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7話 森番小屋にて

三人称です。


深夜、パチパチと森番小屋の中、暖炉の爆ぜる音がする。

応接間には魔剣シルバート、その主のエメラルディン王子。

それから、手にしたスコッチを揺らすアンバーだ。


「怒っていらっしゃるのでしょうね」

「勿論だよ。アンバー。まさか、飼い犬に手を噛まれるとは思わなかった。アイアンディーネにそこまで情を移すとはね」


エメラルディン王子は薄く笑う。

今の彼は魔法を解除している。

黄金の髪、緑の宝石の目。そしてその面差しは父たる国王に良く似てる。ここにいない第一王子サファイアと並んだら確実に血縁と思われるだろう。


「…アイアンディーネは私の正体をすぐ察知したな。お前たちは己らの正体を話していたのか?」


まさか、とアンバーが首を振る。


「僕たちが王家ゆかりの孤児院の出身とは話していません。ただ、『隠された第一王子』の話は貴族の間では有名です。それに、王家の守り刀魔剣シルバートも。これは王国の子供なら、寝物語で一度は聞きますから。絵本も彼女の書棚にありますよ」


アンバーは息をつく。


「それにフロウライト伯爵で雇っているマナーの講師は元宮廷女官でした。

魔剣シルバートの持ち主が『隠された第一王子』エメラルディンであることは知っていたのでしょう。それを伯爵令嬢たる彼女らに話していてもおかしくありません。…素直な子供です、アイアンディーネは。普通の子なんですよ。僕やダートナと違って」


王子は軽く頭を振った。


「確かに、暗殺者として育ったお前たちとは違うのだろうな。ソーダライトに貸しているがお前たちは私のものだ。私は自由を許すつもりはないぞ」

「わかっていたつもりでした…。罰されても文句は言えませんよ」


クっとアンバーは酒をあおる。

ダートナと幼馴染は嘘ではない。二人は王宮が後見する特殊な孤児院で育った。

ダートナ自身も実際結婚して出産もした。子供は死産で夫とは死別ではなく離別だが。


『隠された第一王子』エメラルディンは王の愛人の子供だ。

愛人たる母親自体が、この孤児院出身だった。

この特殊な孤児院で育った人間は王家に忠誠をささげ、暗殺やスパイ--諜報を主に行う。


現王がエメラルディン王子を隠す理由だ。


エメラルディン王子の母は王の名誉のため 子供を産んだあと市井でエメラルディン王子を育てていた。

だが、やがてサファイア王子を産んだ側妃に居所を知られ、エメラルディン王子は側妃の実家に命を狙われる事態になった。

側妃がエメラルディンの存在を知り、サファイア王子の立太子を危ぶんだためだ。


国外から嫁いだ王妃に子供がいれば違ったろうが、彼女は石女だった。

そして、政局の安定のためサファイア王子を王太子としてから側妃の実家が幅を利かせ始めた。

側妃の実家、トパーズ公爵家は前王の弟、現国王の叔父が当主なのだ。

そんなさなか、国王が病床に倒れた。

サファイア王太子は幼く、トパーズ公爵の傀儡になるのが予想される。

そのため王妃派は『隠された第一王子』を探し表舞台へ引っ張りだそうとしている--。


アンバーはエメラルディン王子を盗み見た。

エメラルディン王子は十九歳。

もう立派な成人だ。

彼は市井時代、冒険者となった母親と伴に幼い頃から様々な場所へ行った。

その時々母親と孤児院に来て、アンバーたちは彼を「末っ子」として甘やかした。

その時代が一番、暗殺者が送り込まれ、彼を育てる母親と、国王がエメラルディンを守るため与えた魔剣シルバートが彼らを返り討ちにした時期だった。

その冒険の日々にいつの間にか増えていた小さな赤ん坊を、エメラルディンは実の弟のように可愛がっていた。

母親とシルバート、そしてエメラルディンと赤ん坊のスピネルはまるで本物の家族に見えた。

その時期が一番彼にとって幸福だったのだろう。


だが、冒険者としての生活のさなか、彼の母が亡くなり 母の死後、王子は国王が信頼する人間に預けられ、エメラルディンは孤児院の実態を知りアンバー含め、今まで兄姉として馴染んでいた人間を手足として使うことを教えられた。

