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16話 ログハウス--エレスチャレの館、深夜

評価、ブックマークありがとうございます(^^)


深夜、子供たち二人が寝静まったのを見届けたダートナはため息ついた。

リビングにはアンバー、スマラルダス、そしてシルバートがいる。

スマラルダスがコーヒーをくるりと回して呟いた。


「アイアンディーネはどこであんな知識を仕入れているんだろうな? 集めた薔薇聖石の数は尋常じゃない。あのおかしな盾にしても然り、だ」


スマラルダスは不思議だった。

アイアンディーネはフロウライト伯爵領から出たことはない。

知識の源はアンバーとダートナ、伯爵家の人間と本だけの筈だ。

だが、そのどこにも『万能盾』の作り方は記載がなく、そして誰も知らない。

ではどこで、アイアンディーネはあの盾の作り方を知ったのだろうか?


「錬金術の基礎知識は七歳前から教えていました。七歳の儀式後は体内魔力操作が面白いらしく好んで練習します。魔剣によって体内に大きな魔力が入ったせいでしょう。本人は魔力量が少ないと思っていますが魔剣の蓄積量が大きい。あれを暴れさせずに息をするように扱っているのですから、たいしたものです」


アンバーが告げる。おそらく、と彼は続けた。


「儀式の時『呪い』をアイアンディーネの魔剣は吸収しています。それが魔剣とアイアンディーネに影響しているんじゃないかと思うんです」

「人の知らない知識をその『呪い』が持っていたと?」

「憶測ですが」

「なら、それは不安材料だな…。魔物の知識が人にとって必ずしもいい結果をもたらすとは限らない」


言って、スマラルダスは考え込む。

幼い頃から冒険者の母親に連れられて様々な場所に赴いた。

そのなかで、魔物の口車に乗り身を滅ぼした人間の、なんと多いことか。

魔物は悪知恵と甘言を用いる。


もしも、アイアンディーネがその魔物の知識を信じて行動しているのならば、それがすべて正しい知識か疑わしい。


(スピネルに探らせるか…)


だが、そのスピネルが今回アイアンディーネの肩を持った。


(俺に秘密を作ることも考えられるか?)


スピネルの成長過程としてはむしろ健康的なのだが、今回はそれがまずい結果をもたらすかもしれない。

アイアンディーネは行動的な子供だ。

知った知識を使うことに躊躇していないのがその証。

誤った知識で危険を招くこととて考えられる。


(むしろ、抑止力としてスピネルとの間に相応の信頼関係を築かせるか…)


アイアンディーネは自分に近しい人間に危ない真似をさせるような愚かな子供ではないともスマラルダスは思う。

思考の海に沈んでいると、シルバートが発言した。

相変わらずこのリビングで一番堂々としている。


「だがあれは、自身が儀式で吸収した『呪い』が、我が消した精霊にまとわりいていた魔獣などよりずっと大きな魔力を持つものだとは知らぬようだな」

「…だな。なぜ、フロウライト伯爵に真実を告げなかった? アンバー」

「あの子のためになりません」


アンバーが即答した。


「フロウライト伯爵家はあの子にとっていい環境ではありません。貴族として生きるとしたら、あの子は父親にただ利用されるだけです。

あの子の容姿はそれだけの価値があります。また、その後ろ盾にも。

だからと言って、あの子がそれだけ大切に扱われるとは限りません。

あの子自身も、軽率で流されやすい一面があります」

「魔晶計の操作を最初に頼んだのは私ですわ。エメラルディン様」


それまで黙っていたダートナが言葉を発した。


「儀式の後、お嬢様の意識は変わりました。以前より大人びたようですわ。ですが、素直なところは変わりません。お嬢様が貴族として育てば特別な立場で扱われます。伯爵がお嬢様に関心を持てばお嬢様にも貴族らしい教育を与えるでしょう。私はそれがお嬢様にいい事だと思えません。貴族らしい傲慢さが、お嬢様に破滅をもたらす事は考えなくてもわかります。だから、お嬢様の魔力量が伯爵に知られる前にソーダライト様にお迎えをお願いしましたのに」


