6話
一部文章に重複あったため、修正しました。
森の黒い影の覆われたその頭上、煌々と月が光っている。
私を起こした後、ダートナは寒くないようと私にコートを着せた。
村の子供が着るような粗末な服だ。
ダートナとアンバー先生も同様に村人と同じ素材の服装をしている。
(脱出はまだ先だったはずなのに…。もしや、決行が早まったの…!?)
私の不安は極限まで来ている。
荷物を少なくと言われ、それでも見た目鍋の、万能盾だけ持って出た。
ダートナはしっかりと私の手を握り締め、見たことないような怖い顔をしていた。
アンバー先生もしかり。
三人、急ぎ足で森の外れ、東屋にたどり着いたところで声がかかった。
「それはさすがに困ります。ダートナ、アンバー」
昼間に聞いた声だと顔を上げた。
道の真ん中に初めて彼らと-天使少年スピネルと護衛青年と-出会った時と同じ光景が広がっていた…。
いや、もう一人、銀の髪の男が加わっている…。
私は背筋が凍った。
なぜ、今、ここにあの男がいるの…!
「…魔剣、シルバート…!」
呟いたのは私じゃない。
アンバー先生だった。
魔剣は魔力を与えて育つが、ある程度になると人型を取る。
それにより、主人を安全圏に置くのだ。人型の魔剣自身が剣をふるう。
だが、そこまでの魔力を注ぐには相当の年月がかかる。
なので、人型の魔剣は歴史上わずかしか確認されていない。
そのひとつ、魔剣シルバート。
彼はある一族の守り刀で有名だ。
だからこそ、その存在は皆知っていても実際にお目にかかることなどない。
私がシルバートを知っているのは、ゲームの主要キャラの魔剣がまさしくそのシルバートだったからだ…!
そして、彼が人型で出てくるのは全員攻略後。つまり彼は隠しキャラなのだ。
(なぜ!? 待って、そうしたら彼の持ち主がここに!?)
戸惑う私をダートナが背後に隠す。
天使少年スピネルと護衛青年。
ソーダライトお祖父様の使いという彼ら。
彼らは私たちを保護しに来たのではないのか?
ダートナの顔を見ると蒼白だった。
「…今回だけはソーダライト様の命は聞けません。お嬢様を親子ほど歳の離れたエレスチャレ子爵に嫁がせるなんて酷すぎます」
この言葉に私は息を詰めた。
これは…『脱出劇』だ--。
エレスチャレルートに入らなかったのか!?
(でも、じゃあ、フロウライト伯爵の追っ手は? スピネルと護衛青年の役割は?)
シルバートを出現して待っていた彼らの口調は、アンバー先生とダートナを追い詰めるものだ。
彼らは、ダートナたちと敵対するの…?
(まさか、彼らがダートナたちを殺すの…!?)
私は混乱の中、絶望する。
そうか、ダメだったんだ--と。
…泣きたくなった。
わかっていたのに。甘かった。
この世界はゲームそのものじゃない。魔力を得られないはずのアイアンディーネが魔剣や魔力を得たように、運命は変えられるのだ。
フラグさえ立てば思いどうりになる世界じゃない。
(ああ、本当! 一番厄介なのは働き者のバカって本当! 私のやったことって皆無駄だったんだ…!)
暗澹たる思いに俯くが、今、眼前に運命がまさに居る。
私は一度目をギュっとつむり、そして自分の両頬をバシっと叩いた。
それに護衛青年や天使少年スピネル、ダートナもアンバー先生も驚いた。
(しかーし! バカが働かなくてどうするよ!)
どのルートに入っていても、私の行いは決まっている。
反射で生きるこの性格は、生まれ変わっても変わらない。
私は大きく息を吸った。
「ダートナ! アンバー先生! 二人とも、集まって!」
私の怒声に二人が目を瞠った。それから私の胸元に青く現れる刃物に息を呑んだ。
それはみるみる私の体から出て、ナイフとなって私の右手に収まった。
「二人とも、動かないで!」
私は自分の魔剣で万能盾を入れていた袋を切り裂く。そこからバっと盾を取り出し、急ぎ魔力を通した。
それから盾を上空高く放ち、キーワード、つまり『呪文』を口にする。
「"うなれ、万能盾"ー!」
うひぃ、キーワード発生でも痛い!
