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2話


さて、アングリーもいいが、まずは作戦だ。

怒りで熱くなり過ぎたことを反省。

賢者モードで考えます。てへ。

まあ、まずは体力作りでしょう。

数日はゆっくりベッドで休むよう言われたので丁度いいわ。


(--二人が死ぬのはアイアンディーネを脱出させる時、フロウライト伯爵の追っ手にアイアンディーネ誘拐の実行犯として殺されるからだったな~)


アイアンディーネを安全に脱出させるため、ダートナとアンバー先生はアイアンディーネを迎えに来たソーダライトの手の者に預ける。そしてアイアンディーネたちが領地から出るまでの時間かせぎで、別行動するんだ。

その時、フロウライト伯爵の放った追っ手が彼ら二人を殺めてしまう。

そして、フロウライト伯爵はやすやすアイアンディーネを脱出させてしまう。


これにはフロウライト伯爵が困るんだよね。


アイアンディーネがいなければ、ソーダライトからの出資が見込めないから。

…ソーダライト自身を訴えると、目的の融資はさらに困難だしね。


そのため、フロウライト伯爵はダートナとアンバー先生を誘拐犯として、被疑者死亡で事をおさめるのよ。

ソーダライトはその後もフロウライト領の鉱山の発掘権を狙ったりアイアンディーネを通して話の端々に出てくるけど、実際、彼がこの事をどう思ったかはゲームの展開では推し量れない。


だが、二人の死によって、アイアンディーネはヒロインに対して復讐に走るワケだ。

この詳細は、エンディング近くでアイアンディーネの独白で明かされる。

悪いのはフロウライト伯爵と、その追っ手だと思うけど、感情はいかんともしがたいのだね。

つーか、酷い。アイアンディーネが悪に走る動機が重過ぎる。


ただ、この展開が起きないルートがひとつだけある。


『エレスチャレルート』


これはアイアンディーネが脱出しないルートなのだ。

ヒロインが七歳のお披露目パーティでエレスチャレ子爵の長男とラストダンスを踊ると起きるルート。

このルートではダートナとアンバー先生のナレ死記述がない。

かつ、アイアンディーネを支える乳母としてダートナはちょくちょく出てくるし、諌め役としてアンバー先生も登場する。


つまりヒロイン、パールがこのルートを選んでくれたら二人は死なないのである!


では、私が体力作り以外にやることは何か?

この手の転生じゃ決まっているっしょ!

「フラグ折り」ならぬ「フラグ立て」だわ。

ヒロイン、パールが『エレスチャレルート』を選ぶ条件を調えるのだ。


魔力取得の儀式で成功した子供はまずお披露目がある。

お披露目はフロウライト伯爵と親しい者とその子供たち、つまりヒロインの未来の旦那様候補を集めてのパーティ。

その間、一定の好感度のある攻略対象が彼女をその日最後のダンスに誘う。


…ここで、ヒロインパールがエレスチャレ子爵の長男を選べば、かなりの確立でエレスチャレルートに進む。

つまり、ダートナとアンバー先生、二人の身の安全は保障されるはずー!



(なのだけれど…)


私は ぱふぱふと枕を大きく膨らませてよりかかる。


(このエレスチャレ子爵の長男、攻略難しいんだよね~)


そして、エレスチャレルートは私、『富豪』の悪役令嬢が唯一、『富豪』ではなくなる嫌なルートなのだ。


エレスチャレルートではエレスチャレ家は伯爵家の遠縁で、子爵位を持っている。

フロウライト伯爵に跡継ぎがいなかった場合、その子爵位を持つエレスチャレ家の男子が伯爵位を継承するのだ。


ゲームではパールは伯爵位継承を国王に認められる。

それを気に食わないエレスチャレ家はなんやかんやといちゃもんつけるのだ。

--エレスチャレ子爵夫人となったアイアンディーネがな。


この辺りはゲームではサックリ表現されていて、エレスチャレ子爵夫人になったアイアンディーネを見てむしろビックリした記憶があるわ。十八歳で攻略対象の義理の母とかどんな経緯だ。

