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試衛館の男達

 鋭い風斬り音をたてながら、上から斬撃がきた。沖田総司は刀を下げたまま、前に進み半身でそれを躱すと、刀を横に振り抜きながらすれ違う。


 腹のあたりから、血を噴き出しながら低い声を上げて相手が倒れた。後ろから、土方歳三が素早く沖田を追い抜いて、刀を右、左と振り抜いて二人を倒した。


 二人の連携の速さに、十名で戦っている相手の男達が一瞬怯み時間が止まる。それを見逃さずに、今度は沖田が素早く前に出て、横に並んで刀を構えている三人に、神速の突きを三つ喉元に突き刺した。三人は声も出せずに膝をつく。僅かな時間で味方六名が倒されると、残りの男達は二人から距離を置いた。


 黎明の時刻。空からは、一月の冷たい雨が容赦なく男達の全身を濡らしている。ピンと張り詰めた空気がお互いの間に流れ、激しい雨音だけが聞えていた。


 土方と沖田に追いかけられていた男達の肩は、激しく上下している。逆に土方と沖田は微動だにせず、口から白い息が細かく吐き出されていた。

 

 相手方との間にピンと張りつめた空気がうまれ、しばしの静寂が流れた。沖田は瞬きをせずに相手を見つめた。雨粒は容赦なく沖田に降り注いでいる。頭のてっぺんから右耳の耳たぶへ水滴が、ゆっくりと一粒、一粒流れ、顎の先端に流れ出していく。やがて、その滴が一つの塊となり沖田の顎から離れた。


 その瞬間、沖田は素早く前に飛び出した。土方も同時に前に出る。相手の男達の驚いた顔が見てとれる。


 先程の神速の突きを、左側の前に構えて並んでいる二人の喉元に突き出す。沖田の攻撃の速さに目で追えなかった二人は驚きの表情のまま地面に倒れた。


 一方、土方は、左右並んでいる右の男から、横に振られた斬撃を屈んで躱し、左から右へ刀を走らせて体を反転。切られた相手はのけぞって倒れた。


 残った相手の一人が、背中に隙を見せた土方に向かって刀を振り上げる。その刹那、土方は後ろも見ずに後方へ一歩下がり、右脇から刀を出しながら、背中からその男に寄りかかった。勢いよく前に出てしまった男は、その拍子に土方の刀が腹部が突き刺さり、目を見開いて動きが止まった。


 土方は前を向いたまま男から刀を抜くと、血の付いた刀を上から払った。それと同時に止まっていた男が膝から崩れ落ちた。

 

「大したことはないな、こいつら本職だろ?」


 土方は、倒した男達を見下ろしながら刀を鞘に収めた。


「各藩の脱藩浪士だから、そうじゃないかな。それより、近藤先生達が心配だね、早く鶴見屋に戻ろう、歳さん」


 沖田が土方を見た。


「そうだな、急ぐか」


 二人は同時に頷くと、走り出した。


 一八六三年、一月某日。一つの情報が幕府上層部にもたらされる。江戸に潜伏している過激尊攘派の一団が、江戸の町に火を付け、いつまでも煮え切らない将軍家茂に攘夷を迫るというものであった。


 その情報は、間者とし潜伏している御庭番の者から出されており、直ちに政事総裁職である松平春嶽の耳へ入れられる。春嶽はすぐに村垣範正を呼び出して、その対応を命じた。


 現在村垣は、外国奉行という職に就いていているが、それは、表向きの話で、代々携わっている御庭番を裏で率いていた。


 村垣は普段から交流のある、勝海舟にその話をした。勝は、「それならば、うってつけの人材がいる」と言って、過激尊攘派殲滅作戦の陣頭指揮を願い出ると、それが受理された。


