10話
話はこうだ。
少し前、執事のアゲートが怪しい男をエレスチャレ子爵に紹介した。
その男は相場師。
日本で言うデイトレーダーやね。
で、今年は日照時間が短く、エレスチャレの主食の豆の不作が予想された。
エレスチャレ子爵領は寒く、小麦畑がもともと少ないため、豆を使った料理がメインなのだ。
そのため、余裕のないエレスチャレ子爵が男の儲け話を信じてしまった。
その男の言うとおりに金を渡し相場に手を出した。
最初は確かに順調で、問題なかった。
だが、そのうち大きく購入を勧めてきて、現金を持たない子爵は男の用意した借用書にサインしてしまった。
それから後日、子爵が小切手を切ったのだが それを預かっていた執事は子爵がフロウライトの屋敷にいる間に姿を消した。
直後、相場は大きく崩れ、結果、負債だけ残ってしまった。
そして相場師の男は借金取りに変貌する。
借金取りにジョブチェンジした相場師はたくさんの荷馬車と大勢のうさんくさい男たちを引き連れてやってきた。子爵も執事もいない中、侍従以下使用人が対応した。
--男の要求は爵位だった。
子爵はこれを抵当に入れていたのである。
幸いなことに土地や建物は最初から目算に入れておらなかったようで、借用書に記載がなかった。
エレスチャレ子爵のいない間に勝手に使用人たちが決断できるわけもなく、要求を受け入れなかったため、男たちは館の中の家財道具を借金のカタに奪っていった。それが2日前、早馬が来た前日だ。
「…旦那様がお戻りになる前にと、侍従さんがこの近辺の町で執事のアゲートを探しに参りました。
セルカドニーの港で見たという話を聞いて訪れたところ、相場師の男の事務所に出入りするアゲートを見つけたのですが…。小切手はすでに現金化され、手元にないと。
そしてアゲートを連れ戻す際、侍従さんは複数の男に襲われアゲートには逃げられました。
侍従さんは今、セルカドニーの町の診療所に入院しています。
侍従さんの言うには、襲った男たちは館から家具を持ち出した男たちだったと。
相場師の男とアゲートはグルだったのです。私たちは--騙されていたのです」
この言葉に子爵がクソっと呟いた。
顔を覆って小さく泣き出した。
女中さんたちがしくしくとやはり涙し、ジェダイトは呆然としている。
私も。
これ、どうしたらいいの…。
「…まずは、今夜どうやって休むかですね」
こんな時まで冷静な、天使少年スピネル君の言葉にどう突っ込めばいいの…。
さて、館内にいるのは従僕二人、女中頭含め女中さんが四人、料理人が一人。侍従さんは入院中。
あとの使用人は村に戻したと。
従僕のヘマタイトさんは家族持ちなので塀内の一軒家に。
これは所有がヘマタイトさんなので略奪されずに済んだ。
使用人用の建物は寮なので高価な調度品もなく、こちらも特に被害はなかった。
男たちの再度の襲撃に怯え、使用人たちは子爵が戻るまで集団で動き、食事は従僕のヘマタイトさんさんの家で出してもらったとのことだ。
そして、金目のもの以外で深刻な被害は、実は館で保管していた備蓄用食糧も持って行かれてしまったことだった。
この館の塀内の建物はこの小さな村の越冬用の建物でもあり、エレスチャレの村の冬の食糧は奪われた食糧に頼っていた。なのに今回の略奪のせいで外から買わねば持たないのだ。
それなのに、新参の食い扶持が五人も増えるとか悪夢ではなかろうか。
てか、今回の話はどう考えても略奪行為では?