そしてその立場でも嫌がらせしてた。

どんだけヒロイン嫌いやねん。


--もともとエレスチャレ子爵家はフロウライト伯爵家のお目付け的な役割でフロウライト伯爵にとっては目の上のたんこぶ。

フロウライト伯爵は彼らの力を削ぐため、今代になってからエレスチャレ家を環境厳しい土地に移した。

なのでエレスチャレ家は貧乏子爵家なのだ。


ゲームではあまり詳細描写なく、いつのまにかアイアンディーネはエレスチャレ子爵夫人になっていたけど暮らし向きは良くなくて、登場するといつも貧乏の愚痴を言っていた気がする。ちなみに軽くたかる。

これがまたヒロインの心労の種になる。


あくまで、アイアンディーネは精神的な障害なのだ。

でも、実際にこんな親戚いたら私もイヤ。


子爵家の長男ジェダイトはクールな雰囲気のお硬い少年で、権力争いより領民の幸せを願ういい子だった。

なので、この彼はヒロイン、パールとはある程度の距離を保つのだ。

おかげで、初期イベントのパーティでは ほぼ好感度上げに失敗する。

エンチャント率が低いんだよ!


このゲームはヒロインの初期パラメーターをある程度好みに設定可能だった。

そのパラメーターに、ゲーム開始イベント、「七歳の儀式」での天恵がプラスされる。

これにより、攻略キャラのエンチャント率が変わるけど、エレスチャレの長男はここの変動値に影響受けないんだよね~。

偶然の確率に頼るしか!

まったく、硬い、硬すぎる。


(だけど、ルートの分岐でがんばってもらわないと、脱出劇が起きてしまうし)


ともかく、お披露目パーティーで二人にラストダンスを強引にでも踊らせなければ。

まあ、そうなると私は貧乏子爵の幼妻になるのだが。

私なら貧乏には耐え抜ける! と自信あるってことは、生前って…。

ちょっと、生前の自分が可哀想になっちゃた。あれ、目から汗が…。

個人的な事思い出せないのは個人情報開示許可がないからでなく思い出したくないのでは…。


……今、清潔でふかふかなベッドで横になれているからヘッキ!


(は~。いっぱい考えちゃった)


軽く疲労を感じて私は横になった。

明日からは行動開始、だ。






さて、儀式の邪魔した『真っ黒人間』からはあの不思議な剣で逃れたが、まだ七歳。

前世の自分と大きく違う。

これから起こりうる不幸から逃げるには、まず体力が足りない。

知能戦は期待できない自分が頼るのは、体力、腕っ節だ。


数日横になっていたが、アンバー先生の許可が出た翌日から早朝、走りこみを始めた。

森番小屋の周りをぐるぐる走るのだ!

番小屋から離れるとダートナが心配するからね!

