5-11 それぞれのダンジョン活動
本日もよろしくお願いします。
シーシアたちに見送られ、命子たちは元気いっぱいに8層へと旅立つ。
次は10層でお泊りして、3日目には10層のゲートで帰るつもりなので、それに合わせてじっくりと探索する。
「なんか途中まで探索できたのに勿体ないね」
「うん。勿体ない」
命子の言葉に、紫蓮が頷く。
例えば、このダンジョンを10層まで探索できたとしても、他のF級ダンジョンへ入る際には10層からスタートできるわけではない。他のダンジョンは1層からの探索なのだ。
命子たちはそれが勿体なく思えたのだ。
まあ、登山だって、一つの山を登頂しても他の山を登る際は最初からなので、摂理として受け入れるしかないのだが。
2人ペア、3人ペア、など色々な組み合わせで魔物と戦っていく。
雪道での戦いは普通のダンジョンよりも、少女たちを鍛えた。
加速、踏み込み、回避、急停止、その全てが雪と共にある。
粉雪が顔に付着すれば瞬く間に水に変わり、集中力を乱そうと顔の上を流れる。
戦闘が終われば、今度は身体を冷やそうとしてくる。
G級のレベルキャップは10だが、F級でのレベルキャップは20だ。
しかし、各等級でレベルキャップまでレベルを上げるのは割と大変だ。
命子たちはそこそこ戦っているが、1つだけ上がって16になった。一方の紫蓮とメリスはすくすく成長している。レベルは12になり、嬉し気にふんすとしている。
上がりにくいレベルに反して、雪道での戦闘技術は上がっていった。
魔物が落としたドロップは、全て保管だ。
このダンジョンの妖精店でしか買えない装備を狙っているのである。
ちなみに、他国のダンジョンは入場に料金が掛かる。
さらに、手に入れた物は持ち帰れる個数が決まっている。
ダンジョン産の物は、他国との貿易材料になり得る。
それをダンジョンの入場料を払いさえすれば、百円玉掴み取りゲームよろしく持って行かれては困ってしまう。
自国の冒険者なら自国民が富んだ、あるいは次のダンジョン探索への投資とも見れるが、他国に持って行かれたらそれまでだからだ。
ダンジョン内で【合成強化】で素材が消えるのは、それはもう仕方ないと諦めるしかない。
なお、素材の持ち帰りカウントは、その冒険者が国内にいる間は全ダンジョンで共通して累積されるため気を付ける必要がある。
命子たちは、前回の半日だけの探索で『ラキューのステッキ』をそこそこ持ち帰る契約を交わしている。残りの枠は、この探索で埋めるつもりだ。メインは妖精店の品の予定だ。
休憩を挟みつつ10時間ほど探索して、一行は10層の妖精店に辿り着いた。
ダンジョンの壁の一部が、煉瓦造りの外観でガラス窓と木のドアがついている。
「おー、マッチ売りの少女を思い出す」
「羊谷命子のセンスは謎」
雪道の中、ガラス窓から温かな光が零れる妖精店を見て、命子と紫蓮がそんなことを話す。
「じゃあ紫蓮ちゃんは何を思い浮かべるのさ」
「我は、赤リンの幻影術士を思い出す」
「そうそう、シュッてやると術者が幻術に掛かるやつね。結局マッチ売りじゃんさ!」
「これはあれ、汚染された。この光景からはもうマッチ売りしか連想できない」
「ラーメンのお腹的なやつな」
「雪の中でラーメンの話とかしないで。あと、喩え下手」
妖精店の外のセーフティゾーンには、雪ウサギならぬ雪猫が並んでいた。
ラキューが雪だるま兵を作るので、若干警戒してしまう。脳みそが殺伐としていた。
「誰が作ったんだろう?」
「店主か、キスミア軍人か、元からのオブジェか」
現状でここに入っているのは、キスミア軍人以外にいない。冒険者はまだG級を探索している段階だ。だから、紫蓮はそう予想した。
「きっとキスミア軍のオッチャンが6人でわいわい作ったんだよ」
「誰が一番かわいい雪猫を作れるか選手権、オッサン部門」
ルルとメリスとささらが、早速、新たな雪猫を作る姿を見つめながら、命子と紫蓮がオッチャンたちの乱痴気騒ぎを想像した。
そんな中で馬場は、超ラーメン食べたい、と思いながら手をさすさすした。命子たちのさっきの会話を第三者が凄く引きずっていた。
