12話
ログハウスは草原の中に立ち、日の光を浴びている。
秋深くなるこの季節、トンボが飛んでいて、ミルクティ色に枯れた草の上を渡っている。
夕べ一雨来たのか、その刃先に朝露にしては多い雫が揺れて、湿った地面に落ちてゆく。
その光の反射でこの草原の朝がさらに眩く感じた。
率直に--綺麗だ。
(♪あーたーらしーいーあーさがきたっとぉ)
思わず歌ってしまったわ。
ダートナがお嬢様、と私に駆け寄り、お湯と洗顔道具を渡してくれた。
チラと見たらば、ログハウスから少し離れた場所に馬房が出来ていて、さらにログハウスにはウッドデッキが追加され、そこにテーブルと椅子が置かれ、脇には屋根付きの炊事場もあった。うん、夕べなかった炊事場が。
「え、炊事場!?」
思わず声出して二度見ですよ。
夕べは皆で焚き火を囲み、その火で万能鍋を温めたのだが、あの、煮炊き用の釜が出来ているんですけど。
一夜城ならぬ、一夜ログハウスの完成度にハブラシを吹きそうになった。
そりゃ、馬車の馬も休ませなきゃならないけど、アンバー先生寝てないんじゃないの!?
怒りが先生をここまで駆り立てたのか…。おおお、アングリーおそるべし。
「スマラルダス、シルバート、おはようございます」
スピネル君がスマラルダスを見つけて挨拶する。
私もシルバートの名前にビクとなった。
「あの、シルバートが出てくるようなことがあったんですか…?」
「いや? ああ、そうじゃない。夕べ私とアンバーでここの見張りをしている間に、この辺りを散策してもらっただけだ」
スマラルダスは私の杞憂を汲み取ってくれた。
いやー、シルバートはいつも姿を現す人じゃないから なんか、襲撃とかあったかと思っちゃった。
なんか、私、フロウライト伯爵から命狙われている疑惑あるし。
魔剣シルバートはその長い銀の髪をなびかせ、腕を組み、朝日を背景にこちらを見た。
相変わらず、偉そうなヒトだ。いや、魔剣か。
「良く眠れたようだな、娘。顔色がいい」
「はい、ありがとうございますシルバート」
アラでも、感じいいじゃない~。初対面は怖かったけど!
「この辺りの散策って?」
「人間嫌いの精霊の場合、攻撃してくることがあるからな。様子見だ。--娘、お前の魔剣に少し魔獣を斬らせようと思ってな。魔剣を育てるつもりがあれば、だが」
「シルバートが森に付いて来てくれる。貴族として生きるなら、魔獣狩は慣れていた方がいいからな」
スマラルダスが答えた。
(貴族…。そうか、エレスチャレ子爵の嫁になるなら、そうだよね。今までみたいに貴族の慣習に無縁じゃいられないんだ…。よしっ)
私は はいっと気を引き締めて答える。
フロウライトの森では見たことない存在。魔獣。
ううん、武者震いしちゃう!
顔を洗い、ウッドデッキに用意された丸太のテーブルと椅子に腰掛け、朝ご飯のうさぎの香草焼きを頬張っていると道の向こうから人が現れた。
草原に現れたのは従僕のヘマタイトさんと、もう一人。ガタイのいい男の人だ。昨日のメンバーにいなかったような。
ダートナとスマラルダスが一歩前に出て対応する。
彼らは昨日いなかったシルバートをいぶかしむ。彼の正体を明かす気のないスマラルダスは華麗にスルー。
そして、私はハタと気づく。
ヘマタイトさんたちの手には…、昨日私たちが提供した保存食があった。
ため息が出る。なるほど、子爵の意向に沿うのか、と。
(仲良くなれるかと思ったのに。悲しいなあ)
皿の上のウサギをペロリと平らげ、私は彼らの言葉を待った。
ヘマタイトさんがおはようございます、と穏やかに挨拶した。少しだけ困った様子が窺い知れた。
「まず、昨日は旦那様が失礼したことを、お詫び申し上げます。夕べはここでお休みに?」
彼らはログハウスに驚愕の目を向けている。
それに小さく笑ってスマラルダスが答えた。
「…ああ、魔法使いがいるからな。昨日のテーブルと同じようなものだ」
いや、規模が違うから!
