本当の正体
切られる、沖田はその瞬間思った。土方が大声で沖田の名を呼んだのが聞えた。相手の男の動きがやたらとゆっくりに見える。しかし、沖田の体は動くことができない。相手の刀が自分の頭をめがけて振り下ろされる。もう駄目だ、そう思った時、沖田の目の端から何か影が近づいてきた。
その影は、自分の相手のこめかみに肘を撃ち込み、左の方向に吹き飛ばして止まった。その影は見たことがある男であった。吹き飛ばされた男は目を開けたまま絶命していた。その様子を見た尊攘派の動きが止まった。
「すまねえ、遅れちまった」
「く、くちばさん」
「おう、少年。怪我はないか?」
士光は右手を沖田に差し出した。
「なんで、ここに? あなたは西側担当では?」
沖田は、少し驚いた表情で士光の手を掴んで引き起こされる。
「ん? 西の方ならとっくに片が付いたぜ。だから急いでこっちに来たんだ。どうやら間に合ったみたいだな」
「朽葉殿」
「おう、近藤。助っ人に来てやったぜ。やつら、あれで全員か?」
士光は、顎をしゃくって尊攘派の人間を見た。
「はい。全員で間違いありません。しかし、人数が多く囲まれてしまいました」
「お前達、この少人数でよくやったな、大したもんだ。俺が正面をかたづけてやるから、お前達は後ろの連中を頼む。ああ、少年。お前だけは俺が討ち漏らした奴をかたずけてくれ、万が一ってこともあるからな」
士光が沖田を見た。すると、沖田の刀が折れているのに気が付いて、自分の刀を鞘ごと引き抜いてそれを渡した。
「これを使え、なまくらだが折れているのよりはマシだろ」
「朽葉さんは?」
「俺はこの男のを借りるかな」
先程吹き飛ばした男に近寄り、側に落ちている刀を手に取った。
「来てくれたのはありがたいが、あんた一人来たところで大して変らねえ。ここは一旦奴らの包囲を突破して態勢を立て直す方が正しいと思うがな」
土方が、前後の敵を警戒しながら士光を見た。
「おまえ、土方だったな。今ここで奴らを逃がせば、後々面倒だ。やるなら今ここで全滅させるべきだろう。それに、俺はこれでも少しは使える男だと思うがな」
二人が会話をしている時、士光のいる後方から三人の男達が声を上げて向かって来た。それを見た近藤達は慌てて刀を構える。しかし、気が付かないのか、士光は右手に刀をぶら下げたたまま、こちらを向いている。
「朽葉さん、後ろ!」
沖田は思わず叫び、刀を構える。相手の三人は既に士光の二間(3・6メートル)の距離まで来ている。振り返って対応できる距離ではない、沖田は前に出ようと右足を動かした時だった。
くるりと反転した士光は、そのまま素早く、刀を左から右に刀を振った。その動きはあまりにも速く、沖田がかろうじて目で追うことができる程だった。だが、刀を振ったはよいが相手との距離はまだ遠く、刃が届く距離にはない。
「朽葉さん、一体何を」
沖田が士光を見て何か言おうとした瞬間、男達の動きがピタリと止まり、胸から盛大に血を噴き出して倒れた。
沖田は何が起きたのか分からずに絶句した。近藤や土方も目を見開いて驚いている。そして、士光から発せられる気の大きさが尋常ではない。思わず、仰け反ってしましそうだった。
「さーてと、後ろは頼んだぜ」
士光はそう言って沖田の目の前から消えた。すると次に尊攘派のいる所で姿を表して刀を振っていた。そして数人の男達が倒れた。慌てて、尊攘派の男達は士光に向かって刀を向ける。だが、士光は素早い動きでそれらをすり抜けて同時に刀を振るう。すると、次々と敵が倒れていった。
「今です、近藤先生。後ろの奴らを攻撃しましょう!」
沖田が近藤に向かって叫ぶと、呆気にとられていた近藤がそれに気が付いて後ろを向くと、刀を構えた。
「行くぞ、みんな」
近藤が檄を飛ばして敵に向かっていった。土方や山南、永倉、などの試衛館の男達がそれを見てつづいた。