 「まあ、そういう事でお願いに上がったというわけさ」


 市ケ谷にある天然離心流の道場『試衛館』に、一人の幕臣の者が訪れていた。沖田総司は師匠である近藤勇に呼び出されて、この目の大きな勝海舟と言う男の話を聞いていた。


「そんな話を聞いたからには黙っていられませんね。しかし、何故そんな名誉ある仕事を私らに?」


 近藤勇が少し興奮気味に勝と話をしている。近藤は興奮すると鼻の穴が大きく開く癖があり、沖田は話よりそちらが気になっていた。そして、もうひとり。自分達と対面している勝の後ろで、立て膝を付いて壁に寄りかかっている男、名を朽葉士光と言っていた。背の高く、無精髭で着ている物は小綺麗であるが、全く似合っていない。この男がやたらと気になる。話に全く参加せず、あたりを見回し、それが飽きたらボーッと天井を眺めている。


「それなんだがね、この作戦は、なるべく秘密裏に行ないたいんだよ。北辰一刀流や神道無念流の大所帯で依頼したら、何処から話が漏れるか分からねえ。失礼な言い方になるが、できれば大きい道場でなく、人数もそこそこいる所が理想なんだ」


 勝の物言いに、沖田は少しかっとなって、反論しようと口を開きかけた。それを直ぐに察した近藤が、沖田の手の上に自分の手をポンと置いて制した。


「まあ、確かにここはあまり有名な道場ではありませんね。仰る通り、通ってくる者達も多くはありません。比べたら、確かにうちは弱小道場ですが」


 近藤は苦笑しながら、右手で頭をポリポリと掻いた。    


「弱小なんてとんでもねえ、おたくらの噂は耳に入っているぜ。実戦を想定した稽古を行ない、刀を持てば並ぶ者無し。剣術以外にも、居合術、小具足術、そして、柔術や棒術などを使う、言わば総合武術だ。おいらはそこに目を付けて近藤さんの所に来たんだぜ」


 勝は、かぶりを振って近藤の話を否定する。すると、今度は沖田の鼻の穴が膨らんだ。何だ、よく分かっているじゃないか。この人も、なかなかいい目を持っている、沖田はそう思った。


「よく調べておいでで。仰る通り、うちは実戦を想定しての稽古。少々、この男が荒稽古を生徒にするもんで、入門者も増えたらすぐ減り、増えたらすぐ減りでして。なかなか、居着いてくれません」


「ほう、その若さで、生徒さんに指導を。お名前は何と仰るんで?」


「天然離心流塾頭、沖田総司と申します」


 沖田がわずかに頭を下げる。


「どうですか、沖田さん。この話、一つのってはくれませんかね?」


 勝が腕を組んで沖田を見た。その後ろの朽葉は興味無さそうに横を向いていた。


「良い話ではありませんか。言っては何ですが、これは天然離心流にとって、名が上がる良いきっかけになりますよ」


「確かに、お前の言う通りだ。それに、内密とは言え、幕府直々のご依頼だ。これは、我々に取って大変名誉なことだ。勝様、この話、謹んでお受けいたします」


「そうかい、そりゃ助かるぜ。これで、作戦が立てられる。それじゃ、詳しい内容を話すんで聞いてくれるかい」


「その前に、お聞きしたいことがあるのですが。その、報酬と言うか、支度金といいますか、そういうのはあるのですか?」


 沖田は申し訳なさそうな顔で、勝の話に割って入った。


「こら、総司。失礼だろ」


 近藤が沖田を睨み、誡めた。


「いや、いや、沖田さんの言う事はもっとも、こういうことは大事だよな。勿論出させてもらうよ。支度金と成功報酬と合わせて五十両(現在の価値で一千万)、これを明日にでも届けさせるよ」