馬房まで見張りついでに作ったアンバー先生はさすがに疲れて今は眠っている。馬房やキッチンにはスピネル君の魔力を使っていないからね。
「エレスチャレ子爵と話し合うことはできそうかな?」
スマラルダスの問いにヘマタイトさんは苦い顔をした。
「旦那様からの伝言でございます。婚約については留保したいと。また、今回の事の次第もフロウライト伯爵やご親族に伝えるとのことです。ソーダライト商会がこのフロウライト伯爵領で商売なさる権利についてもその話し合いで剥奪されるでしょう、とのこと…です」
シルバートが鼻で笑った。
「何を偉そうに。己の失態を認められないうつけめ。ソーダライト商会が手を引けば、フロウライト伯爵領全体が困窮することも知らないのか。それにフロウライト伯爵に事の次第を話すと? 話せるものか。己の首を絞めるくらい、きさまらの主とてさすがにわかろうよ」
ヘマタイトさんが無言を貫く。
スマラルダスはシルバートをチラと睨むが彼はどこ吹く風だ。
…まあ、フロウライト伯爵には確かに話せる内容じゃないしね。エレスチャレ子爵は伯爵と牽制し合っている間柄。このこと知られれば、むしろ政敵に塩を送ることになる。
…私との結婚を望んだのはソーダライト商会と裏で密約したエレスチャレ子爵側だし。
伯爵は金のなる木の私が戻れば万々歳だもの。
でも、それは、私にとっては地雷なのよ~。
うう、いい空気じゃないな~。
「あ、あの、ジェダイト様はどうなさっていますか? お食事はとれていますか? それに、わたくしたちに食糧を返したらみなさまはどうなさるのですか?
村のみなさまも、このことお知りになったらどう思うか…。冬はどうなさるの? 来る途中で見た畑ではこの村は小麦のしゅうかくがほとんどないと思ったのです。他の村から買い付けてらっしゃったのでしょう?
それも先日うばわれたのですもの…。
わたくしたち、少し話し合いが必要だと思うのです。エレスチャレ子爵が望んでいないとしても。
ええ、きっと、わたくしなら村のみなさまの力になれますわ」
あれ、なんか、ヘマタイトさんの眉間のシワがさらに深く…。
やっちまっただろうか。
「…そうですね。村の冬の食糧備蓄に手を付けてしまったのです。もう、冬は目の前というのに。今すぐどうにかしないとならない問題でしょう。…村長に話してみましょう。子爵には内密で」
「ええ、おねがい」
おお、よかった。
あ。
「これは持ってかえってくださいまし。安心して、ただの厚意ですわ。しばらくはここにわたくしたちはとどまります。館に勤める方にもご家族がいらっしゃるのでしょう? 小さな子供が飢えることないよう、お願いしますわね」
彼らは持ってきた食糧の袋をまたかついで持って帰った。
ホっ。
しかし、背後の視線が痛い。
スマラルダスが小さくため息ついた。
「まあ、今回は結果は悪くない。
脅すような言葉は控えろ。お前は飴の役目をした方がいい。見た目に合わない言動は人間不快に感じるものだ」
何言っているのかさっぱりだ。
脅し…。そう聞こえたなら誤解です!
「わたくし、すなおに思ったことを口にしただけですわ!」
「そうか、では、鏡を見ろ。七歳の子供が大人の真似するだけで不気味に感じるぞ」
あ、そっか。う~ん、確かにね。
でも、あなたの従者はどうよ?
「気をつけますわ」
私は自分の風体を見下ろしてから、スピネル君を見た。どうせいつもの営業用エンジェルスマイルと思いつつ。
すると彼は軽く私を鼻で笑った。
鼻で。
(ホ~ラ、エンジェル…。いや、違う!? え? 見間違い? シヴァリンガム公爵かよ!?)
ちょっと混乱。えええ?