やがて十八歳になり、成人と同時に彼がこの孤児院の代表におさまった。

--彼は裏の世界で生きることになった。


この孤児院は表向き「王家が直接支援する孤児院」であり、国王直轄だ。

そのおかげで、側妃の送り込む暗殺者がわずかだがなりを潜めた。


だが、その前に孤児院には別の問題が起きていた。数年前に病に国王が倒れ、孤児院の予算が削られたため、エメラルディンが金策に走るハメになっている。

孤児院の暗殺者や諜報は国王の指示以外で裏の仕事を行わない。

司令塔が不在な今、孤児院の存在意義が問われているのだ。


そのため、数年前から孤児院の人間は表の仕事だけで孤児院の子供たちを育てていた。

その金策に代表のエメラルディンが動き、貴族社会では王妃派や側妃派がさざめくことになった。

その頃、声をかけてきたのがオニキス・ソーダライトだった。

なので、今はソーダライト商会が、孤児院の人間含めたエメラルディン王子の雇用主だ。

貴族ではないソーダライトと接近したことで、またエメラルディンは貴族社会から距離を置けた。


今は孤児院には十人ほどの子供たちがいて、エメラルディンの意向で彼らには諜報としての訓練は施していない。

アンバーたちを兄姉として慕っていた彼にとって、この孤児院の真実は大きな傷なのだろう。

エメラルディン王子自身は、もう、この孤児院を暗部の組織としては解体したいのだ。


アンバーは、彼が求めるものが冒険者としての生活だと知っている。

そしてエメラルディン王子は人の上に立つ人物だとも思っている。


あの若さで熟練の冒険者もひるむ辺境へも旅し、伴をした自分も様々な経験をした。学問の探求を、学園内だけで行っていたのではわからない経験だった。

彼のその魔力量もおそらく歴代王族でも稀にみるものだろう。

なにせ、魔剣シルバートが主に選ぶほどだ。

だが、彼自身は決して玉座は欲していない。

彼が欲しているのはあくまで自由と冒険だった。


正直、今の状況では孤児院の存続は厳しい。

ソーダライト商会がいつまで彼らに援助してくれるかわからないから。

むしろ、アイアンディーネの婚約の見届けが十年先であるのがありがたいくらいだろう。


フロウライト伯爵家のアイアンディーネの護衛兼教育係りとして密かに配置されたアンバーとダートナだが、孤児院の仲間に愛着がないわけではないのだ。


エメラルディンの意向通り孤児院を解体し、それぞれで生きる術を見つけるべきではないかとも考える。

だが、それは今まで自分たちを守ってきてくれたエメラルディン王子を見捨てること…。

それはそれこそエメラルディンを慕う孤児院の人間が望まないことだった。

彼が側妃派から命を狙われている以上、「王家が直接支援する孤児院」は必要だ。


「孤児院の代表」という肩書きは彼の命綱であり、同時にエメラルディンの負担なのであることは明白。


--側妃が彼を狙う限り。



(袋小路だな)


アンバーはまた酒をあおる。

アイアンディーネとダートナと三人で過ごしたこの七年はアンバーにとって、危険な甘い蜜だった。

エメラルディン王子を裏切らずに済んだことに安堵もあったが、彼はこの幸せな時間が失われたことに哀惜を感じていた。



****




(…"普通の子供"か。アンバーが持った感想をどう思う?)