そうして、お店の中に入る。
キスミアなのに、雪ダンジョンの店主は猫ではなかった。
白くてでかくて、強そう。
それは。
「イエティ妖精さん!」
「……らっしゃいッティ」
情報では聞いていたが、命子はその迫力に軽くビビった。とりあえずデカイ。
イエティ妖精は、一言発しただけで寡黙だと分かる渋い声で命子たちを迎えた。
「こ、こにちは! 羊谷命子です!」
「……ああ」
龍の威圧すらも跳ね返した命子は、頑張ってご挨拶した。
その後ろで紫蓮が命子を盾にする。紫蓮の方が大きいので丸見えだ。いや、よく見れば命子を守っているのかもしれない。それは紫蓮のみぞ知る。
一方、猫にもモグラにも目をキラキラさせたルルとささらは、すんとしている。イエティはこんなにモフモフしているのに。メリスはルルとささらの手をギュッと握っている。
そして、馬場は、これに襲われたら自分がみんなの盾になるのかぁ、と自分の職務を想った。店主のパンチ一発で顔が吹っ飛びそうである。
ちなみに、この雪ダンジョンで雪モグラが出てくるのと同じで、イエティが他のダンジョンに魔物として出てくる可能性は十分にある。
「え、えとえと。それじゃあまずは物を売りたいです」
「……物を見せるッティ」
語尾が無理やりなんだよなぁ、という感想を必死で喉の奥で押しとどめ、命子はみんなに呼びかけて、素材を売る。
「……〆て、18400ギニーッティ」
「おー割といったな。やっぱりG級よりも単価が高いのが良いね」
G級よりもF級の方が魔物の素材単価は高い。魔石も同様だ。
「それじゃあ、このお金でお泊まりしたいです」
「……どの部屋にするッティ?」
命子たちは協議の結果、大部屋+お風呂の組み合わせで泊まることにした。
大部屋にはどうやらキスミア軍の女性が6人泊まっているらしいが、別に気にならないので大丈夫だ。
いつも通り妖精店の冊子を借りて、命子たちは大部屋に移動した。
命子たちが雪ダンジョンに入っている頃、家族もまたダンジョンに入っていた。
今回の組み合わせは、笹笠家、流家、有鴨家の3家合同チームと、羊谷家と滝沢&SPの6人チームだ。
3家合同チームは、前回の探索で3層までクリアしていたので、今回の探索で10層の妖精店まで行くつもりだ。
真っ白な猫の店主がいるらしいので、ささらママも含め、女性陣は密かに楽しみにしている。
「サリサ、また目がこーんなになってたデスよ?」
「はーはー、ルネットさん……それは、はーはー……」
たった今戦闘を終えたささらママに、ルルママが目を『><』にして注意する。
ささらママは肩で息をして何か言おうとするも、言い訳するのもカッコ悪いのでやめた。
そんなささらママの顔の汗を、紫蓮ママがせっせっとタオルで拭く。まるでマネージャー。
キリッとした少し厳しめの眼つきのささらママは、運動音痴である。
そのため、娘から水の魔導書がプレゼントされ、現在は『見習い魔導書士』になっているが、今の戦いでは訓練のために接近戦をしていた。
サブ武器は棍。
刃物を持たせたらダメな類の運動音痴だからだ。
とはいえ、運動音痴も『術理系スキル』の導きで、改善はする。
命子母などは、それで結構動けるようになった。
けれど、忙しいささらママは修行に割ける時間が少ないので後方タイプになったわけだ。
ちなみに、命子母にも魔導書はプレゼントされており、一般家庭の羊谷家は武器ロッカーが3つもあった。来年には萌々子の分も用意される上に、命子がまた武器を手に入れたらさらに増えるだろう。まるでアクション映画にでも出てきそうな家だ。
3家の男性陣は、全員が卒なく物事をこなす。
ささらパパは非常に優秀な人物のため、オールマイティだ。
ルルパパはスポーツが得意なため、これもまた問題ない。
2人に比べれば弱い紫蓮パパであったが、それでも俊敏に動いた。
彼らもまた、娘や嫁を守るためにレベル上げに勤しむ。
若干、ママ友同士の仲が良すぎて、危機感を覚えていたりもする。特に紫蓮パパ。マネージャーが自分のところに来ない件。
『見習い魔導書士』のささらママが水弾で敵を弾き。
『見習いサムライ』のルルママが、木刀で敵を殴り。
