カタマヴロスとお茶会を
不思議そうにこちらを見上げるオーレインを見て、アルカは口を開く。
「……ああ、すまんな。少しばかり考え事をしておった」
軽くだが謝ったことに対しオーレインが即座に否定しようとしたのを見て、アルカは慌てて言葉を続ける。
「いくつかお主に聞きたいことがある。できれば嘘を吐かずに答えて欲しいのじゃが」
「何なりと」
「どうも昨晩の記憶が曖昧なんじゃが、ここはカストロ・リュクスの主寝室で合ってるな?」
「左様でございます」
オーレインは真剣な表情で答える。
変に突っ込まれてボロが出てもまずいので、記憶が曖昧と前置きして誤魔化したが、どうやら正解だったようだ。
カストロ・リュクスというのは、レジェンドオンラインでアルカ・ソルテが住処とする城の名称であり、特殊ダンジョンの一つである。
墓地跡に建てられているため、敷地内はアンデッドモンスターが最大限に能力を発揮できる負のエネルギーが満ちた環境。
また、生者を感知して発動する多数のトラップが仕掛けられており、プレイヤーはそこを抜けて玉座までたどり着かなければアルカの顔を拝むことすら出来ないのだ。
「そうか……では次じゃ。儂は強いか?」
「はい、強いです。アルカ様と互角以上に渡り合える者など、この地にはおりません」
「ふむ。であれば、お主と戦ったらどうなる?」
「瞬殺でしょう。たとえ百人の私が同時に襲い掛かったとしても、アルカ様に傷一つ付くことなく終わるかと思われます」
どちらの質問も即答だったので、オーレインが本当に思っていることなのだろう。しかし、主と眷属、真祖と通常の吸血鬼として種族的に差があるとは言え、百人と同時に戦って瞬殺というのは結構な褒め言葉である。オーレインだって、統率の取れた最上級パーティーが相手してようやく五分五分となる最強クラスのモンスターなのだから。
「さて、これからどうするか……」
「これからのご予定ですか? 昨日お約束されたとのことで、一時間後にカタマヴロス様とのお茶会が控えております」
独り言のつもりだったのだが、どうやら予定が決まっていたらしい。
「カタマヴロス?」
「はい」
カタマヴロスとは、アルカ・ソルテに並ぶ裏ボスの一人として配置されているドッペルゲンガーの名前だ。
設定では確か、密かにアルカに惚れているとか書いてあった気がする。
アルカはゾワっとした寒気を感じて体を震わせる。
ドッペルゲンガーって確か性別の概念なかった気がするけど、何か嫌だな。
「分かった。よし、そろそろ立ち上がって応接間に紅茶とお菓子を用意せい」
「はっ! 畏まりました」
オーレインは立ち上がって深く一礼すると、命令を遂行するために別室へと消えていった。
「……やれやれ」
アルカはオーレインの後ろ姿を見送り、一人呟く。
とりあえずカタマヴロスに会ってみよう。向こうがこっちに好意を持ってるなら、聞けばいろいろ教えて貰えるかもしれない。それに……。
どうにかして戦闘訓練に持ち込めないだろうか。
カタマヴロスと戦えば、裏ボスがどの程度の強さなのか把握できるかもしれない。もちろん個別差はかなりあるだろうが、指標の一つとして体感することが出来る。
手抜かれずに、本番同等の緊張感で……かつ、必勝の手段か。一時間でそんな作戦が立てられるかな。
今のところ、この世界で一番恐れるべきは敵対する者。自分に害をなそうとする者だ。
そういった意味では、逆に自分に好意を持つ強者の存在は非常にありがたい。利用できるものは何でも利用するべきだろう。
想定外のことが多すぎる。
これはもう、ゲーム内に転移してしまったと仮定して行動するほかないとアルカは思ったのだった。
。。。
主寝室の広さから既に想像出来ていたが、ここの応接間は相当広い。
床にはやはり、主寝室と同様に柔らかく整えられた洋紅色の絨毯が敷いてあり、部屋中央には入念に手入れされた大きな大理石のテーブルが置かれている。磨きに磨かれて純白の輝きを放っているその様は、上に物を置くのをためらうほどだった。
アルカが腰掛けているソファも、これまた既成概念を崩されるほど気持ち良い柔らかさとなっている。
高級ソファってこんなにふかふかなんだなぁ。
アルカって常時発動型の睡眠無効スキル持ってたけど、寝ようと思えば普通に寝られそうだな。
そんなことを考えていると、応接間入口の扉が開き、オーレインに連れられたカタマヴロスがその姿を見せた。
「よう、お嬢。来たぜ」
ヒタヒタと濡れた素足が立てるような足音と共に現れたカタマヴロスは、頭を下げるオーレインを一瞥すると、漆黒の針金のような身体の細さから考えれば異様な、ゆうに2メートルは超えるであろう身長を猫背になって屈めた。そして、一体どこから声が出ているのであろうか、のっぺらぼうな顔をアルカにずいと近づけた。