「だが、助かった。確かに当分ここにいる羽目になりそうだからな。夕べの内に、スピネルが伝書鳥を飛ばして、ソーダライトにはに指示を仰いでおいた」
「お祖父様はなんと?」
とりあえず、スピネル君の態度は後だ、あと。大事な話にピシっと背筋を伸ばす。
「婚約はそのままだと。現状維持で、出来ればエレスチャレの屋敷の人間を取り込めとのことだ。フロウライト伯爵家には戻れん。悪いな」
「スマラルダスのせいではありません。それに、わたくしはあの屋敷は好きではありませんから問題ないですわ
」
それに
「わたくし、ここが気に入りました」
なんたって、大自然。
しかも、見たことない魔獣とやらがいるよ、血沸き肉踊るよ、いや、私けっして荒事大好きではありませんが、冒険者ダイヤモンド物語の愛読者なら憧れるよ、絶対!
「子爵より村長を中心に味方につけるか…。あとは、ジェダイトの信頼も得たいところだ」
そう言ってスマラルダスは踵を返し、私をシルバートに預けて奔走し始めた。
見届けって大変だねえ。
その日、私はシルバートの助力を得て2体の魔獣を魔剣で斬った。
夜に定時連絡の伝書鳥が来た時、スマラルダスやアンバー先生の顔色が変わったのが気になったけど、森をシルバートに率いられて駆け回ったため、私はすぐに夢の住人になった。
****
ううん、絶好調~。
昨日、初魔獣狩り成功に私は大層気を良くしていた。
たとえ。相手がネズミそっくりの手乗りサイズでも、私は手は抜かぬ。シルバートがあんよで抑えて私が魔剣で刺すだけの接待狩りだったとしても、魔獣狩りは魔獣狩りです。
魔獣は『呪い』と同じようにスゥと魔剣に吸い込まれて消えた。
「最初は小さいものでいい。魔獣は凶暴な性質だ。いかに腕に覚えがあっても、命を落とす場合があるからな」
「はい! シルバート先生!」
シルバートは嫌そうな顔をする。仲良くしようよ。
「シルバートは照れているだけですから」
とこっそり教えてくれたスピネル君に感謝。
ううむ、昨日のシヴァリンガム公爵のごとき人を小馬鹿にした生意気なお顔はどこにもない。
幻覚でもみたのかしら。
さてさて、魔獣狩りのために森に入ってわかったけど、ここは魔力が溢れているから魔石もいい感じに成長している。ついでに採取も頑張った。
魔石は岩や樹木の一部が変化している場合が多い。森の中でキラリと光るものを見つけたらそれは魔石だ。
私は体から魔剣を出して、採取のための小型のナイフの形状にする。
魔剣の変化は慣れたものよ。
スピネル君にも手伝ってもらいつつ、今回のログハウス分の魔石は回収です。アンバー先生に褒められるかなぁ~。ほくほく。
しかし。これだけ魔力が溢れているなんて。
精霊契約していれば、きっとこの地は繁栄する。確かに低地は少ないけど開拓して高地向けの作物と畜産、魔石発掘が出来そうだもん。
たしか、アンバー先生が、魔力溜りのある地では、魔鉱石の鉱脈が見つかることもあるって。
魔鉱石なら、温泉も出るのよね。前世では地熱で温泉湧いたけど、アンバー先生の授業では魔鉱石地帯が地下水脈を温めるって聞いた。
魔鉱石は貴重だと言っていたし、探して損はないよね。
硫黄のような匂いがないから、見つけたりするのは素人では難しいのかな。
スピネル君と一緒にシルバートの後をついて豊かな森の中を歩く。
目についた木の実をシルバートがいくつかむしり、私たちに投げて寄越す。
それを受け止め、私とスピネル君はカシュッとかぶりつく。瑞々しい自然な甘さが口いっぱいに広がる。
目の前には様々な樹木が並び、木漏れ日が綺麗。
カサと足元をリスが冬支度か頬袋いっぱいに胡桃か何かを詰めて横切っていく。
そんな中、ふと、耳に何かが聞こえた。
「…歌…?」
女の声で歌う歌が上空から振り落ちる。
さきまで明るく光溢れていた秋の森は鳴りを潜め、天が暗くなる。
シルバートが小さく言った。
「盾を展開しろ」
私はコクと頷くと万能盾を高く上空に投げて発動する。
盾はいつかの時と同じくオーロラの壁を作る。
「シルバートは入らないのですか!?」
シルバートは盾から出て、身構えている。
「精霊が来る。この様子だと、魔獣が食いついておるのだろう。いくつか駆逐する。スピネル、娘。そちらは決してその盾からは出るな。よいな?」
(精霊?)