 その金額を聞いて、二人は目を見開いて絶句した。


「おいおい、勝さんよ。そんな話聞いてねえぞ。それだったら俺一人でやるから、五十両そっくりよこせよ」


 士光が驚いた顔をして身を乗り出し、勝の肩に手を置いた。


「何言ってんだよ。あんたと源之助のとこじゃ、人数が足らねえから、此所に来て依頼しているんじゃねえか」


「何? じゃあ、源之助の所にも同じ銭を払うのかよ」


「幕府が動くんだぞ、当たり前だろ」


「一つ聞くが、俺にも報酬はあるんだろうな?」


「もうすぐ、五十になろうって男が、こんな所で銭の話を持ち出すんじゃねえよ。後で話してやるから、あんたは後ろでおとなしくしてろって」


 勝が手を振って士光を追い払った。そのやりとりを聞いていた近藤と沖田が目をパチクリとさせながら、二人のやりとりを見ていた。


「いや、すまねえな、話を中断させちまって。えーと、何だっけか?」


「作戦の内容だろ」


 後ろから、士光が、ふてくされながらボソッと野次を飛ばすのが聞えた。


「分かってるよ、あんたは口出すなよ。 ああ、すまねえ、こっちの話だから」


「ああ、お構いなく。ごゆっくりお話し下さい、勝様」


 近藤が苦笑いをしながら勝を見た。勝は咳払いを一つすると、前にある、煎茶の入った湯飲みを口に運んだ。


「実は、尊攘派の集団に、一人潜入している者がいるんだが。そいつからの情報だと、江戸の町に火を付けようと計画しているらしい。江戸の町を大火で覆い尽くし、大騒ぎさせて、公方様に攘夷を迫るつもりのようなんだ」


「それは大事でございますね。尊攘派は何故そのような過激な行動に出ようとしているのでしょうか?」


「近いうちに公方様が上洛され、帝に攘夷を約束することは知っていると思うが、実際無理な話なんだ。今の日本の軍事力で欧米列強にかなうわけがねえ。奴らそれを知ってて攘夷を迫るんだよ」


「といいますと?」


「奴らの最終的な目標は、徳川幕府の崩壊だ。幕府が攘夷を行ない、その結果外国との戦争になって幕府が負ければ、必然的に幕府は崩壊する。そして、その後に新しい日本を作ろうと考えてやがるんだ」


「滅茶苦茶な話でございますね、勝様。仮に幕府が負けたとしても、そんな簡単に新しい日本を作れるとは思えません」


「そりゃ、そうさ。攻めてきた外国に頭を押さえられて植民地にされるか、国内で覇権を握るために内戦が始まるかどっちかだろうよ。だから今回此所に来たってわけよ」


 ようやく一つ話ができ、勝は大きな息を吐くと再び湯飲みを口にした。


「それでだ。奴らは西と東に分かれ、そこから更にばらばらに分かれて火をつける考えのようでな。こちらが襲うにしても、ばらばらになってからでは遅い。一カ所に集まっている時の方が確実だ」


「仰る通りですね。集まる場所は分かっているのですか?」


「ああ。西は『吉田屋』、東は『鶴見屋』。二つとも宿場町から離れた旅館だ。おいらの後ろにいる朽葉が西へ行く、近藤さん達は東へ行ってほしい。だが、あまり騒ぎを大きくしたくないんだよ」


