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3話


パールは名前のとおり、真珠のような白い肌、パールピンクの髪のやはり美少女だ。

アイアンディーネと同じ歳の彼女は既に魔力取得の儀式を済ませている。

魔力を得て安心したのか、彼女は自信に満ちていた。

パールは新緑の瞳を瞬かせ、おっとりとまるで宮廷育ちのお姫様のように話す子だ。

マナー講座の先生の夫はもともと王都に仕官していたので、都育ちの彼女はパールがお気に入りだった。

彼女から見れば、私は粗野な田舎娘だ。パールとは比べものにならない。


「ごきげんよう、アイアンディーネさん。儀式の話は伺いましたわ…。お気の毒に。もうこの講座においでになる理由はなくなったと思っていましたわ」


だからって、先生、七歳の子供に言う言葉か。これだもの。

事実だけども。


「アイアンディーネ、あの、先生はご心配されているんです。儀式で充分な魔力を得られなければ貴族として社交界にでられませんから」


パールの言うのももっともだ。

だが、私がこのゲーム世界での役回りを知らなかったらすごく傷つくぞ。

真実だからって、ストレートに言いすぎじゃろ。

アイアンディーネに同情する。これはヒネくれる。

子供、子供なのよ…と言い聞かせるが私子供好きじゃなかったワ。正直すぎて。


あ~、帰りたい…。

エレスチャレルートだと、ほとんど貴族社会に関わる事ないし、ここより田舎に押し込められ、たんま~にフロウライト領でパールに嫌がらせするくらいだもの。

この講座自体無駄なのに。

森に行って、素振りしたい~。


集中できない私の後ろから厳しい声がかかった。


「アイアンディーネ、そなた何ボンヤリしている」


後ろを見るとそこに意外な人物がいた。

我らの父親、フロウライト伯爵だった。





マナー講座の先生を退室させ、室内には私とパールと伯爵だけになった。


「アイアンディーネ、お前には貴族としての嗜みはきちんと身に付けてもらう」


威圧的なその話しぶりに私は意外な気がした。


(この人、私を認識していたんだぁ)


生まれてから空気扱いだったので、多分、一生個人として会話のない人だと思っていたのだ。

父親はアイアンディーネに関わることは、ダートナ経由で指示していたので。

娘の顔も判別できないと侮っていた。

ちなみに私の方は彼が髪型変えたら、ちょっとやばい。


「…なぜですの? お父様」


たずねたのはパールだった。

彼女も困惑している。


「エレスチャレ家からお前に婚約の打診が来た。相手は当代のエレスチャレ子爵だ。半年後、お前は領地の北にある、エレスチャレに行って貰う」

「ええ…!?」


驚愕の声をあげたのはパールだった。

私も一緒に驚くべきだったか。うっかり。


「ふん、母親に似て鈍いようだな。婚約の意味もわからんのか」


--そう言って伯爵は私を嫌悪に満ちた目で見た。

超不快。


(半年後? さすがにまだ結婚できる歳じゃないのに? 戦国時代の人質かよ)


しかし私以上に伯爵は不快感を露にしている。


「まったく、エレスチャレの家の者は忌々しい。私の領地経営に口を出そうという魂胆が見え見えだ。クッ…」


丸聞こえだよ。伯爵。本気で人質か…。

でも、なるほど。これか。

そーか、この話が出たから、他のルートではソーダライトのお祖父様が私の救出作戦実行するんだ。納得ー。


……ゲームのストーリーは着々進行中なんだ。





森番小屋に帰ったら、ダートナはこの情報を既に知っていた。

そして私をギュっと抱きしめる。


「けっしてお嬢様をお辛い目には合わせません…!」


私はゆっくり目を閉じてそのぬくもりに時間がないことを感じた。



****



今日は朝霧がかかっていた。

私は慌てて屋敷の裏庭にまで走り、隅にある小さな花壇の白いバラの花弁を見た。

朝露の中に青い宝石が輝いていた。


(これ!! これを待っていったんだよ)


私は以前から用意していた袋にその宝石をそっと入れる。


(この魔石が採れたという事は、…今日、あの人が来る!)






「先生!! 私今日は村に行きたいです!」

「今日? 急だね?」


先生が森番小屋に来た時、私は玄関先まで出ていて出迎えた。

なにせ、急いで行かないと彼が村から出て行ってしまうからね。

出かける準備も万端だ。皮の靴と帽子、そして、貯めていたお小遣いも持っている。

私一人では村まで出かけることは許されていないし、アンバー先生のような人がいないと、あの人は『アレ』を売ってくれないのだ。


その日、アンバー先生の手をひっぱって私は急いで村に向かった。


村は屋敷から歩いて三十分ほどで、こじんまりとした佇まいだ。


石垣に囲まれた中に家々が立ち並ぶ。

前世のイギリスの田舎を思い出す。


村の真ん中、広場では私のお目当てが既に来ていた。


行商のなべ職人だ。

彼は背中にいくつもの鍋を抱えて村を練り歩き鍋の直しや販売を行う。

そして、その彼が今困った顔でひとつの鍋を睨んでいる。


(…やった、イベント起きている。これこれ、このイベントが鍵なのよ~)


このイベント、ヒロインの立場でだとゲーム開始時点で高確率で起きるのだ。

だが、このイベントで手に入れる『アレ』にはホントゲームのラストまでお世話になる。

なべ職人は不定期で訪れるのだが、庭の白バラの魔石が取れた日、特殊な『鍋』が手に入るのだ!


