4話
少年は夜のような黒い髪、紫色の目をしていた。
見たことないレベルの整った顔立ちの少年だ。
(いいトコのお坊ちゃんか、貴族…?)
貴族にしては、柔らかな物腰だと言うのが私の感想だった。
私の知る貴族は館の人間だけなので、私に対して皆、当たりがきつい。だから もし、初対面で私の事情を知らなければ、貴族もこちらに礼をとるのかもしれない。
少年は落ち着いた様子でニコリと笑う。
天使だった。
パールも美少女だけど、誰が見ても少年に軍配があがる。
私と較べたら言わずもなが。
アンバー先生印のクリームで髪や手肌のお手入れしているからスベスベだけど、軽く日焼けした健康美の私では、この儚さは出せない。
モジモジと恥ずかしさが沸き起こる。
く、悔しい…。
せめて、きちんと対応しなくては。
「…こんにちは。いいお天気ですね。ここは領主館の森で間違いないですか?」
「ま、間違いありましぇん」
ぐおーーーー!
舌ぁ! 私の舌ぁ! いつもの闊舌の良さはどうしたぁ!!
「美」というのはひとつの力である。
美しいというだけで、人はおののき、跪くのだ。
芸術の持つ力に、反射で生きている私は生前から弱かった。
真っ赤になって俯く私に少年の隣に佇む青年が助け舟を出した。
「悪いね、お嬢さん。俺たちはこの辺りに慣れていなくてね。森番小屋にいるダートナさんに手紙を持ってきたんだ。森番小屋はわかるかな?」
茶髪青年の着ているものは動きやすさを重視した服装で、おそらく少年の護衛だろう。
ゲームの脇役は例え脇役でも美形と認識。
アンバー先生も、フロウライト伯爵もイケメンだしねー。アンバー先生、髭面だけど!
言葉使いから、彼らは貴族ではないと私は判断した。
きっと、彼らも私の見た目と様子から貴族にカウントしなかったと見た。
…私のマナー講座の成果は敗北だった。か・ん・ぜ・んなる敗北。
あの嫌味な先生が高笑いしている…。く、自分の甘さが悔しい…。
もっと、真剣に学ぼう…。
「わたくしが預かります…。お名前を聞いても?」
「いや、直接渡したい。ダートナさんに、ソーダライトの使いと言って貰えればわかる」
”ソーダライト”の名前に反射的に顔を上げた。
彼らは顔色も変えずに私を見ている。
私がアイアンディーネと気が付いているのだろうか?
…いやあ、ムリかあ。この格好じゃ。走りやすいよう、仕立てはいいけど村の男の子と同じ格好だもの。
長い髪を三つ編みにして帽子の中に押し込んでいる。
女の子と看破されているけれど、彼らは私をいぶかしむ気配もない。
森番小屋へ案内するのはさすがに怖く、ダートナに確認すると言って、私は小屋まで走った。
彼らが私の後をつける気配はない。
…ただの、ソーダライトの使いなのだろうか。
状況が変わった?
まさか、脱出が早まった?
よもやお披露目前に?