お嬢という呼ばれ方にピクリと眉を動かしながら、アルカはなるべく好意を持った声で呼びかけに応える。
「よく来てくれたの。まあ、座って楽にせい」
アルカが手で示した先には、いい匂いを漂わせる紅茶が二杯置かれ、クッキーやパウンドケーキ、マドレーヌ、フィナンシェといった美味しそうなお菓子が、金細工と銀細工の絡み合う純白の皿の上にこんもりと盛りつけられていた。
魔法を駆使しているとはいえ、すべてオーレインのお手製というのだから驚きだ。
カタマヴロスはソファに腰掛けると、紅茶の入ったカップを手に取り、何もない顔の、通常なら口がある辺りに持っていった。すると小さな穴が開き、ライターで火をつけた紙が少しずつ燃えていくようにじわじわと広がって顔の下半分を占める空洞となり、そこに紅茶を注いだ。
「美味い紅茶だ。良い茶葉使ってるな」
「恐れ入ります。王都で購入した最高級のものを使わせて頂いております」
カタマヴロスの呟きに答えるように、オーレインが捕捉した。
「それで、カタマヴロスよ」
アルカはそれらしい言葉を選びながら口を開く。
「すまんが、今日って何のために来て貰ったんじゃっけ? どうも記憶が曖昧でのう」
カタマヴロスは、パウンドケーキを口に放り込むと言った。
「マジで言ってんのか? アンデッドであるお前が二日酔いとは……そろそろ歳か?」
「いやいや、儂、不老不死じゃし。それこそアンデッドじゃから」
違いねえ、と笑うカタマヴロスを見て、ジョークにジョークで上手く返せたことを悟り安心したアルカも微笑を浮かべた。
なるべく自然に、それとなく聞き出したところ、どうやら昨日は酒を飲みながらメッセージで雑談していたことになっているようだ。
この世界でのメッセージは、メールというより万人が使える電話のような扱いのスキルらしい。
「それで今日何しに来たんだったかーって話だけどな、ただ暇だからお茶会しようってお嬢が誘ったんだぜ」
「そうじゃったか。それなら良かったわい」
良かった? と首を傾げるカタマヴロスに、いや何でもないと慌てて訂正する。
「では存分にくつろいで行くが良い」
「ああ、そうさせて貰うぜ」
表情のないカタマヴロスだが、口調からリラックスしていることは十分に感じられた。
今なら話題として出しても不自然ではないだろう。
アルカはそう判断し、いかにも唐突に思いついたように尋ねる。
「あ、そうじゃ。ふと思ったんじゃが……今の儂らってどっちの方が強いんじゃ?」
流石にないと思われるが、ここ数ヶ月中に戦った事実があればこれは不自然な質問だ。
だが、その場合は酒のせいにすればいい。
「酒に酔っていた」という万能な言い訳を得たアルカは少々勇み足になっていた。
急に部屋がしんと静まり返る。
オーレインも何かを察したのか、固まった表情のまま凍りついたように動かない。
ふう、と溜息をついたカタマヴロスが口を開く。
「それは500年前の決着をつけるってことでいいのか?」
そう。カタマヴロスとアルカ・ソルテは500年前に一度戦っているのである。
両者の戦いは熾烈を極め、混沌を呼び、結果としてほぼ互角の痛み分けに終わったのだった。
そしてその戦いの後、両者は互いを強者として認め合い、友情を誓った……。
と、ここまでがストーリー設定である。
「いやいや、そんな意味では言っておらんよ。もうあれから随分経つじゃろ? 単純に今の実力が気になっただけじゃ」
「うーん、そうか。理屈は分かった。でもなぁ……」
カタマヴロスは戦闘狂のイメージがあったけど……そうでもないのか? それならこんなのはどうだ!
「あ、そうじゃ。ついでに勝った方は何でも一つ言うことを聞く、というのはどうじゃ?」
「な、何でも!?」
「な、ん、で、も、じゃ。盛り上がるじゃろ?」
アルカの目がキランと光る。
カタマヴロスは自分に好意を寄せている。この誘いなら100パーセント乗ってくるだろう。
負けて結婚を申し込まれるなんて勘弁だけど……この条件なら勝てば逆に頼みを聞いて貰えるはずだ。
現実で喧嘩なんてしたことないけど、アルカの持つスキルには痛覚無効もある。
それにアルカほどじゃないけど、カタマヴロスのスキルや魔法もそれなりに把握してる。
勝算は十分にあるはずだ。
「そこまで言うなら仕方ねえな……受けてやるよ、その勝負」
「よし、そう来なくてはな。 舞台は公平な場所を選ばせよう。オーレイン」
「承知しました」
パチンと指を鳴らすと、返答が即座に返ってきた。
何だかだんだん従者の扱いが上手くなってきた気がするな……。
「〈転移門〉」
オーレインが向けた手のひらから空中に向かって展開した白く輝く魔法陣は、大きな空間の裂け目を作り上げた。
この世界は、魔法は口頭で唱えるだけでいいのか。コンソールが使えないから不安に思ってたけど、いらない心配だったみたいだな。