「けが人は侍従さんだけなんですか?」
私はダートナが用意した夕食の鍋を覗きながら、料理人さんに問いかける。
はい、私、なぜか館の台所におります。
子爵はあのあとグッタリして周囲を慌てさせ、とりあえず従僕のヘマタイトさん家に横にさせてもらいました。ヘマタイトさんの奥様も女中さんのお一人で、彼らにまず子爵のことは頼んだのだ。
ジェダイトは自室に一度入って戻ってきてからほぼ無言。
どうやら大事にしていた蔵書が奪われたらしい。
借金の金額以上の略奪ではないかと思うのだがどうなんだろう…。
さすがに天蓋付きベッドはそのままで、ただし、価値ある絨毯は持っていっていた。ホント、相当な数の人間で来たんだな!
幸い宝飾品は金庫にあり、これらは子爵が鍵を持っていたので無事でした。
でも、これらを売って、備品や家具を取り戻せても冬を越すための準備は難しい。
聞けば相場に費やした金額は相当なものだった。
話を聞いて、最初に冷静になったのはスピネル君とスマラルダス。
スマラルダスの指示で、荷馬車に積んでいた私たちの日用品でひとまず腹ごしらえすることになった。
鍋は私提供。そう、あれ、万能鍋。
ホント万能~。
馬車の大きなカバンからゴソゴソ出したのを見てジェダイトは驚愕していた。
そうよ、あのカバンの中身はこれなのよ。
ダートナとアンバー先生がさくさく荷解きしていき、私もお手伝い。
保存食やビスケットなど長期保存の利く食糧を提供していく私たちにエレスチャレの使用人は戸惑いのご様子。そりゃね。これらは歓迎されなかった時に備えて持ってきたのだ。それに、私たちこんな急にエレスチャレに来ると思っていなかったので冬の用意もしていたし。勿体無いし。
エレスチャレの台所は銀食器は壊滅。
なんと鍋も持っていかれたのは腹立たしい。これ絶対、嫌がらせだよ!
ダートナが手際よく乾燥した芋の粉でお団子を作り、トマトベースのスープに落としていく。ベーコンと葉物野菜をたっぷり入れ、具沢山のスープをこしらえている。
私はスピネル君と一緒に人数分のスープ皿を用意し、カトラリーを広げる。持ってきて良かった~。この数のカトラリーをなぜ持ってきたか? 勿論いざという時売るためよ。
そんな私たちを見ている内に、使用人さんたちが行動を始めてくれた。
そして、折角なのでとアンバー先生に呼ばれて錬金術の実地授業になった。
先生こういうの好きだなあ。
これは広間で行ったので、使用人さんたちの見学付き。
疲れきった彼らがそれでも動こうとするのに感動した私たちは、出来ることをしようと決めたのだ。
「先生、これでいいですか?」
私はスピネル君と一緒に裏庭からちょっと立派な木の枝を数本拝借。
魔剣大活躍です。
ジェダイトも何をするのかと付いて来て、木登り始めた私に目を見開いていた。
スピネル君? 魔法で運んでくれたよ。身体強化魔法です、と言って私がザスザス切り落した彼の体より大きい枝を数本抱えて歩くさまは驚いた。
見習いたい。
「では始めましょうか。まず、魔石は緑の色のものを。植物と相性がいいんです。
それと、銅を使いましょうか」
先生は自分のカバンから手に納まるくらいの銅の塊を出す。
それらを広間に並べ、スピネル君に促す。
「スピネル。手伝ってもらえますか? 魔力が私では足りないので」
スピネル君がアンバー先生の助手かあ。すごいなあ。
先生はスピネル君の手を取って、もう片方の手の指先で空間に魔法陣を描く。
その指先から緑色の魔力がプラズマのように魔法陣の中に吸い込まれ、白く光ったかと思うと用意した枝や銅にプラズマが絡みだす。それからまた白く光り、次の瞬間、銅の天板を木材の四本の脚で支えた、大きなテーブルが出来上がっていた。
私も含め、周囲から小さな歓声が上がる。