色んな思いを胸に仕舞い込んで、私は彼らとダートナを引き合わせた。
アンバー先生とダートナで森の入り口まで行き、彼らとやり取りをした。
私は彼らの来訪を教えたあと、森番小屋から出ないようきつく言われた。
その夜、ダートナとアンバー先生は遅くまで真剣に話をしていた。
彼らの来訪から数日。
晴れ渡る秋の日、屋敷の広間で盛大なパーティーが行われた。
「すごい賑わい…」
呟く私にダートナがささやく。
「領主のお嬢様の祝いですもの。フロウライト伯爵領の有力者が皆集まっておりますから」
それだけでなく、近隣の領地からも貴族や商家の訪れがあった。
「フロウライト伯爵領はそれだけ魅力的なのね」
王都と近接、主要都市との街道沿いで環境資源豊かでありながら、開発が手付かず。
たしかに、事業をもくろむ者たちから見たら、これ以上ない物件だ。
(今のところ、ソーダライト商会が頭ひとつ抜けているけど、開発事業まで出資できていないのよね)
フロウライト伯爵以外の有力貴族の意見がまとまらないせいだ。
(フロウライト伯爵が私をエレスチャレ子爵へ嫁がせるのも、そこの切り崩しかな~)
壁際に用意された長椅子にちょこんと腰掛、私は周囲を観察した。
一番の人だかりは勿論主賓のパールだった。
彼女は真っ白なふわふわのドレスを身にまとい、まっすぐな金髪には白薔薇の花冠だ。
(おおっと、美麗イラストどおりだ。妖精だ~)
感心しながら自分の服装と見比べた。
今日のドレスは伯爵家が用意してくれた。
鈍い銀色のゆるい巻き髪をふたつに分けて、両肩から垂らし、そこに赤と黒の小花が散らされている。
ドレスは濃いグレーのシフォンで、指し色に黒のレースが使われている。
黒レースの手袋はひじまでだ。
(美麗イラストまんまなのだが、七歳的にどうよ…)
後ろに控えるダートナも異議申し立てしなかったのだから、これが私の似合う服なのだと理解した。
でも、ちょっと哀しい。
パールの周囲は華やかで、両親と伴に攻略対象者がいる。
隣の領地を治めるセルカドニー侯爵と息子のアルウィン。これは幼馴染枠。
幼くして公爵を名乗る事になった年上枠のシヴァリンガム公爵。彼は国王様の甥っ子だ。
これに、エレスチャレ子爵家の長男ジェダイトが、このお披露目パーティで会う攻略対象者だ。ちなみにジェダイトは学者枠。残念ながら、ボサボサ男子ではない。むしろ、クール系。
(…、ここ、ここだよ。製作陣と趣味が違うのは! 学者キャラはメガネ、ボサボサで生物大好きっこでしょーが!)
ホント別のゲームやれよ、やっかい。
自分突っ込みを隙間なく詰め込み、私は彼らの動向を見守った。
(ここで会えないのは、ヒーロー枠のサファイア王太子と、隠しキャラだったよね)
サファイア王太子はパールの初期パラメーター次第で既に邂逅しているはず。
お披露目前にパールは王都に出かけて、そこでお忍びに来た王太子と街歩きするイベントがある。
隠しキャラは全ルート踏破後、『隠された第一王子』を仲間に出来て初めて邂逅。
ちなみにこの『隠された第一王子』は隠しキャラではない。
まんま通り名なのだ。
いわゆる、王様の隠し子だね。
王太子の前に王様が愛人に生ませているのだ。
だから、いくつか年上のはず。
彼の母は孤児院出身で身分違い。そのため、正式には王子の身分ではないの。
なので、第一王子は公的にはサファイア王太子のこと。
『隠された第一王子』自身は王太子派に命を狙われ転々としている。
ある日、その愛人さん縁の孤児院が支援者を失くして、孤児院の仲間が行く先を失くすんだよね。
そこをヒロインがフロウライト伯爵領で養うぜ!って助けたことで、『隠された第一王子』とその仲間を引き込めるんだったな~。
モブだけど、竜とのハーフとかいて、有能チート部隊なんだよね!
彼らが仲間に入るとサクサク領地経営進むの。さすが、『隠された第一王子』とその仲間!と喜んだものだ。
『隠された第一王子』は美形で魔剣の遣い手だった。チートすぎて、正式ヒーローがかすんでしまうわと王太子を哀れんだものよ…。
ぼんやりしていると、新たな賓客が現れたらしく、パールの、フロウライト伯爵のいる辺りがざわついた。
私もハっと目を瞠った。
そこに、先日森番小屋を訪れた、天使少年と護衛青年が現れたからだ。
彼らを見て、周囲が息を呑んだのがわかる。
天使少年は今日は貴族以外には見えない。
着ている服装は先日の「良家の坊ちゃん」を超える、貴族が着るような、美しい仕立てだった。
華美ではないのに、輝いて見える。
護衛青年も貴族の騎士が着るような服装で、顔立ちも二割増しでイケメンになっている。
絵画から抜け出たよう…とうっとりと呟くご婦人方のささやきがあちこちからあがる。
パールに向かう彼らの周囲はモーゼ状態。
映画の撮影かよと、私の突っ込みはイマイチ冴えない。
…私も動揺。
人って見た目だな…。怖い。
畏怖するレベルまで着る物で引き上げる人、初めて見たわ。
そんな彼らはフロウライト伯爵とパールの眼前に辿りつくと、目上の者に対する礼を取った。
そこに膝を折ったのだ。
周囲がようやく彼らが平民なのだと悟った。
挨拶の口上を口にしたのは天使少年だった。
「オニキス・ソーダライトの名代としてまかりこしました。フロウライト伯爵の掌中の珠であるパール様、伯爵、七歳のお祝いを申し上げます。おめでとう存じます」
彼は優雅にお辞儀した。
そして、その天使の面を上げて破顔した。
思わず、ああ、ダメ! キラキラこぼれちゃう! と私は周囲のご婦人方と同調してしまった。
そして、ため息までシンクロした後ハっと気が付いた。
パールの様子がおかしい…。
(頬が紅潮して、手がぷるぷる震えている…。あの、まさか、落ちたの…?)
