我が戦略に心酔を【後編】
〈天を薙ぐ灼炎〉――等級七位魔法にあたるこの魔法は、滑り気のある身体で物理攻撃を半減するカタマヴロスにとって非常に有効な手段である。
アルカの手中から放たれた刃状の青い炎は文字通り天を薙ぐ。この炎に当たれば、誰であろうと大火傷を負うだろう。
しかし――俊敏性に優れたカタマヴロスは、間一髪の所で蒼炎を躱す。
「があっ!!」
かすりもせず躱したはずの炎の刃がカタマヴロスの背部を焼き切る。
「まだまだ!〈転移〉! 〈天を薙ぐ灼熱〉!」
カタマヴロスはロンダートのように身を捻り、乱発される蒼炎の刃たちを辛うじて躱していく。
――転移で場所を移動しながら一方的に攻撃だと? そんな高度な芸当をできるやつなんざ世界にお前くらいしかいねえよ!
「〈召喚・吸血蝙蝠の大軍〉!」
アルカの突き出した手に現れた紫色に輝く魔法陣から、幾千もの蝙蝠達が狂ったように飛び出す。
「――それは悪手だろ。〈暴食〉」
カタマヴロスの頭部が大きく歪み、獲物を深淵に誘うかのように肥大化した顎へと――蝙蝠達が一瞬にして飲み込まれていった。
「〈暴食〉は捕食した万物を体力回復に充てる、俺が新しく得たスキルだ。流石のお前もこれは予期していまい」
カタマヴロスは関節のない四肢を地につけ、四足歩行の動物のような格好で不気味に笑った。
「第2ラウンドだ」
そう言うとカタマヴロスは、その場から一瞬にして消えた。
「·····ッ!速い!〈天を薙ぐ灼炎〉」
ただでさえ速かったカタマヴロスが手にした、一刹那の数秒先を行くスピード。
「遅い」
その速度は蒼炎を全て潜り抜け、一瞬で間を詰めるほどの機動力をもたらした。
「がっ!」
ロングブレードがアルカの肌を裂く。漆黒のドレスがじわりと赤く染まった。
「おいおい·····どうした? 俺が強くなりすぎちまったか?」
カタマヴロスは嘲笑し、勝利を確信した。だが油断することなく、そのまま地を蹴ろうとしたところでアルカの異変に気づいた。
「くくく·····」
下を向いたまま笑い声を上げるその様子にカタマヴロスは戦慄を覚える。
「〈転移〉〈火柱〉」
距離をとったアルカとカタマヴロスの間に蒼炎の壁が生成された。
それもただの壁ではない。カタマヴロスを取り囲むように、四方から一斉に火柱が上がった。
「チッ·····火種か·····っ!」
「ご名答。お主がどれだけ素早かろうと囲ってしまえば問題ないのじゃ」
一見単純なようだが、気づいた時にはかなり炎の壁が厚くなってしまっていた。どれだけ素早く抜けようとカタマヴロスには大ダメージである。
「永炎の理よ、我が魔導にひれ伏せ。
等級十位魔法――〈絶炎超新星〉」
空を焦がすほどの熱とともに襲来した巨大隕石を見て、カタマヴロスは〈暴食〉並にあんぐりと口を開けた。
だが、急いで正気を取り戻して炎の壁を駆け抜ける。
「痛エエエエエッッ!!!! だが隕石を食らう前にお嬢を倒しちまえばいいのさ!」
そう吠えて炎の壁を抜けた先には――
「儂の、勝ちじゃ」
無数の魔法陣を展開し、ニコッと微笑んだアルカが待ち構えていた。
「〈天を薙ぐ灼炎〉」
。。。
「はっ!」
カタマヴロスが目を覚ますと、すっかり月が昇っていた。アルカは腕を組んだまま満天の星空を眺めている。
「おい、お嬢·····「カタマヴロスよ」
アルカは天を仰いだまま、被せ気味にそう言った。
「儂はな、この世界の王になろうと考えている」
「は·····はぁ?」
あまりに唐突すぎる物言いに、カタマヴロスは間の抜けた返事をした。
「言う事、なんでも聞くって約束したじゃろ。お主も協力せい」
振り向いたアルカの表情は、どこか憂いが見て取れるようだった。
「そりゃあ構わねえけど·····昨日まであの城で隠居するのが何よりも楽しいって言ってなかったか?」
「状況は刻一刻と変わっていくものじゃよ。儂は世界を征服する。来たる戦いに備えてな」
この世界はまだまだ未知数だ。自分の身を守るためには協力者を増やすしかない。
――だが、この時の俺はまだ知らなかった。《《あいつ》》が敵になるだなんて。