なぜ、とダートナの目は語る。


「なぜ、エレスチャレ子爵家との婚姻なのですか? そこまで、ソーダライト様は爵位に固執なさっているのですか?」


ダートナは不思議だった。

ここに来る前に会ったオニキス・ソーダライトは商人としてはむしろ情の厚い人物だと思っていた。妻亡き後、彼女が残した一人娘を溺愛し、彼女の望みで伯爵家に対し強引に嫁がせたくらいだ。

良い、悪いは別にして、身内に甘い人物だと思っていた。

だが、その彼はアイアンディーネがもの心ついてから一度も会いに来ない。

手紙や贈り物はあるし、金銭的にも伯爵に内密にアイアンディーネの口座に振り込まれている。その管理は伯爵に内密にダートナが行っている。

いざという時のため、今ではアイアンディーネ名義の口座には相当な額の預金がある。

アイアンディーネがお金に困らないのは祖父のおかげだ。

アイアンディーネが望むなら、きっとオニキスは土地の購入資金にも協力してくれるだろう。

オニキス・ソーダライトのダートナ宛の手紙には、アイアンディーネへの労わりと思いやりに溢れているのだから。


そんなオニキス・ソーダライトが、いくら伯爵の許可が出ないとはいえ、たった一人の孫に会いに来ないというのが、ダートナには信じられない。

彼らしくない、とダートナはいつもいぶかしんでいた。


今回のお披露目でもそうだ。わざわざエメラルディンに名代を頼まずとも、ソーダライトはフロウライト伯爵の義父でもある。彼自身が来るのが筋だろう。


ダートナの強い視線にスマラルダスがため息ついた。


「爵位、というよりアイアンディーネの身の安全を考えて、だな。ソーダライト商会の内部に不穏分子がいる。

そのため、オニキス・ソーダライトは孫娘が自分の弱点だと悟られたくないのだ。今、オニキスは動けない。数年前に毒を盛られてな。下半身に麻痺が残って車椅子生活だよ」


その言葉にダートナとアンバーは息を呑んだ。


「毒…?」

「ああ。幸い致死量には至らなかった」


では、とアンバーが身を乗り出す。


「…アイアンディーネの食べ物に注意するよう言われた時期ですか…?」


スマラルダスはコクリを頷く。


「実行犯は当時ソーダライトの屋敷で雇っていたメイドだった。

誰に指示されたかはメイド自身も知らず、留置所で変死した。だが、そのメイドを紹介したのはフロウライト伯爵家の執事だった。…危機感を感じてオニキス自身がソーダライト商会の事務方を調べたところ、帳簿にいくつか不審な部分が見つかった。すべて、フロウライト伯爵領での取引だ」


「フロウライト伯爵家は切るべきです」


ダートナが言う。その手が震えていた。


「ソーダライト商会内部で意見が割れている。フロウライト伯爵に取り込まれた幹部がいると考えている。

そのため、俺たちが今回名代として雇われた。アイアンディーネの結婚の見届けも護衛もだな。

オニキスはエレスチャレ子爵は良いに付け悪いに付け単純な人物と評していた。アイアンディーネを金のため、政敵であるフロウライト伯爵に売る人間とは思っていないのだろう」

「別の悪い事態を引き起こしていますけどね」


アンバーが肩をすくませた。

ダートナは伯爵の不快な顔を思い出し、毒づいていた。


「フロウライト伯爵がそんな思い切ったことする男だと思っていませんでしたわ…」

「オニキスもそう思っていて油断したんだろうな。幹部がフロウライト伯爵になびいたのも自身の驕りがあったと嘆いていたがね。今のところ、オニキスはアイアンディーネのために表立って動かないと考えてくれ。それがアイアンディーネの安全につながる」