けれど躊躇なく大声で言って私は万能盾を展開した。
私を中心にダートナとアンバー先生の上空に滞空した鍋、いや盾は逆さになって、ふちから透明な膜を地面までオーロラのカーテンのように現した。
私たちはその内側に囲われて、盾から降りるその透明なオーロラのカーテンの中にいる。
その私たちを囲むカーテン目掛けて、白い光が放たれた。
放った先を見ると魔剣シルバートが手に持つ長剣の切っ先をダートナたちに向けていた。
だが、その光は翻るカーテンに吸収されるだけだ。
私はニヤリと笑う。
どうよ、これが、万能盾の力。
古竜のドラゴンブレスも通さない、本来ヒロインが使う最終兵器だ。
攻撃力皆無、見た目アレだけど凄いんです。
「お嬢様!?」
「アイアンディーネ様!」
そして、私はその万能盾の外に一人、躍り出た。
魔剣シルバートの低い声が夜に響く。
「娘、私に歯向かうか?」
「歯向かいませーん!!」
言って私は両手をオーロラカーテンの前で大きく広げた。
くっ、殺せとは言わないぞ。
魔剣の威圧に負けそうだけど、ぷるぷる震える膝に力を込めて、私は魔剣の主人--天使少年スピネルに話しかけた。
そう、魔剣シルバートの主は超美形。
……このジュエルランドの王族の一人。
「わ、わたくしはお祖父様のお考えどおり、エレスチャレへお嫁に参ります。だ、だから二人を殺さないで!」
『隠された第一王子』、エメラルディン…!
「いいだろう」
答えたのは護衛の青年だった。
--……アレ?
アレ?……アレぇぇ?
「大丈夫ですか?」
少年の高い声が振り落ちる。
黒髪サラサラの天使少年スピネル君が私を気遣っている。
あのあと、緊張のあまり、その場にくたりと倒れこんだ。
万能盾の展開にも魔力を注ぎすぎたらしい。
本来盾の展開はちょっと魔力を通すだけでいいのだ。
私、魔力は少ないからね。
魔力操作の未熟さを露呈した。
そんな私は今 森番小屋のソファで横になって大人の話を聞いている。
スピネル君が私の傍らで跪いていた。
そのキラッキラの見た目でタダのモブって…ないわ…。
そう、『隠された第一王子』は護衛青年の方だった。
(護衛青年の髪は一般的な茶髪だったし気づかなかった! そういや、年齢もパールよりけっこう年上だっけ…。その事、頭からスッポリ抜けていたわ…)
勿論、エメラルディン王子の見た目は知っていた。でもそのイラストは金髪。
今と違うじゃん!?
聞けば見た目は印象操作しているそうな。
言われてみればそうかと納得。
この人、一応 存在自体を隠しているんだもんね~。
そしてそんな王子の隣、ドカっと長椅子に座って偉そうにしてこの家の主人に見えるのは、ロン毛の銀髪の男、隠しキャラ魔剣シルバートだ。
シルバートは私をジロと見る。怖いわ。
「慣れねば魔力操作で命を落とすぞ。ダートナ、アンバー。そなたらこの娘の魔剣についても隠しておったな?」
それは違うと言おうとしたら、ダートナが唇を噛んだ。
「…はい…。申し訳ございません…」
え!? バレていたの?
はわわ、隠していたつもりだったけど、子供の浅知恵だったか!?
私は慌てて起き上がろうとしたけれど、やんわりスピネル君に遮られた。
う、私、この子に弱い…。
「あの、エメラルディン王子、おねがい二人をせめないでくださいませ。わたくしが黙っていたのです」
横たわっても王子に身振り手振りでアピール。
「アイアンディーネ」
王子が目を細めた。
「二人がだいぶお前を甘やかしていたのは今日一日付き合って良くわかった。シルバートの言葉は謹言だぞ。実際魔力を使いすぎると体は不調を起こす。魔力が少ないとは言え、お前はどうやら魔法具を使いこなしているようだ。アンバーが教えているのだからそこは優秀なのだろう。ならば余計に自重せねば幼い命を散らしかねんぞ」
言って王子はダートナとアンバー先生にため息ついた。
いたたまれない…。
私が不出来なせいで二人が…。
めそめそしていたら、スピネル君が私の頭をなでてくれた。
ありがと。
「エメラルディン様、そのあたりで。ダートナとアンバーは優秀です。これからアイアンディーネ様を正しく導いてくれるでしょう。ですが、今は彼女の今後の話を優先致しましょう」
目が点になる位冷静なスピネル君にビックリ。
絶対、見た目と実年齢違いますよね。
「そうだな。アイアンディーネ、お前はエレスチャレに嫁いでもらう。私たちはお前の祖父にその見届けを頼まれた。フロウライト伯爵が手を下さぬようにな。
私たちは今、ソーダライトに庇護されている身だ。この頼みを全うする義務がある。
ここまではわかるか?」
私はコックリ頷いた。
え、つか、もしかして私、実の父親に命狙われてんの?