ヒロインがモブに攻略されてどうすんよー!!
と、思ったが男性に免疫ない七歳が見た目天使に惚れるのは無理もないかもと思い直した。
私も初対面時 動揺走ったしね~。
ほうほうと一人感心していたが、一通り挨拶が終わったのか天使少年たちがこちらに向かってくる。
(え、来ないで、目立ちたくないよ~!)
と思ったがソーダライト商会はそれこそ私の後ろ盾だ。彼らが私に挨拶しないワケにはいかない。
「アイアンディーネ様」
ダートナに促されて私は長椅子から立ち上がる。
天使少年がまた膝を付いた。
「お祖父様から祝辞をお持ちしました。おめでとうございます」
キラキラ再度発生に私はにっこり微笑んで対応する。
耳に聞こえるのはパールの時の感嘆ではなく、ざわめきだった。
「アイアンディーネ様…? 生きていたのか」
「呪いを受けて魔力は取得出来なかったはずでは? 貴族として生きていくには相応しくないだろう?」
周囲の注目が痛い。
護衛の彼が目線を寄越す。
天使少年がそれに頷いて小さい声で言った。
「…ここは居心地が悪いでしょう? 少し庭に出ませんか?」
庭は秋の気配が訪れていた。
(確か、向こうの生垣の迷路のイベントで素早さの数値高いと一位取れて好きな攻略対象と会話出来るんだっけ…)
私は記憶を探ってこの情報をどうやってパールに教えるか考えていた。
だが、その気のないパールをどうやってけしかけよう…。
私、あの子とは仲良くないし。
(でもちょっとでも好感度上がればエレスチャレ子爵の長男がダンスの誘いに行くかも)
つーか、パールが走っているところ見たことないよ、私。
あの子あの靴で走れるの?
自分のドレスに合わせた かかとの華奢な靴を見た。
(私ならイケル…)
この半年で私はアイアンディーネが可能性の塊であることに気が付いていた。
この子なら騎士職もイケル! という位運動能力高い高性能なボディを持っているのだ。
動けば動くほど機能上がるから面白くて木登り名人になってしまった。
アンバー先生が苦笑いして、ダートナから雷落ちたけど。
「なにを考えているのかな?」
口を開いたのは護衛の青年だ。
天使少年は一歩後ろに控えている。
私はその態度にいぶかしむ。
「…どうしたら、あの人たちの仲間に入れるかなって」
そう言って私はチラと庭に出てきたパールと攻略対象者たちを見た。
かれらは楽しそうにはしゃいでいる。どうやら迷路へ行くようだ。
(パールに勝たせるのが無理なら…)
「声をかけてあげようか?」
護衛の青年は私が内気で仲間入りできないと思ったらしい。
う、ご明察。
だって、生まれてこのかた同じ年の子とはまともに話したことないんだもん。
パールとも会話らしい会話はないし。
「どうぞ」
笑んで手を差し出したのは天使少年だ。
「あ、ありがと…。ええっと」
「そいつはスピネルだ」
少年の代わりに護衛青年が答えた。
あの、言葉がぞんざいになってますよ…。
彼はさくさく私たちの先頭を歩いて、迷路に歩きだした子供たちに声をかけた。
そしてその間、私は紳士的に私をエスコートしてくれた天使少年スピネルといた。
「あのね、スピネル君」
スピネルが私に視線を向ける。
「お願いがあるの」
「何でしょう?」
スピネルは緩く首を傾げる。
「パールの足を引っ張って欲しいのよ~」
…私は照れて笑ったが、言っていることは酷いと自覚があった。えへ!
悪役令嬢、爆誕である。