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1話

よろしくお願いします。


…誰かが私の眠りを邪魔している。

不快感から、私はガバリと起きた。


「誰よ、額に水滴落とすような陰湿な起こし方するヤツは!!」


言って飛び起きた先、目に映る風景に愕然とした。


真っ白な空間。


そこに一点の黒い染みが落ち、影のように広がる。

それは私の眼前でゆっくりと集まり人間の形状をとる。

真っ黒人間だ。

それが、目鼻のない顔の口だけをカパリと開けた。

まるで、お化け屋敷の提灯のように。


(に、逃げなきゃ)


足の速さには自信があったが動揺に足がもつれる。

白い空間の中、上下左右、東西南北の感覚もわからず真っ黒人間から逃れようと走り出したが、それは確実に追いついてくる。


(ちょ…、な、なにか武器…!)


反撃の覚悟を決めて振り向くと、自分の胸元に青い光がじわと広がった。


(な…に…?)


そして、胸元に刃先が見えて驚愕した。

痛みはないが私の胸から、小さなナイフが刃先から徐々に出てきている。

その青い刀身は氷のよう。

シュールな光景に唖然としていたその隙に真っ黒人間が私に覆いかぶさり--


「させるかあ!!」


私のアタックが決まった。

肩を入れて、全身でぶつかった。

真っ黒人間は勢いついて、私から離れて転がった。

つーか、真っ黒人間、立体感あるわ。突き飛ばしておいて何だけど、影の集合体だったから触れると思わなかった。

私はどちらかと言うと脳筋だ。

しかし、真っ黒人間はめげずに立ち上がり近寄ってくる。


私はまた勢いつけて真っ黒人間を蹴りとばした。

回し蹴りだ。決まった。

小さい頃は近所のお兄ちゃんと空手家ごっこでよく遊んだものさ。

回し蹴りが効いたのか、真っ黒人間が怯んだ。

よし、追撃しようと思ったら、いつの間にか自分の手に胸から飛び出ていたあの青い刀身のナイフが握られていた。


(これを使えということか!)


小さなナイフでは使い勝手が悪い。竹刀くらいの長さなら--と思ったところで、ずしと手に真剣の重みがあった。

ナイフが形状変えて、長剣に様変わりしている。

よし、力技なら負けないぞ。

真っ黒人間の肩から下に向けて、袈裟懸けでスイングすると、手にした剣はビックリするほど滑らかに真っ黒人間をぶったぎった。

真っ黒人間はバリバリと大仰な音立てて崩れ去る。

そして、それは、スゥーと私が手に持つ剣に吸い込まれた。


(はー、やりきった!)


この時点で私はこれが夢だと思っていた。

自分の体から刃物が生えるシュールな夢。夢診断では面白い結果が出そうだな。


そして、私はその水鏡のような刀身に映った己の影を見た。


(あれ?)


映っているのは子供だった。

子供はこぼれそうな湖水の色した瞳をパチパチ言わせ、サクランボウの唇を間抜けに開けている。

そんな顔していても、美少女は美少女だった。

だが、それが、なぜ、私の心に合わせて表情を変えるのか?

鈍い鉄の色の、そのゆるいうねりある髪は絹糸のよう。


(このビジュアル、見覚えが…)


はた、と気づいた。


(…この顔、悪役令嬢、アイアンディーネ…だ!)


視界がスパークした。



****



『異世界ダイアリー』は乙女ゲーに擬態した、領地経営含めた育成シュミレーションだ。

内容は魔法と剣の世界、竜が守護する「ジュエルランド」が舞台。

田舎の伯爵家の領地を受け継いだヒロイン、パールはそこを繁栄させるため、恋と領地経営に頑張る、いわゆる細腕繁盛記。

ヒロインを七歳から二十歳まで育て上げ、立派な領主にする内政ゲームだ。

本来の目的は彼女を育てつつ領地の繁栄を興すことで恋愛はおまけだが、乙女ゲーのジャンルになっていた。解せぬ。


そんなヒロインの邪魔をするのは、富豪の悪役令嬢、アイアンディーネ。

彼女は頑固で粘着質だ。


実は二人は異母姉妹。

落ちぶれた伯爵家に資産家で平民のアイアンディーネの母は嫁いだけれど、それは愛のない結婚。

アイアンディーネの祖父、ソーダライトが爵位の乗っ取りをたくらんだのだ。

アイアンディーネを産んだ後、彼女の母は亡くなり、伯爵はパールの母と再婚する。

そして、貴族が貴族たる所以、魔力取得の儀でアイアンディーネは失敗し、ほとんど魔力がない子供となる。


命が助かったのは、母の形見のナイフのおかげ。


しかし、微々たる魔力しか得られなかったアイアンディーネは伯爵に見捨てられた。

育児放棄され、一年後母親の実家のソーダライト商会に引き取られる。

そんな背景があるためアイアンディーネは両親に愛されて育つパールに嫉妬と恨みを持ち、彼女の領地経営をとことん邪魔をする。

パールも両親の所業を十字架として受け止め、アイアンディーネに遠慮し恋人との結婚に足踏みする。

つまり、アイアンディーネは攻略対象との幸せな結婚の、精神的な最大の障害なのだ。




(つーか、なんやねん! 悪役令嬢 私やねん!)