「ソーダライト様はフロウライト伯爵を見限るおつもりで?」
アンバー先生が問いかけた。
「はっきり言えばそうだ。言いなりにならない傀儡はいらない。有能なら口出しもすまいがあれはあまりに無能だ。おまけに自分の立場も理解していない。アイアンディーネの扱いにソーダライトの限界が来た。アイアンディーネ」
「はい」
「結婚相手はエレスチャレ子爵だが、十八歳になるまでは結婚はない。正式な婚約はエレスチャレについてからだ。これは書面で正式に成立させる。この書面により、お前の保護者はエレスチャレ子爵に変わる。フロウライト伯爵はお前の処遇に口出しできなくなる。これがエレスチャレ子爵にソーダライトが出した条件だ。十八までは身の安全は保障される」
「……はい」
(とりま、十八までは貞操の危機はないのね。ちょっと、ホッ)
この世界では法律上の結婚可能年齢がない。貴族の結婚は家同士のつながりのためだから、戦国時代的感覚だ。私だって、いくらなんでもこの歳で三十過ぎたオッサンとどうこうなるなんてイヤだよ。変態ロリコン展開反対。
(でも、これはやっぱりエレスチャレルートか。どういう展開になるのかサッパリだよ…)
私はじっと考え込む。
新興イケイケのソーダライトは貴族と繋がりを持つのに腐心する人だから、王がとある女性に内密に産ませた王子の--王国の暗部にも深く関わるんだよね。
アイアンディーネが我侭三昧して、ヒロインパールの領地経営の邪魔できるのも、このソーダライトの後ろ盾ありきなのだ。
(確か原作ゲームでは、エメラルディン王子はソーダライト商会に庇護された時期があったっけ)
なので、ゲーム中に、彼、エメラルディン王子が身分を隠してこの見届けを行っていた可能性は確かにある。
(ゲームはあくまでヒロイン視点だった。裏の事情がもうわからないと不安だ…!)
私はその考えに首を振った。
また、前世の知識に依存している。
(ゲーム通りになんて進まないかもしれない。心しなくちゃ)
「アイアンディーネ?」
エメラルディン王子を無視して思考の海に落ちていたことにハっとなった。
「も、申し訳ありません」
「いや、いい。驚いただろう。それに子供は休む時間だ。ダートナ、彼女を部屋に。…今夜は同室で休むといい。お前たちに含むところがないワケではないが、それに、アイアンディーネの安全は私たちが彼女が十八歳になるまで見守ることになっている。私たちを信用してもらわないと困る」
私はダートナを見上げると、彼女は一瞬逡巡したようだが、柔らかく笑んだ。
「お嬢様…、参りましょう。…疲れたでしょう?」
私はコクリと頷きダートナの手を取った。
暖かい。
ホっと息をついた。
だが、チロリと銀の髪の男を見やる。
言わずにおれない性格なのよ。
「あの、シルバート。あのとき、わたくしが盾を使わなければどうなっていました? あなたの魔法が直撃していたんじゃ…」
(おうおう、そうしたら、大事な依頼者の孫娘が死んじゃっていたんじゃないの~!?)
と、暗に非難の声を混ぜた。
シルバートはああ、と悪びれず言う。
「死なぬ。あれは着光弾だ」
「え!?」
「夜闇にも光る茸のように三人とも光るだけだ。逃げるには難儀したろうよ」
くくく、と声を殺して笑ったのは、王子様だ。くう~!
「いっぱいくわされちゃった!」
少しお冠になって、私はダートナと寝室に入る。
ダートナがとたん、ギュっと私を抱きしめた。
「ダートナ…?」
私は彼女の顔を仰ぎ見る。
「危険な目にあわせました…。申し訳ありません…!」
ダートナの肩が震えていた。
いいのに。
「ぜんぜん大丈夫。怖くなかったわ。それに、私はエレスチャレ子爵と結婚するのは嫌じゃないわ。だって、ダートナとアンバー先生が一緒でしょう? そうしたら、なんにも不安なんてないもの!」
「お嬢様…」
少しだけ嘘を言った。
でも、不安や恐怖は惜しいものがあるからだ。
私はそれがなんなのか、ハッキリわかっているの。
(二人が死なずに済んだならいいんだ。ソーダライト商会に逃げたって、結局お祖父様が結婚相手を決めるのだし)
私は結婚に夢を持たない残念女子だった。
そして、深く考えるのが嫌いなのだ。
アンバー先生がシルバートの顔をなぜ知っていたのかということも、私がエメラルディン王子が名乗る前に彼の本名を口走っていたことなども深く考えずに飲み込んで、その後、すっかり忘れてしまうのだ。