近藤は刀を上から振り下ろす、相手はそれを見て防ぐために頭の上に刀を構えた。だが、近藤の刀は相手の刀とぶつかる前にぴたりと動きを止めて、素早く腕を横に下ろすと、そのまま横に振った。男の腹から血が噴き出して膝を付き倒れた。そして、次の男に向かって刀を振り振り下ろして倒した時に、左横から他の敵が向かってくる。だが、後ろから来た土方がその男と体ごとぶつかり刀を突き刺した。
「すまん、歳」
土方はニヤリと笑うと次の敵へ攻撃を仕掛けた。永倉や山南、斉藤や藤堂も攻撃を開始している。人数差が縮まればこちらに分がある。敵を次々と倒していった。
「とんでもないよ、あの人」
沖田は士光の動きに見とれていた。あまりにも速い攻撃は、敵が士光を攻撃する間もなく倒れていった。だが、相手方の二人ほどが浅傷を受けて膝をついてが、気を取り直して士光の後ろを切りつけようとしていた。沖田はそれを見逃さずに、鞘から刀を抜き、横から二人を右、左と切りつけて倒した。
それに気が付いた士光は、後ろを向くと、にやりと沖田に笑って見せた。
結局、僅かな時で士光は敵を一人残して全滅させた。残った一人は、声を上げて士光から背を向けて走り出した。だが、士光が追う気配を見せずに、逃げていく男を黙って見ている。
「ちょっと、朽葉さん。追わないと逃げられてしましますよ」
沖田はそう言って走り出した。が、士光が左手を出してそれを制した。沖田は動きを止めて逃げていく男を見ると。半町(約五四メートル)程の距離でその男から悲鳴が聞え、動きが止まった。
男はそのまま後ろ向きに倒れた。その影から一人の男が両手に武器を持ち立っている。
「誰だあれは?」
近藤達も戦いが終わり、土方が沖田の側に来た。
「やっと来やがった。遅いぞ源之助!」
士光がその男に向かって大声で叫ぶ。どうやら知り人らしいことが沖田には分かったが一体誰なのか分からなかった。だが、あの距離からでも只者ではないことが分かる。発している気が士光と違うが痛いほど感じる。士光の声が聞えたのか、その男はこちらに向かって歩いて来た。
「お前が速いんだよ。これでも、他の連中よりかは、かなり早く到着してるんだ。どうやらこっちも終わったみたいだな」
両手武器を持ったまま、源之助は辺りを見回している。士光が、源之助と呼んでいた呼んでいたこの男は何処か不気味な雰囲気を持っていた。全身黒ずくめの衣装で、まるで忍びの様であった。持っている武器も見たことが無なかった。
「あの、この人は一体?」
沖田は目線を源之助に送って士光に尋ねた。
「さっきまで、俺と一緒に西側で戦った男さ。源之助と言う」
「討ち漏らしは無いだろうな、士光」
「馬鹿野郎、誰に言ってやがる。こいつらと一緒に仕事は終わらしたぜ」
士光は、近藤達を指さした。
「試衛館の方々ですね。その人数で敵を殲滅されるとは、流石ですね」
覆面姿の源之助が目を細めて近藤達を見た。笑ったのだ、と沖田は思った。
「いえいえ。朽葉殿が駆けつけて来られなければ、こちらがやられていました。助っ人いただき、ありがとうございます」
近藤が士光に頭を下げる。
「よせよ、同じ目的で戦った同士だろ。堅苦しいのは無しだぜ、近藤。それに横目で見ていたが、お前達の剣術は大したもんだったぜ。俺がいなくても、終わらせたんじゃないのか」
「そう言って貰えると、有り難いです。それにしても、このお方は変った武器をお持ちですな」
近藤は、源之助が持っている武器を物珍しそうに見ている。
「これは鴛鴦鉞と言いましてね、今は「清」と呼ばれている国の武器ですよ」
三日月の形をしたものを二つ組み合ったような形で、先は尖がって刃になっている。一方の月牙の中央は手で持つための柄があり、もう一方で敵を突いたり斬りつけたりする武器である。
「後は、役人連中が後始末してくれる手筈になっているから、ここで解散するか。じゃあ、また何処かで会ったらよろしくな」
士光は片手を上げて歩き出した。源之助もそれに続く。近藤は二人に頭を下げると、それを見た試衛館の男達もそれに倣った。沖田は左手に借りていた刀を握ったまま頭を下げていた。