意味不明な関西弁が心のなかで吐き出される。

あのあと簡素なベッドで目を覚ましたら、眼前にいたレーズン色の髪のお姉さんが泣きながら抱きついてきた。

どうも、私は三日の間、熱にうなされ眠っていたらしい。


「ダートナ…」

「アイアンディーネお嬢様、よかった、目を覚まされないかとずっと案じておりました!」


彼女はアイアンディーネの乳母で未亡人のダートナだ。

まだ、二十五歳の身の上で、夫と産んだばかりの子供を亡くし、糊口をしのぐため、産後すぐ母親が亡くなったアイアンディーネの乳母になった。

ダートナにとって、アイアンディーネは実の子同然なのだ。

その愛情は海より深い。


私はアイアンディーネとしての記憶があった。

寝込んだ三日間でこの「現代日本人」の記憶が前世の記憶と認識している。

その知識は七年間の人生経験にないものだからだ。

けれど、「私」としての個人的な記憶はおぼろで、むしろそれは「アイアンディーネ」の記憶や感情の方が強い。


(まさかの悪役転生かぁ…。しかも、不遇。私、いつの間に死んだぁーー!)


突っ込むトコそこかいと思い、ションボリしながら、私は現状把握に努めた。


アイアンディーネは齢七歳。


フロウライト伯爵家の長女でありながら儀式を失敗したアイアンディーネは今、乳母のダートナと二人、屋敷の敷地の端にある森番小屋にいた。

森番小屋は二階建ての民家で、以前住んでいた森番が辞めてからもう五年も使用されていない。

そんな家に実の父親であるフロウライト伯爵は熱で意識不明のわが子をダートナ一人つけて押し込めたのだ。

鬼畜か。


幸いアイアンディーネも父親に無関心だった。

もともと伯爵は好きでもない女との子供だったせいで、アイアンディーネの教育は全てダートナに丸投げだったもんね。

アイアンディーネが懐いていたのはダートナと家庭教師でお髭のアンバー先生だ。彼はアイアンディーネの主治医でもある。

アイアンディーネは屋敷でも基本放置の姿勢だったから、危機感を覚えたダートナが雇ってくれたのだ。

ムリもない。

アイアンディーネが生まれてすぐ、愛人にパールが生まれた。

パールを私生児にしたくない伯爵はアイアンディーネの母親のお葬式が済んだ翌日にパールの母親を屋敷に入れ、結婚の手続きをしたのだ。

さすがに非常識と眉を潜めた親戚も大勢いたのさ。


祖父のソーダライトも当然気色ばんだ。


その時、ソーダライトがアイアンディーネを引き取ると強硬に出れば良かったんだよね。

けれど、フロウライト伯爵は金の成る木のアイアンディーネを手放すのを渋り、また爵位を孫娘に継がせたいというソーダライトの野心もあって、結局そのままアイアンディーネはフロウライト伯爵家で育つことになったのだ。


「本当に良かった…」

「心配かけてごめんなさい、ダートナ」


私が目を覚ました後、アンバー先生が湯を運んできてくれてダートナが湯浴みさせてくれている。

大きな桶にすっぽり収まる体。

小さいなあ、と生前の筋肉質の体と較べてしまう。


「いい匂い…」


屋敷のある村で作っているオリーブ石鹸が鼻腔をくすぐる。

癖のある匂いだけど、好きだ。


「ここは屋敷の敷地にある、フロウライトの森の入り口の番小屋ですわ。以前、栗拾いに来ましたでしょう?」

「うん、覚えているわ。アンバー先生の自然教室は楽しいから」


私の生活は所詮田舎貴族だ。

でも、それは私の性根にあっている。

アンバー先生はもともと自然学者なのだ。顔中髭の年齢不詳の外観だが、まだ二十代のアウトドア派だ。

森はそんな先生が教鞭取るにふさわしい場所だ。

生前、やんちゃを絵に描いたような私と先生は大変気が合う。

記憶が戻る前から、アイアンディーネはお転婆娘だった。

所詮私だしな!