「ええ…」


ダートナはまた ため息する。

流れで精霊と契約したが、それは最愛のお嬢様、アイアンディーネにとっていい事なのだろうか、と。

けれど、ソーダライトの元に身を寄せることが彼女の安全につながらないのなら、精霊契約はむしろ身を守る術になる。

グっと握り締めた手を弛緩させ、彼女は立ち上がる。

明日、お嬢様のお好きなケーキの仕込みをしておこう。

自分に出来ることをして、あとは彼女の笑顔をただ守るだけ--。




****




同じ頃、エレスチャレ子爵の館で従僕のヘマタイトが夜の見回りをしていた。隣には同じ頃この館に勤めだした同僚もいて、二人一組で見回っている。


「…寂しくなったものだよな」


同僚が呟く。

それにヘマタイトも答える。


「夜だ。皆眠っていて当然だろ」

「そういう意味じゃない。わかっているだろう、ヘマタイト。……お嬢様がいたらこの難局もきっと明るく払拭してくださったろう」


ヘマタイトは苦く笑う。


「そう言うな。お嫁に出られた方だ。あの方は亡くなった前のエレスチャレ子爵夫人からお辛い目にばかり合っているんだ。結婚して、この家から解放されて今は生き生きとお好きな仕事に従事していらっしゃる。こんな時ばかり、お嬢様を難しい立場からお守り出来なかった我らが頼るべきじゃない」

「お前はそう言うが、明日、お嬢様が来てくださる事に皆、安堵しているんだ」

「…医者としてお呼びしたんだ。窮状を訴えるためじゃないぞ」

「わかっているさ。ご主人を亡くされてもお屋敷に戻らなかったのは、坊ちゃまに遠慮してのことだろうし」


けどさ、と同僚は続ける。


「お嬢様がこのエレスチャレ子爵を継いで下さっていたら…」

「やめろ!」


ヘマタイトの声が誰もいない廊下に響いた。


「本当に、それは口に出すな。坊ちゃまだって、懸命なのだぞ…!」

「…ヘ。人には向き不向きがあるさ。坊ちゃまが"あの女"の口車に乗って、アゲートを雇わなければ…」

「言うなと言っているんだ。ジェダイト坊ちゃまのお耳に入ったらどうする。"あの女"の話はするなと侍従さんにもきつく言われていただろう!」


ヘマタイトの剣幕に同僚も怯む。


「ああ、悪かったよ。もう、口にしないさ」


ヘマタイトも俺も悪かった、と同僚の肩を叩く。

それから一通り見回りを終えて、今夜はヘマタイトも館に泊まった。

さすがに使用人たちも今はそれぞれの部屋に戻って寝泊りしている。

同僚の言った通り、人が減った分ガランとしている。それがひどく寒々しく不安を煽る。

妻も今日は館に泊まっている。

見回りから戻り、ぐっすり眠っている妻を起こさないよう、ヘマタイトもベッドにもぐりこんだ。

すぐに眠れるかと思ったが、睡魔はなかなか訪れなかった。そのせいか、さきの同僚の言葉が思い起こされた。

思わず諌めてしまったが、口にしないだけで、ヘマタイトも同様の事を考えていた。

それを言ってしまえば、皆の不満が噴出することが怖い。だから諌めたにすぎない。

そして、そっとため息を吐く。



エレスチャレ子爵家はもともと、もっと南の土地の代官だった。

先代の子爵がフロウライト伯爵家と折り合い悪く、この辺鄙な土地に変えられたのだ。

なので、もともとこの土地の名前は別にあり、子爵家がこの「精霊堂」を館に据えてから村の名前をエレスチャレに変えたのだ。


貧しい土地だったが、この土地の「精霊堂」は立派な建物で、村長含め土地の人間は信心深い者たちだ。エレスチャレ子爵家は実はまだまだ、この村や町の人間の心を掴みきれていない。