続いて同じように椅子を数脚作った。
椅子に使う魔石は先生の指示で私がこっそり指先から刃先を出した魔剣で4等分に切った。魔剣万能~。
有名な魔法学園のような長テーブルと椅子が用意出来、馬車から運び込んだ荷物からテーブルクロスをダートナが広げ、使用人さんたちが台所からスープを運び込む。
少しだけ笑顔が戻っている。
私はスピネル君と一緒に庭に出て花を摘もうと思った。食卓が華やぐように。なぜか、ジェダイトまで付いてきた。
「ジェダイト様、少しお庭のお花を切ってもよろしくて? テーブルにかざろうと思いますの」
ジェダイトは一瞬面食らったような顔をした。
だが、コクと頷く。
「こっちが庭先だ」
彼の案内で歩き出したところ、廊下の曲がり角の先に、従僕のヘマタイトさんと、女中頭、それとまだ若い従僕さんがいた。若い従僕さんは外から帰ってきたようで、寒さ避けの外套を脱ぎながら話していた。
ボソボソと低い声で。
「--言われたとおり、村長に連絡を頼んできました。夜には届くと思います」
「そう。なら安心だわ…。坊ちゃまではやはり荷が重かったんだよ。あの方が来てくれれば頼りになる」
「シッ…。坊ちゃまに聞かれたらコトだ。顔を見たら邪険には出来ないだろうが、坊ちゃまのお気持ちも複雑だろうからな」
曲がり角から足を踏み出せない。
ジェダイトは硬直したように動かない。
(どうしよう…、これは聞いてはいけんことか!?)
軽くアワアワしていたら、スピネル君が軽くかざした指先から金のしずくが溢れ、彼はそれを私やジェダイトに頭から振りまいた。
(うん、金色。いや、そうじゃなく、これなに!?)
慌てて彼を振り返ったが、私の体から音がしない。自分の耳がおかしいかと疑ったが、足音や衣擦れが消えているようで、少し先にいる従僕のヘマタイトさんたちも私たちには気が付かない。
ちなみに声も消えている。
なに!? って私は発声してしまったつもりだったのだ。
それからスピネル君は少々強引に硬直したジェダイトと、慌てる私を引っ張って庭に連れ出した。
庭は緑溢れ、光が差し込んでいる。
「さっきの、なに!?」
口が利けた。それだけではなく、足音も復活しているぞ!
「魔法です。消音の。初めてですか? 彼らに、私たちの存在は知られない方がいいかと思って」
言って彼はジェダイトを見た。
「…、あ、ああ。…うん。僕が話を聞いたことは気づかれたくない…。ありがとう」
あら。友情が生まれそうだな。うんうん。
「あまり長く広間を離れると皆が心配します。アイアンディーネ様、どの花を切りますか?」
おいおい、とつい突っ込みたくなるスピネル君の対応…。いや、正解だけども。
スピネル君がチラとアイコンタクト。
あ、そうか。ジェダイトが聞かれたくないよ~とあからさまだもんね。
それに、ここにはお花を摘みに来たのでした。
花はさみを忘れたので、ちょっと躊躇する。
さすがに魔剣で切るのはどうかと思われたので、腰に下げた短剣で何本か切った。
「…その白い花は死んだお祖母様がお好きだった。だから、父上もお喜びになるだろう」
「そうですか」
ジェダイトが私たちにくっついていたのは、見張りかと思ったけど もしかしたらば不安だったからなのかもしれない。
私たちが食堂に戻ると皆すっかり夕食の準備を終えていて、私は慌てて花瓶がないかと見回し、廊下に出るドアに手をかけた。すると、押してもいないのにギッと扉が外に開いた。
(あ、誰かいる)
思ったところで勢いよく私に向かって腕が振り下ろされるところだった。
それを押しとどめたのは小さな手。
私の隣にいたスピネル君の手だった。
彼の小さな手はその持ち主の手首を掴み、クっと軽くひねるとその人物--エレスチャレ子爵をコロンと転がした。