小さな茂みが丁度いい障害になってちょっと楽しい。


ぐるぐる廻っていると前世で読んだ虎がバターになる絵本を思い出す。


バター…、ホットケーキ…。

たくさん走ったら、そのまま玄関に飛び込み、ダートナにお昼にはパンケーキをとリクエストしてしまった。

七歳は本能に弱い。


そのあと、ダートナのお手伝いをし森でベリー摘みをした。

籠いっぱいのベリーは美味しいジャムになる。

お昼のパンケーキにも生のまま散らしてお楽しみだ。

午後からはアンバー先生がやってきて勉強タイム。

念のため熱と脈を計って、今日は室内で歴史の授業。ものすごく眠くなるのはなぜかしら…。

夕方、ダートナが準備した夕食を三人で食べる。屋敷では出来なかったことなので、私は楽しくてニコニコしてしまう。

子供は皆が楽しそうにしていると、釣られて楽しくなっちゃうんだよ~。


日が落ちる頃、アンバー先生は村へ帰り、私は湯を使い就寝。

ダートナは蝋燭に灯を燈して家計簿をつけている。

遣った生活費を伯爵に報告するためだ。


こんな風に森番小屋の生活は過ぎる。


荒れていた森番小屋はダートナがすっかり居心地よくしてくれたし、私は森が近くなってご満悦だ。

森は精霊との契約があるので、魔獣も現れない。一番警戒すべきは人間という皮肉さだが、私はこの生活が気に入っていた。

半年もたつ頃には、私のダッシュ力も随分あがった。

そして、--秘密のお稽古も始めていた。



「そ~…と」

深夜、自室のベッドの上に腰掛けて私はゆっくり呼吸をして、自分の体内を探る。

ジワと熱い流れを胸元に集めた。頭の中にイメージが広がった。

青い刀身、細身のナイフ--。

己の胸元に、あの儀式の時見たナイフの刃先が現れていた。


「おおお~!」


やっぱり、夢じゃなかった! と今更確信する。

どうやら、このナイフは私の体内にあるらしい。

儀式のあと、ダートナが私の亡き母から渡された守り刀がないと探していたのだ。

そこでピンと来た。

アイアンディーネの設定にある「母の形見のナイフ」がおそらくその守り刀だと。


それでここ数日内緒で魔力操作のお稽古をしていたのだ。


「う~ん、思ったとおり。この守り刀は魔剣なんだ」


魔剣は主要キャラの一人が装備していた。

正しくは、持ち主の体内に宿る魔力の剣だ。

魔獣や魔物を屠ることで成長する剣。

宿主から魔力を得て生きるため、宿主に忠義を尽くす。

もともとは普通の剣だが、いつの間に、魔が宿り、持ち主の体内に寄生するのだ。

たいていは親が守り刀として用意した剣が変質する、という設定だったな。


アイアンディーネはゲームの設定通り儀式に失敗した。けれど『真っ黒人間』に打ち勝った。

なので、魔力自体は得られたはず。

ただし、魔力量は少ない。

この魔力量は私、アイアンディーネが意識を取り戻す前に魔晶計で量ったと聞いた。

魔力量の少ない私がまさか、魔剣を宿すとはアンバー先生やダートナも思わなかったのだろう。

儀式前から私に関心の薄いフロウライト伯爵なら余計に。

誰も私が魔剣を宿していることに気が付かなかった。うふふ。秘密、ちょおっと楽しい。


「魔剣は別に魔力量は関係ないのかな? 微々たる魔力なら平民でも持っているし、ダートナもお料理する時 火を点けるのに使っているものね」


魔力操作自体はゆっくり行えばそこまで難しくはない。

体に散らばる魔力を集める感じ。

私は儀式の後、自分の体内の魔力を感じ取れるようになっていた。


本来ささやかな魔力は自分で感じ取る事ができない。

普通は成長と伴に増えるものなので、ダートナに聞いたら平民では大人になってから自然と魔力を感じ取れるようになるそうだ。


「魔力取得の儀式」はこの魔力を強制的に認識させる儀式だ。


それによって、魔力の増幅量は平民と比べものにならない位大幅アップする。

儀式は大人が数年かけて魔力を貯めこんだ魔石を使う。

この中の魔力を子供の体に流すのだ。


大量の魔力を流し込まれた子供は魔力を強制的に認識する。

そして身の内に流された大量の魔力を呼び水にぐんぐん魔力が増えるのだと。


貴族が危険な儀式を行ってまで小さい頃から魔力取得するのは、その魔力の大小が貴族の証だからだ。

そして貴族しかその儀式を行わないのは言った通り、リスクが大きいから。


大きな魔力はそれ目当てに魔物や魔獣を集めやすくなる。

その最たるものは『呪い』だ。そう、あの『真っ黒人間』だ。

『呪い』は人間の呪術ではないのだとアンバー先生が教えてくれた。

魔物の一種で、人間の魔力を食べてしまう。

一気に魔力を流し込まれる儀式はその『呪い』を呼び寄せる。

『呪い』に魔力を食べられた貴族の子供は場合によっては命も落とす。

生き残っても、魔力はスカスカ、平民いや、立場的に周囲から平民以下の扱いになると言う。

なんて残酷物語。


私のように『呪い』から逃れた上、魔力を取得できた子供は珍しいはず。



「私は『呪い』をやっつけたけど、アイツにその魔石の魔力を食べられたから呼び水分の魔力が足りなくて そんで魔力が少ないのね」


うんうんと一人で勝手に納得して頷きながら、刀身をまた体内に沈み込ませる。

魔剣は少食なようで、こうして体内から出し入れしても、私は一切負担がない。


「これは、自衛の手段として有効だね」


う~ん、ファンタズィ!