それでも商家の女主人だったダートナから生きるに必要な知識も身に付けさせられた。

彼女は実務家で、そして現実主義だ。

フロウライト伯爵の態度から、私アイアンディーネが跡取りになる可能性は相当低いと判断している。


…また、それは事実だ。


なので、針仕事など、商家の娘なら当然できることは一通り身に付けるよう彼女は育ててくれた。

文字や算術もしかり。

この世界は既に複式簿記で商取引しているので、それも仕込まれた。

簿記は前世でも2級まで取っていたから面白く学べている。


ただ、貴族のマナーだけはダートナとアンバー先生でも教えられない。

そのため、マナー講座だけは伯爵に頼んでパールと一緒に受けていた。


私がパールと会うのはその時くらいだ。屋敷にいた時も食事も私だけ自室で食べていたし。

それ位、伯爵一家と私の距離は剥離している。

充分な魔力を得られなかったと判断された私がこの森番小屋に押し込められたのは推して知るべしだな。


湯浴みを済ますとまたベッドに戻された。

今まで使っていた天蓋付きベッドとは雲泥の差だが、真新しいシーツからは清潔なミントの香りがした。

大きな枕をクッション代わりに背もたれにし、私はよいしょとそれに上半身を預けた。


「口を開けて」


ベッドの脇にはアンバー先生がいて、喉の様子を見てくれた。


「…腫れていないね。熱も下がっているし、もう大丈夫だろう。よく頑張ったね」


そうして、先生は私の頭をクシャリと撫ぜた。


(やっぱり、体小さいなー)


先生の手が大きい。記憶が戻ると前世との体型の違いが気になる。

ここまで細かい部分を思い出せているのに、個人情報だけ思い出せないのは不思議。

個人情報保護法が転生にも適用されるのかしら。


「スープなら食べられるだろうね。用意していますよ、アイアンディーネ様」


先生はワゴンを押して入ってきたダートナに向かって言った。

スープは柔らかく煮たカブのコンソメスープだ。

私が食べている間、アンバー先生とダートナが現状をゆっくりと説明してくれた。

知っているけど、知らん振り。

現状は、私が知っているゲーム、『異世界ダイアリー』の状況そのままだった。


「不便になりますけど、この番小屋でも勉強だけは怠らないように」


そう言って夕方、アンバー先生は村に帰って行った。

先生の後ろ姿を窓から見送る。

玄関口には灯りを手にしたダートナが佇んでいる。

ダートナとアンバー先生は幼馴染と聞いた。

アンバー先生が独り身なのは…、と考えるのは穿ちすぎかな。


(…に、しても、このまま現状に甘んじてはいられないな~)



『異世界ダイアリー』の開始はヒロインの七歳の魔力取得の儀式から。

ヒロインはアイアンディーネと同じ歳。


(そう、私が失敗した儀式を同じ日にヒロイン、パールは成功させているはずなのよね)


すでに本編ストーリーが始まったのだ。

ヒロイン視点では現時点のアイアンディーネは ほぼ空気。

両親に言われ、あまり交流もない。

一年後、アイアンディーネが誘拐されたと聞き、その後ソーダライトからの支援が無くなり、フロウライト伯爵家は困窮する。

その間、ヒロインは森で魔石採取したり、錬金術で武具を作ったりしてパラメータ上げをする。

そして、学園に入る歳に心労で倒れた父に代わり、フロウライト女伯爵として華麗にデビュー。

そこで、異母姉アイアンディーネと再会、彼女の誘拐がパールの両親のネグレクト(育児放棄)から助けるためのものと知り、衝撃を受けるのだ。

そこから始まる、アイアンディーネのネチネチ攻撃。

それをかわして、最終的に伯爵家を盛りたてお目当ての攻略対象と婚約してエンド、なのだ。

ちなみに、攻略対象は隠し含め5人。

アイアンディーネは実は恋のライバルにはならないので、アテ馬令嬢も出てくる。


『異世界ダイアリー』ではヒロインの邪魔をしたアイアンディーネは最後社会的に断罪される。

不遇な身の上に最後まで不遇ってどうよ? と思うファンも多かった。ちなみにどのルート辿っても不遇で終わった。


私は実はこの乙女ゲーは微妙な気持ちでやっていた。

好きと言えば好きだったのだが、「製作陣と微妙に男のツボが違う!!!」という大変我侭な理由でムニムニでした。

別のゲームしろよ、と自分突っ込み入るがこれが始めたゲームは全てのルートをこなさなければおさまらない、私、大変貧乏性であった。


(美麗イラストで一枚絵はすんごくいいんだけどね~)


はあ、とため息。

けれど結局隠し含め全ルートやっている。

なので、不遇キャラの悪役令嬢アイアンディーネの行く末はわかっている。

これから起こる悲劇も。

ゲームではサラっとナレーションで終わるがアイアンディーネの立場に実際なったら、悲劇としか思えない展開が待っている。

私はダートナとアンバー先生を思い出す。


…そう、アイアンディーネの不幸は一年後の脱出劇。

そこで、私はダートナとアンバー先生を失う。


彼らは--死ぬのだ。


これが、逃れられない運命だなどと、納得できるはずもない。

正直耐えられない。


乙女ゲームに生まれ変わって、育ての親亡くすって何なの。

許せるはずないじゃない。


そう、私はずっと、静かに怒っていた。

記憶を取り戻してからずっと。

だって、私はまだ七歳の頑固で粘着質のアイアンディーネなのだ。

「仕方ない」で諦められるか!!


(一年後の脱出劇…!)


私は強くならねばならない。

その時、二人を助けるために!!

きっと、前世の記憶なるものを得たのもそのためだ。

私は大好きな二人を助けてみせる。


(アングリイー!)

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