そんな中、お嬢様の立案で、町に診療所を建てたのだ。


--お嬢様は、旦那様の妾腹のお子様だ。だが、気立てよく、使用人に好かれていた。彼女を産んだご婦人は平民で、奥方にさんざんいびられ泣く泣く館を出て行った。奥方にお子が授かると、旦那様の関心もそちらに移りお嬢様はむしろ、のびのびしていらっしゃったようだ。

貴族としての魔力を得られなかったのも、居心地が悪かったのだろう。弟の坊ちゃまが魔力取得の儀式を成功したことを、わが事のように喜んでいた。


そんな彼女は医術でエレスチャレ子爵の役に立とうと、王都で医者となり、そこで知り合ったご主人とエレスチャレの町に診療所を建てるよう進言したのだ。

診療所が出来て、ようやくここらの者はエレスチャレ子爵を認めたようだった。

先代の子爵が亡くなり、坊ちゃまに代替わりしたが、坊ちゃまはどうもお嬢様に劣等感をお持ちのようで、二人の間は目に見えない壁があった。


(正直、お嬢様を館に呼ぶのはどうかと思うが…)


だが、医者として彼女は優秀だ。診療所には他にも若い医師が育ち、こんな田舎では十二分な医療機関になっている。きっと、このエレスチャレ子爵領を繁栄させる決め手になるだろう。

ただ、その発起人がお嬢様であったことが子爵--坊ちゃまには気に入らないようだが。


ふと、昼間の光景を思い出した。

同僚が今更あんなことを口にしたのは、あの不思議な光景に心揺さぶられたからだろうなと思う。

そして、自分も今日は随分お嬢様のことを思い出す。


昼間、遠くに金の光の壁が、天に届くまで立ち上がったあの光景…。


聞いたことがある。

精霊信仰が根付いたこの土地ではきっと誰もが知っている。


(あれはおそらく、精霊契約が成った証だ)


エレスチャレの村には届いていなかったが、セルカドニー侯爵領に向かう道の山々一帯を覆っていた。


(誰かが、精霊と契約なさった…。今、この土地にいる貴族は子爵と--)


ヘマタイトの目の裏に鈍い銀の髪が思い出された。

こぼれんばかりの湖水の色の瞳を好奇心に輝かせた少女。


(我侭な貴族の子女かと思っていたが--むしろ、そう、お嬢様のお小さい頃に似ていたな)


ふ、と笑いが漏れたが彼女が精霊契約したとなると、また子爵がどう思うか…。

今日はさすがに落ち着いてはいたが、子爵が彼女に手を上げた時は肝を冷やした。


(……彼女とは屋敷の人間は距離を置いた方がいい。長く付き合えば皆はきっと、彼女に魅了されるだろう)


アイアンディーネ・フロウライトが訪れた日、彼女は無償でここにいた人間に労わりと笑顔を振りまいた。

あれは、きっと彼女の本質だ。

彼女は館の人間が思う"貴族"らしさを持ち合わせていない。それが、怖い。

お嬢様はわかっていた。貴族らしく振舞えない自分がここにいて、貴族たる弟の支配にどう影響があるか。だから、彼女は距離を置いてくださったのだ。


だが、アイアンディーネ・フロウライトの行動原理はそうじゃない。


(先日、食糧を返しに行った時の彼女の言動…。あれは商人だ。取引を知っている。お嬢様とは違う。周囲に漣が立とうとも目的を達成する人間だ。しかも彼女の身分は貴族なのだ。その気になれば、貴族としての利点を多いに使える。ただ、彼女の慈悲深さがそれをしないだけで--)


そこでハタと気づく。自分も随分アイアンディーネに贔屓目であることに。


(良くないことだ。ああ、良くない。自分は先代の子爵からも良くしていただいた。このエレスチャレ子爵家をお助けするのだ。…たとえ、坊ちゃまに上に立つその才が--なかろうと)


ヘマタイトはそう自分に言い聞かせ、深くベッドの中に潜り込んで目を閉じた。


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