「先生! 独身ですよね!? 彼に声かけてあの一番大きいサイズの鍋を買ってください!」

「アイアンディーネ様? 鍋なんかどうなさるんです?」


アンバー先生が訝しがる。


「ちょ、ちょっと れ、錬金術の勉強を…」


嘘は言っていない。


「…わかりました」


先生は首を傾げながらも鍋職人に声をかけた。


「あの、鍋を購入したいんだが?」


鍋職人は ああ、とぶっきらぼうに返事した。


「…どの鍋がいい?」

「ああ、その一番大きい鍋を--」


と言ったとたん、その大きい鍋がカタカタと鳴った。そして虹色に光る。


「またか…」


鍋職人がため息ついた。


「悪いな。この大きい鍋は売れない。不気味だろ? 売ろうとするとこうなるんだ。俺はこれを作った覚えもないし、いつ仕入れたかも覚えていないんだ」


私はおもむろにそんな彼の横に立って口を開いた。


「これ、鍋に入れてみてください」


今朝手に入れたバラの魔石を手のひらに広げた。


「これを? 魔石じゃないか。こんな貴重なもの…」

「大丈夫、タダで手に入れたから。早く」


言われて鍋職人はポイと鍋に魔石を投げ込む。

すると、鍋がブワと白い煙だして…狸になった。ポンポコポーンだ。涙目で。

正しくは背中に鍋背負った狸だった。

そして狸はコーンと鳴いて背中からガシャンと魔石ごと鍋を振り落とし、全速力で逃げていった。


残されたのは呆然とした職人とアンバー先生とワクテカ顔の私。

私は急いで鍋と魔石を拾い上げた。もう、鍋は虹色の光は出していない。


「これ、売ってくださいな!」


私は高らかに言った。





(コーンてなんだよ、狐かよ! どう見ても狸だろお前!)


--と突っ込み満載のイベント終えて、ほくほく顔で私は鍋を手にして帰宅した。

アンバー先生に詰め寄られ、彼は私の「ゆ…夢のお告げです」という言葉に一応は引き下がってくれた。

納得していない顔していたが。


私は夕飯終えて自室にこもると、鍋とバラの魔石を取り出し、早速生成を行う。

鍋と魔石に自分の魔力を通してゆっくり近づけるだけ。

触れると互いに青い静電気のようなものを発して密着する。

バチバチと小さな音立てて、鈍い銅色のお鍋の底に、魔石が定着した。


「かーんせーい! 万能盾ー!」


(ふふふ、これはヒロインの初期パラメーターでも出来ちゃうんだよ~)


そう、ゲーム開始から終盤まで、フロウライトの村ならバラの魔石を手に入れた当日、必ず起きる鍋入手イベント。

そのお手軽さに反比例してこの鍋型盾はゲーム終盤、最強の聖獣、『最古の竜』のブレスもはじくチート仕様!

素材入手や危険なイベでは大変お世話になりました!


(ただ、独身男性と一緒じゃないと発生しないイベだったから。ヒロインだったら攻略対象とデートできる親密さまで好感度上げないと手に入らないけれどね)


今回のことは、もうひとつ、私にとって収穫もあった。

アイアンディーネでもイベント発生すること確認できたことだわ。


(発生イベはヒロイン限定じゃない。この世界はゲームのルールが適用されているけど、完全にゲームそのものじゃないんだ…)


「--イベント回避も可能、つまり運命は変えられるんだ…!」


ウフフと腹の底から歓喜が沸き起こる。


(来るなら来い! 運命を返り討ちにしてやるぜ!)


オーホホホと腰に手を当て、手の甲を口元に寄せての昔見た少女マンガ、高飛車令嬢スタイルで高笑いしていたら、様子を見に来たダートナに品がないと叱られた。ショボン。




****




可愛いお嬢様を森番小屋へ移すと言った伯爵を、あの日、ダートナは信じられないものを見る目で見た。

確かに愛情ない結婚で生まれたお子かもしれないが、七年手元で育てて愛情が芽生えないものなのかと。


アイアンディーネの乳母のダートナは伯爵の、二人目のお嬢様に対する態度との違いに鬱々と日々を過ごしていた。

彼女にとって小さなお嬢様がほとんど顔を合わさない伯爵に興味ないのが救いだった。

そんな中で行われた儀式の後、アイアンディーネは熱を出し寝込んだ。


「儀式は失敗したようだ。魔力を測る」


フロウライト伯爵はそう淡々と言って屋敷の主治医にすべて任せた。

そして主治医の結論では、アイアンディーネの魔力は平民レベルと言う事だった。

その結果高熱のアイアンディーネを伯爵は従僕に運ばせてしまった。


(埃だらけの、あの森番小屋に!? 寝具だって整えていないのに!)