この魔剣、魔力の集まる場所から出せるので、背中に刃先を立てることもできるのだ。ちとグロい。

指先からチラと先っぽだけ出してペーパーナイフとしても使えるよ、便利。

あの白い空間だけでしか使えないかと思った魔剣だが、ちゃんと現実でも刃物として有効だった。

なぜか自分に対しては無効になるけど。これは自分は傷付けられないものなのか。

そう思うと、普通の剣ではないのだなあと思う。


「あと、半年…」


私は窓から差し込む月の光を見ながら、あと、半年でできることを考える。

まぶたが重くなった。すやぁ。






…色々と自分に失望する朝、今日はお屋敷に行く日だったと思い出した。

儀式以来、半年間お休みしていたマナー講座を再開するのだ。


(行きたくない~…)


ダートナの準備した朝ご飯をモソモソ食べて、私はいつもは着ないドレスをまとって母屋、お屋敷まで歩く。

燦々とした日差しの中、緑の芝の上を白い帽子をかぶってノソノソと。

庭はかなりの広さでいかにもな西洋風の迷路もある。

その先に、白亜のフロウライト伯爵の屋敷が建っている様は、まあ、海外ドラマの世界ですよ。

ゴルフ場か。


このゲームはファッション的には1900年代半ば、貴婦人があのお袖ボーンのドレスを着ていた時代だ。

でも、ゲーム内設定なので、年代がごっちゃでギリシャ風のモスリンドレスの装いの時もあったり、私がいつも着ているエプロン服や男の子の服装は現代寄りのカジュアルだ。

文化的にも現代日本で受け入れやすい部分が随所あるため、中世のおトイレ事情の暗黒な部分はない。


この世界のおトイレは魔石が設置されていて、それに魔法を通すと消臭され水洗される。

大抵の家では水洗で流した先で汚物は分解、消毒魔法がかかる。消毒されたものは自然回帰だ。

出来れば室内水道管も欲しいところだが、これは王都以外ではまだまだで、一般の家は井戸からポンプでくみ上げだ。

伯爵家は一階のキッチンと洗濯室と、使用人寮にあたる棟には共同のシャワールームにだけ蛇口がある。

洗濯室は魔法石の付いたランドリー、洗濯機が二台あって、すすぎまで自動で、絞るのは棒に巻きつけて手動で絞る、昭和初期のマンガのサザエさんスタイルだ。

お貴族様は二階の自室にバスルームがあり、用意した猫脚の湯船にメイドさんに熱湯運ばせて浸かる。

バスルーム内に暖炉があるので、お風呂場自体は暖かい。

ただ、メイドさんは大変。

冬はお湯が冷めないよう、使用人用の階段をメイドさんたちが力走するのです。

水は重いよねぇ…。


森番小屋は庶民仕立てで、タイル仕立てのバスルームに大きな盥があって、それにお湯を入れて入るのだ。暖炉の裏手の部屋だから暖かいし、アンバー先生が暖房用の魔法具を置いてくれているのでお風呂場が寒くて苦労したことはないな。

ダートナは火の魔法が使えるので、お湯は盥の中で温めちゃう。

すすぎ用の水はバスルームにある でっかい水甕に入れておいて柄杓で体にかけるの。勿論これも事前に温めておく。

私も火の魔法を覚えたいとアンバー先生にねだったが、これは子供には危険だからと却下された。

森番小屋の裏手すぐに井戸があるので、それに昼間の内にお水を溜めるのは私の仕事だ。

ちなみに、炊事場やお風呂の水甕も洗浄、消毒機能付きの魔法具だ。先生がこっそり入れ替えておいてくれた。


「毒が入っても大丈夫なようにね」


と髭のお顔でウィンクされたけど、冗談が下手だよねアンバー先生は。アハハハ。



(靴も履きやすい皮製だし。けっこう、現代っぽい仕様なんだよね、この世界。ホント良かったよ。モノホンの中世設定だと、今頃心が砕けていました)


緑鮮やかな広い庭を見て、私は少し気持ちを上向けた。

自分の着ているドレスを見下ろす。

いつもの服に較べると動きづらいが、子供服のドレスは足首丈で、ストラップ靴なので、そこそこ歩きやすい。フラットシューズだしね。

大人服をそのままミニチュアにしたドレスや踵の高いパンプスを履くような場面はパーティくらいだ。

なので、どんなにノソノソ歩いても、十五分くらいで着いてしまう。はあ。


(あらいやだ、またため息が出る)


ため息の理由は講座内容と先生が反りに合わないから。



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