『見習い料理人』の紫蓮ママが、はわーっと木刀でポカポカする。
女性陣の連携により、敵が倒されていく。
まるでゲームのような世界で、親世代も頑張っていた。
羊谷家チームは、萌々子がいるため1層だけを探索する。
「えいっ! えっと……シュバッ! えいっ! シュバッ!」
命子母が、ニャモロカとバトルを繰り広げる。
攻撃をして、追撃せずにバックステップ、攻撃をして、追撃せずにバックステップ。
2児の母とは思えない童顔フェイスが、眉毛をキリリとさせて勇まし系合法ロリに大変身。
そんな妻を、命子父はハラハラしながら見つめる。
夫婦の歴史というのは、人それぞれだ。
ゲームが大好きな夫婦もいれば、図書館で同じ本を選んで始まった仲もあるし、スポーツを通じて出会った夫婦だっている。
ダンジョンに夫婦で入る人たちの精神状態は、夫婦の歴史が少なからず影響を及ぼした。
スポーツをしている姿を見ていれば、両者共に安心して見ていられる。腕組みをして戦闘を見学し、時にアドバイスし合ったり。これらは別に良いのだ。
けれど、そうでない夫婦はお互いの意外な面を見つけたり、想像通りの運動音痴さにハラハラするのだ。
羊谷夫妻の歴史にスポーティなシーンというのは非常に少なかった。
手を繋いでお散歩したり、映画を見て楽しんだり、ゲーセンのネズネズパニックで笑い合ったり、そんなのんびりとした恋で結婚した仲なのだ。
だから、妻が敵をビシバシ叩く姿に夫はとてもハラハラする。
反対に、草食系の旦那の意外な雄々しさに妻はドキッとしたり。
なお、この旅行で各家の両親は娘たちと部屋が別だった。豆情報である。
まあそれは置いておいて。
命子母はズバッと敵をやっつけた。
そうして、命子母は光になって消えるニャモロカに向けて、キリリとして言い放った。
「チェックメイト」
相手の駒が盤上から消えるタイミングで言うセリフではない。
何でも良いからとにかくカッコいいセリフを言いたいその姿は、もうどうしようもなく命子の母であった。
しばらく進み、1層のもう1体の敵である足のあるポプラの木みたいな魔物を倒した際にドロップした木の枝を、滝沢が合成強化する。
その様子を見て、命子父がしみじみとして言った。
「それも命子が発見したのか……」
自分の娘は色々なことを発見している。
いや、放っておいてもそれらのことは割とすぐに誰かが発見しただろうから、『誰よりも早く行った』の方が適切かもしれない。
しかし、世の中に【合成強化】の重要性を知らしめたのは、紛れもなく命子だった。
命子が【合成強化】を有名にしなければ、ドロップした素材を冒険中に【合成強化】でどんどん消費するというテンプレートは、早期には浸透しなかっただろう。
こうした方が良いよ、と政府は教えただろうが、【合成強化】が生産の範疇だけに、こんなに多くの人が率先して実行することはなかったはずだ。G級ダンジョンはある程度要領を掴めば舐めプが可能である故に。
「命子ちゃんは凄い子だものね?」
「うん。そうだね」
父としてはどんどん娘が離れていくようで寂しいけれど、命子父は妻の言葉に笑顔で答えた。
なんにしても、娘の足を引っ張らないように頑張らなくてはならない。
命子ほどの活躍は無理でも、帰る場所を守り通すくらいには。
けれど、やっぱり萌々子が戦う姿を見たりすると、ハラハラする。
その様子を見つめる滝沢は、やっぱり親子でダンジョンに入るべきではないわね、なんて思った。
レベル教育の現場でも、最初のうちは親子で同じチームで参加することが可能だった。
けれど、現在は特別な事情がない限り不可だ。
親が子を心配するあまり足並みを乱し、むしろ危険なのである。これは善良な親であろうとあり得ることであった。
羊谷家チームは、みんながダンジョンに入った1日目だけ、こうしてダンジョンに入った。
その翌日。
羊谷家はオフだ。両親はホテル周辺のお散歩である。
そして、萌々子はアリアのお家にお呼ばれされていた。
読んでくださりありがとうございます。
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