応接室には既にアンバーはおらず、暖炉の火もくすぶるばかり。

それを火かき棒で完全に消し、エメラルディン王子は立ち上がる。

自分ももう休むため、ダートナの用意した客室に向かった。

魔剣シルバートはそこにおらず、彼の体内に沈んでいた。

エメラルディン王子はその魔剣に口に出さず問いかける。


(随分可愛がっておるな。アンバーにしては意外だ。あれは存外醒めた子供だったからな)

(お前から見たら、三十近いアンバーも子供なのか)


口元を緩め、一人笑う。


(少なくとも我の魔力を受けて平気でいられる盾を一人で作った子供が尋常な子供であるはずがない)


シルバートの返答にエメラルディンはコクリと頷く。

森番小屋は狭く、すぐに客室に到達した。

扉を開けようとしたら、中からドアが開く。

そこに立っていたのは先に休むよう部屋に戻した従者のスピネルだった。


「まだ寝ていなかったのか」

「いえ、足音が聞こえたので」


室内に入りベッドに腰掛ける。

エメラルディン王子も冒険者として優秀で、また、足音を立てぬよう歩くことなどお手の物だった。

だが、眼前の少年はその潜めた足音も聞き分ける。

人外の美貌を持つ子供は、それでもエメラルディンにとって、守るべき家族だ。


「アイアンディーネはどうだった? お前が一番年が近い。どう、感じた?」


これから婚約の見届けまで数年単位で付き合う依頼主の孫娘。

だが、それが思っていた以上に読めない行動をとった。

それが、エメラルディンは不安要素だった。

エメラルディンは守り抜かねばならないものがあり、そのためにこの仕事を請けている。

その依頼自体にあまりに不確定要素があるのはいただけない。


「…そうですね。可愛い子だと思います」


エメラルディンはその言葉に心底驚く。


「今まで、お前がそう評したのは孤児院の幼子だけだよな?」

「素になっていますよ、スマラルダス。お母様が言葉遣いは気にしろと仰っていたでしょう?」


"スマラルダス"はエメラルディン王子の市井での偽名だ。

だが、彼らにとって、エメラルディンという名より馴染みがある。


「今、それ注意するのかスピネル…」


十歳年下の弟分は意外に素直で、育ての親のエメラルディンの母親の言葉を真に受け、敬語で喋るようになってしまった。面白かったのでそのままにしているが、今それを言われてエメラルディン王子も呆れた。


「今は俺たちだけだからいいだろう。お前が顔の美醜で言っているのか気になる」

「そういう意味ではありませんよ。でも、貴族でも、市井でもご令嬢ではあまりお目にかかったことのないタイプです。あ、いえ--男の子では結構見ますね。何というか、自分に素直でいたずら…いえ、欲望に忠実と言えないこともないかな…。彼女は私にパールの足を引っ張るよう依頼しました。その上で、エレスチャレ子爵の息子ジェダイトとパールのラストダンスを要求したんです。彼女の目的はそれでしょうが、意味がわからない」

「まったくだな。だが、その目的遂行のため、嫌われ者になることも厭わなかったその根性は結構嫌いじゃないぜ」

『そなたは子供好きだからな』


体の中から、魔剣の声がした。


「理由があると言っていたな…。探れるか? スピネル。お前は歳も近いし彼女が嫌がらなければ護衛として張り付かせる」

「わかりました」

『ミイラ取りがミイラにならぬようにな』

「…うるさいですよ、シルバート」


最後に子供らしいふくれっつらを見せて、スピネルは隣室に湯を取りに出て行った。


『いいのか? スピネルを傍から離して?』

「いいさ。十年付き合うんだ。俺から離れることに慣れてくれないと困る。大人としか付き合っていない今の現状は教育上どうかと思うしな。

あいつは変に達観しているし、孤児院にいるのは五つ六つの子供ばかりで友人らしい付き合いの相手がいない。

友人を作るいい機会だ」

『そなたには我がおるが、あれの身の安全はどうする。大事な預かり子だろうに』

「スピネルの魔法に対抗する手段がそうあるとは思えんな。俺より強いぞ、あいつ」


それに、とエメラルディン王子がニヤリと笑った。


「見たろう? あの盾を。アイアンディーネはおそらくこのジュエルランドで一番の安全地帯だ。スピネルは大事な俺の義弟で預かり子だ。俺の事情で危険な目には会わせたくない…。それこそ、俺よりこのジュエルランドの重要人物だしな」




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