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俺は彼女を殺しに異世界へ  作者: 大井 計
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身勝手な理由


2年ぶりに乗るバスはかつてとさして変わりはないようだった。深みのある赤い車体の側面には、会社の広告がプリントされている。広告すら2年前とは変わってはなさそうだ。


足元に張り付いた未練は自宅への導として戻ることを求めていた。しかし、戻る必要があるのは自宅ではなく過去だった。俺はそのまま2年前に入っていった。


中の内装も変わってはいなかった。足元注意も相変わらず警告を促していた。ただ、乗った瞬間俺だけが変わってしまっていることに気付いた。手に取った切符のインクの匂いは、少しだけ恨めしかった。俺は2年前と同じように左側の席に座った。


窓に映る自分の顔は湿っぽい癖に無表情に見える。前もこんな表情だった気がする。


目的の停留所は2年前と同じだった。ただ、具体的な停留所の名前は覚えていない。


あの時は約束を守ることに必死でただ勢いのままバスに乗り、目的地にたどり着いていた。今回は流れるバスの風景を頼りに、目的地を見つけなければならなかった。



バスがゆっくりと発進を始める。暫くは見知った街の中を走り続けていたが、幾分かすると街を外れ山の方に向かっていった。ここまでは、曖昧だが覚えていた。


同じような山の木々が流れていく。これでは、風景を見ても目的地を見つけれる気がしなさそうだ。


意地になって外を見ていると車掌が次の停留所を示した。手がボタンに触れていた。気付いたらボタンを押していた。自分でもなぜ押したかはよくわからなかった。ただ山の木々は過去の物に代わっていた。


そのまましばらく眺めていると、停留所が見えてきた。停留所と言っても、森林を背にして、ベンチがぽつりと一つあるだけ。ここも2年前とは大差がなかった。


俺は鞄から財布を取り出し、車掌に駄賃を払った。停留所に降りると思わずため息がでた。一瞬奥の森林に目を合わせ、その後停留所から歩き出す。歩きだすと、無表情な顔が沈んだ顔に変化していた。ここまで来たのに、会いたくないのか。


とにかく入り口を探そう。そうすれば嫌でも行かなければならない。森林の方にひたすら目をやり目印を探しながら歩く。


足を進ませると根がぽっくりと浮き出した木を一本見つけた。木は以前見たよりもやせ細ってしまったように見えた。ここが入り口だった。そして同時に出口でもあった。


俺はそのまま森林の中に入っていった。気ままに生えた草木を足で振り払う。しかしどうやっても草木は足やズボンに絡みついてくる。仕方がないので、鞄からナイフを取り出し、適当に切り払った。少し足の方も一緒に切ってしまったが、構わないだろう。俺は足の痛みを無視しながら無理やり進み続ける。


目印と呼ばれるものはほとんどないが、手を引かれるように先に進んでいけた。


 それからしばらく導かれるままに歩き続けると、少し開けた場所に出てきた。そしてその真ん中には一本の大きな木が寄せ付けぬまま立っている。他の木の栄養を吸い尽くしてしまったのか、この辺りにはこの木しか生えなかったのだろう。


「久しぶり。」


 俺は彼女に声をかけた。ただ、誰も答えてくれるわけがなかった。だけど俺はそれが心底嬉しかった。頬を触ると釣り上がっているのが分かった。


俺はここで一人の人間を殺した。鞄から一枚のメモを取りだす。性別は女性。歳は当時16歳、俺と同じ高校1年生。名前は……姉瑠香。端的にだが力強く綺麗な字で書かれていた。俺の事を律君と呼び親しんでいたのを印象的に覚えている。高校に入学してからの1年間にも満たない時間だったが、親密な関係だった。


しかし、一度メモを通してみなければ彼女の名前を思い出せないのだ。殺した相手の名前のことを覚えてないんなんて傍から見ればきっと異常者なのだろう。ただ仕方がないんだ。誰も彼女のことを覚えていないのだ。


 高校の名簿。彼女の家、市役所どこを見ても彼女の存在を証明するものはなかった。俺の中の記憶このメモだけが彼女の証明だった。


 彼女の証明がなくなった時、俺は気が狂いそうだった。自身の記憶を疑い、他人を疑い記録を疑った。そして遡るようにこれらを傷つけていった。彼女を殺した俺の意思はどこに行ったのか。彼女の望みはどこに行ったのか。


 もしかしたら、彼女は俺の頭の中だけの存在なのかもしれない。そう考えれば、違和感はないし、俺が彼女の存在の有無に関わらず異常者という事実だけが残る。しかし、同じ異常者なら彼女がいた異常者で在りたかった。


 ふと、ある日一つのことに気付いた。もしあの世があるなら、死ねば真実は分かるのではないのだろうか。俺に分らないことは彼女に証明してもらえばいい。地獄でも天国でも構わない。彼女に会って、私を殺したのは君だよ。そう一言俺に言ってくれればいい。こんな事をしても無意味なのかもしれない。


俺が死んでしまえば彼女を証明するものは本当にいなくなってしまうのだから。それでも、自分の中の彼女が欲しかったのだ。


 俺が彼女をころした理由は簡単だった。彼女に頼まれたからだった。頼まれたから殺すのはおかしいと思うが、そこまで彼女と俺は親密な関係だったのだ。人並以上に彼女を好きでいたし、大切にしていた。


頼まれた時は唖然としたが今なら言える。彼女を殺すことは俺にとっての使命だったんだろう。大木もうなずくように揺れる。



俺は大木に腰かけた。大木は俺を優しく受け止めてくれる。きっと彼も彼女のことを覚えてくれているに違いない。彼も見ていたはずなのだ。俺が彼女を刺し、彼の足元に埋める場面。陽が照ってきて体が暖かい気持ちになってくる。


暖かさは上から来ているはずなのに俺は下から来ているように感じた。俺はもう一度鞄からナイフを取り出した。


あぁ、これから彼女の下へ向かう。


 使命が終わったものは捨てなければならない。


俺は自分の喉元にナイフを突き立てた。


 「今度はちゃんと殺してね」


 彼女の声が聞こえると同時に俺は手を引かれた。



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