ダートナは従僕の後を追いかけ森番小屋に駆けいった。

さすがに小さな子供を無造作にその辺りに放置は出来ないようで、ダートナがようやく一室整えたのを見て、従僕もホっとしたようだ。

そこにアイアンディーネを寝かせて彼も母屋へ戻った。

ダートナは従僕が立ち去る前にいくらか握らせ 食料や水、そして村のアンバーへ連絡するよう指示した。

彼女はその有能さを発揮し、冷静に対処した。でなくば、愛するお嬢様の命が失われると思ったからだ。

ダートナの心中はその時煮えたぎっていたが。


(ソーダライトの旦那様にお知らせしなくては…!)


フロウライト伯爵家はソーダライトの財力に依存している。

だからこそ、亡き奥方はぞんざいな扱いは受けずに済んだのだ。だが、魔力が足りず、貴族として生きていけないアイアンディーネは別だ。フロウライト伯爵は彼女が死んでもかまわないと思っているかもしれないと焦った。

もともとフロウライト伯爵領は未開発鉱脈を持つ王都に近い恵まれた土地だった。

だからこそ、ソーダライトはこの伯爵領を手に入れたがったのだ。

だが、容姿は整っているが今代の伯爵は無能に等しい。

貴族の対面を整える以上の散財をし、ソーダライトがなぜ自分に出資しているかわかっていない。


(貴族に商人が奉仕するのが当たり前という前時代のおツムの持ち主なのだわ)


ダートナはソーダライトに頼った。

ソーダライトならアイアンディーネを助けてくれるのだと。

その手紙は効力を発揮したが、フロウライト伯爵に知恵もつけた。

アイアンディーネを盾にすれば、ソーダライトは言うがままだと。

そして、今、エレスチャレの要求を飲み込むしかない当主はアイアンディーネを二十も年上の男に差し出す約束をしたのだ。

フロウライト伯爵はソーダライトの望みは孫娘を貴族の妻にし、この領地にソーダライト商会の影響を大きくすることだと考えている。

それは確かに間違ってはいない。

だが、ソーダライトは決して孫娘を道具とは思っていないのだ。

彼女のそばにダートナと、アンバーを付けたことがそれを物語っていた。


(実の娘をなんだと…!)


今度のことで、ダートナは怒髪天となる。

だから、より憎しみ深い手紙になった。

--ソーダライトが、フロウライト伯爵を見限るほどの。



****



(そろそろ冬が近いなぁ~。あ、来週は例のお披露目だ)


私も参加が義務付けられている。

エレスチャレ子爵夫人になるのだからと言われているけど、あの領地では別に貴族社会って成り立っていなかったと思うの。

もう少し、マナーも鷹揚でいいじゃない~。


そんなことを考えながら、私は今日もせっせと走りこみだ。

一に体力二に体力、三、四がなくて五に持久力だ!


そこは五も体力だろー!と一人突っ込みを楽しみつつ、森の中を走っていた。

最近はダートナやアンバー先生が忙しいので、体力作りは一人で行っている。

以前は番小屋周囲だけ走っていたが、物足りないので森を周回だ。

アウトドア大好きー。

アンバー先生お手製の虫避けの魔道具を首から提げているので虫は怖くないぞ。


この森は魔獣や大型の野生の獣もいないし、屋敷の敷地内なので不審者もおいそれとは入らない。

毎日警備兵が巡回しているし。

安全を確認するまで、アンバー先生と一緒にしか入れなかったけれど、今は私一人でも森でお散歩できる。

それに、防犯ベル代わりの魔石も持たされた。

先生から渡されているバングルには、小さな魔石がはめ込まれている。これがアンバー先生が魔力を貯めていた魔石で、移動の魔法陣が組み込まれているそうだ。

もしもの場合、この魔石に魔力を通すだけで、アンバー先生が私の所まで瞬間移動してくる、というシロモノ。

あまりに凄いのでビックリした。

先生、何者!?


「自然を愛する学者です。魔法は私たち人間にもたらされた、最大の自然の力ですから」


先生談。

おお、そうだよね。この世界は魔法は自然の力なのだよね…。

うむうむ納得したが、先生が何者なのかは突っ込んで聞けなかった。

ま、いいか!

学者先生は頭がいい。頭のいい人は何でもできるんだ!


森の境目、道が開けたところに休めるように東屋がある。

私はそこに腰掛け、携帯していた水筒から水を飲んだ。

おいしいなあ、と目を細めたら、こちらに向かって誰かが歩いてくる。


私は警戒態勢を取った。

魔力を指先に集め、いつでも魔剣を手にできるよう。



「…こんにちは。いいお天気ですね。ここは領主館の森で間違いないですか?」


声をかけて来たのは二人組。

私と同じ位の歳の少年と、十代後半と見られる青年だった。


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