「分かります。騒ぎが大きくなれば、住民が騒ぎ出して、見物人なんかもでるでしょう。その隙に逃げ出す可能性もありますからね」


「そうなんだよ、近藤さん。それで、あんたたちはどれ位の人数でいくかね?」


「そうですね。食客を入れて八名程で行くと思いますがいかがでしょうか?」


「それ位がいいな。西も同じような人数で行こうと思っている」


「それで、相手の人数は分かっているのですか?」


「詳しい人数までは、分かってないんだ。下手したら、こちらより多い可能性があるんだが、平気かい?」


「大丈夫です。皆、なかなかの手練れ揃いですのでお任せ下さい」


「分かったよ、頼むぜ近藤さん。奴らの決行日が分かったら、連絡する。その時にまた、詰めた話をしようや」


 話は終わりだと言う様に、勝が自分の膝をポンと叩いて立ち上がり、部屋を出ていった。士光も無言で後に続く。近藤と沖田は玄関まで送りに行った。


「あの~、朽葉さん」


 勝と士光が、試衛館の門を出たところで、沖田が声を掛けた。


「ん、何だ少年」


 士光は首だけ横に向けて返事をした。


「あなたが西を担当すると言っていましたが、大丈夫なんですか? 言っては悪いですけど、そんなに腕が立つとは思えないのですが」


「総司、やめないか。失礼だろう!」


 沖田の挑発で、士光が怒るのを期待したが、士光は苦笑しながら、振り向いて沖田の顔を見た。


「お前さんの見立て通りなら、俺はその日死ぬことになりそうだな。もし、生きていたら酒でも奢れよ。じゃあな、少年」


 士光は、笑って沖田に片手を上げると勝と並んで歩いて行った。


 決行の日、近藤達、試衛館の人間は、鶴見屋の周りを囲み、中へ突入する構えを見せていた。 すると、夜空からポツポツと雨が降り出してきた。これ幸いと考えた近藤は、自分と永倉新八、山南敬助を連れて中に突入した。すると、中は大混乱になり、逃げる十名の尊攘派が鶴見屋から出て来た。土方と沖田がすぐにそれらを追いかけて全て切り捨て、近藤達に合流するために走っていた。


 雨脚は更に強まり、沖田の前身を濡らしていた。だが、沖田は高揚していた。初めての斬り合いであったが、怪我もなく冷静に対処できたのだ。自分が今まで稽古を積んできたことは間違っていない。これなら、どんな手練れが来ても自分なら倒せる、そう思っていた。

 

 やがて、鶴見屋の見える距離まで二人が近づくと、外で近藤達が戦っているのが見えた。だが、少し様子がおかしい。敵の人数がかなり多く、押されているようだ。近藤達の周りに尊攘派の人間が周りをグルリと囲んでいる。

 

「総司、このまま奴らの背後から突っ込んで、近藤さん達と合流するぞ」


 土方が先頭になって、尊攘派の囲みに突っ込んで行った。背後からの突然の攻撃で尊攘派の人間は驚き左右に割れる。その隙に二人は中に入り、近藤達と合流を果した。


「総司と歳か。逃げた奴らはどうなった?」


 肩で息をしつつも、構えを崩さず、敵を睨み付けながら近藤が聞いた。


「全員切り捨てたよ。それよりも先生、何この人数は。二十人位いるじゃないですか」


「突入して切り込んだはよかったが、多すぎてなあ。中で対処できず出て来たんだ」


 囲んでいる中から、一人が近藤に斬りかかってきた。近藤は峰で弾くと袈裟懸けに切り捨てた。よく見るといくつか傷を受けている。永倉や山南、他の者達も浅傷ではあるが、着物に血が滲んでいる。


「包囲を突破しねえか、近藤さん。このままじゃ、やばいだろう」


「そうは言ってもな、歳。こいつらを何とかしないと江戸の町が火の海になる」


 今度は、敵がまとまってこちらに攻め込んできた。藤堂平助と斎藤一がそれに対処する。しかし、一人討ち漏らして、斉藤に切り込んで来た。刀が下を向いていた斉藤は、それに対処できていない。 


 沖田は思わず飛び出して、その男を横から払った。間一髪で斉藤を救うことが出来たが、一人、自分に斬りかかってくるのを、沖田は目の端で捉えた。


 上から斬りかかってきた相手に対して、沖田は横に振り払うように刀を振った。鉄と鉄が当たる金属音がすると、火花を散らして相手の刀を吹き飛ばした。しかし、何故かその後の刀が軽い。沖田の刀が折れてしまっていた。


「この雨じゃ、火なんか付かねえよ、近藤さん。このままじゃ、俺達が全滅しちまう」


 敵が次から次へと仕掛けてくる。近藤達は必死で防ぎながらも一人、また一人と切っていく。 しかし、いかんせん人数差がありすぎる、徐々に体力が奪われ、皆、肩で息をしていた。


 沖田は折れた剣を捨て小刀を使い、何とか凌いでいた。また一人、沖田に向かって刀を振り上げて向かって来た。それに対処すべく構えた時、沖田の額に衝撃が走った。


 向かって来た男の近くから、礫を投げられたのだった。そちらには全く気が付かなかった沖田は、衝撃で後ろに倒れ尻を着いてしまった。痛みに耐え、何とか目を開けた沖田の目に映ったのは、目の前で敵が刀を振り上げているところだった。

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