にありがちな見事な庭園などはない。
芝生や花壇はあるものの萌々子の目を引いたのは、猫や水車の置物、その他よく分からないオブジェなど、そんな物だった。総評して、ごちゃごちゃした庭だった。
車から降りた萌々子たちを、ネコミミをつけたメイドさんが出迎えた。
貴族文化がなかったのにメイド服を着用している。輸入された文化だろう。
萌々子たちは、中心にある最も古い建物に案内された。
中は別段豪奢なわけではない。
触るのも憚られるピカピカなツボも、良さがちょっとよく分からない絵画もない。
代わりに、やはり外にある置物と同じような物が台の上に飾られている。萌々子の目にはどうにも高価な物には見えなかったが、触るのはやめておいた。
萌々子たちは応接間へ案内された。
テレビがあり、ソファがあり、雑誌があり、テレビの下のラックにはゲーム機があり……どちらかというと居間だ。
お屋敷に入る前には、貴族令嬢のお茶会みたいなことをするのかしら、などと考えていた萌々子はちょっと拍子抜けした。
メイドさんが淹れてくれたお茶を飲みつつしばらく待っていると、アリアがやってきた。
「お待たせしましたなのれす」
「あっ、アリアちゃん。今日はお招きいただきありがとうございます」
「ニャウ。変なお家ですけど、楽しんでいってくださいれす!」
「うん、ありがとう! それにしても立派なお家だね。ドキドキしちゃった」
「古いだけなのれすよ。気楽にしてくださいれす」
「うん!」
「あっ、だけどこのお家以外の建物には入らないでほしいれす」
「うん、分かった!」
そんな注意事項を受けつつ、雑談をしばし。
「さて、それじゃあ何して遊ぶ?」
「どうしましょうれす?」
どうやら選択権をこちらに委ねてくれたようなので、萌々子は考えた。
しかし、ここで萌々子がやりたいことを言うのも大人げない。
ここは、アリアが好きそうなことで遊ぶのがお姉さんの対応であろう。
「じゃあ、おままごとは?」
「っ!」
萌々子の推測では、アリアは10歳以下だった。
キスミアはスラリとした長身女性が多いため、自分と同じ程度の身長しかないアリアはカッコいいキスミア女性の雛なのだと思ったのだ。
さらに、『です』が上手く言えず『れす』になるのが、幼女にありがちな舌っ足らずに思えたのだ。
そこから導き出される答えは、8歳から10歳程度。つまり……ギリギリおままごとをする年齢!
が、しかし、萌々子の推測を裏切り、アリアは萌々子と同じ12歳だった。
キスミアにだって身長が低い女性はいるのだ。
というより、キスミアでもダンジョンは11歳以上から入れるので、10歳以下はない。
おままごとを提案してきた萌々子に、アリアはひゅっと息が詰まる。
もうおままごとは5年くらい前に卒業したのに、目の前のこの子はまだおままごとで遊ぶのかと。日本人……不思議な種族だ。
しかし、お招きした少女がおままごとをご所望ならば、ホストはその願いを叶えなければなるまい。
アリアは覚悟を決めて、にぱぁっとした。
「それじゃあ、おままごとをするのれす!」
嬉しそうに笑うアリアに、萌々子は良かった正解だったみたい、とホッとした。
お姉ちゃんは大変なんだなぁ、と10歳くらいの自分とおままごとをしてくれたお姉ちゃんに、ひっそりと感謝するのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。